譲歩しない二人

Jack Torrance

第1話 譲歩しない二人

カナダの中でも自然豊かなオンタリオ州。州の中で最古の州立公園として今も多くの来園者で賑わうアルゴンキン州立公園。大きな池を見渡せるベンチに二人の地元の名士が座っていた。二人はもう70の半ばを超えようとしていた。リトルスクールからの腐れ縁で何をやるにも優劣を競い、互いが互いをライバル視していた。一人の老紳士は名をジェシー ゴールドスミスと言った。ジェシーは製紙業で財を成し、いつもアルマーニのスーツにグッチの革靴。テニは持ち手に翼を羽ばたかせた鷹をモチーフにした純金を流し込んで作られた鋳造品を据えた杖を握っていた。もう一人の老紳士は名をエドガー シルバーフッドと言った。エドガーは、製糸業で財を成し、いつもダンヒルのスーツにフェラガモの革靴。テニは持ち手に蜷局を巻いたキングコブラをモチーフにしたホワイトゴールドを流し込んで作られた鋳造品を据えた杖を握っていた。持ち手をホワイトゴールドにしたのには訳があった。以前にジェシーが言った一言だ。「わしとお主とではそもそも格が違う。わしの名にはゴールドの名が冠されておる。お主は所詮、何処まで行ってもシルバーじゃ。シルバーコレクターの地位にお主は甘んじておけばよいのじゃ」この一言にエドガーは立腹した。エドガーはシルバー製品を毛嫌い身に着ける物はゴールドよりも高価なホワイトゴールドという強硬路線を貫いていた。この日のアルゴンキン州立公園の昼下がりは長閑で麗らかな午後だった。日課の散歩でジェシーとエドガーはいつものこの時間帯に公園に散歩に訪れる。そして、犬猿の仲にも関わらず、いつも同じベンチで休憩をする。端から見ればよしておけばいいのにと想われるのだが…二人がのんびりと池を眺めていたら一羽の白鳥が飛来した。ジェシーが杖で白鳥を差して言う。「お主、あの白鳥が見えるか?」エドガーが横柄に言う。「ああ、それがどうしたんじゃ」ジェシーが言う。「あれは、おオハクチョウじゃな」エドガーが言う。「お主、眼科に行った方がいいんじゃないのか。あれは、コハクチョウじゃ」ジェシーが横柄に言う。「お主の方こそ耄碌しておるんじゃなかろうか。一度、脳外科に行って検査してもらった方がいいんじゃないのか。あれは、オオハクチョウじゃ」「いいや、コハクチョウじゃ」「いいや、オオハクチョウじゃ」「いいや、コハクチョウじゃ」「いいや、オオハクチョウじゃ」一歩も譲らぬ両者。エキサイトして立ち上がる両者。ジェシーがエドガーの胸を突いた。負けずとエドガーもジェシーの胸を突いた。「なんじゃ、やるのか」「そっちこそ、なんじゃ」

ジェシーが杖でエドガーの足を打った。逆上したエドガーがジェシーの顔面に渾身の右ストレートを叩き込んだ。飛んでいくジェシーの金歯。負けずとジェシーもエドガーの顔面にお返しの右ストレートを叩き込んだ。飛んでいくエドガーの銀歯。この銀歯にも隠された秘密があった。エドガーはホワイトゴールドでクラウンを作るように歯科医に依頼したのだが、銀歯を被せられ治療費はホワイトゴールドで作ったように虚偽申告され治療費を過大請求されていたのであった。ボコボコに殴り合う70半ばの地元名士二人。そこに、双眼鏡を首からぶら下げた一人の中老の男が仲裁に入った。地元のバードウォッチング愛好会会長のトマス バードマンであった。「お止めなさい。ゴールドスミスさんにシルバーフッドさん。一体、どうなされたんですか?」ジェシーが言う。「あそこに見える白鳥がオオハクチョウかコハクチョウかで口論になって喧嘩になったんじゃ」トマスが双眼鏡を覗き込み白鳥を見た。「アハハハハ、ゴールドスミスさん、シルバーフッドさん、あれは、オオハクチョウでもコハクチョウでもありませんよ。あれは、ナキハクチョウですよ。嘴の外縁に赤やピンクの筋模様があるでしょう。オオハクチョウやコハクチョウは黄色の斑文などがあるので一目で見分けがつきますよ」ジェシーが言う。「どうやら、お互い間違えておったようじゃのう」エドガーが気不味そうに言う。「ああ、どうやらそのようじゃな」顔は腫れ上がり、歯は折れ、ボロボロになっった老紳士二人。無言で公園を後にするジェシーとエドガー。二人を見送り双眼鏡を覗き込みながらトマスはナキハクチョウをじっと観察していた。翌日の昼下がり。いつものベンチに腰を掛けているジェシーとエドガー。二人とも絆創膏を顔に貼り試合翌日のボクサーのように顔を腫らしむっつりして池を眺めている。木陰から双眼鏡を構えてその二人を観察するトマスの姿がそこにはあった。

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譲歩しない二人 Jack Torrance @John-D

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