第3話

■■ 11 ■■



 夕暮れの時間帯。

 赤々とした繁華街を背景にデオとザオのオレンジのアウディのスポーツカーが停まっていた。

 綾羅木定祐と上市理可はそこで妖狐やデオたち二人組と再び合流した。

「――ふむ。まったく、ぼったくられたとな? このトリプルTども」

「なら、お前が行けよ。そもそも、何で私らが進んで妖魔たちに聞き取りしに行かんといけんのかね」

「そっすよ! 本当、嫌な人ですね……。人じゃないけど」

 開口一番、露骨に見下す顔で罵る妖狐に定祐と上市は不貞腐れてイラついた。

 また、

「――それで、これからどうするわけ? もう疲れたぜ、俺たち」

「そうだよ。僕たち、もう結構調べたから今日はいいっしょ?」

 デオとザオたちがくたびれた様子で聞いてきた。

 二人は嫌々ながらも言われたとおりに今日一日探偵として発信しており、また現地調査もしてきたわけであるから、そろそろ解放してくれるだろうと期待していた。

 だがしかし――

「もういいでしょ……だと? 何を言っておる? そうは問屋が卸さないぞ、低級動物ども」

 と、妖狐は二人をまだ解放しようとしなかった。

「は? おいおい、まだ俺たちに何かさせる気かよ?」

「えぇ? ちょっと、もう疲れったっすよ、俺たち……」 

「まあ、そう言うな。ちょうど調査も軌道に乗ってきているところでな。――であるから、さらに攻めるのだ」

「「攻めるだって……?」」

 強調してドヤ顔する妖狐に、デオとザオは声をそろえた。

「ど、どういうことだね? 化け物」

 同じく、定祐も尋ねる。

「せっかくデータが集まっている今の状態……互いに見えない状態で戦略シミュレーションゲームをしているようなものでな。そして、こちらは幽鬼の手を読み、先回りできるかもしれない有利な状況にあるのだ。――であるから、その状況を利用してプレッシャーを与えるか、あるいは挑発をすれば……もしかすると幽鬼を引きずり出すまでもなく、あちらの方から出て来てくれるかもしれないのだ」

