第2話

 ■■ 6 ■■



「――ちょっとぉ! 探偵として調査を続けるって、どういうことなのよぉ!?」

 ホンヤートンのカフェに、デオの大きな声が響いた。

 自分たちは、いわゆるボディーガードのようなつもりで妖狐たちに助けを求めたはずであるが、話がおかしな方向になっているではないか?

 それに、幽鬼に遭遇した時、確かに自分たちは探偵ごっこのような企画を動画でやっていたのは間違いない――だが、そんなのはあくまでも企画の中のおふざけではないか?

 そのように、妖狐の思いつきに困惑するのはデオだけでなく、

「そうだぞ、化け物。どういうつもりだ?」

「そ、そっすよ、文さん」

「黙らっしゃい! 喋るな、金魚のフンみたいに、貴様たち! 喋る人数が増えるとめんどくさいというのが分からんか!」

 説明を求める定祐、上市に理不尽に妖狐がキレる。

「「え!? そこなの!? キレるとこ!?」」

「イェス! 中洲クリニック!」

「「おい、キレるくらいならボケるなや!! クソが!!」」

 キレとボケを直後に繰り出すというサイコパスまがいなことをする妖狐に、定祐と上市はクソ呼ばわりしてキレてつっこみ返した。


 再び本題に戻る。

「この二人が探偵って、何でそんなことするのだね? 化け物」

「ふむ正確に言えば、探偵役だ――」

 妖狐はドヤ顔し、指を三本立てる。

「――理由は3つだ。まず、こやつら二人を守るというが、考えてみろ? 守るのに一番手っ取り早いのはどうすることか? ぽけーっとしてただ防御の姿勢に入るよりも、こちらから幽鬼を捕まえにいく方がが手っ取り早かろう?」 

「「つ、捕まえるだって……?」」

 定祐とデオが声をそろえた。

「そうだ……。でなければ、我々が2カ月3カ月、半年と貴様らのボディーガードを話になるだろう。だが、我々もそんなに暇ではない。それに、捜査機関もここ2、3カ月、犯人とされる幽鬼の姿をまったく掴めてない状況から考えるに、そう簡単に幽鬼が捕まることは期待できないだろう」

「まあ、確かにな」

 定祐もここは納得する。

 この妖狐の言うとおり、さすがにそんな長い間この二人の面倒を見るのは無理だろう。

 しかし、その幽鬼を捕まえることと彼らが探偵役とは、いったい……?

 そのように考えていると、

「――このことを踏まえたうえで、もしこちらから幽鬼を捕まえようと思うならだ……。貴様たちが幽鬼の目撃者であること、そして幽鬼が貴様たちを狙っていることが、逆に駆け引きする上でアドバンテージになるのだ」

「「あ、アドバンテージだって?」」

「ああ。貴様たち、SNSで影響力がそこそこあるのだろう? そのまま堂々と探偵として対決姿勢をみせればよいのだ。幽鬼を挑発したり、追い込んでいるというプレッシャーを与えることもできるだろう」

「ま、マジかよ……」

「……」

 ドヤ顔しながらこちらを指さす妖狐。その指先の圧に、デオとザオは思わずピタリと固まってしまった。


「――以上の理由で、こやつらを探偵役にするのだ。異論はあるか? トリプルTども」

 妖狐はデオたちを指さした状態で、今度は定祐たちにも意見を聞いた。

 ただし、赤いオーラを漂わせながら――その後ろには禍々しいハエ取り草のような魔界植物をひょっこりとチラつかせながらであったが……

「「いや、私らはないけど。お前さ、ノーと言わせる気ないだろ……ていうか、理由は3つあるんじゃなかったのか?」」


「――!」


 妖狐・神楽坂文はハッと、大きく目を見開いた。

「あん? どうした……?」

「ふ、文さん……?」

 定祐、上市が恐る恐ると妖狐の様子を窺うも、時すでに遅し。二人はつっこんではいけないところをつっこんでしまったのだ。

 ゴゴゴゴゴ……と沸き立つ威圧感と地獄のような赤黒いオーラ――

 そして、妖狐の表情が鬼神のごとき表情に変わる。

 また先ほどの魔界植物が蠢き、ヤマタノオロチのごとく定祐たちの方にその矛先を向けようとしていた。

「「へっ……?」」

 嘘だろ……と、思わずフリーズする二人。

 その次の瞬間、魔界植物は襲いかかってくる。

「うっ!? うわあああ!! や、やめろぉおおお!!」

「ちょっ!? ふ、文さーーん!!」

 逃げる間もなく定祐と上市は魔界植物に捕捉され、その悲鳴が喧しくカフェに響いていた――


 ■■■


 ――数分後。 

「ちょ、何で一緒に縛るんすか!? あ、あ、暑苦しいっすよ先生!!」

「う、うっさいわい!! 私だって、好き好んでこんな状況になったワケじゃないて!!」

 定祐と上市は二人そろって魔界植物に拘束されていた。

「ちょ、せ、先生!! も少し離れてくださいよ!! てか、わ、私のお尻触ってますよ!!」

「そ、そんな無理言うなて!! ふ、不可抗力ではないか!!」

 密着する状態で、二人は互いに赤面しながらもがいて争う。

「ふ、文さん!! 解いて下さいよ!!」

「そ、そうだぞ!! 早く私らを解放しろ、お前!!」

「やかましいぞ。そのままの状態で拘束されておれ、低級動物ども! それに、どうだね、ロリコン定祐よ? ラッキースケベなどするまでもなく、上市の小娘とあともう少しで合体できるゼロ距離でくっつけてるのだぞ? 良ければ、もっと卑猥な形で拘束してやろうか?」

「「おい、いい加減にしろ!! 合体とか卑猥とかいうなや、完全アウトだろが!! てか、もう捕まってくれよ、お前!!」」

 定祐、上市は叫びつっこんだ。

 ラッキースケベならまだしも、ドン引きするレベルの妖狐の発言である。


 そのように定祐と上市の二人を拘束プレイしたまま、

「――さて、理由は一応説明したぞ。『はい』か『いいえ』で答えよ。貴様たち」

 妖狐は鬼神のように立ち、今度はデオとザオの二人に決断を迫る。

 その背後にはやはり、ぬるりと先ほどの魔界植物をチラつかせながらであるが……

「お、おまえ!! 『いいえ』と言わせる気ねぇじゃんよ!!」

 妖狐の怒気と魔界植物に圧倒されながらも、デオは声を荒げる。

「さあ、さっさと決断するのだ」

「く、クソったれ……!」

「(で、デオ、ここは黙って従っとこうぜ……!)」

 ザオが小声でデオに、大人しくするように耳打ちする。

 ここで抗っても、相手は喧嘩して勝てる相手でないのであり、抵抗姿勢は無駄なだけである。

「ああ”? こんなヤツの言うこと聞けってのぉ?」

 デオは従うのを嫌がるが、魔界植物は容赦なく迫ってくる。

「あ、あ……あっ……」

 恐怖に震え、後ずさりするザオ。

「――さあ、あと3つ数えてやろう。その間に答えよ」

 妖狐・神楽坂文が冷たい表情で二人に最後通牒を突き付ける。

「ちっ……! 狐ぇ……!」

「わ、分かったっすよ! 狐さん! お、俺たちやりますよ!」

「お、おい!? ザオ!!」

「し、仕方ないっしょ!! そんな、反抗しても無駄じゃん!!」 

 デオが最後まで抗おうとするもザオが先に白旗を上げた。

 ここは『はい』と大人しく返事しておく方が賢明であろう。どうしようもないシチュエーションであり、ここでウダウダしていても仕方がなかった。

「ほう? 分かったと……つまり、やると言ったな、貴様?」

 妖狐が確認する。

「や、やりますから!! き、狐さん、それ下げてよ!!」

「ふむ……分かった」

 妖狐は頷いた。

 ザオの懇願を聞きいれてくれたのだろう。

 そのように見えた、その時――



「――あっ」



 と、うっかり八兵衛のごとく! 妖狐の声とともに魔界植物の触手がデオとザオに襲いかかった!

