#01【神楽坂怪奇調査コンサルタント事務所の怠惰で奇妙なB級的調査譚】重慶の幽鬼
石田ヨネ
第1話
■■ 引用 ■■
杞國有人憂天地崩墜、身亡所寄、廢寢食者。
又有憂彼之所憂者。
因往曉之曰、天積氣耳。亡處亡氣。若屈伸呼吸、終日在天中行止。 奈何憂崩墜乎。
――『列子 天瑞』より
■■ 1 ■■
夏のある日。日本のお隣は中国の、内陸の山の方にある重慶の夜ことである。
中国のマンハッタンとかビックアップル・ニューヨークといわれ、東京を越える超高層ビルが林立する巨大都市――
SFにも出てきそうな摩天楼に囲まれた中、灰色の中国煉瓦の残る古い路地を歩く二人の姿があった。
「――ああ、くっそ……蒸し暑くなってきたな、ハン」
「そうだなー、パンちゃん」
中年のオッサンの声と、ロリっ娘風のアニメキャラの声がそう言葉を交わした。
そのとおり、ここ内陸の重慶は蒸し暑いのである。
しかも山がちな土地に築かれた坂のやたらと多い街中であり、なおさらのこと汗をかく。
さて、肝心なこの二人のこと、声に似合わずかっちりとしたシャツ姿の刑事コンビであった。
その外観はつっこむことなかれ、男の方は人の言葉を喋って直立する中年体系の珍獣ことパンダの刑事、パン・フェイワン(龐・飛王)であり、その相棒は――こちらは普通に人間のハン・ジェイヒ(氾・結姫)で、アニメ声に似合うように背の低く、ウサギのようなキュートな雰囲気の女刑事あった。
そんな二人の組み合わせは、まるで野獣と美女とでもいうべきか――いや、珍獣と少女とでもいうようにチャーミングで特徴的に見えるだろう。
「――ああ! こう暑いとな、火鍋食いに行きたくなるな! ハン」
「そうだよー、パンちゃん! アタシも火鍋食べたいよ~!」
二人の頭の中に、地獄のようにグツグツと赤く沸き立つ火鍋が浮かんでくる。
何もそんな暑い時に熱いもの食べなくてもと思うだろうが、火鍋は重慶民の彼らのソウルフードなのである。
これさえあれば内陸の暑さにバテることなく、身体の内側から戦えるのだ。
二人はそのように食欲に心躍らせるも、しかし、
「――て、言ったけどよぅ……まったく、今日もいつ片付くやら……」
「ほんと、それだよ~……パンちゃん」
と、どこか落胆するように肩を落とした。
パンが言ったように、二人はこれから“ある現場”の応援に呼ばれていたのであり、いつ終わるか目途が立たないから憂鬱になるのも無理はなかった。
「ちっ……本当に、またかよって感じだな」
「そうだなー」
渋い顔して舌打ちするパンにハンが頷く。
パンが「またかよ」と口にしたように、ここ連日――いや、すでに1、2カ月と同じような事件というか、ここ重慶ではある奇妙な現象、出来事が続いていた。
――“人が消える”
ごくごく簡単に表すと、そのような事象が続いているのである。
“人が消える”などというと神隠しのようにおどろおどろしく聞こえるか、あるいは単に行方不明のことを想像してしまうことだろう。
なるほど、人が行方不明になることなど、治安の良し悪しの差はあれど、確かにどの都市でもそれほど珍しいことでもない。
しかし、この度――ここ重慶で続いている事象は、“それ”とは明らかに違うものであった。
というのは、この“人が消失する”現象というのがほぼ日常的に――おおよそ毎日少なくとも10人、多いときは30人を超える人数で起こっているのである。
それも素性が怪しい者だったり、何かの犯罪や事件に巻き込まれたとしか思えない状況であるならまだしも、被害者――すなわち消失した人間の多くは、何の落ち度もないごく一般的な人間が大半であった。
さらに加えて、彼ら被害者が消失したと思われる場面であるが、例えば――ツレと目を放した数分後だったり、また便所に行ったほんの10分の間にとか、あるいは帰り道に別れてその30分後に連絡が一切取れなくなったりと――多くはそのような日常的なシーンにおいてであり、確かに神隠しにでもあったように感じるのも無理はない。
なお、消えた人間は二度と姿を現すことはないのは言うまでもないが……
そのような、不可解にして奇妙な連続消失事件というべきか、連続神隠し事件に対し、人々の間では自然に“ある噂”が流れていた。
犯人は人間や犯罪組織などでなく、人外の者――“幽鬼”による仕業でないのか、と……
「――ねえねえ、パンちゃん」
「ああ”? 何だ?」
下から見つめるハンに、パンはエアー咥え煙草のような渋い顔して聞く。
「アタシたち、幽鬼を調べてるけどさー……こうしてる間にアタシたちも、気がついたら消えちゃうのかな?」
「う、ん……?」
パンはエアー咥え煙草をピタと止めながら、ハンの顔を見た。
ハンはいつもは天真爛漫なヤツであるが、どこか目をうるっとさせており、それが何かはわからないが不安を抱えているように見えた。
「――う~ん……まあ、杞憂……じゃないのか? 可能性はないわけはないだろうが……」
「杞憂かー……そういえば『杞憂』って単語、久しぶりに聞いたなー」
「そうだな……」
パンは頷きながらも、『杞憂』との言葉が頭の中にもやもやっと浸透する感覚がした。
その昔、極度に心配性な男が空が落ちて来るのを毎日恐れていたという話らしいが、今自分たちの頭上に黒くぼっかりと広がる空――その空の下で、いつ消えるかもしれないという何とも言えないもやもやした不安を、ここ重慶の人間は多かれ少なかれ抱いているのだろうか?
まあ、この消失事件もすでに2カ月くらい続いており、その被害者も累計で軽く千人にの単位に上っているので無理もないだろう。
「ふぅ……」
パンは空を見ながら溜め息を吐いた。
まったく、何が杞憂だ……
しかし、その昔の、杞の国はどの辺にあったのだろうか? あまり真面目に勉強してなかったから覚えてもいないが、確か内陸の方だった気もするから、もしかするとこの重慶も近くなんじゃないのか?
まあ、そんなことはどうでもいい……
とにかく、さっさと解決してくれて自由に飲みに行かせてくれよ!
パンがうんざりしながら見る先に、やはり黒くぼっかりとした空が口を開くように、超近代的な重慶の街の上に広がっていた――
■■■■■
――ヤバいものを目撃してしまった! 俺たちは今、死に直面している!
重慶の繁華街裏、スラム街のような一角で二人の青年は死のピンチに瀕していた。
ここ数カ月重慶を騒がせ恐怖に陥れている連続消失事件。
幽鬼を調査し炙り出してやると冗談半分で動画を撮影していたのだが、まさかの、本当に幽鬼と遭遇するとは思ってなかったのだ!!
