【嫉妬神の加護】⑦
聞いたメリナが目を見開く。
「た……確かに、そうなるわね。でも、返すと言っても、本来受け取る人に返せるわけじゃないのよ? あなた以外のパーティーメンバーに、均等に分配されるだけだから……」
「俺は、むしろその方がいいと思うな」
顔を向けてくるメリナに、俺は続ける。
「キルの功績は一人のものじゃない。さっき俺が倒したエメラルドゴーレムだって、あんたの援護が大きかっただろう。モンスターはパーティー全員で倒すものだ。それなのに……キルボーナスがもらえるのは倒した奴だけ。こっちの方がよほど理不尽じゃないか? キルの横取りが揉め事の元になることくらい、あんたなら聞いたこともあるだろう」
「……そうね」
メリナが、溜息と共に言う。
「その代わり、ココル。あなたには絶対にキルボーナスが入らなくなるけど……あなたは、それでいいと言うのでしょうね」
「はい! 神官は元々モンスターを倒す職じゃないですし、それにわたしはレベル【80】です! これ以上経験値なんて必要ありません!」
ココルが力強くうなずく。
「だから、メリナさん! ぜひパーティーを……」
「でも、ダメよ」
その言葉を、メリナが遮った。
「忘れた? 私のスキルにはもう一つ、デバフの効果もある。本当だったら戦闘職全員に少しずつ付与されるそれを、あなたが全て引き受けることになるのよ。危険だわ」
「そんなの、全然平気です! わたし、レベル【80】あるんですよ? たとえステータスが半分になっても、普通の神官より上です。少しくらいのデバフなんてどうってことないです! それに……見ててください」
そう言うと、ココルは詠唱を始める。
やがて微かなエフェクトと共に、ココルのステータス表示からデバフのアイコンが消え去った。
神官の少女は胸を張って言う。
「どうですか?
「……それって、自分へのバフまでまとめて無効にするやつじゃない。それに詠唱も長いし、戦闘中には使いづらいわ」
「それがどうかしたんですか? わたしだったら、合間を見つけて使うことくらい簡単です。その辺の神官と一緒にしないでください」
ココルの言葉に、メリナも俺も面食らう。
それは一見気弱そうな彼女には珍しい、強い言葉だった。
「もしそんな余裕がなくても、回復職としての仕事は必ず果たします。
「……どうして」
メリナが、気圧されたように言う。
「どうして、そこまで……。私がパーティーに入ったって、あなたにはデメリットしかないじゃない。キルボーナスがもらえなくなって、デバフまでかかる。なのに、どうして」
「……わたしはもう、誰かに迷惑をかけるのが嫌なんです」
ココルがうつむきがちに答える。
「神官は貴重で、回復職はパーティーに必須だから、わたしはこんなスキルを持っていても、これまで入るパーティーに困りませんでした。でも……どこのパーティーでも、わたしは邪魔者だったんです」
「……」
「戦闘が終わってステータスを開いて、溜息をつかれる気分がわかりますか? パーティーの中で一人だけレベルが上がっていくのは、本当に肩身が狭かったです。そして最後は、自分よりもレベルも実力も低い神官に、パーティーでの立場を奪われる……。仕方ないことだとはわかっています。でも、せっかく声をかけてくれたアルヴィンさんにも、いずれ同じ目を向けられるんじゃないかと思うと怖かった」
「……」
「それに比べたら、デバフなんて全然大したことありません。だってそれは、わたしがどうにかできることじゃないですか! 奪ってしまった経験値はどうやっても返せませんけど、ステータスの低下は工夫次第でなんとかなります。そっちの方が……ずっと楽です」
「……」
「それに……なんだか、運命な気がするんです」
「え……?」
「【嫉妬神の加護】って名前ですよね、メリナさんのマイナススキル。わたし、他の神官に嫉妬ばかりしていましたから……。どうしてわたしじゃなくて、あの人なんだろう、って。わたしの方がレベルも高いし、
「……」
「あはは、変な話しちゃいました……。でも、メリナさんが必要なのは本当です。お願いします、一緒にパーティーを組んでください!!」
そう言って、ココルが頭を下げる。
メリナが、迷うように視線を泳がせる。
「でも、それは……」
俺には、どちらの気持ちも想像できた。
とりあえず、また助け船を出した方がいいだろう。
「メリナさん。今、せっかくパーティーを組んでいるんだ。どうせならもう少しこのまま、ダンジョンを進んでみないか?」
「え……?」
「少なくとも、今のところこのパーティーに問題はない。あんただって、ソロよりは安全に動けるだろう。いずれもっと下へ進むつもりだったのなら、今は俺たちを利用すると思ってくれればいい。後のことは、ここを出てから考えればいいさ」
「それは……そうかもしれないけど……」
メリナはしばらく迷うように押し黙っていたが――――やがて、小さく笑みを浮かべて言った。
「……わかったわ。短い間になるかもしれないけど、よろしくね。二人とも」
「わぁっ! は、はい!!」
「ああ。こちらこそよろしく頼む」
ココルが満面の笑みで、困ったような表情のメリナの手を握っている。
ひとまず、これでいいだろう。
現在地を確認しようとステータス画面を開こうとした、その時。
俺はふと、ダンジョンの壁に文字が書かれていることに気づいた。
近寄って見てみる。どうやら、また
“大剣を振るう剣士の膂力は、いずれ衰える。”
“千里を見通す弓手の鷹の目は、いずれかすむ。”
“だがその▒▒は、▒▒▒▒てなお研ぎ澄まされる。”
「ねえ。アルヴィン」
いつの間にか、メリナがココルと共に隣に来ていた。
「あなたは、ボスを倒すつもりなのよね」
「ああ」
「ドロップアイテムは……どうするの?」
メリナの言葉は慎重だった。
おそらく、この中の誰がマイナススキルを消せることになるのか、心配しているのだろう。
俺は答える。
「俺は大丈夫だと思っている。小規模ダンジョンとはいえ、ボスドロップが消耗品だとは考えにくい」
「何度でも使えるものだろうって?」
「そうだ」
「私は……そうは思えないわ」
メリナが静かに言う。
「考えてもみて。もしそれが無限に使えるアイテムなら、世のマイナススキル持ちは全員スキルを消せることになる。使用料を取ればお金だって稼ぎ放題よ。そんな都合のよすぎるアイテムが存在するとは思えないわ」
「それは……確かに、そうだな」
言われて、俺は自信がなくなってくる。
ダンジョンで得られるアイテムは、必ずバランスが取れているものだ。
強力な武器は、数が少ない。
有用な素材は、珍しいモンスターが、まれにしかドロップしない。
そして、死人を生き返らせたり、どんなモンスターでも一撃で倒せたり、無限の富を生むようなアイテムは、存在しないと言われている。
その観点からすると、俺の予想は間違いである気もしてきた。
しかし、メリナが続けて言う。
「でも、あなたの言うことも一理ある。さすがにスキルを一つ消すだけのアイテムがボスドロップのメインとは、ちょっと考えにくいわ。だから……消耗品だけど、パーティーメンバーの数だけドロップする。これならありそうじゃない?」
「それなら……!」
「ええ。私たちみんな、マイナススキルを消せるかもね」
「よくわかんないですけど、大丈夫ってことですよね! それじゃあがんばりましょう!」
魔導士のメリナを加え三人パーティーとなった俺たちは、ダンジョンの更なる深層へ向かい歩き出した。
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