「ちょっ!? おい!! てめえ、話が違うじゃねぇか!?」

「き、狐さん!! や、『やる』って言ったじゃないすか!? 引っ込めてくれるって言ったじゃないすか!?」

 二人は抵抗する間もなく、定祐たちと同じように拘束されながら叫んだ。

「むむむ? そんなこと言ったか?」

「お、おい!! とぼけてんじゃないわよ!!」

 あざといドジッ子仕草で考える妖狐にデオがキレてつっこむ。

「とぼけるだと……? 何を言っている。私は『はい』か『いいえ』で答えろとしか言ってないぞ。『はい』と答えたらこいつが襲ってこないなど、一言も言ってないがな。フハハハ!」

((((ほんっと、クズだわ。こいつ……))))

 煽り顔で嗤う妖狐に、定祐とデオたち4人ともドン引きしていた。



 ■■ 7 ■■



 重慶市内――

 オフィス、工事現場、学校と――街のあらゆる場面で幽鬼事件の話題が上がるのが日常になっていた。

 おとといも人が消えた、昨日は何人消えた……。どこそこの路地裏で消えたとか、地下鉄の出口で消えた、あるいはカフェを出たところで消えた……。そして、今日もまたどこで何人消えるのだろうか? また、それが自分である可能性はないのだろうか?

 そのようにぼんやりとした不安が続く日常――

 まるでその昔、いつ空が落ちて来るのかと心配性の男がしたような――“杞憂”という言葉が張り付くような日常ではないか。

 だが、そのような陰鬱とした中、とあるSNSでの発信に人々が注目することになる。


 ヘルメットに作業着姿の作業員らが休憩中、麻雀に興じている建築現場で。

 はたまた、そろそろティータイムだと言わんかのように、ダラダラしかける都心のオフィスで。

 そして、市内のある高校でも、それは起こった――

 午後のだらける休憩時間のでのこと、

「――おいおい、皆!! ちょっとこれ見てくれよ!!」

「あん? 何だよ? それ?」

「え? 何? 何?」

「あいつら、デオとザオのやつら、死んでなかったみたいだぞ!! 何か新しい配信上がってるし!!」

「嘘ぉ!? 生きてたの!? 良かったー!! てっきりあのまま二人も消えちゃったかと思ってたし!!」

「え!? ホントか!? ちょっと見てみるわ!」

 などと、誰かが気づいたのを皮切りにして、皆で一斉にスマホを視て盛り上がる。


 スマホ画面でのこと――

 ホンヤートンを前にして動画は始まる。

『うぃ~っす……! 我々は、ザオと……、ディオ……っだ!』

 ウザいポーズをタイミング悪くきめるというお決まりとともに、デオとザオは登場した。

 ただ、その表情はいつもと違って若干ぎこちないように見えていたが……

 続けて、デオが話す。

『まず、先日の配信から我々がどうなったかと、皆さん心配だったと思いますが、我々はこのとおり、無事です!』

『はい、先日は、昨夜は心配をおかけしてすみませんでした』

 いつもの配信ではおちゃらけた調子であるが、今回の二人は神妙かつ真剣そうな様子であった。

『恐らく、皆さん信じがたいことだと思いますが、結論からいうと我々はあの調査現場で、幽鬼に遭遇しました……。そして、残念ではありますが、その犯行を止めることができませんでした……』

『ただ、幽鬼がいったいどのような力で人々を消してきたのか、僕たちはこの眼で見ました。これも同じく、皆さん簡単には信じられないことかもしれませんが、幽鬼は“謎の力”で、人や物を空に落としていたのです!』

 ザオが真面目な面持ちで抑揚を整えて続けた。

『――ですから、消えた人や物が再び現れることは絶対にありませんし、犯行の証拠も残ることはほとんどありません……。そして、おぞましいことですが、夜に目撃される怪光は、この際の――大気圏で人体が燃え尽きる際のものなのです』

 ――と、ここまでの動画の内容でも、

「う、嘘だろ……」

「ホントかよ? またふざけてるだけじゃないの?」

「う~ん……でも、今日の二人さ、何かいつもと違って結構真剣に見えるけど」

 などと、各々の視聴者に衝撃を与えるものであった。

 そのまま、

「ちょっ、続きめっちゃ気になるんだけど……!」

「もしかして、本当に探偵調査でもやってくれたりして。それなら、マンガみたいで面白い展開じゃん」

「とりあえず、早く全部見ようぜ! 先生来ちまうし!」

 学生たちは休憩時間の終わりというリミットと教師という強敵が迫る中、ハラハラしながら視聴を続けた。


 以下、再び動画は続く――

『幽鬼の、この恐ろしい力……そして幽鬼の犯行を目撃した我々は、しばらく命を狙われているという恐怖に怯えていました――』

 デオが神妙な面持ちと重いトーンで語りながらも、

『――ですが、しかし……! いつまでも恐れるだけではダメだと、我々は立ち上がらなければダメだと思ったのです!』

『そうです! 守りに入るだけではダメなのです。こちらから手を打って攻めていかなければなりません。そのためにも僕たちは再び! 探偵調査として発信していくことを決めました!』

 と、反転攻勢のごとく二人は顔を上げ、幽鬼に立ち向かうと宣言した。

 そんなデオとザオに、

「おお!! マジかっ!!」

「え? ホント? ホント!?」

「おいおいおい!! 何か面白くなってきたじゃん!!」

 学生らは歓声を上げて盛り上がった。

 また、再び動画の中からデオたちは視聴者やフォロワーに呼びかける。

『――私たちの手で、幽鬼を追い込むのです。そのためには、フォロアーの皆さんの協力が必要です。皆さんの力を集めれば幽鬼を捕まえることも可能なのです!』

『では、我々これから調査に戻ります。アデョス……!』


 ■■■■■


 場所は変わって、重慶市内の警察署内にて――

 刑事コンビのパンとハンの二人も、デオとザオたちのSNS動画配信を視ていた。

「こ、こいつら……いったい、何のマネしてんだよ……」

「ありゃー……これはこれは……」

 苛立って面白くなさそうに表情を歪めるパンと、方やハンは小籠包にかぶりつきながら呑気に感心したように眺めていた。

 パンはただでさえこの富二代コンビを毛嫌いしており、その彼らが探偵の真似事みたいな発信をするのは腹立たしかった。

「まったく、このガキども! どうせ、この騒ぎに便乗してもっと目立とうって魂胆だろが! ふざけてんならドヤしあげっぞ!」

 パンはモフッとした手ながら机を叩く勢いで声を荒げながらも、「――ですよね、部長」と、丸くなったようにトーンダウンし、部長のバン・テッキョウ(番・鉄強)に同意を求めた。

「う”~ん”……」

 ボス熊を思わせる風体の厳つい男、刑事部長のバンは渋い顔で腕を組んで唸った。

 そこへ、

「――でも、彼らの発信がそれなりに有用そうであるなら、彼らにも協力してもらってもいいのでは?」

 と、女の声がした。

 身長高く、軽くウェーブがかった長髪で表情冷徹な情報分析部員のリン・ズーハン(林・紫涵)だった。


「おいおい、リン! こんなやつらに協力だとぉ?」

 冗談言うなよと、パンはさらに嫌そうな顔をする。

「まあまあ、私も彼らのことはそんなに好きでないが、彼らは彼らで莫大なフォロワーがいるし……言い方は悪いが、そのツルの一声というやつで、SNS網から多くの情報や自発的な協力を得ることもできるかもしれないではないか?」