暗く足場の悪い中、走る青年二人の影。
「――ああ、俺の携帯! 落としちゃった!! それに、車もっ!!」
「おい!! 今そんなこと言って場合じゃねぇだろ!!」
事情はともかく、青年の一人が怒鳴り、もたもたする相方を急がせた。
二人はそのまましばらく逃げ、何か廃墟のような建物の中に入り込む。
「ハァ……ハァ!! クソッ!! きっちぃ!!」
「ハァ、ハァッ!! も、もう限界だって!!」
二人は完全に息が切れかけていた。
こんなに走ったのは高校以来のしばらくぶりだろうか。
「こ、ここまで、出たら大丈夫だろっ? ハァ……ハァ……」
「ま、まあ、とりあえず。なんとか撒いたか……」
青年コンビは身を隠すようにしながら、壁に寄りかかる。
「てか、何とかしろ! 俺たち、幽鬼のヤツを見ちまったからな、このままじゃヤバいぞ!」
いかつい丸顔の、ガタイの良い方の青年が相方に言った。
「な、何とかしろって、そう簡単に言ってくれるなよ……」
こちらは金髪のイケメン風の相方であるが、勘弁してくれよとまいった様子を見せながら、
「――どうすっかな? お袋たちに頼ってみっか……? いや、むしろ怒られちまうだろうな……。てか、俺携帯落としちまったし……」
「何だよ、お前。使えねぇな……」
丸顔の方が苛立った。
そんな時、
――チャ・リン🎵
と、丸顔のスマホに、SNSに“とある通知”が届いた。
「あん……?」
丸顔は怪訝な顔で通知を開く。
「ど、どしたん? ――え?」
「こ、これは……!」
通知の内容に、二人は思わず驚きの声を上げていた。
■■ 2 ■■
「ぬわぁ~ん…………あっつ……」
ゴシック風の、天井高く煉瓦造りの暖炉のあるハイカラモダンな洋室に情けない声が響いた。
ここは日本は東京の神楽坂にある、古びたゴシック洋館の『神楽坂怪奇調査コンサルタント事務所』――
その所長こと、綾羅木定祐(あやらぎ・ていすけ)・中年は黒のアンティークデスクにだらしなく寄りかかっていた。
なお、この定祐という中年であるが、大正時代風の和装を――某銀とか玉とか作品名につく漫画の主人公のごとく、片方の袖は通さずに黒のハイネックのスポーツウェアが露わになった奇妙なファッション。それから人を小馬鹿にしたようなナルシストな天パーと、これまた格好をつけてか、銀のインテリ眼鏡をかけていた。
そんな定祐中年がだらしなく佇んでいたところ、
「――むむ?」
と、何かに気がついた。
どこからか現れた黒猫――
“こやつ”は事務所が誇る黒猫ことベーコンであり、トコトコとした歩みでやって来たかと思うと、ふてぶてしくもデスクの天板へと載った。
(何が「ぬわ~ん」だ、このバカ面め! 早く冷房つけんか?)
仏頂面で睨む黒猫の目がそう命じていた。
「あん? 冷房入れろだと? 分かっとるわい」
定祐はやれやれと立ち上がり、冷房のスイッチをつけた。
というよりも、むしろ最初からつけておけばいいものを――というところであるが……
それから冷房が動く。
またさらに、高い天井にはレシプロ戦闘機のようなプロペラが一つ垂れさがっており、“こいつ”もクルクルと回転させ、室内の空気をほどよく循環させる。
「ああ、くっそ……」
昨日風呂に入っておけばよかったなと、定祐は天然パーマをワシャワシャといじっていた。
そこへ、
「――何が『ぬわぁ~ん』ですか? は、はッ……あっつ……!」
と、事務所助手こと上市理可(かみいち・りか)が暑がりながらやって来た。
長くもなく短くもないミドルロングヘアに、襟元の赤いリボンが特徴的な白と黒のシックカジュアル・クールビスの新卒風、20代女子である。
「何が『ぬわん』とは、暑いからやっちゃ。君こそ目を線にして舌を出して、まるでやる気のない犬みたいな顔しおってからに……」
厭味な表情で定祐が言った。
確かに上市の顔は目が線になりかけており、舌をハッハッと出す犬のように見えなくもない。
「だって、暑いんですもーん……。てか、定祐先生? 風呂入りました?」
「あん? 昨日は入らんかったわい」
「うっわ! きったな! 風呂入りなさいよ、冬とか春じゃあるまいし!」
「やかましいのう、大丈夫やわい! 私はあまり汗かかんし、無臭だわい!」
「はぁ? またダラみたいなこと言って!」
定祐中年と、地元こと富山弁が出ながら上市助手が不毛な応酬をくり広げる。ちなみに“ダラ”とはバカとかアホとかそういった類の意味である。
また、この人間コンビが騒々しくする中、
(ちっ……喚くなや! このサピエンスどもが!)
と黒猫は舌打ちし、不機嫌そうな顔をするより他なかった。
低レベルの争いは一旦休戦状態に、定祐がネットサーフィンを始める。
クルクル回るプロペラの下、
「――ああ~っ……! 涼しっすね!」
上市も定祐中年と一緒になって冷気浴び、ダラダラと過ごす。
その一方、別の机の上には依頼が溜まっていた。
電子媒体での依頼はもちろんのことだが、今時封蝋付きという時代遅れの紙媒体や、古文書といった媒体での依頼も多く来る。またさらには、異世界の呪術の込められたエクスカリバー風の剣など、ワケの分からない形態・形式の依頼もあるのだが……
ともかく、そのような感じで依頼が溜まっているにもかかわらず、この“輩たち”はまだ仕事を始めようとする様子はなかった。
時刻はもうすでに9時過ぎと、とっくに始業している世間一般に申し訳ないと思わないのだろうか?
そんな中、上市が定祐のパソコンを覗くように側に寄る。
「おい……暑苦しいぞ」
「はぃい? 暑苦しいとか、女子に言わないでください。嫌な人ですね」
上市が某特命係の右京さん風の上げ調子で言った。
そのまま、上市は気にせず定祐のネットサーフィン画面を眺める。
ニュースサイト、SNS、動画と、散らかったようにだらしなくいくつも開いているウィンドウ――
その中に映っていたグルメ情報に、上市が目敏く気がついた。
「あっ……! それ、見せてくださいよ!」
「何かね? めんどっちいのう」
定祐は鬱陶しそうな顔しながらも、一番手枚に持ってきて拡大してやる。
映っていたのは、何やらお隣は中国の都市――
赤茶色の大河に挟まれた半島に聳える超高層ビル群、それから現地の伝統的観光スポットらしき中国屋根と赤々とした提灯の楼閣の画像、そしてこちらも赤々とした、特徴的な金属鍋に煮られる火鍋と――
すなわち、重慶の街の画像であった
「ああ、重慶行ってみたい。火鍋食べたい……。今度連れてってくださいよ、先生」
上市はうっとりとした目で涎を垂らしかける。
「連れてってくれて、重慶と火鍋屋のどっちかね?」
「できるなら、どっちもですよ」
「図々しい答えだな。というか、あんなクソ辛いものが好きなのか? 私には分からんな」
「月に2、3回ほど、辛いもの食べたくなるんですよ。それも飛び抜けたくらい辛いものを……。ああ……今度事務所の庭に、唐辛子の盛り合わせみたいに色んな品種植えて良いですかね?」
「フン、まったく……」
何を言っているのかねと、やれやれと定祐は呆れた。
そのように怠惰にして過ごす中、二人はふと、“あること”に気がついた。
「――あれ? 少し風が強くないですか?」
「ん……? ああ、確かにな」
天井のプロペラからの風が、先ほどより強くなっているように感じたのだ。
確かに、上市の髪が揺れ、また定祐の天パもバサバサと軽くフケ交じりにはためいていた。
そうこうしているうちに、プロペラはさらに回転数を上げ、ブンブン!! と強烈な音を立てて高速回転を始める!