 妖狐は説明しながら妖術でホログラフィを作る。

 確かに話すように、デオたちの発信を通じた現在の情報収集の状況が戦略シミュレーションゲームのように可視化されていた。

「プレッシャーを与えるか挑発するか……だと?」

 定祐が驚き交じりに聞き返す。

「ああ。例えるなら、囮作戦というべきか……? デオ、ザオよ、貴様たちの場所がわざと分かるようにしてだな」

「お、おいおい! 囮作戦だって!?」

「ちょ!? き、狐さん! また俺たち幽鬼に遇わないといけないの!?」

 またとんでも話を振られるとデオとザオは慌てる。

「まあ、そう慌てる。要するにな、貴様たちを、ただエサにするだけでな」

「「「「露骨にエサ言うなや!! おい!!」」」」

 4人そろって妖狐につっこんだ。


 気を取り直して話に戻る。

「――というわけでだ。すまないが貴様たちには、もうひと働きしてもらいたいと思うのだ」

 妖狐は一応ちゃんと詫びを入れながら、デオとザオの二人に頼んだ。

「ったく、仕方ねぇなぁ~」

「狐さん、やってもいいすけど……もし幽鬼が出たら、ちゃんと助けてくれるんですよね?」

「ああ、モチのロンだ。枯れることはなかろうが、仮に我が妖力が枯れそうになってもな、貴様たちを守ってやろう。そういう相談だからな」

 妖狐はドヤ顔で答えた。

 また同じ顔のまま、

「そういうわけでだ、我々は火鍋でも食って……いや、火鍋屋でスタンバイしているからな」

「おい、一緒の意味じゃねぇか――てか、狐、お前たちだけ飯なのかよ?」

「そ、そうですよ。ズッる!」

 火鍋屋に行くと宣言した妖狐をデオたちは羨む。

 その横では、

「やった! 火鍋!」

「おいおい、本当に火鍋かね? てか、この二人はこき使うままなのな……」

 と、喜ぶ上市と、気の毒そうに定祐がデオたちを見ていたが……

 そのようにして、

「――というわけでな、また後ほどだ。頼んだぞ貴様たち」

「ったくよぅ、人遣い荒い狐だわ」

 まとめるように妖狐はデオと言葉を交わし、この場で一旦別れた。


 ■■■■■


 一方、場面は変わって重慶市内の警察署。

 その中の、大規模情報分析室のことである。

「……」

 黙々と情報分析を進めるリンのもと、

「――ご苦労さん。リン君」

 と、刑事部長のバンがやって来た。

「お疲れ様です。バン部長」

「どんな感じだ? 分析はうまく進んでいるか」

「ええ。まだ充分ではないですが、彼らの発信がかなり役に立ってますね」

 リンは答えながら大きなモニタを切り替えた。

 そこには重慶市内の3次元マッピングとともに、デオとザオたちの発信によってネット上で得られる情報を蒐集して分析した様子が示されていた。

「はぁー、こいつは中々すごいな」

「SNSで、フォロワーが自発的に幽鬼に関する情報を上げてくれてるから、かなりの情報が効率よく集まります」

 感心するバンにリンが答える。

 また、

「――でも、ですが……話はこれだけじゃないんです。バン部長」

「これだけではない……とな?」

 バンが怪訝な顔をして聞く。 

 リンが見せる情報分析模様――

 そこには、自分たち警察のコンピュータへのハッキングの様相が示されていた。

「り、リン君、これって……」

「――ええ。ハッキングされてます。それも、例の日本から来た妖狐から……」

 唖然とするバンにリンが答える。

 答えながらも、

「もう……目的は我々と同じく幽鬼を捕まえることだから大目に見ますけど、一応ちゃんと、私から妖狐に文句を言っておきますね」

 リンはやれやれと言いつつ、淡々と分析の続きにかかっていた――


 ■■■■■


 またまた場面は変わって。 

「……」

 スマートフォンを見る影が――すなわち、幽鬼は画面を見て、軽く静かな怒りを覚えていた。

 ――あの富二代ども……。あの時始末しておけば……

 幽鬼が見る画面――

 そこには先日自分が消し損ねた――“落とし損ねた”富二代の二人、デオとザオのSNSであった。

 殺し損ねたがSNSの音沙汰がなかったから気にしなかったものの、まさか再び舐めた投稿をしてくれるとは……

 彼らの、自分に対する宣戦とも言える投稿――

 そしてそれをきっかけに、どうやらネット空間上では幽鬼に関する情報がフォロワーから大量かつ自発的に集まるようになっているのである。

 そのことによって犯行が行ないにくくなる可能性あるのと、増加する情報をもとに警察や捜査機関が自分まで辿り着くのは時間の問題だろう。

 まあ、そのこと自体は恐れてないが……

 しかし、

「……」

 一応、殺意とともに、“ヤツら”を警戒をしておかねば――と、幽鬼は油断せぬよう、気を引き締める。


 幽鬼は今現在の、ザオとデオの発信や動画配信をチェックする。

 ご苦労なことか? 彼らはまた現場調査に明け暮れており、その過程であったり、幽鬼の“出没予測警戒エリア”まで出してくれていた。

「フッ……」

 軽く嗤いそうになる幽鬼――

 嗤いそうになりながらも、思う。

 ――早いところ、こいつらを始末しようか……

 まあ、こんなわざわざ自分たちの行動が丸見えなことをしているのだから、何か囮捜査みたいなつもりでいるのだろう。

 まあ、どちらにしろいい……

 何か事があれば、皆、落とせばよいのだ……!

 幽鬼はゆらり――と動き出した。



 ■■ 12 ■■



 その夜。

 綾羅木定祐たちは市内で人気の火鍋屋にいた。

 金属板で仕切られた火鍋用の独特な鍋には、グツグツと地獄のごとき赤黒色に煮えたぎるスープ――

 容赦ない麻と辣の食卓である。 

「ぐっ……!? ぐぁぁ……!」

 定祐が悶える声を上げた。

 その眼前では上市理可が汗ばみつつも何食わぬ顔をし、パクパクと安定して燃料を投下するがごとく具材を食していた。

「ハァ、ハァ……まったく、よくそんなにパクパクと食えるものだな……」

 水を飲んで舌を冷ましながら定祐は感心する。

「まあ、確かに辛いですけど……そこまでですか?」 

「ああ、そこまでだわい……」

 きょとんとする上市に、定祐は信じられないとの顔をした。

 この唐辛子のダイレクトな辛さに加え、花椒の痺れるような辛さ――

 まあ、食べているうちに少しは慣れてくるのだろうが、このまま耐えれるのだろうかと定祐は半ば不安に思う。

「――しかし、確かに燃料を投下するように食っておるな、貴様は。どうだ? 言って見よ。『うぉん!! 私は人間火力発電所だ!!』とな」

「「何が、うぉん人間火力発電所やねん。てか、もろ一人で飯食うマンガのセリフじゃねぇか」」

 唐突な妖狐のネタに、定祐と上市はつっこんだ。


「――ふぅ~、まったく。まあ、せっかくだから、どれ? 酒でも飲むか?」

 やれやれと、定祐は溜息をつきながら箸休めついでに酒が飲みたくなった。

 仕事をした疲れもあるし、またせっかくだから現地の酒を飲むのもよいだろう。

「あ、いいですね」

 上市も定祐につられるように、酒を飲みたい気分になる。

 まあ、中国の酒と言えば、あの茶色の独特な紹興酒か白酒くらいしか思い浮かばないが……

「何だろう? 重慶の地酒とかって、あるんですかね?」

「さあな? まあ、あってもおかしくはないだろうな。適当に調べてみたらどうかね?」

 そのように、定祐と上市の二人が酒を飲む気満々でいると、



「――待て。酒はやめておけ」



 と、妖狐が止めてきた。

「……んあ? どうしてだね?」

「え? もう、今日の仕事は終わったんじゃないですか?」

「早くも休息モードに入りおって、このトリプルTの低級動物ども。貴様たちの記憶はミジンコ並みか? 今デオとザオのやつらを囮としている途中であって、万が一何かあった際、急に動かないといけないこともあろう」

 のんべんだらりとした人間コンビを露骨に侮蔑する顔で、妖狐は答える。

「と言っても、化け物? そんな簡単に何か事が起きるのかね?」

「そうですよ。そんなトントン拍子に何か起きるんですか?」

「ふむ。その“何か”が起きそうな予感はするぞ」

「「え?」」

 妖狐に言葉に、定祐と上市が一瞬ピタッとなった。

 妖狐・神楽坂文は狐耳はピンと立っており、うっすらと紫のオーラをまとっていた。

 その雰囲気の変化は、先ほどまでやる気の抜けた顔だった定祐と上市にも緊張感を与えるものだった。

 続いて、

「見よ……」

 妖狐はタブレットを二人に見せた。

 重慶市内のマップが映っており、さらにその上に、


 ――ピンポン!