「う”~ん”、確かにな。そういう風にいけば、捜査に新たな展望が見えてくることもあるだろうな」

 淡々とした様子で答えるリンに、一理あるとバンは考える。

「で、でも、部長……! こんな、『幽鬼が不思議な力で……』って話、信じるんですかい?」

「まあ、私もにわかには信じがたいのは同じだ……。だがな、少し話は変わるがな、実はな、“この連中”が……恐らく今回の案件に絡んでか、国内に入って来てるのだ」

 バンが重い様子で、パンたちに何やら資料を見せる。

「「――神楽坂……怪奇調査、コンサルタント事務所?」」

 パンとハンの二人は奇妙なものでも見る顔して読み上げた。

「そいつらな……お前たちはまだ、名前も聞いたことないだろう?」

「え、ええ……」

「聞いたことないのだー」

「まあ、お前たちが想像できるか知らないが、世にはな……表向きに発表できないが不可思議な事件というのも時々起きていてな。それは我が国も例外ではない。それでな、この連中はこれまでも……そういった類の事案の調査に協力し、解決に関わっているらしいのだ」

「は、はぁ……」

「ほほう……何か、映画みたいな響きですなー」

 何かシークレット情報感を匂わせる雰囲気でバンが話したが、パンは半信半疑そうであり、ハンはそもそも逆に、能天気にも感心した様子であった。

 そのようにしながらも、

「――まあ、そんなことはいいから。お前たち、休憩は済んだんだろ? さっさと捜査に戻れ!」

 と。バンが強面な顔で威圧するように二人に命じてきた。

「わ、分かりましたよっ! 部長!」

「分かりましたのだー」

 慌てたようにパンと、方やハンは相変わらず能天気な様子で答えるとともに、そそくさと退散して再び捜査に戻っていった――



 パンたち二人が出て行ったあと、室内は少々静まっていた。

「まったく、アイツらは……」

 バンがやれやれと溜め息交じりに呆れる。

 そこへリンが、

「――さて、どうしますか、バン部長? 例の、この富二代の二人の発信から、幽鬼に関する有用な情報が徐々に集まってきてますし。また、これは諜報活動による情報ですが、この二人は先ほどの妖狐の――神楽坂事務所に何らかを依頼してコンタクトしているようです……。そこで、我々も、“彼ら”とコンタクトをとってもよいかと考えているのですが……」

 と、が相変わらず淡々とした様子で相談してきた。

 諜報――すなわち、デオとザオたちの二人と妖狐との通信の傍受のことも、包み隠さずに話しながらであるが……

「う”~む”……そうだな……」

 バンは腕を組み考える。

 一応、機密であるが妖狐のこと――日本の神楽坂事務所のことは、断片的であるが知っていることには知っている。

 そして今回、通常の犯罪の捜査でなく、犯人が幽鬼という得体のしれない案件の可能性もあり。であるからこそ、少々胡散くさいながらも妖狐たちの力も借りてもよいのは自分も同じ意見であった。

 ただ、

「――まあ、空に落ちたなどな……私には、まだにわかには信じられない。彼らの協力を得てもよいが、その前にこちらとしても何か掴んでおきたいのだが……」 

「もう少し待つ、ということでよろしいでしょうか?」

「う”む……まあ、それなりの、何か証拠というべきものがあればな……」

 と、バンは何かモヤモヤした感じがしながら天を仰いだ。

 そこまで期待はできないにせよ、パンたち二人が何か見つけて来てくれることを願いながら――



 ■■ 8 ■■



「――はい、カットォ~」

 ホンヤートンに妖狐・神楽坂文の声が緩く響いた。

 続けて、

「ったく! 何が、カットォ~だよっ!! こんなことさせやがって!!」

「そうだよ!! もう最悪だし!!」

 デオとザオの二人が心底嫌そうに文句を垂れて喚いた。

 そうである――

 すなわち、今回二人が配信した動画であるが、その撮影をしていたのは妖狐・神楽坂文であったのだ。

 またそこへ、

「――ど、どうでした? 文さん?」

 と、上市理可が恐る恐るとタブレット片手に妖狐に聞いてきた。

 画面には何やらスピーチ原稿のようなものが書かれてあり――つまり、動画内のセリフは上市作のものであった。

「まあ、良かろう。少し稚拙でぎこちないかもしれないが、低級動物にしてはよく頑張ったほうだ」

「稚拙でぎこちなくて悪かったですね。ああ、ムカつくわ」


 再び妖狐がデオたちの方を向いた。

「――さて、貴様たちよ。いつまでグチグチと不貞腐れておるのだ?」

「だってよう……」

「探偵として引き続き調べるって配信したけど、具体的にどうすんすか?」

 不貞腐れたままのデオは横に、困惑した様子でザオが尋ねる。

「ふむ。まあ、待っておれ」

 妖狐はそう言うと、何やら右手をスッ――と虚空に伸ばした。

 日本画のごとく美しい緑のオーラを帯び、何やらデジタル回路のような金糸とともに蔓植物が具現化される。

 妖術、“葛葉”――

 あらゆる情報網に侵入、ハッキングして情報を蒐集する力を持ち、その情報蒐集能力は本気を出せば大国の情報機関にも匹敵するという、若干チート気味のものである。

「――お、おい、これで何する気よ?」

「まあ、見ておれ」

 妖狐はそう言いながら、葛葉の蔓をデオのスマホに伸ばした。 

「お、おいっ!? やっ・めっ・てっ!! 俺の携帯ぃ!!」

「喚くな。いいから、そのまま見ておけ」

 葛葉の蔓はデオのスマホに絡まり、画面を侵食していく。

 もちろん物理的に画面を破壊しているわけでないが、蔓が水面に入るように画面に侵入していく様は、まるでアニメの超現実的な光景に見えるだろう。

「き、狐さん。これはいったい、何をしているんですか……?」

 恐る恐るとザオが聞いた。

 その時――



 ――ドサッ……!!



 と、音がするとともに、チャイナ服姿の妖狐が膝から崩れ落ちたていた。

「「―-って、おい!? 何してんの!?」」

 声をそろえて驚愕するデオとザオ。

 その先では妖狐が、「ハァ……ハァ……」と息切れしながら身体を起こそうとしていた。

 相変わらず、憎たらしくも艶やかな様でありながらであるが……


 また、遅ればせて定祐と上市も側に駆け寄った。

「ふ、文さん?」

「おい、どした?」

「ハァ……ハァ……また、いつものリボだ」

「「ああ。また、その“リボネタ”な」」

 定祐、上市は普段から見慣れているのか、またいつものアレかとのごとく冷たく声をそろえた。

 その一方、

「「リボだって?」」 

「ふむ……。チートクラスの我が妖力だがな、日本でいうところのリボ払い式でな……そのツケが溜まっておるのだ」

「「は、はぁ……」」

 事情が分からず怪訝な顔するデオたちに妖狐は答えた。

 答えながらも妖狐は続けて、

「まあ、リボはさておき……この“葛葉”という妖術、貴様たち中国や米国、ロシアの諜報機関並みの情報蒐集能力をもつ妖術だ。最低でも重慶―上海間の高速鉄道8本分の妖力を使う」

「「「「いや、よく分からん換算なんだが……」」」」

 脂汗垂らして話す妖狐に、4人同時に困惑混じりでつっこんだ。

 また、さらに妖狐は続ける。

「それにな、そもそも先ほど、貴様たちと貴様たちを縛るのに召喚した魔界植物……あれで実は三峡ダム1杯分ほどの妖力を使ってしまったのだ」

「「「「もうそれ、ただのお前のムダづかいのせいじゃねぇか、おい」」」」


 ■■■

  

 気を取り直して、再び妖狐たちは事を進める。

 葛葉により、デオとザオの動画に端を発した大量の情報と、さらにはちゃっかりと調査機関の情報網の力も借り――すなわちハッキングを行ないながら、幽鬼に関する有用な情報の蒐集と解析を行っていた。

