第70編「気にしていないわけがないでしょう?」
お風呂を済ませてパジャマに着替え、
恋幸は時間差でやって来た大きな羞恥心の波に飲まれていた。
(アァア……ッ! 私ったらなんてことを! でもびっくりした顔の裕一郎様、可愛かったな……じゃなくて! どんな顔で話をしよう!?)
部屋の中心で正座したまま頭の中で様々な対応シュミレーションを繰り返し、パターンKまで用意できた頃。小さな足音が耳に届き、勢いよくそちらに目をやる。
それと同時に、低く
そう。いつものごとく後先を何も考えずに開いたのだ。
「はっ、……ッ!!」
襖の向こう側――廊下に立っていた声の主は、とうぜん裕一郎である。
いつもはサイドパートで綺麗にセットされている前髪を真っ直ぐに下ろし、男性らしく筋の浮き出る首筋にじわりと汗を
そんな彼をほぼゼロ距離で浴びた恋幸が平常心でいられるはずもなく、恋人の整った顔を
「うん?」
「なっ、なんでもないです……っ」
「それなら良いのですが……ケーキ、食べませんか?」
「……!! 食べます!!」
◇
「お誕生日、おめでとうございます」
「えへへ、ありがとうございます」
帰宅した際、裕一郎が冷蔵庫へしまっていた箱にはバースデーケーキがワンホール入っていた。
テーブルの上に現れたそれは真っ白なクリームを全身に纏っており、円形の
腰を下ろす場所を無くしたプレートは苺に支えられて中心に寝そべったまま『Happy Birthday』と恋幸に伝えていた。
「ロウソク、ふーってしたいですか?」
2と5の形を
本来であれば頬を膨らませてプンプンとわざとらしく怒って見せたい場面であるが、
(ふ、“ふーってしたいですか?”ですって……!? 待って待って、可愛すぎて無理すぎますが!? いや、無理じゃない!! 裕一郎さま可愛い!!)
倉本裕一郎限界オタクの恋幸は、彼の発した何気ない一言を延々と頭の中でループさせて『萌え』の感情に
とは言え、それもほんの十数秒間の出来事だ。
――……からかわないでください!
「ふーって言う裕一郎さま可愛い!!」
「ありがとうございます。おそらく本音と建前が逆になっていますよ」
◇
おかしい。『あんな事』があったにも関わらず、ケーキを食べ始める前も食べ終えた後も、裕一郎の態度は一切変わらない。
恋幸が彼の心情を案ずるのは見当違いかもしれない。しかし、あまりにも変わらなさすぎていっそ不安になってくる。
(気にしてないってことかな……裕一郎さま、すごく大人っぽいもんね。さすがだなぁ)
ケーキを食べ終えた後で歯磨きを済ませている間に、幸せいっぱいの誕生日にも終わりが近づいていた。
(あれ?)
おやすみなさいと言うために立ち寄った床の間は
彼は恋幸より先に歯磨きを終えていた。きっと自室へ戻ったのだろう。
目的地を変更して、高鳴る心臓を落ち着かせながらひとり廊下を歩く。暗所恐怖症の恋幸のために、夜間であっても彼女が起きている間は廊下の電光は
すっかり慣れた道順を行き、裕一郎の部屋へ繋がる
「小日向さん? どうかしましたか?」
さざなみのように心地良い声が恋幸の耳を撫でた。
「えっと、おやすみなさいって言いたくて」
「ああ、そうでしたか。おやすみなさい」
(え?)
改めて
やはりおかしい。よほどのことがない限り裕一郎はいつも扉を開けて、目をまっすぐに見て、大樹のように
「……あの、」
「……はい」
「ここ、開けてもいいですか? ……倉本さんの顔、見たいです」
「……」
自信の無さから小さくなる恋幸の声は、静まり返った夜でなければ雑音にかき消されてしまっていただろう。
三拍分の間を置いてから、すっすっと
「あ、」
名前を呼ぶ暇もなく、大きな手に腕を掴まれてぐいと引っ張り寄せられる。
裕一郎の
(ふすま、)
襖を閉められた。
「……どこまで私を
低く
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