 との音とともに、何かが現れた。

 SNSの『いいね!』のようで、しかし中指を大きく逆立てたアイコン――すなわち、妖術、『あやしいね!』であった。

 なお、この妖術を簡単に説明すると、怪しいものや怪しい事象が起きそうな場所などに対し、フラグを立てるといった力である。

「またその『あやしいね!』か?」

「イェス! 中洲クリニック!」

「「うるせぇぞ。いちいちボケるなや」」

 またしてもボケる妖狐に二人は軽くつっこむ。

 ツッコミが入りつつ、

「――さて、これだけではないぞ」

 妖狐はさらに、ボワン……と音を立て、三国志に出て来るような金属円盤――すなわち銅鑼を召喚させた。

「な、何だ……?」

「な、何すかこれ?」

 定祐と上市がマジマジと見た。『あやしいね!』は見慣れているものの、こちらの銅鑼は初めてである。

「ふむ。この銅鑼が鳴ることでな、あの二人に危機が迫る――つまり、幽鬼が近づいているということが分かるのだ。まあ、『あやしいね!』はあくまでフラグを立てるだけで、いつ危機が起きるかのリアルタイムまでは分からないからな……」

「てことは……文さん――」

「――ああ、私の予感が正しければ、このまま何かが起きることになろう」


 ■■■


 場面は変わりて――

 ――いや、特に変わらず、同じく火鍋屋にて。

 刑事コンビのパンとハンは束の間の晩餐を楽しんでいた。

「ハフッハフ! かぁ~っ!! 生き返るぜ!! やっぱ火鍋よぅ!! 酒は飲めないが、久しぶりにゆっくり喰えて最高だな!!」

 ウーロン茶片手に、パンは歓喜しながら赤々と煮えた具材をかき込み、

「ハフーハフー! 最高だなー! パンちゃん」

 ハンも同様に高揚しながら食していた。

 暑さと辛さの為すハイテンションの中、

「――まあ、とは言っても酒がねぇのはもの足りねぇな」

「間違いないねー。それもこれも、幽鬼のせいだよ!」

「本当だぜ! ああ、さっさと解決してぇぜ、こんな事件よう!」

 パンとハンは軽く愚痴をこぼしながら箸を進める。


「――しかし、リンたち情報分析班のヤツらはご苦労なこった」

 パンはふと、リンのことを思い出した。

 今日のデオとザオたちの思わぬ発信から得られた大量の情報からか、まだ情報分析捜査に明け暮れているらしい。

「そう言えば、あそこも大変だなー」

 ハンも具をつつきながら感心する。

 その一方、パンは箸休めにスマホを手に取っていた。

 仕事用の、捜査用のアプリを開きつつ、同時にデオとザオたちのSNSも開いてみた。

 デオとザオのコンビのSNSで共有される幽鬼に関する大規模情報――

 そこから彼ら独自で分析を行っているようであり、何と感心することか……こちら警察や情報機関の情報分析捜査にも負けず劣らずのものであった。 

 集まった情報からシュミレーションされた幽鬼出没の予測警戒エリアや、SNSフォロワーの監視網がマッピング――

 まるで、さながらコンピュータの向こうにいる幽鬼と戦略シミュレーションゲームでも繰り広げているように見える。

 もし幽鬼が人間のプレイヤーであれば、自分が追い込まれているかもしれないというプレッシャーも与えられるかもしれない。

 つまり、真似事とはいえヤブ医者ならぬヤブ探偵のデオとザオはフォロワーを駆使し、幽鬼とそのような駆け引きしているということになる。

 まあ、裏にその妖狐とやらがいるのであろうが……  

「まったく……いつの間にアイツら」

「確かに、中々やりますなー」

 思わず、パンは憎たらしくも感心した。

 そこへ、


 ――プルルルル!