 また、その分析の様子は宙にホログラフィによって映写されており、近未来SFアニメ的に“見える化”されていた。

「――まだ不十分とはいえ、有用な情報は集めれてるようだな。これも、貴様たちが宣言をした配信のおかげだ」

「はぁ……」 

 ザオは困惑と驚きまじりだった。

 ホログラフィには自分たちのSNSの発信を通じて大量の情報が自発的に寄せ集められていたり、またボランティア的に分析してこちらに寄こしてくれるものもいるなどと、確かに妖狐の言うように、自分たちの発信の影響力がここまであるとは思ってもみなかった……

「今はまだ様子見だが、そのうちに警察や捜査機関と連携することもできよう。そうすれば、捜査はまた大きく進展するだろう」

 妖狐はそう言いながら、まるで色のついた粉が霧散させるようにホログラフィを一旦消した。


 続いて、妖狐はスッ――と姿勢を正すようにポーズをとる。 

「――さて、では少し動こうか」

「動くとな?」

 いきなりの妖狐の言葉に定祐が首を傾げる。

「ふむ。私は妖術を使ってな、現場を少々調べてくるのだ。瘴気の痕跡、あるいは何かの力の痕跡がないか、探ろうと思ってな」

「瘴気って、何よ?」

 デオが尋ねた。

 マンガやゲームで聞いたことのある単語であり、だいたいのイメージは湧くには湧くのであるが。

「そうだな。ごく簡単にいうと、妖魔や妖怪の気配みたいなものか? 匂いのように、その痕跡は残ることもある。まあ、相手の力量や手口次第では消すこともできるのだが……」

 また、

「ちなみに、お前はこの案件の犯人……幽鬼だと読んでいるのか?」

 定祐がそれとなく聞いてみた。

 その問いに特に重要な何かがあってとかではないが、何となく何か気になるものがあった。

「ふむ……半々だな。もしかすると……人間の可能性もある」

「に、人間の可能性……だって?」

 妖狐の言葉に、定祐は意味深に間を置いて聞き返した。

 まあ、半分は予想できていた言葉で返答であるが、何と言うか――犯人が人外ものでなく人間である可能性に妙な気持ちを感じていた。

「――まあ、あくまで可能性だ……。これまで我々が調査してきた事件に、超常的な力を持つ怪人が関わっていたり、あるいはSFアニメのような“ガジェット”が使用されたことなど、珍しくなかったであろう」

「それは確かにな……」

 定祐はどこか心残りがありながらも、それ以上この話をしても仕方がないので納得しておいた。


 そのように話のキリがついたところで、

「――では、私は行くぞ貴様たち」

 と、妖狐は宙に浮きはじめた。

「「ちょっ、おまっ!! こ、こんなとこで浮くなって!!」」

 定祐と上市は慌てる。

 ホンヤートンの前と、ただでさえ人の多い重慶の街中でも人の多いエリアであり、そんな目立つところで目立つ行為をされるなど、たまったものでない。

 だが、そこへ、

「それと定祐、上市の低級動物どもよ、貴様たちは貴様たちで重慶市内の妖怪・妖魔に聞き取りを行うのだ」

「「へ? 何だって!?」

 まさかの妖狐からの指示に、定祐と上市は驚く。 

「い、いや、お前、どうせ瘴気の痕跡を調べて来るのだろ? そのまま、お前が聞き取りをしてくればよいではないか! なぜに私らが妖魔・妖怪に聞き取り調査をしに行かんといけんのかね?」

「そ、そっすよ! どうせ空飛んで調査してくるんですから、そのついでに文さんが行って来ればいいじゃないですか!」

「ああ? 聴こえんなぁ~、低級動物ども」 

「「うっざ!! ぜってぇ聴こえてるだろ、てめぇ!!」」

 定祐たちは抗議気味にボルテージ上げるも、妖狐にわざとらしく耳をほじる仕草を見せて煽られ、さらにイライラを募らせるだけであった。


 続いて、

「――まあ、とにかくだ。ちゃんとやっておくのだ、貴様たちと貴様たち! もしサボったら八つ裂きにしたうえで、ぶつ切りにして火鍋の具にでもしてやるからな! 分かったな!」

 妖狐は空中から定祐たち二人だけでなくデオたち二人組に指をさして告げ、そのまま宙を舞って消えて行ってしまう。

「ああ、行っちゃったし……」

「もう、何なのよ? あの狐」

 残された上市とデオはともに呆れ、途方に暮れるより他なかった――


 ■■■■■

 

 場面は変わり、刑事コンビのパンとハンは市内の“ある現場”へと向かっていた。

 中層ビル、さらには高層ビルにサンドイッチされた車も入れない狭い古路地――

 頭上を眺めれば、建物どうしを結ぶ渡り廊下が幾重にも連なっているダイナミックな光景が見えることだろう。

 そんな空中回廊というべきか――渡り廊下の直下にはザワザワとした人の群れがあり、その服装を見るに自分たちと同じく警察関係者であることが分かる。

「――おう、パン! 遅かったな」

「ああ、ちょっと立て込んでてな。こっちも忙しいもんでな」

 パンは顔なじみ仲間と挨拶を交わしつつ、輪に加わった。


 空中回廊下の石畳――

 この現場に何があったかというと、幽鬼事件の遺留品と思しきものが落ちていたのである。

 今まで遺留品が残ることがほとんどなかったことを考えると、この現場の調査で何か有用なものを得ることができるかもしれないと、パンたちは考えていた。

「どれだ? 遺留品とやらは?」

「どれどれなのだー」

「ああ、このスマホな」

 パンとハンはさっそく、顔なじみの短髪でややオッサン顔の捜査員のリー・エイ(李・英)から見せてもらう。

 遺留品および証拠物件として保管されていたのはスマートフォンであった。ピンク地に中華風の花文様のカバー、それをジュエリーに装飾してあることから、女性のものであるのが分かる。

「持ち主は調べてある。市内のオフィスに勤めている20代の女性だ。昨日夜に退勤してから連絡がつかないとのことだ。バックグラウンド通信の記録も22時の時点で通信が止まっててな、その時点でスマートフォンが破壊された――つまり、犯行に遇った可能性が高いってことだ」

 リーは捜査資料を見せながら大まかに説明する。

「ちょっと、リーよ、そいつを見せてもらってもいいか?」

「ああ。ほらよ」

 パンは破壊されたスマホを手に取って観察してみる。

「私にも見せてなのだー」

 ハンもパンの側に寄り、一緒に眺める。

 遺留品とされるスマホ――

 そのカバーは傷つき、デコレーションも無残にいくつか取れており、また画面も一面にヒビが入って痛ましい有り様だった。

 つまり、何か大きな力がかかって破壊されたのがわかる。

「ふ~ん……? まったく、どうやってこんな風に壊れたのだ……?」

 パンは唸った。

「何か、車に踏まれたみたいだなー。パンちゃん」

「でも、この通りは車入ってこれねぇぜ。まあ、バイクくらいは入って来れるだろうけどな……」

「それか、高いところから落ちたらこんな感じになるかなー?」

「高い所からねぇ……」

 ふと、パンは上を見上げた。

 高いビルに挟まれた空に、ビルどうしをつなぐ空中廊下が数本見えた。

 それらは一番低いものでも、少なくとも地面から20メートルほどの高さはあるだろうか?