その風圧に、黒猫もニャッ! と鳴き声を上げて回避した。
「うぉぉっ!? 何かねっちゃ!? この風は!」
「ちょっ、何この風!? ――って、もっふぅ!!」
上市はすさまじい風圧に負けて転んでしまい、そのまま尻餅をついた。
続けざま、
「おっふぅー!!」
と、尻餅の痛みに断末魔の叫びをあげてしまう。
またさらに悪いことに、転んだ上市はスカートがめくれてしまい、赤と緑のツートーンのパンツが露わになるというコンボも決めてしまうという踏んだり蹴ったりの有り様であった。
そこへ、
「――ほう……今日は中々にエレガントなパンティではないか? 低級動物の小娘よ」
と、どこかから“パンティ”とのパワーワードとともに煽る声が響いてきた。
「ハッ……!? ちょ、な、な、何がパンティすか!? ダラっすか!?」
上市は煽ってきた主に赤面して怒鳴る。
その先にいたのは副所長の肩書でありながら実質的なボス――長く麗しい黒髪に狐耳、着物姿の妖狐・神楽坂文(かぐらざか・ふみ)の姿であり、天井に足をつけて重力を無視して逆さに立っていた。
なお、怖ろしくも美人顔であるが、この顔がパンティなどとのパワーワードを口にしながら憎たらしく煽ってきたのである……
妖狐はシュタッ――! と降りてきた。
「さて、いつまでダラダラと涼んでおるのだ? さっさと働かぬか、このトリプルTの低級動物ども」
「「誰が低級動物だよ……てか、何だよトリプルTって?」」
定祐、上市はそろってイラつく。
「ふむ。答えてやろう。すなわち、『底辺! 低能! 低沸点!』の略だ! 貴様たちを表すのにちょうどよいだろう」
「「ムカつくな。ほんと、バカにしてんのかよ、お前?」」
ブン殴ってやろうかこの狐は、と二人は拳を震わせて再びイラついた。
■■■
「――まあ、ダルいけど依頼をチェックするかのう」
定祐が仕方ないと、やわやわと仕事に取り掛かる。
まず、異世界翻訳アプリでエクスカリバー風のワケの分からない剣と巻物に書かれている内容を読み取る。
すると、どうやらこの剣は、『軽井沢の○○の泉に刺す』という儀式が暗号になっており、そこから依頼の詳細が再生されるとのこと……らしかった。
「――はぁ? 何で、こんな面倒な格好の依頼なんですかね? てか、何で軽井沢の……」
「私も知らんよ、まったく……」
定祐も上市も胡散くさそうに顔をしかめていた。
その横で、妖狐が剣を手に取ってみる。
「……」
妖狐はジッと見ながら、ちゃっかりと青白いオーラを手にまとっていた。
そして、
「ふむ……この依頼は受けない方がよい。というか、そもそもが手の込んだイタズラだ。これを再生するとな、事務所のこの畳二枚ほどの一角が魔界の腐海と化してしまうのだ。すなわち、この暖炉が使えなくなってしまうぞ」
「「何だよ、その微妙な嫌がらせ……。てか、今夏だから、やるなら時期が違くないかい?」」
暖炉を指す妖狐に、定祐、上市は声を合わせてつっこんだ。
「はぁ……まったく」
定祐は溜め息まじりに気を取り直し、今度は電子媒体の依頼を確認してみる。
すると、
「むむむ? 何だこりゃ?」
定祐は“あるもの”に気がついた。
そこには――いつの間にできたのか、当事務所の怪しいホームページがあった。
それも、『神楽坂怪奇調査コンサルタント事務所』の表記とともに、どこか20年以上前のインターネットの黎明期ような、レイアウトや配色も古くさい仕様の年代もののホームページであったが……
「ちょ、何すか? この化石みたいなホームページ?」
「ほう。化石とはよく言ったな、小娘よ。良ければ貴様のえっちな写真でも載っけてやろうか? 風俗のパネ写のようにしてな」
「何言ってんだ? もう氏ねよ、お前」
上市は露骨に“氏ね”と言い放ってつっこんだ。
また、肝心の本題に戻る。
このレトロなホームページに中国語で、恐らくは中国のSNSから依頼と思しきメールが届いていたのである。
「なぜに中国から? てか、化け物よ、何だね? このホームページは?」
「ふむ。それはな、ちゃっかり私が作ったものだ。依頼を必要とする者に、自動的につながる特殊なページでな……。言って見れば、『地獄○女』方式か、あるいは某ジャンプの『シティーハ○ンター』の“XYZ”とか書く掲示板をパク――いや、参考にさせてもらったものだ」
「「パクリって言おうとしただろ、お前……てか、何が某ジャンプだよ? 全然隠せてないじゃないか」」
定祐、上市は再びそろってつっこんだ。
つっこみつつ、
「――やれやれ。まったく、ワケの分からんことをするヤツめ」
「とりあえず、依頼を読んでみましょうよ、先生」
定祐と上市は呆れながらも、メールの内容を読もうとした。
その時――
「『俺たちは幽鬼に狙われている。助けてくれ』だと……そう書いてある」
と、妖狐が先に読み上げた。
「「ゆ、幽鬼だって?」」
定祐、上市は声をそろえてポカンとした。
■■■■■
場面は変わりて、中国は重慶にて。
連続消失事件こと、幽鬼事件を捜査中の刑事コンビのパンとハンは束の間の休憩中であった。
暑さから逃れるようにして、冷房の効いた茶館で佇んでいた中、
「――これを見るのだ。パンちゃん」
と、コーヒーと茶と菓子の置かれたテーブルの真ん中にハンがスマホを持った手を伸ばして見せた。
「何だい? これを見るのだって?」
口をすぼめたような、お世辞にも細工の良くない表情をするパン。
加えて、その表情は不機嫌なものへと変わる。
「――ああ”? こいつら、俺の大っきらいなヤツラじゃねぇか! 何で、こんなもん見せんだ」
画面には、とあるSNSの投稿が映っていた。
――『デオ&ザオ』
富二代、すなわち金持ちのボンボンで、ここ重慶や国内でもそこそこ名の知られる青年インフルエンサー・コンビであった。
ガタイが良いガキ大将の雰囲気の方がデオで、対象的にそこそこイケメン顔の金髪のザオであり、ともに金持ちだけあって派手なブランド物で常に恰好をつけている。
それで、肝心のこの二人がSNS何をしているのかというと、彼らの金持ちライフをアピールするような動画はもちろんのことだが、そんな不快にして人畜無害なものでなく、メインとしてイタズラ動画を取って回っているというのが問題であった。
例えば――停まっている車の中で携帯で通話している運転手の横、わざと気がつくようにチョークでドアに落書きし、案の定気がついて怒る運転手と鬼ごっこのように逃走したり。はたまた、公園で手を組んでいたカップルを囲み、男の方をガシッとつかんだかと思うと丸太のように担ぎ、混乱し怒る彼女から逃走したり。またあるいは、ショッピングモールで銅像やキャラクタ人形に扮し、いきなり動いて客を驚かせたりと――
それらの動画はマンガのようなコマ送りに編集されており、それがコミカルで面白いとの声も多く、中にはコラボしたいとの好意的な評価があったりするものの、その反対に、「軽犯罪スレスレだろが!」といった声や、「さっさとこのロクでなしどもを捕まえてくれ」と、決して好意的に思わない声も少なくなかった。
――と、ここで続きに戻る。
「まあ、問題はそこじゃないのだ、パンちゃん……。この二人、今朝から話題になってるの知らないかー?」
「ああ”? 今朝から話題だって?」
ハンが動画を見せながら話すにはこうである。
昨夜、このザオとデオのコンビであるが、ふざけて動画を撮ろうと繁華街の裏路地に入って行った時のこと――
彼らはこの連続消失事件――すなわち幽鬼事件に便乗し、それを調査するとの名目で動画を撮っていたのであるが、その最中、何やら怪しい影と悲鳴を上げる影を目撃したところで様子が変わる。
「――あ”ん?」
「ね? 演技にしてはちょっと迫真ねー、パンちゃん」
画面の動画であるが、全速力で走っているせいかブレブレになっているが、二人が幽鬼から命からがら逃げる緊迫感の伝わるものだった。
動画はそのまま途中で切れてしまう。
「――な、何でい、こりゃ?」
動画を見終え、パンはポカンとしていた。
まだ少し半信半疑であるものの、先ほどのようにこの二人組を罵る気にはなれず、何かただならぬ感じがしていた。
そこへ、
「――本当に二人が幽鬼に遭遇したのか、あるいはよく出来た演技か? どちらにせよ、それ以降SNS投稿は途切れているのだ」
「……」
ハンはパンの言葉を聞きながら、コーヒーを片手に沈黙してしまった――
■■■■■
時と場所は変わる。
夜は22時ごろの、日本から再び中国は重慶市にて――
市内中心街の古い路地を、一人、歩く姿があった。
「――ああ、疲れた」
中心街オフィスに勤める、クールビズのフォーマルシャツ姿の若い女性はぼやいた。
今日は残業終わりというのもあるが、そこからさらに同僚と女子会と言わんばかりか、火鍋屋に飲みに行ってきたのである。
まあ、楽しかったからよしとするのだが、
「もう、また階段……!]