 と、パンのスマホが鳴った。

「ああ”? 何だぜ、おいおい? 今火鍋食ってるとちゅうだぜ、おい?」

 パンは眉間を寄せるようにしながら画面を見た。

 発信主は偶然か、先ほど話題に上がったリンからだった。

「あらー、リンちゃんからだねー!」

「おうよ! まったく!」

 パンは電話に出る。

「おう! 何だ? 今火鍋食ってるとこだぜ!」

『ちょっと聞いてよ、パン! ウチを含めて捜査機関のコンピュータがハッキングされて勝手に使われてんだけど!』

「何ぃい”?」

 パンが渋い顔し、さらに眉間を寄せる。

「――で、一体誰がハッキングしてんよぅ? ふざけたマネしやがってよう!」

『それがさ! おそらく、例の――日本の、妖狐の調査事務所の連中の仕業よ」

「何ぃい”……! まったく、妖狐だと!? ふざけた存在じゃねぇか!!」

『まあ、それ言ったらアンタだってパンダじゃん』

「うるせぇよ……!」

 パンはムスッとしながらも、

「まったく、調査するのはいいがよぅ! 猫耳か犬耳か知らんが、舐めたマネしてっとどやしあげっぞ!!」

 と、目の前にいるはずもない妖狐に対して息巻いてみせる。 

 そこへ――



「――あっ!? パンちゃん!! 狐耳!!」



 と、偶然のタイミングか、ハンが叫んで指さしていた。

「ああ”?」

 パンは怪訝な顔で反応して、ハンの指さした方を見てみた。

 すると、そこには確かにチャイナドレスに身を包んだ麗しい黒髪に狐耳をした女の姿があったのだ。

 パンは、その輩が妖狐であることを直感した。 

「おい!! てめぇ、この狐耳野郎!!」

 パンが怒声を上げながら妖狐の方に迫る。

「――な、何だ何だ!?」

「え? ちょ!? だ、誰っすか!?」

 定祐と上市が突如現れて怒鳴ってきたパンに驚く中、肝心の妖狐の神楽坂文はゆるりとした反応でパンたちの方を見る。

「ふむ……? 何だ貴様は?」

「何だじゃねぇぜ! てめぇ、警察と捜査機関のコンピュータにハッキングをしただろ! バカにしやがって!」

「むむむ? 確かにハッキングはしたが、バカにはしてないぞ? フハハハ」

「それをバカにしてるってんだよ、この野郎!!」

 キョトンと考える顔をした矢先に煽り顔する表情豊かな妖狐に、パンは苛立つ。


「とにかくだ! てめぇやったことは分かってんな? しょっぴいてやるぜ!」

「ぱ、パンちゃん! そ、そんなこと勝手にできないねー!」

「と、止めるなよ、ハン! だって、この狐耳野郎! ハッキングはするわ、人様をコケにするわで頭にくるぜ!!」

 ハンが止めようとするも、パンは突進してかかりそうな様子で妖狐に迫る。

 そこへ、

「お、おい、何といえばよいか? そこのパンダの人」

「ああ”? 何だ、てめぇは!? この気持ちの悪い天パのオッサンとしけた小娘が!!」

「おいおい! 気持ち悪いとか、今初めて会ったアンタに言われる筋合いなかろうに!!」

「そ、そっすよ! しけた小娘って何すか!!」

 さらに悪いことに、定祐と上市も火に油を注ぐようにパンとバトルモードになる。

「そ、それにだ! 確かにハッキングをしたこいつもこいつだが、我々だって一応、幽鬼事件を調べるておるのだ! 今、デオとザオの二人とも組んで、それなりに進展しておるのだ!!」

「そ、そうですよ!!」

「あぁん? お前たちが捜査しているだと? なめたマネしやがって……」

「ぱ、パンちゃん、落ち付くのだ!!」

 そのように、定祐とパンたちがヒートアップする中、



 ――ゴンゴンゴンゴンゴーン……!!


 

 と、今度はやかましくも銅鑼の音が鳴り響いてきた。

「な、何だこりゃ!? やかましいじゃねぇか!!」

「な、何の音なのだ?」

 パンとハンが驚いて耳を塞いでうるさがっていると、


「――ふむ。幽鬼が、恐らく現れたな」


 と、妖狐が言った。

「ゆ、幽鬼が現れただと……?」

「ほ、本当か? 化け物?」

 動揺するパンと定祐たちを、妖狐は急かす。

「ああ。だからだ、こんなところでバトってないでさっさと行くぞ、低級動物ども!」


 ■■■


 妖狐と定祐たち、それからパンたちも続き、駆け抜けるように火鍋屋から出てきた。

「お、おい! 待てよ、化け物!」

「ふ、文さん! ど、どこに行くんすか!?」

 先行する妖狐を定祐たちは追いかけながらも、その後ろから、

「お、おい、待てや! てめぇらぁ!!」

「ま、待つのだー!」

 と、パンたちコンビも続き、またさらに、

「おーい”! てめぇら! まだ金払ってねぇぞ!」

「コラァー! 待ちなさいよ!」

 と、急いでいたから金を払い忘れたのか、店員らが続いて追いかけてきた。

 そんな、昔の某ジャッキーのカンフー映画ばりにハチャメチャにシュールな構図の中、

「――とにかく場所はスマホで自動的に教えてやる。急いでるから私は先に行くぞ! 貴様たち、そこのバイクに乗ってけ!」

 妖術は宙に浮きながら、妖力でその辺に止めてあったバイクの鍵を解除した。

「の、乗ってけって!? ゼェゼェ……!! へ、ヘルメットは!?」

「そ、そっすよ! の、ノーヘルで乗るんすか!?」

「まったく、やかましいヤツらめ。これでも被れ!」 

 妖狐は言いながら、ガシャン! と二人の頭に金属製の“何か”を被せた。

 よく見る間でもなく、

「「――って!? これ火鍋じゃねぇか!!」」

 と、あろうことかヘルメットとして被されたのは火鍋であった!


 つっこみながらも、定祐と上市はバイクに乗る。

「てか先生、バイク運転できるんですか!?」

「しょ、少々だわい……!」

「しょ、少々って何すか!?」

「う、うるさいのう! とりあえず、行くしかなかろう! あの狐がうるさいし」

 定祐はエンジンをかけ、アクセルをふかして発進するも、下手クソなギアチェンジに加えて車体はふらつく。

「ひっ!? ひぃぃっ! う、運転下手クソじゃないすか! 先生!」

「や、やかましいのう! 我慢してくれんか!」

 後ろで上市が叫びながらも、定祐は何とかそのまま車体を安定させ、妖狐の後を追って走り出す。

 その後方からは、

「おい!! 待てや、てめぇら!!」

「ま、待ってなのだー!」

 パンたち二人と、

「おーい!! 待てやゴラァ!!」

「待ちなさいよ!! コラー!!」

 と、先と同じく火鍋屋の店員たちが続いていたが――



 ■■ 13 ■■



 デオとザオの二人はだだっ広い工事現場にいた。

 暗く、人の姿もない中――

 先ほどまで『○○地区を調査に向かいまっす!』と道中の写真を――それも場所の特定できる写真をわざとアップし、さらに『幽鬼に次ぐ――』などといった挑発的な投稿もいくつか行っていたのであるが……