 そこへ、

「――ん? ちょっと、これは何なのだー?」

 と、ハンが何かに気がつき、二人に聞いてきた。

「あん? どれだ? ハン」

「何かあったのかい? 姉ちゃん?」

 パンとリーも近づき、よく観察して見る。

 そこには、ピンクベースのスマホケースに、何か工場のように味気ない緑みがかったグレーの塗膜の痕らしきものがあった。

「これは……塗装の痕、か? リー?」

「……みたいだな」

 パンとリーは何か引っかかるものを感じていた。


 また続けて、パンはリーにあることを頼む。

「おい、ところでリーよぅ、誰か捜査用のドローンとか持ってきてないか?」

「ああ、タオ(韜)がもって来てるぜ。――おい、タオ! ちょっと来てくれよ!」

「あん? 何だい?」

 少しチャラけた雰囲気ながら京劇風役者のような目をした美青年のタオが答え、捜査用のドローンを持ってきた。

「――で、パン? これで何してほしいんだ? 」

「ああ、ちょっと、あの辺に飛ばしてくれねぇか。空中廊下の裏面が写るようにしてよう」

「空中廊下の裏面だと? また、何でそんなところを?」

「いいから、頼む」

 リーは怪訝な顔するも、パンのどこか真剣そうな様子に圧される。

「分かったよ……。タオ、ちょっと飛ばしてやってくれ」

「あいよ!」

 タオは答え、颯爽とドローンを飛ばす。

 蜂の羽音のような軽快な音を立てながら、ドローンは空中廊下に向かって飛んでいく。

 ドローンからのダイナミックな映像――高層ビル群に挟まれた古い建築群の屋根屋根が見えてくる。

 ドローンは目標に近づき、カメラの向きを空の方へと切り替える。

「ふぅ……。ここからは慎重に行かないとな……」

 タオは慎重に操作し、空中廊下の裏を撮影し始める。

 受信される映像――

 パンたちもパソコンで注意しながら確認しており、映像には、灰緑色に塗装された鋼板が映っていた。

「う~ん……」

「いったい、何をするのだ? パンちゃん?」

「いや、ちょっとな……。次の、もう一つ上の空中廊下裏を写してくれ」

「あいよ!」

 ハンが首を傾げる中、パンはさらに続いて撮影を頼んだ。


 ドローンはもう一つ上の空中廊下の方に移動する。

「はぇ~! 高いね~! 何か見ているこっちがヒヤヒヤするね!」

 ハンが言ったように、ドローンは地上から35メートルほどと、結構な高さに滞空していた。

 再び地上向けに切り替えたカメラの映像は迫力満点であり、高所が苦手な者なら確かにヒヤヒヤするに違いない。

 そのままドローンは先ほどと同じくカメラを切り替え、空中廊下裏の鋼板を写す。

「ちょっと、またひととおり撮影してくれねぇか」

「ああ」

 タオは頼まれたようにドローンを操縦する。

「おい、パン。いったい何を――」

 リーが聞こうとした、その時、



「――ん? ちょっと、もう一度そこを映してくれ」



 と、パンが何かに気がついた。

「ん? どうしたのだ? パンちゃん」

「おいおい、何が?」 

 ハンとリーが怪訝そうに見る中、タオは頼まれた箇所を映してやる。

 そこには変色した痕があり、さらに言えば“何か”がかなりの速さでぶつかったように凹んでいた。

「――うん……? こ、これは何だ」

 リーも目を凝らして見る。

 また、

「むむむ? この痕の色って……もしや?」

 ハンがふと、証拠物件のスマートフォンを見てみた。

 映像の鋼板についた変色の痕――その一方の、スマホの方には鋼板の色と同じ塗膜がついていた。

「おいおい、まさか……」

 パンはジッと考える様子で、“ある考え”が浮かびかけていた。それも、気に喰わないが例の富二代コンビが発信していた“あること”を思い返しながら……

「お、おい、パン……もしかして、お前――」

「――ああ」

 リーとパンは以心伝心のように、互いに何が言いたいのか分かった。

「もしかして、被害者のスマホがあそこに――空中廊下の裏に“落ちた”ってでもいうのか!?」

 そんな信じられないことと、リーは困惑まじりに叫んだ。

「俺だって信じられねぇぜ! でも、ガイシャのスマホ、そしてこのドローンの映像……そこから考えるによぅ、その可能性もなくもねぇじゃねぇか……」

「ほ、本当かよ……」

 パンとリーは互いに、我が目我が耳を疑うような表情をしていた。

「ま、まさか、パンちゃん……幽鬼に消された人たちは、空に“落ちてた”のか? あの二人が言ってたとおり……」

「まあ、俺も信じられねぇし気に喰わねぇがよぅ……そういう風に考えると説明がつかないこともねぇんじゃねぇか? “空に落ちていった”――そりゃ、人も物も消えたようにして出てこないくなるのも無理はねぇな……」

 パンたちは空を眺めてみた。

 高層ビル群に囲われた空中回廊――

 そこから覗く青空に、ガイシャの女性が“落ちていく”様子がそれぞれの頭の中に再生される。

 その時、たまたまポロリと肌身から離れたスマホだけが偶然に空中廊下に落ちて激突し、女性だけが空に落ちて消えていってしまったのだ――

 ただその時、幽鬼はそれを見落としたのか? 女性のスマートフォンは今度は重力によって再び地面に落ちてき、現場遺留品となって今に至ったのである。



 ■■ 9 ■■



 綾羅木定祐と上市理可の二人はデオたちと一旦別れ、調査を進めていた。

 その内容はというと、単独調査に向かった副所長こと妖狐・神楽坂文の指示で、重慶市内にいる妖魔・妖怪たちに聞き取り調査を行えとのことである。

 ちなみに、妖魔・妖怪の類の者たちの存在であるが、胡散くさいながらも怪奇調査コンサルタント事務所などと銘打って調査している定祐や上市たちにとっては、仕事柄珍しくもなんともない存在だった。

 しかし、である――

「――まったく、アイツが行けばよいのに、なぜに私らを行かすのだね……!」

「ほんと、そっすよ!」

 と開幕一番、露骨に嫌な顔して定祐と上市はボヤいた。

 普段はお世辞にもソリが合うとはいえない二人であるが、ここは妖狐・神楽坂文を共通の敵として意気が合っているのだろう。

 ちなみに妖怪・妖魔たちに聞き取りなどとさらっと述べたが、意外なことに、このダメ人間コンビも対妖魔・妖怪の戦闘能力は一応ちゃんと有しているのである。もちろん、妖狐が用意した対妖魔用の装備などを用いてであるが……

 ただ、そんな彼ら二人でも多くの人間と同じく――できたらそういった事態に巻き込まれたくない――要するに根性がチキンかつ、めんどうなことはできるだけ避けたいという性分なのである。


「――ていうか、妖怪たちに聞き取りって、何だろう? 何か意味あるんですかね?」

 上市が聞いた。

 素朴に、何か意味があるとはあまり思えなかった――というよりむしろ、クズの妖狐・神楽坂文の思いつきのような気がするのでイラついてくる。 

「さあな。アイツの考えたことだからな……」  

「ちなみに、定祐先生はどう考えてます?」

「――どうとは?」

 梅干しか酢昆布でも噛んだような顔で定祐が聞きかえす。

「今回の案件、人間外の幽鬼によるものか? それとも、そうでなく……人間が犯人なのか……」

 上市が、ふと何かを溜めるように言った。

 まあ、人間であろうがなかろうがそれほど重要でないかもしれないが、自分でもどこか分からないがモヤっとしていた。

「う~ん……そうだのう……」

 定祐は天を仰ぐようにして考える。 

 当事務所で扱う案件であるが、場合によっては邪神――それより下のカテゴリとしては妖魔・妖怪が犯人や首謀者であったりすることもあれば、また別の案件では人間――超人的な能力を持つ人間であったり、あるいはアニメや漫画のようなアイテム・ガジェットを用い、人智を越えた犯行を行なっていることもある。