と、再びぼやいたように、坂がちで階段の多いこの街は歩くのが億劫に感じてくる。
ただ、あともう少し歩けばよいか……
普段通らない場所を歩いているが、地下鉄の駅はもう10分ほど歩けばというところだろうか。そこから数駅乗り、市内に一人暮らしで借りている部屋に帰るといった行程だ。
なお、今歩いている場所のこと――中心街でもあるが、古い路地がまるで中層ビル、そして超高層ビルに入れ子構造のようにサンドイッチされる複雑な形の地区である。
前近代の建築群と近未来的なビル群が混じる、さながらスチームパンクにも通じるような超SF的な光景――
また、それらには『山城』とも呼ばれる山がちな重慶の地形という要素も加わっており、平地の都市にはない独特の面白さを出していた。
そんな中、女は“ある場所”に通りかかる。
「へぇ、こんなところあったんだ……」
感心したように女が見上げて眺めた先――
交差点の上を、どういう経緯でこれが造られたか――渡り廊下らしき構造物が幾重にも走っていた。
その、ビルに挟まれた夜空にダイナミックにまたがる空中回廊という構図に、さらに下には、昔にタイムスリップできそうな古路地が広がっているのが、何とも独特な景観に感じられたのである。
「これ、写真に撮って見よっかな」
女も一応SNSはする女子ゆえ、写真に撮ればSNS映えするのでないかとふと思いついた。
しかし、その矢先――
「――!」
女は“何か”にゾクッとした……
寒気というか……同時に、ここ最近重慶を騒がしている消失事件のこと――幽鬼事件のことを思い出した。
「……」
悪い予感がする……
しかし、その予感がした時点で、女は時すでに遅しだった。
「ひっ――!」
女は黒い影を見て驚いた。
恐怖を感じると同時――スマホを手から放してしまった次の瞬間より、彼女の姿を見る者は、この世から誰もいなくなってしまうことになった――
■■ 3 ■■
「むわぁ~ん……蒸し暑っつ……」
今度は綾羅木定祐の声が大陸の空に響――かなかった。
ぐるりと山に囲まれた盆地に、赤茶色の大河に挟まれた半島に聳える超高層ビル群――
そう、綾羅木定祐たち神楽坂怪奇調査コンサルタント事務所の3人は中国は重慶に来ているのである。
というのは先日の、事務所のホームページに寄せられた『幽鬼に狙われているから助けてくれ』とのSOSを受け、依頼人に会いに来たのである。
「――あ、あづい……あとぅい……」
助手の上市理可も、再び舌を出す犬のように情けない顔で暑さを訴えた。
このまま、ムシムシする大気に溶けてしまう気さえするほどの蒸し暑さである。
「何だ? だらしのない顔しおって? 暑けりゃそこの川に放り込んでやろうか、このゴミカスども? この悠久の大河の流れで、貴様たちの腐った根性をとことん洗いなおしてやろうでないか」
鬼のような表情でチャイナドレス姿の妖狐・神楽坂文が指さす先、そこには崖下に赤茶色い大河、嘉陵江(かりょうこう)が広がっていた。
「「おい、暑いって言っただけで何でそこまでされんといかんのだ? てか、こんなとこでオーラ出すなや」」
定祐、上市がつっこんだ。
確かに人通りの多い中、この妖狐は青いオーラをちゃっかり放っていたのであるが――
「はぁ~……」
上市は溜め息を吐いた。
火鍋を食いたいなどと言ってみたが、その矢先――まさか、実際にこんなところに来るとは思ってもみなかった。
これも偶然のなす業だろうか?
それはさておき、
「文さん……てか、なぜにチャイナドレスなんですか?」
ここで上市は気になった。
赤地に黒、緑の配色とエレガントなチャイナドレス。さらに、もともと恐ろしいほどの美人顔で、かつスタイルも良いこの妖狐・神楽坂文であり、憎たらしくも良く似合っていた。
「――そうだな。私は普段、専ら着物をきているのだが、今回は舞台は中国だ。私なりに空気を読んだのか……。いや、しかし……チャイナドレスというが、中国でそんな日常的に着ている輩はいるのか? これはこれで、もしかするとKYかもしれんな、私は……」
「「何言ってんだ、お前」」
遠い目で何かを自問する妖狐に二人はつっこんだ。
「どうだ? 暑ければ、上市よ? 貴様のもあるぞ」
妖狐はそう言いながらチャイナドレスを見せてきた。
「は? 私もチャイナ着るんすか?」
上市は怪訝な顔をした。
というか、いつの間にこの狐はそんなものを出したのだろう?
その疑問は置いておき、上市は自分がチャイナドレスを着た姿を想像してしまう。
お世辞にも、モデル体型とは遠い普通体型(憎たらしいことに、この妖狐はモデル体型だが)――
それに、
「ちょ、文さん? そのチャイナドレスって……」
上市はあるものに気がつき、軽く引いた。
その先にあるもの――
妖狐が見せるチャイナドレスは通常イメージする“それ”ではなく、胸の辺りがパカッと大きく開いたエロチャイナではないか!