「ちっくしょう、何でこんなとこに……」

 まず、デオが相変わらずの嫌そうな顔でぼやいた。

 幽鬼に襲撃された先回――幽鬼なんているはずないと踏んで行なった遊び半分の好意であるが、それは自分たちの意思で行ったのだからまだ分かる(まあ、馬鹿げた行為だと非難されているのは置いておき……)。

 だが今回は、幽鬼に再び襲われる可能性があると分かっているのにわざわざ出向いているのだ。

 それも、幽鬼を挑発してまで……

「デオ、俺ももうヤダよ……」

「――ったく、自分たちは火鍋食いに行きやがって、ふざけてんのかよ? あの狐? てか、ちゃんと俺たちを守ってくれるんだよな……? あいつ」

 二人は嫌気がさしてくる。

 しかしながらも、

「はぁ……一応、何か発信しとくか……」

 と、律儀な性格なのか、デオがそうつぶやいた。

 まあ、とりあえず形だけでも何かしておかないと、妖狐がうるさいのが鬱陶しい。

 やるだけのことはやって、それで何もなければ適当にキリが良いところで自分たちも飯でも食いに行かせてもらうとする。

 デオはそういう算段で、SNSで発信する用意をしようとした。

 その時――



 ――フワッ……



 と、デオは身体がふわりと軽くなったような感覚がした。

「――あん?」

 デオは軽く気のせいかと思っていると、

「ど、どしたん? ――え? えっ!? ちょっと!?」

 と、すぐに隣のザオが驚き動揺しはじめた。

 先日と同じく、嫌な予感のする中、

「お、おい、やべっ! やべぇぞ!!」

「ちょ、ちょっと!! デオ!!」

 デオとザオは慌てふためき、底なし沼を回避するがごとく足を抜こうとし、謎の力から回避する。

 この謎の力――

 さすがに二回目であるから学習しなければならない! すぐにピンときた!

「で、デオ、もしかして……!!」

「あ、ああ!!」

 二人が確信とともに顔を向けた先――

 そこには、再び不気味な黒づくめの姿が――幽鬼の姿があるではないか!!

  

 幽鬼はゆらりと、「……」と無言でこちらを見ているようだった。

 そして、

「――に、逃げるぞっ!! ザオっ!!」

「あ、ああ!!」

 二人は一目散にその場から離れようとした。

 その真横、

 ――カタッカタ……! ヒュー……ストンッ!!

 落ちてた鉄筋が急加速し、空に墜ちていかんとする!! 

 それも、その先端が二人に掠りかけながら!!

「う、うぉっ!?」

「あ、危ねぇっ!?」

 二人は寸でのところで回避する。

「や、約束が違うじゃねぇか!! クソっ!!」

「も、もう!! か、勘弁してよ!!」

 二人は叫びながらも、先回のように必死に走って逃げるより他なかった。


 ■■■■■


 定祐と上市はバイクに乗って急いでいた。

「ひっ! ひぃぃ! せ、先生! もうちょい上手に運転してくださいよ!」

「まったくうるさいのう! ちょっとは我慢してくれんかね!」

 相変わらず、お世辞にも上手いとは言えない定祐の運転で、坂がちの重慶の街を駆け、デオとザオが幽鬼に襲われている現場に向かって急ぐ。

 その横から、これまたどこから乗ったのか、パンたち二人もバイクで追いついていた。 

「――おい、てめぇら! ふざけてんじゃねぇぞ! ハッキングしたり警察の真似事して現場に向かったりしやがってよう!」

「わ、私に言わんでくれよ! 狐に行ってくれんかね!」

「せ、先生! と、とりあえず現場まで急ぎましょうよ!」

「そ、そうだよー! パンちゃんも今喧嘩ても仕方ないのだ!」

 言いあう定祐とパンに、上市とハンがそれぞれ諫める。

「ったく、現場だって? 警察のマネしてふざけやがって! その現場に幽鬼が出て来るのかよ!?」

「あの狐の言葉を信じればな! とりあえず、デオとザオの二人を囮にして捜査してるから、あの狐が向かったからにはその可能性は高かろう!」

「けっ!」

 パンは舌打しながらも、そのまま定祐たちについて行くことにした――



 ■■ 14 ■■



 デオとザオの二人は再び死に直面しかけていた。

 先回とおなじように、必死に幽鬼から逃げている最中なのだ!

 そして、これまた先回と同じか、二人は自分たちの車に辿り着いた。

「――で、デオ!! は、早く乗って逃げよう!!」

「お前ぇ!! 学習能力あんの!? 前の見ただろっ!!」

 車に乗ろうとするザオをデオが怒鳴って止めた。

 その次の瞬間――


 ――ガタッ!! ガタッ!! ヒュー……ストンッ――!!