 そして、さらに言えば単独犯のものや組織的なものや、あるいは黒幕とされる別の存在がいたりするパターンもであるが……

「……」

 定祐はざっくりと考えを巡らせるも、とくにこれといって何も浮かばなかったので考えてるフリをして誤魔化した。


「――しかし、とりあえず妖魔というか幽鬼を犯人とすると、何を目的にこのような連続的な犯行を……?」

 定祐は自問するように言葉にしてみた。

 まあ、その心の半分は、先の上市の問いに答えるのを誤魔化しているのであるが……

「確かに、それは気になりますね」 

「何というかな……妖魔や妖怪によっては人間の血や魂を欲すゆえの犯行や、あるいは何らかの怨念や呪念によって犯行を繰り返すものがいるのだろう……。だが、この事案は2、3カ月前から――」  

「――急に、起き出したんですよね?」

「ああ……」

 何か阿吽の呼吸の様に、定祐と上市の言葉が交わさった。

「ねえ、先生。もしシリアルキラーのような妖怪、妖魔だったら、そもそも2、3カ月前からとかじゃなくて、それ以前から日常的にやってますよね?」 

「まあ、そうだな……すると、その2、3カ月前に何か特別な“イベント”があったのか? 妖魔・妖怪というものは突如現れたりする者も少なくないからな。まあ、そういった話を含めて、妖魔どもに聞いてみるのか……」

「ちなみにですけど、猟奇的というか、その……連続殺人鬼みたいな妖怪、妖魔っているんですかね?」

「そうだのう……まあ、いるにはいるだろうが……ウチで最近解決した案件にいたかな? はて、どうだったか、忘れたわ」

「はいぃ? 忘れたて……」

 某右京さん風の上げ調子で上市がつっこむ。

「フン、忘れるもんは忘れるわい。人間、むしろ忘れるってことは重要でな……この適度に“忘れる”というバグというか機能があるからこそ、社会が円滑に回っておるのだ」

「いや、そこまで聞いてないし」

 何言ってんだこのおっさんと、上市はジトっとした目で定祐を見た。


 また話を続ける。

「――逆に、人間が犯人の場合はどうなんですか? 何が逆にかはアレですけど……」

 再び上市が聞いた。

「その人間の場合な……。超常的な力を使うパターン……潜在的もしくは、後づけ的に与えられた、もしくは獲得した超常能力を使用しているのか? あるいは、何というかのう? ガジェットというか、アイテムを用いているのか……」

「あ、アイテム……ですか?」

 定祐と上市がそのように話をしていた。

 そこへ、


 ――カランコロン🎵 カランコロン🎵


 と、定祐のスマホが鳴って妖狐から連絡が来た。

『――まったく、サボっておるのか? この低級動物ども』

 テレビ電話で妖狐・神楽坂文の姿が映る。

「やかましいのう。い、今から行くとこだわ! の、のう? 上市君よ!」

「そ、そっすよ! さ、サボるわけないじゃないすか!」

「てか、お前こそ、今どこにいるのだ?」

 たじろぎながらも定祐は逆に尋ねる。

『ふむ……では見せてやろう』

 妖狐がそう答えると同時に、カメラワークは後ろ向かって引いていき、妖狐の全身が映る。その距離感から自撮り棒などではなく、ドローンか何かで撮影していることが分かる。

 そのままカメラが引いて見えてきた妖狐の姿――

 あろうことか重力を無視する形で高層ビルの斜面に足をつけ! ポーズをきめて立っているではないか!


「「ブハッ!?」」


 思わず定祐と上市は吹き出した。

「な、何しとんかねっちゃ! お前!」

「そっすよ! 何てとこにいるんすか! 文さん!」

『ちょっとついでにな、重慶市内でも一望してやろうと思ってな……。おお! 向こうのビルの人間どもが気づいたようだ! 手でも振ってやろう』

「「おい、やめろや!!」」

 定祐、上市はそろってつっこんだ。

 また続けて、

『――さて、そろそろ目ぼしい現場に行ってみようとするか。貴様らもサボるなよ。サボったらアレだ、上市よ? 貴様のパンティの中に火鍋の具をぶち込むというプレイをしてやるからな』

「「おい、いい加減にしとけや、てめコラ!! さっきからアウトな発現ばっかしやがって!!」」

 定祐、上市は再びつっこむも空しくテレビ電話は切れ、妖狐はそのままフェイドアウトしていってしまった。

「――ったく、何をしに電話してきたんだ、アイツは!」

「ほんとそっすよ! もう、何だろう? むしろ捕まってくれないですかね? あの狐!」

「まあ、もうアイツのことはいい……。とりあえず早く聞き取りに行こうではないか」

「そうですね。早く仕事終わらせましょ!」

 定祐、上市はイライラを募らせながらも、切り替えて目的地へ向かうことにした。


 ■■■■■


 一方場面は変わって、妖狐・神楽坂文は空中を舞いながら調査していた。

 重慶遠景というべきか、茶色い水を湛える長江と嘉陵江の大河、そしてそれらに挟まれた半島に聳える近未来的な摩天楼群というダイナミックな光景――

 そんなビルの群れの間隙には古くノスタルジックな街並みがチラリとのぞく。

 中には階段や石段も多く見え(まみえ)、ここが坂がちな場所、山に築かれた都市なのだということが分かる。


 妖狐はいくつか現場を回ろうとしていた。

 斜面に林のように築かれたマンションの群れを縫って舞う。

 その時、下にモノレールが見えてきたかと思うと、その軌道の伸びる先は何と! そのままマンションの中につっこんでいるではないか!

 まあ、ここは日本でも知られている有名なマンションであり、中にはモノレールの駅がある。

 妖狐はその中をちゃっかりと潜り抜けながらも、ある古い地区の廃墟へと辿りついた。

 そこは中層の住宅マンションの廃墟がいくつか連なる地区――

 ガラスは割れるかすでに無くなっていた抜け殻であり、屋上も荒れていた。

 ここでは今日、パルクーリングをしていた青年たち数人が消えており、幽鬼によって消されたのではと言われていた。


 妖狐はそんな屋上の尖端に立った。

 何かのタイミングで崩れてもおかしくない、ヒビの入ったコンクリートの立ち上がり。

 下を見るに、25メートルほどはあろうか?

 人間であれば落ちたらほぼ死ぬだろうが、あいにくこの妖狐はそんな心配をする必要などまったくないが……

 妖狐はそこで、菫色とコバルト色のオーラを放ちながら妖術を用いた。

 掌から煙のように漂うオーラは揺らぎ、集まりながら何やら蝶々のような形に具現化される。

“冥界の蝶々”――

 オーラと同じ色をしたこの蝶々たちは瘴気、あるいはその痕跡を吸うのであり、妖狐は“彼ら”を用いて現場に残る瘴気を探ろうとした。

 その結果によっては幽鬼とされる犯人が人外のものであるのか、それとも人間である可能性が高いのかが分かる。

 また、もし瘴気が残っていたとすれば、それを分析することで幽鬼に辿り着くヒントにもなるだろう。

 だが――


「――ふむ?」


 と、妖狐は蝶々が早々に戻ってきたのを見た。

 蝶々は不満そうに舞っており、この現場に瘴気の痕跡がないことが分かった。

「仕方ないね……」

 妖狐はそう言いながら、報酬として自らの妖気を代わりに蝶々たちに吸わせてやった。


 ■■■

  

 その後も、妖狐は市内を数か所回ってみた。

 しかし、どの場所も同様に瘴気の痕跡はないか、あるいは本件とはまったく関係ない瘴気がわずかに残っているだけであった。

 やれやれと、妖狐は摩天楼の、屋上の縁に腰を下ろす。

「……」

 ここにも、そこにも……幽鬼と思しき瘴気の痕跡はないか……

 すると、やはり犯人は人間よりの人間の可能性があるのだろうか?

 またあるいは、クラスの高い妖魔や邪神の可能性も、一応無きにしもあらずと考えておくべきか?