「――ふむ。ただでさえ色気要素、かつエロ要素のない貴様だ! 脚と尻だけでは足りんかろう? このおっぱいのところも開けてだな――」
「おい、コロしてやろうか? 何だよ、おっぱいのところって、キモ過ぎんぞてめえ」
上市はキレつっこみした。
それにもめげず、
「――ちなみにな、上市よ。もっと涼しくなりたければ、こっちはどうだ? いっちょ試着してみぬか?」
と、妖狐はまたどこから取り出したのか、今度は紺色のスク水――すなわちスクール水着を見せてきた。
「「おい、やめろや。てか、スク水とか、こんな街中で捕まるぞ。いや、いっそ、お前はもう捕まってくれ」」
■■■
それから、定祐たちはさらに歩いてく。
川沿いに、特徴的な外観の大きな建物――日本でも有名な“洪崖洞(ホンヤートン)”と呼ばれる建物が見えてきた。
ホンヤートンとは古くから重慶に伝わる建築であり、崖がちな重慶の土地に足場を築いて建てられていた建築である。
なお、この建物は“それ”をモチーフにした商業施設であり、館や楼閣を積み上げたカオスな様相が圧巻である。さらに、夜ともなれば提灯が灯され、アニメのように幻想的、異世界的な光景になるのである。
「はぇ~……すごいですね」
上市が感動していた。
しかし、なかなかに大きな建物だ。重箱を重ねたような、あるいは魔改造の楼閣というべきか……
「日本でも、何か有名になってませんでしたっけ? 何かの映画の?」
「あん? 何の映画だね?」
ふと思い出しかけて聞く上市に、定祐は興味無さそうに反応する。
とそこへ、
「――ああ、あの某映画のアレか。せんとか、ちひろとか、神隠しとかいうアレか」
「「全然タイトル名隠しきれてないじゃないか。おい」」
思い出す妖狐に二人はつっこんだ。
とりあえずのところ、ここで依頼人が待っているとのことで3人は歩みを進めていく。
待ち合わせはカフェの中であり、あと少しこの蒸し暑さを我慢すれば、ようやく涼むこともできるというとこだろう。
「――まったく。“幽鬼”ねい……」
定祐がつぶやいた。
今回の案件のキーワードといったところか――
「その、幽鬼って何なんですか?」
「中国でいうところの、幽霊や妖怪の類だろう。わりと、ふんわりと広いカテゴリを指すらしいが」
「へぇ」
何だよ、そのふんわりと広いカテゴリって――と、上市は微妙な顔をしながら思い浮かべてみる。
幽鬼とか、聞いたことあるようでないような語感だが、何だろう? キョンシーのイメージぐらいしか浮かばない。まあ、怨みや未練を抱えたような、日本のジメッとした幽霊よりは、カラッとした大雑把なイメージが浮かぶが……
「まったく。昔ならまだしも、この近代化時代に幽霊妖怪の類が噂になるとは意外なものだがな……」
「そうですね」
定祐と上市は言った。
すでに時代は2020年代である。科学技術、ITの全盛というか、とっくにテクノロジー的なものが世界の至るところに浸透してしまい、幽霊妖怪の類が入ってくる余地などなさそうなものであるが、案外“こやつ”らはしぶといようだ。
まあ、この定祐たちはそもそも仕事上、魔物や妖怪の類を扱っているのであるが……
ちなみに、定祐たちは前調査として現地の妖怪データベースや古文書を調べるには調べてあり、それと思ぼしき妖怪は今のところ引っかかってはいない。
「――ああ、そう言えばな……この件で、何やら火球やUFOと思しき目撃が後を絶たないらしいな」
ふと、定祐が後出しのように思い出して言った。
そうである。この幽鬼事件――連続消失事件に連動してか、火球やUFOのような目撃情報が増加しているのである。
「UFO? 宇宙人の誘拐とかなんですかね? あのアブ何ちゃら、とかいうやつ?」
上市が適当に答えながら、小さいころ観た胡散くさいミステリー特集番組を思い浮かべた。あのUFOやら、どこかの湖の怪獣やら、心霊現象やら出てくるアレである……
ちなみに、こやつらの案件に宇宙人絡みの案件もあることにはあるが、それは割愛しておく。
「さあな……。てか、可能性の風呂敷をそんな広げんでくれんかね? キリなかろうに、めんどくさいやっちゃのう」
「いや、そのめんどくさいのをやるのが仕事でしょうに」
「あん? 何を今さら、普段そんなこと考えてなかろうに、君も。人間、主張をすするのであれば、普段考えていること、やっていることの筋が通った状態で主張をするものだ! まったく」
「はぁ? 私はそれくらい考えてますよー。先生がズボラでめんどくさがりすぎなだけですよー。一緒にしないでくださーい」
「おい。ギャーギャー喚くな、このトリプルTの低級動物ども。そもそも怠け者のダメ人間どうしがつっこみ合いおって」
突如勃発した定祐と上市のまったく意味のない小競り合いに、妖狐が間に割って入る。
「やかましいのう。いちいちトリプルTとか言うなよ。ムカつくのう」
「そっすよ! それに、私まで怠け者扱いしないでくださいよ!」
「ふむ、そうか……。それなら、上市よ! つべこべ言わず、さっさと先ほどのスケベチャイナかスク水を着んか、この小娘が……!」
「しつけーよ! しばいてやろうか? このガキゃ」
上市はガキ呼ばわりして妖狐にキレて見せた。
恐らく、こやつは数千年以上生きているだろうもかかわらず……
■■■■■
同じころ、パンとハンの刑事コンビはいつもと変わらずに市内を捜査しており、今は車で移動中であった。
「――あの二人、生きてるのかなぁ?」
ハンはそうつぶやき、デオとザオたちコンビのことが気になった。
昨夜の二人のこと――
ネット上やネットニュースで話題になっており、様々な憶測が飛び交っていた。
実際に幽鬼に殺害されたとの説と、幽鬼ではなく犯罪に遇ってしまったか、あるいは彼らを快く思ってない者たちに拉致されたとかのキナくさい説――
その他には、よく出来た演技――すなわち、やらせやフェイク動画の類のものであり、世間やフォロワーの反応を楽しんでいるという愉快犯的な説までもあった。
「――けっ、そんな心配になんのかよ? あんなヤツら」
「そりゃ、心配になるよー。まあ、パンちゃんが面白くない気持ちも分からないこともないけどな、それとこれとは別だよー」
「けっ……」
面白くねぇと、パンが二度舌打ちした。
「それに、もし動画がやらせじゃなくて本物で、あの二人も無事だったら、何か捜査が進む手掛かりになるかもしれないよー」
「おいおい、あの二人が手掛かりになるのかよ?」
パンが冗談は勘弁してくれとの仕草をした。
続けて、パンは運転するハンの横で捜査資料を見て見た。
対策本部との共有データ――
捜査する警察を嘲笑うかのように、先日も幽鬼とされる消失エリアが20ほど表示されていた。
「しかし、ほんと、何もんなんだ? 幽鬼ってのは? それに、どうやって、人間を消しちまってんだ?」
「ほんと、そうだよー」
それを調査するのが自分たちの仕事といえば元も子もないのだが、パンとハンはぼやくように言った。
「まったく、重慶の世間もネットも毎日この話題だし、うんざりしねぇのかよ?」
「まあ、いつ自分も消えるかもしれないと考えたら、人間怖くなったり不安に感じるのは仕方ないんじゃないかー」
「つっても、重慶の人口は3000万あんだぜ? どんな確率よ? 杞憂じゃねぇのか? まあ、先日も杞憂って言葉使った気がするけどな」
「まあねー。確かに、それを言ったらそもそも人間、いつ死ぬか分からないもんねー」
「ああ、まったく。でも人間や社会ってのは、得体のしれねぇ恐怖や不安には弱いもんなのかもな……」
そのようにしながら二人は嘉陵江沿いを走っていると、ホンヤートンが近づいた。
「おぅ、パン。ちょいと停めて休憩しねぇか?」
「おお! いいねー、パンちゃん! でも、休憩しすぎてないか? アタシら?」
「けっ、いいってことよ! 毎日忙しいんだからな。ああ、今日は仕事が一段落したら火鍋でも食いに行こうぜ」
「だなー。まあ、ちょっと気が早いけど」
パンとハンは車を停め、ティーブレイクでもとることにした。
■■■■■
また同じころ――
離れた場所より、ホンヤートンを見下ろす影があった。
川沿いにあるカオスな楼閣のようなホンヤートンは観光客はもちろん地元でも人気のスポットであり、その周辺は多くの通行客や車の姿が見える。
「……」
黒い影――すなわち幽鬼はそんなホンヤートンをジロリと見ながらも、チラリチラリと視点を変え、街の各所も眺めてみた。
それはまるで、どこか品定めでもするかのように――
■■ 4 ■■
場所はホンヤートン。
昔の重慶をイメージした広いカフェにて、デオとザオの二人は茶を飲みながら待っていた。
「――なあ、デオ」
ザオがアイスコーヒーにカラフルな杏仁豆腐と、飲み食いしながら話しかける。
「あん? 何よ?」
方やデオは、似合わぬのによせばよいのにアイス・ジャスミンティーなど片手に聞き返す。
「あのサイトのやつ……何ちゃら調査事務所だったっけ? 本当に俺たちを助けてくれんのかな?」
「さあな……」
二人はともに微妙な表情をしていた。
それもそのはずで、半世紀前の遺構のような胡散くさいウェブページ(半世紀前にそんなものがあるのかという話だが)、そして胡散くさい事業所名――
しかし、あの時自分たちは何を考えたのか、あるいは軽いパニック状態だったのだろうか? この際頼れるものなら何でも頼れと、正気の沙汰か、偶然つながったこのページに助けを求めてしまったのである……!