 と、前のランボルギーニとまったく同じく、アウディも無残に重慶の空に墜落し、消えて行ってしった。

「やっべ、またじゃん!! てか、またお袋に怒られるし!!」 

「だっ! か! らっ!! てめぇはそんなこと言って場合かって!!」

 さっさと逃げるぞと、デオは絶叫するザオを引っ張った。

 デオは続けざま、スマホを手に取る。

 焦りながらも操作し、妖狐に電話をしようとするも、

『――カランコロン🎵 カランコロン🎵 ただ今、この電話は電波の届かないところにいるか、そもそも電話に出る気が毛頭ないため、おとといかけなおしてきやがれください。この低級動物ども』 

「あ、アイツっ!! ふざけんなって!! クソがっ!!」

 再生される機会音声にデオがぶちキレる。



 しばらく、二人は足場の悪い中走りながらも追い詰められる。

「ハァ、ハァ……。デ、デオ……俺、も、もうダメ」

「あ、あの狐……! ハァハァ……う、ウソつきやがって!! クソがっ!!」

 息切れぎれに、絶望しかける二人。

 建てかけの鉄筋コンクリの建物に辿り着くも、まだ一階部分を作っている途中であり、天井などもなく、頭上にはぽっかりと黒い大きな空が口を開いていた。

 すなわち、ここで幽鬼の力に襲われたら最後……抗うこともできず空に落とされてしまうだろう。

 そこへ、

「――あ、あっ……!」

「く、クソっ!!」

 と、二人の前に幽鬼が再び姿を現した。

 絶対的に絶望的な状況――

 見ると、黒づくめの幽鬼は“何か”を手に構えているではないか。

 その次の瞬間――


 ――グッ……!


 と再び、エレベータや絶叫マシンの初動の感覚に似たような、“浮く感覚”が二人に襲いかかる!!

「う、うう……!」

「ちっ……!!」

 泣き顔のザオとデオは舌打した。

 すでに体は1メートルと浮いてしまっている! あとはそのまま加速し、海の藻屑ならぬ空の藻屑となって消えてしまうだろう!!

「も、もうダメだァ!! デオォ!!」

「し、死ぬ……!! 空に落ちて死ぬとか勘弁してくれっ!!」

 二人が半泣きになりながら死を覚悟した。

 その時――


 

 ――フッ……――ドサッ!!



「――う、うぐぅッーー!?」

「ぐぅっ!?」

 二人は謎の力から解放されると同時、今度は忙しく重力の洗礼を受けて尻餅をついていた。

「い、痛てて……」

「な、何よぅ……――へ!?」

 尻をおさえながらザオとデオが見た先――

 そこには妖艶にもチャイナドレス姿の妖狐が、フワリと宙に浮きながら現れていた。

「あっ!! 狐!!」

「お”ぉいっ!! てめっ!! おっせぇよ!!」

「フハハハ、めんごめんご🎵」

 怒るデオたちに妖狐が煽り顔で詫びる。

「てめっ、ちゃんと謝れや! クソが!」

「まあ、そうカリカリするな……――というより、今はそれどころでないぞ」

 妖狐は嗤いながらデオを宥めつつ、一歩前に出た。

 妖狐・神楽坂文が幽鬼と対峙する。


 ――ゴゴゴゴゴ……!!


 とのごとく、場に重く漂う緊迫感――

 幽鬼は「……」と無言で、こちらを見ているようだった。

 とらえどころのない黒づくめであり、ここから見るだけではどのような姿をしているのか確認できない。

「お、おい……どうする気だ、アイツは?」

「き、狐さん……」

 妖狐の後ろで、デオとザオが幽鬼の出方に警戒する。

 その幽鬼はスッ――と、こちらに向かって何かをつかんだ腕を伸ばしたように見えた。

 次の瞬間――


 ――カタカタカタカタ!!!!!


 と、妖狐たちが立つ場所が激しく震え始める!

 同時に大小の様々な石や瓦礫、さらに先ほどと同じく鉄筋までが宙に浮かび、加速して空に落ちていくではないか!

「う、うぉぉ!? き、狐ぇ!! 幽鬼の力だ!!」

 デオが叫ぶ。

 再び身体を浮かせようとする謎の力に襲われ、すでに足地面から30センチほど浮き始めている。

 このまま何もしなければ、空に消えていった瓦礫や鉄筋、そして先のアウディと同じ運命になるのは免れない!

「き、狐さん! 何とかしてくださいよ!! こ、このままじゃマズいっす!!」

「ふむ。確かにな」

 ザオの声が聞こえ、妖狐は“何か”の構えをとった。

 まだ宙に浮いていない妖狐は片膝を立て、地面に手をついた。

 妖狐の周りから地面にかけて白く輝くオーラがまとい、逆に幽鬼の力――空に落とそうとする謎の力は黒く可視化され、それを妖狐の白いオーラが中和させるごとく拮抗する。


 ――ゴゴゴゴゴ!!!!!


 と、先ほどより激しく揺れる空間!