 まあ、あれこれ可能性を広げ過ぎてしまうと、『20~30代の犯行、あるいは30~40代の犯行、もしくは40~50代の犯行』並みのガバガバな推測になってしまうのだが……

 街の遠景を眺め、妖狐がそのように考えていた時、

「――ふむ?」

 と、スマホから“葛葉”の蔓が、まるで自分を呼びかけるように伸びていたことに気がついた。

 妖狐はそのまま葛葉の蔓に手を当て、蔓から送られてくる情報を読み取ってみる。

 警察の通信情報か――

 今回の幽鬼案件に関する情報や、今現在行われている捜査のリアルタイムの情報を抽出して葛葉が伝えてくれる。

 まあ、やっていることは盗聴やハッキングに近いのだろうが……


「――では、次の場所に行ってみるか」

 妖狐は大まかにハッキングを終え、再び空を舞った。

 ある地区での捜査情報のこと――

 それによると、何やら警察の捜査に進展があったとのことである。

 超高層ビル群と中層ビル群、そして旧市街の古路地が互いに入れ子構造の様に囲う地区――

 古路地を挟むビルどうしを橋渡しするごとく、渡り廊下が空中回廊のごとく連なっていた。

 その比較的新しい現場を、妖狐は空中から観察しようとした。

 その時、


「おっとぉ……!」


 妖狐はうっかりか、自分が空を舞っている姿を見られてかけ、とっさにビルの影に隠れた。

 そのままそこからチラリと現場を観察するに、警察、捜査関係者たちが集まってしているようだった。

 中には、あれは刑事なのか? パンダとその連れの女性刑事と思しき姿があった。

「……」

 妖狐は目を凝らして見つつ、さらに聞き耳を立てる。

 観察するに、彼ら警察たちは物的証拠を――空に落ち損ねたスマホを掴んだこと、そこからさらに、幽鬼が謎の力を用いて人間を空に落としたという話に確信を持ちつつあることが分かった。

「ふむ。これで警察連中とも連携できればよいが……」

 妖狐は捜査する警察たちを眺め、そう呟いた。

 


 ■■ 10 ■■



 一方の、綾羅木定祐と上市理可のダメ人間コンビは別のある地区へ足を踏み入れようとしていた。

 古いホンヤートン――大河の崖沿いに築かれた、半分廃墟のような建物が集まる地区。

 妖狐によると、ここに妖魔・妖怪たちが拠点にしているとのことで、彼らに聞き取り調査をしてこいとのことである。

「――ちょ? こ、こんなところに入って行くんですか……?」

「ったく、あの化け物め……」

 上市と定祐は怯みながら露骨に嫌な顔をした。

 建物はところどころ崩れて不気味な雰囲気であり、また、崖から張り出す形で建っているため、そもそも崩れやしないかとの不安も募らせる。

「ほ、本当にここで妖魔や妖怪に聞き取りをするんすか?」

「まあ、ここまで来たら仕方なかろう。とりあえず何かやっておかんと、あの狐がやかましいからな」

「も、もう、勘弁してくださいよ……」

 定祐と上市は嫌々に、しかしながら意を決するより他なかった。

 とりあえず、妖狐から借りている妖具はあるにはある。

 服の内側に忍ばせたポケット――さながら某ドラ○もんの“それ”のように、その時必要な道具が適宜出てくるという、何ともご都合主義な仕様である。


 定祐と上市は廃墟に足を踏み込んでいく。

 入り口は薄暗いが、川の方に向かって建物内部を進んでいくと、開けた空間が見えてきた。

 何に用いていたのか分からないが、大河の雄大な景色が愉しめる空間であったのだろう。ただ、一面のガラスはとっくの昔に無くなっているようであり、それが明らかな廃墟感を醸し出していたが……

「う、うう……」

「お、お~い! す、スマンが、誰かおるのかね?」    

 傍らで上市が怯えながらも定祐はとりあえず声を張り、ここにいるだろう妖魔・妖怪たちに呼びかけようとした。

 その時――!


 ――ザンッ!!


 と、鋭く切り裂く力とともに何者かが襲撃してきた!

「せ、先生!!」

「ちっ!!」

 とっさに定祐が“何か”を取り出して防御する。

 目の前にいるのは妖魔か妖怪か――牛人間のような顔に鉄兜のシルエットに、振り下ろしてきたのはゴツイ青龍刀のように見えた。

 そこへ、

「せ、先生それって――」

 上市が衝撃を受けながら指さした先、

「――ん? な、なぬぅー!?」

「ねっ、ネギじゃないっすか!?」

 あろうことか! 定祐が取りだした武器は刀などではなく、先っぽが二股に別れた棒状の長ネギ――それも銅色に輝き、かつ木目模様のついた、すなわちダマスカス鋼のネギではあったのだ!

「あ、あの化け物……!」

「せ、先生! そんなことはいいから!」

 定祐が苛立ちながら震えている間にも、武装牛人間風の妖魔は容赦なく迫ってきていた。

 またさらに、


 ――ブワァンッ!!


 と、今度は強烈な風が吹き込み、そのまま定祐たちの身体を宙に浮かせた。

「う、うぉっ!?」

「ひゃっ!?」

 定祐と上市が叫びかけた。

 そのまま飛ばれてしまえば開口部より崖下に叩きつけられた挙句、大河に落ちてしまうだろう!

 バラバラになって川底に沈むか、運が良くても大けがである。

 そんなピンチの中、

「くっ! 上市君!」

 定祐は片手で上市を抱きかかえるようにしながら、今度は別の妖具を――先端が歪な怪魚のごとき鎖状の安全帯を地面に放って地中に突き刺し、吹き飛ばされるのを間一髪で防ぐ。

「も、もう勘弁してくださいよ!!」

「か、上市君、しっかりしろ!!」

 泣きそうになる上市を定祐は落ち着かせながら、再び地面に足をつけて復帰する。


 続いて、定祐は構える。

「か、上市君も戦ってくれ!」

「いっ!? わ、私もすか!?」

 上市はたまげた。

 本当のことを言えば――できれば戦いたくないよりの戦いたくないところだが、仕方がないと意を決するより他なかった。

 目の前には、古代中国風の鎧を着た人相の悪い牛人間、鉄製かアルミ製かチタン製か分からないが金属製の芭蕉扇を持った性格の悪そうな女、それから眼帯をした黒豹の怪人と、その後ろには某スーパーマリオの亀の魔王のボスのように図体のでかい亀の化け物が控えていた。