「――てか、むしろな……幽鬼のヤツ、俺たちの顔をちゃんと見てねぇだろ?」
「まあ、暗かったし……見えてないっしょ」
二人は思い出しながらも、少し楽観とした考えに浸りたくなる。
先日の、幽鬼と遭遇した瞬間こそ死に直面したかと思ったが、人間の記憶とは弱いものか? 今はこのような一見すると安全な場所にいるからこそ、もう大丈夫ではないのかとの楽観的な考えが浮かぶのも無理はない。
それともあるいは、この二人はそもそもイタズラ系動画を撮ったりしているゆえに、神経の図太さか、恐怖感が薄れるのが人一倍早いのかもしれない。
「――それによ、相手は人間じゃなくて幽鬼だろ? スマホとか持ってんのかよ? SNSに自分の情報が流れてるとか分かんねぇだろうよ」
デオが、すでに相手を人外の者と決めつけて言った。
「まあ……だけどな……」
ザオは曖昧に相槌しながら、先日の――幽鬼と遭遇した時の記憶がフラッシュバックしてしまう。
偶然にも見てしまった現場――
いや、探偵調査ごっこのようにふざけて動画を撮りに行ったのだから、偶然ではなくなるのか?
とにかく、自分たちが見たもの。
それは、
――“人が消える瞬間”
いや、“消える”というよりも、“落ちていった”のである!!
そう……
まさに、人が空に向かって落ちていったのだ!!
暗い路地裏にて――そんなところに幽鬼などいるのかと半ば冗談で動画を撮影していた矢先、暗がりから男女の叫び声が響いてきた。
その声に驚きながら自分たちは声のした方を見てみると、そこには幽鬼と思しき黒づくめの蠢く姿があったのだ。
そしてさらに、叫び声を上げた者たちはどうしているのかと目を凝らしてみた。
すると、何とあろうことか! 叫び声を上げた男女(彼らがカップルなのかどうか、なぜこんな暗がりにいたのか疑問は沸くが)は宙に浮いているではないか!!
抗うことのできない不可思議な力で宙に浮く――いや、宙に浮かされている男女。
彼らは叫ぶも空しく、そのままどんどんと上昇し、加速して空へと落ちていってしまったのだ!!
そう……
であるから、人や物の、その痕跡が残るはずなどないのだ!!
なお、火球やUFOらしきものが目撃されているが、これはおぞましくも“人体が燃えている”からだと分かる。
空に落とされた人間、それらが最終的に凄まじい速度で加速され、“逆大気圏突入”のように燃え尽きていることになるのだ!!
そんな、衝撃的というか信じられない犯行現場を自分たちは目撃し、画質はかなり荒いにせよ一応撮影していたのである。
幸運だったのか悪運が強かったのか……いずれにしろ、その場は運に見放されることなく、命からがら逃げだすことができた。
ちなみに逃げる際、車に乗って逃げようとしたのだが、その時車に乗らなかったことも実は幸いしたのだ。
ふと、嫌な予感がして車に乗るのをやめた矢先……何と車がガタガタと動き、そのままヒュー……ストン!! とのごとく、これまた空に落ちていってしまったのだ!!
ただ、しかし……この車はお袋から借りた黄色のランボルギーニだ……
あとでお袋の雷が落ちなければよいが――と、ザオは心配した。
二人がそのように過ごしながら、時間はいくらか経っただろうか。
「――ったく、まだ来ねぇのかよ?」
デオがそろそろ苛立ちはじめた。
時計を見ると、待ち合わせの時間からすでに30分も経ってしまっているでがないか。
「日本から来るらしいじゃん……? この、何ちゃら調査事務所って」
「何だよ、何ちゃら調査事務所って……探偵か何かかよ? てか、日本人は時間に細かいんじゃなかったのかよ?」
二人は嫌気がさしながらも、とりあえずもうしばらく待ってみようと思った。
そこへ、
「おい、来てやったぞ……この低級動物ども」
「「低級動物!?」」
開口一番、低級動物呼ばわりする声にデオとザオは驚愕した。
声のした方を見ると、チャイナドレスに狐耳の妖狐・神楽坂文と、おまけのようにくっついてきた綾羅木定祐と上市理可の姿があった。
「おい、何だてめぇ!? いきなり人のこと低級動物ってよ? バカにしてんのかよ!」
「そうだよ! 口悪い人だなー――てか! そ、それ狐耳!?」
「そ、それ狐耳――ってか、はい、そんです。私がその妖狐です」
「「おい、『私が変なおじさんです』のノリで言ってんじゃねぇよ。てか、そんなネタ、中国じゃ知らんかろうに」」
ふざける妖狐に定祐と上市がつっこんだ。
「――てか、何だよ? 妖狐とか、胡散くせえな」
「まあまあ、そう言うなって、デオ」
ザオに宥められつつ、デオが続けて尋ねる。
「それで、何だ? てめぇらが、その神楽坂の何ちゃら事務所とかいうのかよ?」
「ああ、そうだが」
定祐が答える。
「何だよ? こんな変なおっさんと小娘と、この変な狐耳のヤツって……。あぁ~あっ! 本当に俺たちを助けてくれんのかよ? ザオよう!」
「お、俺に聞くなよ……」
デオは定祐たちを見て投げやりな態度をとった。
まあ確かに、チャイナ服に狐耳、そして上がらない中年男と小娘と――傍から見たら胡散くさいというか、頼りなさそうに見えるのも無理もない。
「――てか、小娘呼ばわりしないでくださいよ。私と同じくらいの歳なのに」
「そうだわい。まったく、誰が変なおっさんだ? 態度悪いヤツだのう」
「ふむ。いちいちを反応するな。いいからさっさと話を進めるぞ、このトリプルTども」
「「誰がトリプルTだよ、もういい加減にしろよ、お前も」」
定祐、上市はつっこみながらも、さらにイライラを募らせた。
■■■
続けて、定祐と上市はイライラするのを抑えながらデオとザオたちの話を聞いていた。
彼らの、幽鬼に襲われたとの主張を確認するのである。
「――とりあえず、これでも見てよ」