「くっ……! 思ったより強大な力だな」

 妖狐はそう言いながらさらに力をこめようとする。

 拮抗しているが少し押される形であり、幽鬼の力が――黒く邪悪なオーラがこちらを侵食しようとしていた。

 また、さらにいえば幽鬼はどこか余裕そうに佇んでおり、一方の――こちらの妖狐・神楽坂文は汗を垂らし、顔にはうっすらとヒビが入りかけている有り様であった。

「ハァ……ハァ……」 

 妖狐は息が荒くなり、膝立ちしている身体がふらつき始める。

「お、おい! 狐!」

 デオの声が聞こえた。

 チートクラスの妖力を持つとはいえリボ払い式の妖力であり、時に枯れるような状態になるまで身体に負担がかかる。

 すなわち、このままでは幽鬼の力に圧されてしまう可能性がある――

「ぐっ……!」

 妖狐は脂汗を垂れながらも堪え、何とか凛として身体を起こす。

 そのまま、再び幽鬼の力に対抗するようにオーラを放出して盛り返そうとした。

「が、頑張ってくれよ! 狐!!」

「た、頼むよ! 狐さん!!」

「ちっ、やかましいやつらめ! 充分やっておるだろうに」

 妖狐は舌打ちしながらも一層妖力を注いで幽鬼の力を押し返し、浮いていたデオとザオの二人が降りてきて、その足を地に着けた。

「――お、おおっ! やったぜ!」

「き、狐さん! やるじゃん!」


 一旦、幽鬼は攻撃の手をとめた。

「……」

 無言で、幽鬼は再びこちらをジロリと見ているようだった。

 得体のしれない視線と気配――

「お、おい! また来るぞ……!」

「き、狐さん!」

 安堵するのは束の間、デオとザオは再び幽鬼の出方に警戒する。

「――ああ、分かっておる……ハァ、ハァ……」

 緊迫する空気の中、肩で息をするように苦しそうな状態の妖狐は何とか身体を起こそうとしていた。

 ただ、そんなこちらの状態などお構いなしに、幽鬼は再び“何か”を持った手をこちらに向ける。

「く、来るぞ! 狐!」

「――!」

 デオの声に妖狐は目を見開いて構える。

 幽鬼の力がどのようなものか、何となくは分かった――

 しかし、その力は今の――枯れそうな自分の妖力とは反対に、無尽蔵に沸いて来るというのか!

 ゴゴゴゴゴ!!!!! と幽鬼の力が湧き出、再度こちらに襲いかかろうとする!!

 まさにその時、


「――ふ、文さーん!!」

「ば、化け物っ!!」


 と、定祐と上市の声が聞こえてきた。

 また、頭に火鍋を被ったまま駆けつけて来た二人に続いて、 

「――おーい!! 大丈夫か!! お前たち!!」

「大丈夫かー、なのだー!!」

 パンとハンの二人もやって来た。

 突然の定祐やパンたちの登場に、幽鬼は「――!」と、ビクッと驚いた反応をしたように見え、攻撃しようとしていた手を止めた。


「――何だ? 遅いぞ、貴様たち」

 妖狐はゆるりと定祐たちの方を振り向いた。

 さらに目まぐるしいことに、彼らの登場に加えて忙しく(せわしく)、


 ――ウ~~!! ウ~~!!


 と、サイレンの音が重なって響いて来るとともに、10台近くの警察車両が現れ、同時にタタタタッ!! と、迅速な足とともに装備に身を包んだ武装警察の隊員たちが包囲する。

「!!」

 さらに驚く幽鬼。

 それだけでなく、


 ――バババババ!!


 と、今度は爆音とともにヘリコプターも現れ、陸と空から包囲を固めていた。

 まさに一変する状況――

 そんな中、

「お前が一連の消失事件の犯人! 幽鬼だなっ!」  

 パンが幽鬼に向かって叫んだ。

 また、武装隊員はライフルを幽鬼に向け、いつでも撃てるよう構えている。

 続いて、

「犯人に告ぐ! 投降せよ!」

 現場司令を執るリュウ・ジン(劉・静)がメガホンで呼びかけた。

 しかしながら、先ほど怯んでいたはずの幽鬼はゆらりと、“何か”を手にして動こうとしていた――

「手に持っている物を捨てろ!! 抵抗しても無駄だ!! 下手なことをすれば撃つ!!」

 リュウの呼びかける声とともに、ジャキッ!! と、武装隊員たちの銃口が再び幽鬼を威圧した。

 だが、それにもかかわらず幽鬼はスッ――と“何か”を持った手を伸ばす。

「う、撃てぇぇーー!!」

 リュウの声が響く。

 続き、

 ――ダン! ダン! ダン! ダン! ダン……!

 と、隊員たちの精確かつ淡々とした射撃が――銃弾が幽鬼に向かって襲いかかる!!

 だが、


「――なっ!?」


 リュウが思わず驚きの声を上げた先――

 何とあろうことか! 幽鬼に向かって放たれた銃弾は全て重力を無視する――否、まるで巨大な反重力によってその軌道を強引に曲げられ、空に直角に落ちていってしまったのである!

「お、おぉ!?」

「ど、どうなってんだっ!?」

 隊員たちはどよめき、思わず後ずさりする。

 さらに続き、幽鬼は今度は自分のターンとばかりに再び謎の力をこちらに放つ!

 飲みこむように広がる黒いオーラが!! この場にいる全ての者ものに襲いかからんとする!!


 ―― ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!!!


 先ほどよりも激しく震える地面!!

「う、うぉぉ!?」

「な、何だ!? か、身体が!!」 

 隊員たちが、それどころか警察車両も宙に浮き始める!

