第二章 ある村の処刑台①

第二章 ある村の処刑台




 森を抜け、再び道を歩く。

 時おり、行商人や馬車などとすれ違いながら目的地を目指す。

 ガオスたちは広く開けた土地へとやってきた。丘陵の連なる野原で、景色の遠くには点々と存在する家々と、雪化粧の乗った山脈があった。

 その山々の上に見慣れたある物体が目に止まった。

 球状の青白い光を放つそれは太陽や月とはまた違った天体で、第三の星とも呼ばれている。

「おい、ヘタレ魔女」

「黙れ猿頭。イスカ様と呼ばんか」

「あの空中に浮かぶ第三の星ってやつ、魔女の間では何て呼ばれてんだ?」

「聞くに、魔王が倒された辺りから現れ始めたようだな。わたしは貴様と行動を共にするまでダガレクス城にて幽閉されていた身だ。他者との交流も希薄だったから、あの星のことや世の中のことに関しては、色々と世話をしてくれた召し使いから情報を仕入れていた。城内の召し使いたちの間では、何か不吉なことが起こる前兆ではないかと言われているようだな……」

「不吉なことの前触れ……。いわゆる凶星ってやつか」

「歴史書にも遠方の国で、戦争や飢饉、地震や疫病などが起こる時は、何かしら前兆があったりするのを読んだことがある。凶星かどうかはわからんが、吉兆という可能性もあるぞ?」

 ガオスは歩きながらその丸い物体に目を凝らす。

 吉兆とはいえ、あの青白い発光の仕方には不安を禁じ得ない。どのような影響がいずれ世間に及ぶようになるというのか。召し使いたちの噂であればたいしたことはないかもしれないが、だとしてもガオスはこの小柄な魔女の言うことに、妙な真実味を帯びている気がするのだった。

 色々と聞いてみようと振り返るが、後ろではイスカが歩みを止め背を丸めていた。

「どうした。疲れたのか?」

「少し……」

「予定よりは早く着きそうだ。空を飛べるんだろ? 本当のところおれなんか雇わなくても、自分で飛んでいけたんじゃないのか?」

「馬鹿め……」イスカは疲れからか、かすれ声でそう罵ると、

「未だ魔女狩りの最中だ。先日も貴様は、捕らわれ怪我を負った他の魔女を、わたしが魔法を使うことを危惧して無理矢理引き離したではないか。ひと気がなくとも、不用意に魔法を使って、追われるようになったらどうする……。貴様の報酬も支払えなくなるぞ?」

「わかってて聞いたんだよ」

「貴様あ……。どこまでわたしを侮辱すれば気が済むのだっ」

「いや、少しは自己中心的な奴だろうと思って、疲れたんなら自分で勝手に浮かんだりする魔法を使うかなって」

「ふん……。魔女狩りの渦中に巻き込まれれば貴様も魔女に荷担した罪に問われる。だから……」

「あ、そっか。だから魔法使わなかったのか」

「全然! 全然違うぞ! わたしがわたしを守るためだ。勘違いするな、猿頭がっ」

 その時遠くから蹄の駆ける音が聞こえてきた。

 馬に乗った一団が近づいてきているのか、とガオスはイスカに雑なやり方でフードを被せた。

「何だ?」フードの縁を触りながら、イスカがうつ向き加減でガオスを見つめる。

「この音……。どこかの団体さんが近づいて来てるみたいだな」

 ガオスは言いながら、丘の上に視線を固定した。

 白銀の甲冑に身を包んだ、だいたい十人以上はいる一団が、ガオスとイスカのそばを駆けていった。

 咄嗟に近くの岩陰に身を隠したガオスとイスカだった。一団の中に虎を象ったヘルムをはめた人物を見かけた。

「あっぶねえ。危うく見つかりそうだったぜ」

「あの甲冑……。皇帝に仕える、白虎騎士団とかいう連中だったな」

「村の方で何かあったみたいだ……」

 嫌な予感がした。あの一団の中に顔見知りがいるガオスにとって、この特殊な任務を請け負っている最中のために、隠し事が露見しないか、緊張感を抱く必要があるようだった。


 村についた。山の麓に千人ほどが暮らす村だった。山の方には村長らしき目上の者が住んでいそうな大きな館が見える。村の入り口からすぐのところには、小さな市場があるはずだったが、ひと気がなく寂れていた。

 肌寒い風がガオスとイスカの間を吹き抜ける。

「寒い……。この村……人は住んでいるのか?」

 イスカの問いかけにガオスも不審に思いつつ、

「前来たときは結構活気づいてたんだがなあ」

 しばらく道を歩いて、村の中央の広場を通過しようとした。先ほどの甲冑を着た連中と、武器を携えた冒険者らしき一団とが、広場の中央で何やら言い合いをしていた。

 付近の木箱の裏に隠れるガオスを見て、イスカもそれを真似た。

 先頭に立って冒険者たちからの雑言を聞いているのは、虎の意匠が施された兜を被る、団長らしき人物だった。

「あんたらが出てくると、俺らの仕事がなくなっちまうんだがな……」

「すでにギルドから仕事を請け負っているのでございますか?」

 そう述べる虎の兜の騎士は声が甲高く、女性のようだった。

 魔王を倒したあと、ダガレクス帝国が統治したカーナゼノン大陸全域には、未だ魔獣がそこかしこで人間に被害を加えており、皇帝マガラウザから信頼を得ているブルタールという名の元騎士団長が、新たに設けられた討伐省大臣として任命され、各国に魔王軍の残党狩り――討伐とも言う――を呼びかけ実施された。その際、国家直属の騎士団ではなく、一般的な雇用として、討伐組合「ギルド」が発足され、今日に至る。