まず、デオが動画を見せる。
動画の冒頭――繁華街のモニュメント前にて、何やら山高帽に蝶ネクタイ、しかし相変わらず派手なブランドのなんちゃって紳士風ファッションのデオとザオが映る。
『うぃ~~す……我々は名探偵、ザオと……』
ゆっくりと戦隊ヒーローもののようなポーズをとり、微妙な間をおきながら、
『――ディオ……だ』
と、デオがふざけてポーズをきめた。
「ふむ。確かに、もっのすごくウザいぞ、この出だしの部分。なぜにこのようなことをしたのか? 小一時間と問い詰めさせてもらうぞ、この低級動物ども」
「うるさいわね。そこじゃないわよ、狐」
ドヤ顔で顔近づけてくる妖狐を、デオが鬱陶しがった。
引き続き本題の動画を視て進める。
『――というわけで、この界隈を調査して見たいと思います』とのザオの言葉とともに、二人は繁華街の裏手――薄暗く怪しい場所へと乗り込んでいく。
なお動画にはコメントが表示されており、
【おいおい、幽鬼を探偵調査するだって!? すっげぇ面白そうじゃん!!】
【アホか、そんなところに幽鬼なんているのかよ?】
【いや、むしろそのまま幽鬼に消されてしまえよ! それでもうお前たちの顔を見なくて済むぜ!】
と、面白がるものに混じってディスるコメントも少なくなかった。
さらに動画は進んで、デオとザオは廃墟交じりの暗い一帯を調べるていた。
解体された建物や、途中で放置された建物――
日本で言えば肝試しにでも行っているように見えるだろう。他の治安の悪い国なら、リアルで危険な目に会うかもしれないが。
そのように、動画の中の二人が散策していた。
その時突然、
『きゃぁあああああ!!!』
『ひっ! ひぇええええ!!!』
と、男女の叫び声がスマホのスピーカーを響かせた。
「おわっ!?」
「わわっ!?」
定祐と上市が一瞬ビクンと驚いた。
「な、何だぁ……?」
勘弁してくれよと、心拍を落ち着かせながら定祐は目を凝らした。
また同じく上市も顔を寄せ、定祐と一緒に視る。
そこへ、
「――ちょっと暗すぎて見えにくいかもだけどよぅ、ここ見てよ」
と、デオが指をさしてきた。
確かに暗くて見えにくいが、そこには黒い影のようなものというか輪郭が微かに映っており、何やらゆらりと動いていた。
「こ、これが幽鬼か? 叫び声の主は……?」
定祐が言った。
黒い影の大きさは、そもそも暗くて周囲と比較しにくいものの、人の背丈はあるように見える。
しかし、肝心の、叫び声を上げた男女と思しき姿はどこにあるのだろう?
そのように定祐は動画を確認していると、
「――あのぅ……映ってるか、ちょっと微妙ですけど……」
と、今度はザオがデオよりは丁寧な口調で指さしてくれた。
「ん……? これ、ですか?」
上市が頑張って確認しようとした先――少し不明瞭であるが、確かに画面上の方に“何か”が見えなくはない。そして、“それ”はどこか上の方に向かって動いているように見えた。
また、その時――
『た、助けてくれぇ!!!!』
『だ、誰か助けてぇ!!!!』
と、今度はカップルが助けを請う叫び声が聞こえてきた。
続けざまに、『お、おい、う、ウソだろ!? ウソだろ!?』と取り乱しそうになるザオと、『ちょ、おい!! ザオ!! 逃げっぞ!!』とデオの声がし、カメラが動いて動画が乱れる。
そこから先の動画であるが、走る彼らの足音ともに画像はブレにブレていた。それだけに二人が必死で逃げているのが伝わってくる。
『ハァ、ハァッ!! な、何だよありゃ!?』
『か、勘弁してよ!! あ、しまっ――』
逃げ惑う二人の声が入り、ザオがおそらく「しまった!!」と言いかけようとしたところで急に映像は変わる。
空を映しているのか――少し雲が出ているが星空が見え、さらに何やらズームしているように見えるもしかし、動画はその途中でプツンと消えてしまう。
動画を見終え、
「ほう……」
「へぇ……」
と、定祐と上市が順番に唸った。
「どうだ? まだ半信半疑か? 下手な演技とかぬかしてくるヤツいるけど、俺たちは実際に襲われたんだぜ」
「え、えっと、映像が暗くて見えにくいですけど、二人は幽鬼を目撃したんですよね?」
「ああ。その、幽鬼が人を消す瞬間もな……!」
「むむ? それは、幽鬼はどのようにして人を消しているのかね?」
定祐が怪訝な顔で尋ねた。
「動画の……最後の方をもう一度見てください」
ザオが丁寧そうに答え、定祐と上市は言われたとおりの箇所まで戻り、再生速度を落として再び視聴してみる。
「何か、空をズームしているみたいですけど……――え? も、もしかして……?」
暗く不明瞭な動画の中、上市が何かに気がついてピンときた。
「ああ、そうだよ……このカメラ、空に落ちてってんだよ!!」
「「な、何だって!?」」
声をそろえて驚く定祐と上市。
その奥では、
「……」
と、妖狐はゆるりと無言で見ていたが――
■■ 5 ■■
時を前後して。
市内の外れのある地区のこと――
一世代以上前の古い団地のような中低層マンションが並んでおり、それらはひどくボロボロに傷んでいたが――というよりも、よく見るまでもなく大小の窓ガラスはごっそりとなくなっていたり、また、その内部も盗難にあったのか、あらゆるものがゴッソリと無くなってもぬけの殻となっていたりと――すなわち、これら建物群は廃墟なのである。
そんな人気のなさそうな廃墟マンションの屋上――
そこを、
――シュタッ……! タンタンタンタン……!
と、軽快な音を立てて駆けまわる姿があった。
少年とも青年ともつかぬような風貌の若い男たちの集団――
彼らはまるでアクション映画顔負けに、この危険な屋上をアクロバティックに駆けまわり跳び回っていたのである!
