第2編「話を聞いてください」
突然だが、一説によると「この世の人間は皆、輪廻転生を繰り返しており、前世の記憶を持って生まれてくるのだ」と言われている。
同時に、「前世の記憶を思い出せる人間は稀である」という話も耳にした。
決して、この物語を通じて宗教に関する布教活動に
そして、
「……結婚、ですか?」
「あっ、あっ……あわ、そっ……」
現在――熟れた林檎のように顔を赤くして唇の開閉を繰り返す恋幸もまた、顔の良い男を目の当たりにすれば無差別に求婚するような頭のネジが飛んだ危ない女というわけではないのだ。
「……あの、」
「お待たせしましたー! ブレンドコーヒーお持ちしましたー!」
「ありがとうございます」
「ご注文は以上でお揃いですかー?」
「はい」
「かしこまりましたー! 伝票こちらに置かせていただきますー! ごゆっくりどうぞー!」
それではなぜ、とち狂ったとしか思えない言葉を恋幸は初対面の人間に投げてしまったのか。
それは先述の『前世』に由来する。
「……それで? 先ほどの」
「ごめんなさい突然失礼しましたご迷惑をおかけしてすみませんでした!!」
「……あの、」
恋幸は息継ぎもせずにそう言い終えるなり、自身の荷物と伝票を持って席を立ち、男性の顔を見ないようにしながら彼の伝票も奪い取りレジへ向かって猛ダッシュ。
二人分の会計を済ませてから店を飛び出すのだった。
(どうしようどうしよう、どうしよう……!! さっきの男の人、あれは絶対に――……!!)
◇
遡ること約100年前――……時は大正時代のことである。
恋幸の前世にあたる娘・
家族仲は良好で友人関係にも恵まれ、一見なに不自由ない生活を送っているように思えたが、
「ごほっ! げほっ、げほっ……!」
「幸音様! 大丈夫ですか!?」
幸音は生まれつき病弱で心臓が弱く、医者には「20まで生きられたら幸運だろう」と告げられていた。
自分の足で外を歩いた経験は片手で数えられる程度。発熱していない日の方が珍しく、一年のほとんどをベッドの上で過ごしているような娘だった。
そんな彼女が己の状況を一度たりとも呪わなかったのは、
「幸音さん、ただいま」
「……!! 和臣様……!!」
「離れていたこの数日間、あなたに会いたくて仕方なかった……」
「はい……私もです、和臣様……」
侯爵家の生まれである和臣は幸音を心から愛し、仕事で遠方へ出向くことがあれば帰宅するたびにその地で撮った写真を幸音に見せる……というのが、二人の間でお決まりになっていた。
ほとんど外に出られない幸音にとって、自身の世界を広げてくれる和臣の存在がこの世で最も大切な人物になるのは決定事項にも等しく、彼の注いでくれる優しさが生きる活力となっていた。
「私は、あとどれだけ和臣様と過ごせるのでしょう……」
「幸音さん、どうかそんな寂しいことを言わないで? 私は年老いてこの命が尽きる瞬間まで、あなたと一緒に過ごすと決めているんだ」
和臣は幸音に残された命の時間を知ったうえで、絶望に浸ることはなかった。
必ず医学で治せる病であると信じていたからだ。
「幸音さんの病は、私が必ず治してみせる。だからこの先も、身が朽ち果てるまで共に生きよう」
「はい……、はいっ……!」
そして、神前式を間近に控えたある日。
和臣は更なる医学知識を得るために、遠方にある巨大医療施設へ
「……やはり、今日の予定は辞めようか……幸音さんが心配だ」
「ごほっ……何を言っているんですか、心配性ですね……私は大丈夫ですから、和臣様は夢のことだけを考えてください。けほっ……お医者様になるんでしょう? 私、和臣様に診てもらえる日を楽しみにしているんですよ」
「……予定を終えたら、急いで戻るよ。何かあったら、
「はい、わかりました。道中……けほっ、どうか、気をつけてくださいね。和臣様」
「ええ。幸音さん、行ってきます」
和臣が幸音と最期に交わしたのは、そんな会話だった。
「和臣様……っ!! 電報が!!」
「――!?」
翌日、早朝。幸音は一人、眠るようにこの世を旅立った。
「幸音さん……っ!!」
帰宅した和臣を出迎えたのは物言わぬ幸音の姿で、彼女の親族は誰一人として和臣を責めなかった。仕方のないことであると理解していたからだ。
しかし、
「私……わた、し、が……あなたのそばを、離れたりしなければ……っ」
和臣は己の無力さを責め続け、
「愛しいあなたの命一つすら救えず、なにが『医者になりたい』だ……笑わせる……」
幸音が亡くなった次の週――……彼は自ら命を絶った。
◇
以上が『彼女たち』の間に起こった全てである。
そして、
(あの人は絶対に、和臣様の生まれ変わりだ……!!)
この『前世』の存在が、恋幸たちの人生を大きく左右していくことになる。
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