「きぇえええ!!」

 まず、大声をあげて青龍刀を持った牛男が再び襲いかかってくる。

「か、上市君! 魔界植物を使え!」

「は、はいっ!」

 上市はとっさに何かを取り出して放った。

 ボワン! と煙幕のようなものが爆発的に広がりながら、先ほど妖狐が用いた魔界植物と同じものが召喚される。

 その間も、牛男は猛烈な勢いで突撃してくる。

「ちぃぇえええ!!」

「くっ!」

 キィーン!! と、牛男の青龍刀と定祐のネギがぶつかり合う音が響く。

 その隙に、魔界植物が牛男を捕らえる。

「うっ!? うぉぉっ!!」

 牛男が叫んだ。

 また続けて、

「てっ、てめぇらぁ!!」

「やってくれるわね! アンタたち!」

 今度は芭蕉扇の女と黒豹がこちらに立ち向かった。

 女は金属製の芭蕉扇を再び振り、黒豹も高速で定祐たちに襲いかかる。

「ちっ! 同じ攻撃は二度も喰らわんぞ!」

「そ、そっすよ!」

 上市が魔界植物を操って芭蕉扇の猛風を防ぐ。

 また襲いかかろうとした黒豹も、「ぐわぁっー!!」と叫び声とともに、牛男と同様に魔界植物に捕らえられた。


 残るは、芭蕉扇の女と大亀だけになる。

「もう!! 何なのよ、アンタたち!?」

「そうだぁ……何の目的でここに来た?」

 芭蕉扇の女と大亀の化け物が聞いてきた。

 亀の方はのそっとして人畜無害そうであるが、女の方はいつでも攻撃できるよう芭蕉扇を構えたままであったが。

「まあ、ちょっと待てよ! 私ら、別にアンタらと争うつもりはないわい!」

「そ、そっすよ……! その、何だろう……わ、私たち、情報収集に――聞き取り調査に来ただけなんすよ!」

「ああ”!? 聞き取り調査だと!? てめぇら!!」

 攻撃の意思がないことを訴える定祐たちに黒豹がキレる。

「あ、ああ、そうだよ! てか、そんなに怒らんでよかろうに」

 また黒豹に続き、

「それならそうと、目的を先に言いなさいよ! アンタたち!」

「そうだぁ……それが礼儀ってもんだ」

 芭蕉扇の女と大亀が文句気味に言いながらも、武器を降ろしてくれた。

「そっちこそ、目的を先に聞いてこいよ。まったく……」

「ほんと、そっすよ……」

 やれやれと、定祐と上市はムッとして呆れながらも、くたびれて肩を落とした。


 ■■■


 その後、定祐と上市は妖魔たちに事情を説明した。

「――まったく、目的を先に聞けよ。下手すれば、私ら死んでしまうとこだったぞ」

「ほんと、そっすよ。私も死ぬかと思いましたよ」

「いや~、スマンかった、スマンかった」

 憤る定祐たちに牛魔人が軽く詫びた。

 そのまま、続けて牛魔人は尋ねる。

「――で、アンタたち、例の幽鬼事件を調べてんのか?」

「ああ。さっきも説明したが、うちの事務所にいるクソみたいにクズの妖狐のヤツが、アンタたちに聞き取りしてこいと言ってな」

「ああ”? おぅ、オッサン! 俺たちを疑ってんのかよぉ?」

「そうよ。あまり失礼なこと言うとさ、アンタたち……次こそはこの芭蕉扇であそこの崖に叩きつけてミンチにするわよ」

「おいおい、誰もそんなこと言っとらんに! 早とちりするなよ!」

「そ、そっすよ! 誰も貴方たちを疑ってるって、言ってないですよ」

 話している途中にキレてくる黒豹と芭蕉扇の女に、定祐と上市は面倒がる。

「ああ”? そうか?」

 黒豹が相変わらずキレ気味に、納得したのかしてないか分からない顔をする。もはやこれがデフォルトなのだろう。


「――それで、俺たちに何を聞きたいのか?」

 再び牛魔人が尋ねる。

 なお、隣では図体が大きい割には存在感のない大亀がせっせと麻雀の準備などしていたが……

「ああ、そうだのう……まだ事件の犯人が人外のものか、人間かどうかの目星はついてないのだが、アンタたちが何か、有用な情報を持ってないかと思ってな」

「あのデオとザオの二人がSNSで発信したような、空に人や物を落とすことのできるような能力を持った妖魔・妖怪の心当たりとかないですか?」

 定祐、上市はザックリながら聞いてみる。

「はぁ~……そんなことできるヤツなんて、聞いたことないぞ……。なぁ?」

「そうね。アタシの芭蕉扇でも、飛ばせるのなんてせいぜい200メートルくらいまでだからね」

「そうだぁ……俺たち妖魔・妖怪の範疇の力じゃないんでないの? ――あっ、魔麻雀の準備で来たぞぉ~」

 牛魔人と芭蕉扇の女が答え、傍らでは大亀が麻雀の準備を終えていた。

 また、牛魔人が卓に着きながら言う。

「ちなみに……もし仮にできるとしてだぞ。そんな快楽殺人的なことをするか? 俺たち界隈、そんな残虐なヤツぁいねぇぞ」

「さっき、私らを殺そうとしたけどな」

「そうですよ」

「ああ” 何だと!? このオッサンと小娘が、ぶっ殺してやるぞ!!」

 厭味を言う定祐、上市に横から再び黒豹がキレ芸のようにキレる。

「だ、だから! それやねか! た、短気なヤツだのう」

「そ、そっすよ! そ、そんな怒らなくていいじゃないすか!」


 そのような感じで、聞き取り調査と言えるのか微妙であるが、定祐たちは妖魔たちに聞き取りを行うも目ぼしい情報はあまり掴めているとは言えなかった。

 それどころか、妖魔たちはジャラジャラと麻雀を始めている有り様である。

「――まあ、邪神の類だったり、私たちが知らないカテゴリの妖魔もいるのかもしれないけどさ……。多分これ以上の情報はないわよ」

「そうだぜ。それよりもアンタたちの――人間方面を疑ってみたらどうだ? アンタたちの扱ってた事件……人間が犯人だったことも結構あるんだろ?」

 芭蕉扇の女と牛魔人が碑を触りながら振り向いて言った。

「まあ、な……」

 定祐は答えつつ、

「――さて、とりあえず、そろそろ行くか? 上市君?」

「そうですね」

 と、この場から退散しようとした。

 その時、


「――待ちな」


 と、芭蕉扇女の冷たい声がした。

「「へ?」」 

 定祐たちが間抜けそうな顔をしていると、

「『へ?』じゃねぇよ。情報料な」

 牛魔人が立ち上がり、金をよこせとばかりに掌を差し出してきた。 

「じ、情報料だと?」

「あのね? アンタたち、ただで教えると思ってたのかしら?」

「そうだぜ!! 常識ねぇのかゴラァ!! そんなムシのいい話ないぜよ!!」

 冷徹に言う芭蕉扇の女と、またしても黒豹が噛み付いてくる。

「わ、分かったよ……! 払ってやるから、いくらだ?」

「お、払ってくれるか? 3000元な」

 仕方なしに譲歩する定祐に、牛魔人がけっこうな料金をふっかける。

「さ、3000元だって!? おい、高すぎんか!」

「そ、そっすよ! 日本円で5万円くらいじゃないすか! いくら何でもぼったくりっすよ!」

「ああ”? 何だとぉ!?」

「ぼったくりとは、聞き捨てならないわね。アンタたち、もう一度芭蕉扇で飛んでみる?」

「そうだぜ。もう一度、俺の青龍刀とオッサンのネギで手合わせしてみるか?」

 憤る定祐、上市に妖魔たちはそろって迫って脅す。

「「ひ、ひぃぃぃ! わ、分かった、払う! 払いますから勘弁してくだせえ!」」

「へっ! 最初から大人しくそうしときな。とりあえず、今回は特別良心的に2000元にしといてやるから。――ああ、カード払いもできるから安心しときな」

 定祐、上市は観念し、牛魔人に大人しく情報料を支払うことにした。


 ■■■■■


 一方、重慶市内の別の場所にて。

 ザオとデオのコンビも、一応ちゃんと調査していた。

 SNS上だけでなく、実際に現地まで出向いてフォロワーに聞き取り調査を行なったりもしていたのである。

「――どうも、貴重な情報を。謝謝」

 デオが情報提供者の住人に礼を言い、また、

「頑張ってね二人とも」

「応援してるから! 幽鬼を捕まえてくれよ!」

「は、はい……」

 と応援され、ザオが恐縮する様子で答える。

 住人たちに労われるのが照れ臭いのか、二人はそのまま退散するように、アウディへと戻った。

「はぁ……こんな差し入れもらっちまってよぅ。勘弁してくれよ……」

 デオが貰った屋台の軽食やら菓子やら飲み物を持ちながら言った。

「ま、まあ、これはこれでいいんじゃないかな?」

「いいってよぅ……」

「まあ、イタズラ動画やハプニング動画を撮って顰蹙を買われるよりはマシかもしれないしょ。それにフォロワーもめちゃくちゃ増えてるし」

「けっ……」

 スマホの自分たちのSNSを見せるザオに、デオはバツが悪そうに舌打ちしていた。



  ――― 第3話に続く

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