屋上から屋上へはもちろん、下の階へジャンプして飛び移ったり。はたまた細いコンクリート立ち上がりや階段手摺壁をかけたり滑ってみたり……
もちろん、これらは映画ではなく、実際に一歩踏み外したり着地に失敗すれば少なくとも骨折か大けがを――そうでなければ地面に叩きつけられ、ほぼ確実に命を落としてしまうだろう……
そんな彼らはパルクーラーと呼ばれる。
もとはれっきとした競技を指す言葉だが、彼らのように廃墟だったり危険な場所で、死と隣り合うような危険を冒して駆けまわったり跳び回ったりするのに興じる者たちも指すようになった。
「――はい、『今日も軽快にパルクーリング中!』っと……」
先頭を切っていた青年が自撮りした。
彼のようにSNSでパルクーリングを発信したり、またカメラを自分に取り付け、迫力ある動画を撮る者も珍しくなかった。
「まったく、あいつらは遅っせぇな!」
青年は勝気な様子で言った。
あとで皆で動画を撮影するつもりであり、そのウォーミングアップとしてこの廃墟をぐるりと一周しているのであるが、青年は仲間たちと大きく先行していた。
というよりも、見ると他の仲間たちはサボっているのか、ダラダラとやっているようであった。
「まあ、いっか。先に行くか……」
青年はやれやれと、あと少しウォーミングアップ・コースの残りを行くことにした。
また、喉が渇いたのでさっさと終わらせたかったのもある。
「よっしゃ!」
気合を入れた掛け声とともに助走し、宙がえりしながら隣のビルに飛び移る!
まさに1080°のごときダイナミック!!
そこへ――
「――!」
何ということか!? 青年は自分と並走するように傍に、黒づくめの姿を見たのである!!
ゾクリとした嫌な予感に、
「ゆ、幽――モゴッ!?」
青年はもしやと思う間も与えられず、口に“何か”を入れられていた。
甘い味とともに塞がれる口。
「も、もごぉぉぉ!?」
青年は叫ぼうとするも空しく、その甘味を生涯最後の味覚として空に落ちていき、消えて行ってしまった――
すぐに続けて、
「……」
黒づくめの者はジロリ……と振り向いて見た。
別の方向には、青年の仲間たちがこちらのことも知らずにパルクーリングに興じていた姿があった。
当然のことながら、幽鬼は彼らを逃すことなく始末しに向かった――
■■■■■
ホンヤートンのカフェにて。
綾羅木定祐たちは引き続き、依頼者であるデオとザオの二人から話を聞いていた。
ここで話をまとめると、二人の証言から幽鬼について分かっていることは次のとおりである――
幽鬼は、大雑把に言えば謎の力で人間や物を空に落としていた。
ゆえに、ここ数カ月の神隠しのように人間が消失する事象はこの力によるものであり、また、被害者は空に落ちる――いや、落とされるが故に遺体も遺留品も出てくることはない。
なお、この人間が消失する事象と並行して目撃されている怪光現象であるが、それは人や物が加速されて燃えつきる瞬間のものであり、いわゆるUFOによる減少などではない。
――と、淡々と分かっていることを並べるとこのようになるのであるがしかし、そのように事実を淡々と並べるだけでは仕方がない。
問題となる幽鬼の持つ力は、いったいどんな力なのか?
また、この幽鬼はいったい何者なのか?
また、次なる犯行をどうやって食い止めるのか?
『神楽坂怪奇調査コンサルタント事務所』と、事業所名に一応“調査”との単語がある以上、謎を調べ、案件を解決していく必要があるのだ。
「――まさか、空に落ちるとは……空が落ちて来るのではなく、空に落ちていくとは、“杞憂”の逆バージョンではないか」
にわかに信じられないと、定祐が半信半疑の顔で言った。
「“杞憂”ですか……確か、漢文か何かで出て来たような……」
まさかこんなところでこんな単語に遭遇するとは、と上市は思った。
まあ、“杞憂”との単語自体は小学生でも知っているようなものであるが、確か漢文の授業か何かだったろうか? その由来についての文章を読んだような記憶が、朧げにあったような気がしていた。
ちなみに、今日本では古文漢文オワコン議論なる議論があるらしいのだが、まあ、それはここではどうでもよいが……
「――それで、相談というのは……アンタら二人が今もその幽鬼に命を狙われているから、私らに何とかしてほしいとのことだな?」
定祐がデオたちに確認した。
「ああ、そうだよ。でも、実際来たのがこんな変なヤツらとは思ってもなかったぜ!」
ケッ、と不貞腐れるような態度でデオが答える。
「まったく、依頼を頼む態度かよ」
「そっすよ、ほんと」
定祐と上市もムッとした態度で返す。
すると、なおさら不機嫌そうに、
「ケッ……! ならそこの狐耳よぅ。てめぇ、本当に妖狐なら、妖狐らしいことしてみやがれよ?」
と、デオが今度は妖狐に喧嘩を売るように言った。
「ふむ……」
妖狐はゆるりとデオの方を見た。
そのまま、人差し指を口持ちに当てて何か考える仕草をし、妖狐は間を置いてドヤ顔した。
「そうか……。なら、仕方がない」
「あ”ん……?」
「へ……?」
デオとザオが怪訝な顔をした。
その次の瞬間――
「「――うぉぉっ!?」」
と、今度は二人が声をそろえて驚いた。
何とあろうことか! デオとザオは30センチほど――いや、もっと言えば50センチ、あるいは1メートルほど床から浮いているではないか!
「おいおいおいおい!? 何よこれぇ!?」
「き、狐さーん!! お、降ろしてよ!!」
もがき、叫ぶ二人。
「どうだ? 一応、妖狐チックなことをしてみたが……? まだこれでも分からんと言うなら、別のこともやってみせるが?」
妖狐はドヤ顔しながらも、両手をジャラジャラと古代中国の拷問具や武器などに変化させ、無様にもジタバタもがく二人を脅して愉しんだ。
「「わ、分かったよ!! 頼むから、お、降ろして!!」」
二人は勘弁してくれよと、半泣きで妖狐に許しを請うていた。
■■■
再び話に戻る。
「――さて、貴様たちのその相談……結論から言えば、我々は貴様たちを守ることはできる」
中国茶を片手に佇みながら妖狐がそう言った。
「ほ、ほんとっすか……」
まだ半信半疑だが、ザオがホッとした顔をする。
「ああ。モチのロンで、嘘はつかない」
「おい、ザオ? こいつらに頼むのかよ? 俺、こいつムカつくし……」
「もう、そんなん言ってる場合じゃないじゃん。背に腹は変えられないだろ?」
不満そうなデオを、仕方ないだろとザオは納得させようとする。
「そのとおりだ。貴様たちは幽鬼の目撃者であり、その幽鬼から命を狙われている可能性が充分にあるという、貴様たちの置かれている状況……。それで我が事務所に助けを求めたのだろう?」
「けっ……そうだよ」
デオはそこは認める。
「よろしい。では、これで進めていくのだが、一つ条件がある」
「条件? 報酬か?」
「お金のことなら心配しなくていいよ、お袋がたんまりだしてくれるはずだ」
ザオが言った。
さすが、富二代と呼ばれる金持ちのボンボンだけのことはある。
「もちろん、報酬は相応のものを貰うつもりだ……。だが、条件とは報酬のことではない」
「だとすると、なんなのよ?」
怪訝な顔でデオが聞く。
「貴様たち、先日の動画でな、ふざけて探偵調査とか抜かしていたではないか? 『うぃ~~す……我々は名探偵、ザオと……ディオ……だ!』とか言ってな」
「真似すんなよ。ムカつくわ~」
「とりあえず、あれはふざけてやってただけっすよ。……それで、それがどうしたんですか?」
「ふむ。では答えよう――」
妖狐は意味深に間を置いて言った。
「――貴様たち、そのまま“探偵として”調査を続けるのだ」
「「はぃい……?」」
キョトンとするデオとザオの二人。
互いに数秒の間ポカンとしていたが、時間差で、ようやく言葉どおりに理解した。
「「――な、なんだってぇ!?」」
二人の驚愕する声が店内に響いた。
――― 第2話に続く
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