「そうだよ」と冒険者の内の一人が、怒気を含んだような言い方をする。

「しかも上級者向けの依頼だ。ここ最近、この村で魔獣が暴れるって事件が増えてるんだ」

「魔獣……。確かに熊や猪などの害獣よりは腕がより達者でないと、討伐は難しいでございますね……」

「皇帝直属の組織であるあんたらが、俺たちの仕事を奪うようじゃ、騎士の名が廃るんじゃねえのか?」

 と嫌味を言って、けらけらと笑う冒険者たち。しかし虎の女騎士は一度咳払いをし、

「わたくしどもにも、無事解決できるかわからない一件かと……」

 冒険者にとっても、また騎士たちにとっても、立場に高低があろうと、魔獣という生き物の始末はそこらの野獣とは一手間かかる難易度の高い事案だった。

「そこでわたくしからある提案があるのでございます」

 冒険者たちが一瞬だけ待っていると、

「わたくしたちと手を組みませんか?」

 はあ? と目を丸くする冒険者たち。一様に驚いている様子なのは、この虎の女騎士の言っていることがそれだけ常識はずれだからなのは、彼らの死角で耳をそばだてていたガオスにもわかった。

「わたくしたちがあなた方を雇い、この村の悩み事を解決する……。それはこの世界を統べる皇帝陛下のしもべであるわたくしたちにとっても、至極重要なことであり、民の安穏はわたくしたちや皇帝陛下ご自身にとっても大変喜ばしいことでございます。もちろんわたくしたちもしっかりと働かせていただくでございます」

「騎士長、いくらなんでも軽率では……」

 虎の女騎士の両側に立っていた配下の騎士がそう意見する。

 騎士団はギルドよりも上の立場であるため、討伐組と協力するということは、一連のやり取りのとおり、カーナゼノンでは非常識なことだった。

「ギルドにはわたくしからかけあってみるでございます……」女騎士はそう言った。

「ちょっと待て……」冒険者たちの群れから、銀髪を結った巨漢が現れた。筋肉隆々の腕や胸が見えるほど軽装だった男は、周囲の冒険者たちも黙ってしまうほどに厳めしい風貌だった。

「その前に俺たちに顔くらいは見せていけ、女騎士……。一緒に命張る仕事をするなら顔つきがどんなか見せるのも礼儀ってもんだろ」

「それは申し遅れましてございます……」

 女騎士長は虎のヘルムを外した。

「ティクスと申します」

 陽光に輝きを散りばめるかのような金髪は三つ編みで、頭の後ろで丸くまとめられている。乳白色の素肌と碧く光を放つ瞳は円らで、屈託のない微笑を頬に刻んでいた。その美貌に思わず巨漢の冒険者も吹き出した。

「くっくっ。えらいべっぴんさんだなお前……。他の連中に寝込みを襲われないよう気をつけな……」

「ではギルドへ参ろうではございませんか、冒険者の皆様……」

 ティクスは大勢の冒険者と配下たちを引き連れ、広場を後にした。

 積まれた木箱の裏に隠れていたガオスとイスカは、それを見届けると歩きだし、イスカがこう尋ねた。

「何か始まりそうだな……。ティクスというあの女騎士……。貴様と知り合いなのか? 猿頭」

「まあ昔ちょっとな……。こりゃ一晩泊めてもらうだけでも、難しそうだな」

「もし泊めてもらわなければどうなる」

「また野宿しかねえだろう。おれにはその方が気が楽なんだがな……」

「わたしは一晩野宿したから、体がベッドの心地を求めているのがわかる……。おお我が身よ、そんなにベッドが恋しいか……」

「お前だけ泊まるって考えもあるっちゃあるか」

「そうしたら、わたしが隙だらけになってしまうではないか……また連れ去られそうになったらどうする……」

「最悪、おれがお前の泊まる部屋の外で寝るか……。一階の部屋を使わせてもらうってのも手だが。あまり店主にわがまま言うのもな……」

「宿屋の店主とも知り合いなのか? 顔が広いな、貴様……」

「魔王軍と戦っていたときに知り合ったんだ」

 ほう……、とイスカはただ返事をして見せた。


 広場は窪んだ場所にあり、広場の階段を上がっていった先に宿屋があった。

 宿屋は二階建ての小さな造りで、両開きの扉から入っていった前には、受付があった。

 ガオスが、すいません、と声を張り上げているのをよそに、イスカは壁にかかった魔獣の角のようないびつな形をした飾り物を一瞥しつつ、ある考えにしばし傾注した。

 イスカはこれまでこの小生意気な猿頭にどう報復ができるか、思考を巡らせていたのである。

 ――ぬうう……。この猿にどうすればわたしが偉大であるかを思い知らせるのか……。偉大であるというのを思い知らせた上で、奴を服従させられればわたしの勝ち……。この猿頭を我が物にできる……。

 我が物? とイスカは一瞬出てきたその言葉に胸中で首を振った。

 ――いっいやいや……。何が物にするだ。わたしは断じてそんな……。

 そこでガオスに復讐できるヒントが浮かんだ。

 ――そうか……ククク……。我が物……。女の体であるわたしを存分に活かせばいいのだ……。ククク……。


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