2000文字のラブレター
にじさめ二八
2000文字のラブレター
君と僕が初めて出会った日は、二年前の九月末。夏も終わったっていうのに、中々クールビズの格好から抜け出せないような暑さが続く日々の最中だったよね。
事務所で経理を担当していた須賀さんが、持病の治療による長期入院で辞めてしまうということで、新しく配属されることになった派遣社員としてやって来たのが君だった。
あの頃、僕たちはまだお互いのことなんて意識もしていなくて、ただ同じ環境でそれぞれの仕事をこなすだけの同僚だった。まともに言葉を交わしたこともなくて、仕事上でも業務の違いからコミュニケーションをとることなんてなかった。僕自身も正直あまり意識なんてしてなくて、ただなんとなく、ああ、若い子が入ってきたんだなぁって。僕にとってはその程度の認識でしかなかったんだ。
意識し始めたのは、出会ってから二年後のことだったんだけれど、気づいているかな?
昼休みになると一生懸命にスマホの画面をいじっている君。誰かと食事を摂るでもなく、いつもコンビニのパンを一つだけ齧りながら、慣れた手つきで親指を滑らせていたよね。彼氏とメールでもしているのかなって思っていた。
でも、ある時に処理待ち伝票を持って君の席の後ろを通った時、画面が目に入っちゃったんだ。
そしてそこに映り込んでいたのは、メールにしてはやたらと長文な文字の羅列だった。
思わず「それ何?」って聞いたら、君はびっくりしてこちらを振り向いてから、すぐにスマホの画面を伏せて「何でもないです」って。
悪いことをしたなと思ったんだけど、僕は口下手だからさ。謝る言葉を探しながら手にしていた伝票を両手でこねくり回していると、どうにも気まずい時間が一向に進まないみたいで余計に焦ってしまった。
だから思ったままのことを伝えて、無理矢理場を取り繕おうとした結果が、あの時に言った「小説かな? 俺も読むよ」だったんだよ。あの時はびっくりさせてごめんね。
そう言った時の君は短い相槌を打つだけだったから、会話が下手な人って思われただろうなぁと、なんか妙に緊張してしまって汗が止まらなかった。
でもその後だよ。今度は僕が驚かされたんだ。ひょんなことから帰りのエレベーターが一緒だった時に「小説好きなんですか?」って聞いてきてくれた。
なんか嬉しかったな。運命の人との出会いって、思わぬところであるものなんだと感じたよ。
その時に君が教えてくれたのが、この小説投稿サイトだ。そう、今君が読んでいるここだよ。
でもまさか、君は小説を読んでいたんじゃなくて、書いていたんだね。教えてくれた時、すごく恥ずかしそうに言っていたけど、僕は本当にすごいと思って褒めてたんだよ。だって僕は昔から作文とかも苦手だったし、会社のメールで端的に済ませる癖がついていたからさ。小説を書こうって思えること自体が僕にない感覚で、それがいかに立派な趣味であることなのかを伝えたかったからあんな風に言ったんだ。君は終始顔を赤くさせて俯いていたけどね。
でもそれからは、時々小説の話をしながら一緒に帰る日があっただろう? あの時は本当に幸せだった。事務所を出てから君が自転車を停めている駐輪場までの五百メートル程度の道のり。この距離がたまらなく幸福でいられる時間だったんだ。
だけどもっと一緒にいたかったから。だからあの時、唐突に映画を観に行かないかって誘ったんだよ。
ムードとかも作れない不器用な僕だけど、君は誘いに乗ってくれた。あの時の僕の喜びようなんて、成人した男とは思えないくらいにはしゃいでしまったんだ。今この場だから書けることだよ。
だから、なんで映画を観終わった後の食事や、二度目の誘いを断られたのかが分からないんだ。
つまらなかったのかな。何か悪いことを言ったのかな。がっかりさせるようなことでもあったのかな。それとも、本当はもう彼氏がいたのかな。断りづらくて渋々了承をしてくれただけ?
職場でももう話しかけられなくなっちゃった。帰るタイミングを合わせようとしても用事があるって言うし、声をかけても嫌悪に満ちた表情を浮かべるし、僕が迷惑をかけているのかな。職場に居づらくなっちゃったかな。本当にごめんね。
久しぶりの会社の飲み会も、君はいつになく酔っ払って上機嫌だったけれど、それでも僕とだけは言葉を交わしてくれなかった。
いつもは君が一生懸命書いている二千文字。今は僕がここに文字を入力している。
きっと君は僕の二千文字に気がついてくれるよね。だって君のアカウントで書いているんだから。
泥酔した君が目を覚ましてサイトを覗いたら。そしてこの二千文字を読み終えてくれていたら。
もう僕はこの世にいないから。君の迷惑になるくらいなら、いなくなるから。
だからせめて、僕の束の間の幸せを、このサイトの利用者に伝えさせてね。
ありがとう。
<了>
2000文字のラブレター にじさめ二八 @nijisame_renga
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