「お、おい化け物! 何とかしろ!!」

「ふ、文さんー!!」

「ちっ……!」

 定祐と上市の叫び声が聞こえる中、妖狐は舌打した。

 想定外の幽鬼の力か、一時的に枯れる寸前になる覚悟とともに妖術を発動させる。

「がっ……!!」

 妖狐は崩れるように地に膝と手をつけた。

 その顔は脂汗がにじみながらも痛ましくヒビが走り、口からは血が垂れる。 

 地面が地震のごとく揺れ続ける中、妖狐の力と幽鬼の力が拮抗する。

 しかし、それも空しく、

「――あっ!? あぁああああーー!!」

「た、助けてくれぇ!!」

 と、助けきれなかったか、絶叫とともに何人かの隊員や警察車両が空に落ち、そのまま消えていってしまう。

 また一方、

「――ぱ、パンちゃーん!!」

「つ、つかまれ、ハン!!」 

 パンは鉄筋をつかんだまま、空に落ちそうになるハンを間一髪で助ける。

 ただ、幽鬼の力は変わらずにこの場にかかり続けており、このままでは早かれ遅かれ幽鬼の力の犠牲になってしまうだろう。

「き、狐ぇ!! 何とかしてくんねぇか!!」

「ちっ! そんなこと分かっておる! 低級動物め……ハァ、ハァ……」

 妖狐は舌打ちしながらパンの声に答える。

 満身創痍の状態――人間で例えればヒグマに全身を骨折させられた状態で、かつ体を内側から貪るアマゾンの怪魚、カンディルに内臓を齧られるような、拷問のごとき状態――にもかかわらず、リボ払い式妖力のツケを耐えながらも妖狐は凛として立ち、再び妖力を振り絞る。

 白いオーラを放つ妖狐。

 オーラは広がるとともに具現化される。

 一帯を囲うように木製の杭、そしてそれらを結ぶ縄と紙垂(しで)と――

「――な、なんでぇ! そりゃ!」

「ば、化け物、何をしてるのだ?」

「……ハァ……ハァ……さ、さしずめ、日本式簡易結界というところだ……。このエリアを……一時的だが幽鬼の力が及ばないようにする」

 妖狐は堪えながら、パンと定祐に答える。

 すると、妖狐が言ったとおり、カタカタカタと揺れていた地面の揺れは呆気なくも次第に収まり、宙に浮いていたパンたちや警察、武装隊員たちも再び地面に足をつけた。

「――ぱ、パンちゃん!」

「た、助かったのか? どうなった? どうなったんだ、おい?」

 危機一髪、助かったパンたちが束の間の安堵とともに騒めいた。

 その中――



 ――ドサッ……!!



 と、妖狐が崩れ落ちる音がした。

「ふ、文さん!!」

「ば、化け物! 大丈夫か!?」

 定祐と上市が駆け寄り、

「お、おい! 狐!」 

「だ、大丈夫かー!?」 

 続いてパンたち、皆が駆け寄った。

「ハァ……ハァ……――ガハッ!」

 妖狐・神楽坂文は吐血しながらも身体を起こす。

 そこにリュウもやって来る。 

「き、君、大丈夫かね!? す、すぐに救急車を……!」 

「ハァ……ハァ……すまぬが、いらんよ。私は妖狐であるから、心配はいらん。とりあえずだ……ハァ、ハァ……この一帯は一時的だが、幽鬼の力が及ばないようにしてある……」

 妖狐は心配するリュウに答えた。

 その最中、


「――ゆ、幽鬼が逃げるぞ!!」


 と、隊員の声が響いてきた。

 見ると、黒づくめの幽鬼のシルエットが宙を舞い、この場から消えようとしていた。

「なっ!? く、くそっ!!」

 リュウの声と同時、

「う、撃てぇぇーー!!」

「幽鬼をにがすなぁー!!」

 隊員たちの声が再び響く。

 続けざま、銃声がもはや破れかぶれに響くも、その全ての軌道は幽鬼の力によって曲げられ、掠ることもない。


 嘲笑うように幽鬼が逃走する中――

 妖狐や定祐たちはもちろん、パンたちもただ眺めるより他なかった。

「くっ……! 逃げられちまうのか……!」

「ぱ、パンちゃん、どうなっちゃうのか……」

 悔しがる顔のパンとハンのが眺める先、今度は警察のヘリコプターが幽鬼の逃走を阻止しようと動くも、そのヘリすらも宙を舞う幽鬼に翻弄される。

 そんな中、狙撃手が半分身を乗り出し、何とかライフルを構えているのが見えた――

「お、おい……ま、待て――!」

 パンはゾクッと嫌な予感がした。

 しかしその予感も遅く、幽鬼の力がヘリとその隊員たちに襲いかかった。

 ヘリは操縦が効かなくなったようにガタガタ揺れる。

 そして――


「あっ! あぁあ”あ”あ”!!!!!」


 と、数百メートルの空中から悲鳴が響いた。

 狙撃手が幽鬼の力によって放り出され、無慈悲にもそのまま重力と逆の方向へ――すなわち、回転するロータににつっこみ、空中でミンチになる断末魔を上げたのだ!

「パ、パンちゃ―「ハン! 見るんじゃねぇ!」

 惨劇に、パンがとっさにハンの目を塞ぎ、

「――!!」 

「なっ!! なんてことを……!!」

 上市と定祐は目を見開いて唖然とした。

 目の前で繰り広げられた残虐な一幕――

 その間も、襲われたヘリは無慈悲にも空に墜落していき、幽鬼は1機、2機と容赦なく始末していく。

 上空に空しく響くヘリの音が遠くなる中、幽鬼による殺戮劇が終わる……

「――お、鬼め……この鬼めっ……!!」

 無力感の中、リュウが炎上し空に墜落していくヘリを目に焼き付けながら、怒り拳を震わせていた。


  ――― 第4話に続く

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