ルチアーノは、図書館の裏口から出ると、みんなを木陰のカフェに連れて行きました。ここでは、りんごの紅茶と、ちょっとした料理もおいてありました。


 好きに頼んでいいよと言うので、ミッチは太陽のソーダを、マチルダはうっとりとルチアーノに見とれながら、フルーツのズコット・ケーキを。サンダときたら、遠慮もなしに大盛りのパスタと、りんごのタルトに、ジェラートまで注文しました。


「それで、わたしに聞かせたい話とは何かな?」


「あなたは、とても頭のいい天使だと聞いています。それで……、おれたちは、ある重大な……とても大事なことをしようとしているんです。そうしたら、ノーノさんが、あなたを訪ねるといいというので、うかがいました。」


ミッチェルが言い終えると、ルチアーノは紅茶のカップを置いて、彼女が、とうなずきました。そして、ひざの上で手を組むと、美しい緑の瞳で三人を見回しました。


「それは、使命なのかな? それともまったく別のことだろうか?」

みんなは少し黙ってしまいました。


 使命とは、神様のお許しがあってすることです。神様は、あのままでよいのだと言われました。アンナータの魂を元に戻すことは許されなかったのです。でも、ミッチェルはこう言いました。


「使命とは言えません。でも、おれたちは、ある想いを持って、どうにかして成功させたいと思っているんです。そういう意味では、使命だと言えると思うんです。」


「なんだか込み入っているようだな。つまり、きみたちは何をしようとしているんだ?」


 実を言うと、ミッチェルはまだ迷っていました。

 もしこの話に賛成してもらえないとすれば、ルチアーノは味方どころか、敵にまわってしまうかもしれないのです。そうなったら、とても太刀打ちできる相手ではありません。それだけは、はっきりとわかりました。


「ミッチ、黙っていてもしょうがないわ。ちゃんと説明しましょう。」

気づいたマチルダが小声で言いました。

「わかってくれるわ。だって、ノーノさんの推薦じゃない。」


 その言葉に、ミッチェルも腹を決めました。悲しみのままにいるアンナータのこと、彼女をどうにか救いたいこと、そのためにコレッジョ宮殿から魂を持ち出したいこと……。


「大事なことを言い忘れてるわ。言ってもいい?」

マチルダは言いました。


「このことは、神様に相談したんです。だけど、神様は賛成してくださらなかったんです。

 でも、実際にアンナータを見たら、どんな方でも心を揺り動かされるわ。神様はお忙しくて、そんなことはできないのかもしれないけど……。ルチアーノさんなら、きっとわかってくださるはずよ。」


ルチアーノは黙って眉間にしわをよせながら聞いていましたが、やがて顔を上げて言いました。


「きみたちがしようとしていることは、神のお許しがない。その上で、コレッジョ宮殿の魂を持ち出すということはつまり、“盗む”ということだ。許可なく番人が渡すことはないからね。」


「……やっぱり、話すべきじゃなかった。」


 ミッチェルが芝生を蹴ってつぶやきました。サンダも、むくれた顔をしています。それを見たルチアーノは、

「話は最後まで聞くものだ。」

と、足を組み変えました。


「わたしも、昔はよく勝手なことをしたものだ。神様にもいろいろご迷惑をおかけしたよ。

 だから、というわけではないが、きみたちのしようとしていることは、根本的に悪いことではないと思う。

 この話は他人に話したくなかっただろう? 反対されるか、神様に伝わって、何もかもふりだしに戻ってしまう可能性があるからな。

 その中でわたしに打ち明けてくれた、きみたちの信頼には応えたいと思う。」


 ルチアーノの優しい声に、ミッチェルたちは勇気づけられて顔を上げました。マチルダだけは、ただひとり、ずっと信じて彼を見つめていましたけれど。


「だが、そのプロセスに伴う責任を、きみたちは引き受けることができるか? そこをよく考えてほしい。ことによると、大変なことになるかもしれないぞ。」


ルチアーノの声は穏やかでしたが、三人の心は揺れました。


 ミッチェルは、陽光を跳ね返すようなまぶしい芝生の緑と、噴水のほうできゃっきゃと声を上げて笑う天使たちが、水をかけあう姿をぼんやりと見つめていました。


 大変なことって何だろう? アルネリスの街にいられなくなったりすることだろうか? ミッチェルは考えました。


 でも、魂が戻ってアンナータが微笑む姿を見たら、神様だって、きっと喜んでくださるはずです。


「おれは、どうしてもあの人を助けたいんです。」

 ミッチェルは言いました。とび色の瞳に、時々、飛び散ったエメラルドのかけらのような緑色があらわれました。


「わたしも同じよ。」

「おれもだ。」

 三人は、立ち上がっていました。すぐにでも、何か始めたい、という気持ちでした。


 ルチアーノの瞳が、ちょっと面白そうに輝きました。

「わかった。力になろう。」


三人はたちまち笑顔になりました。

「ただし、わたしができるのは、知恵を貸すことだけだ。最後はきみたちの力で成しとげなければならない。」

「もちろんです。」

ミッチェルがうなずきました。


「いいだろう。では、明日の朝、わたしの家に来るといい。メッゼリーア橋の近くにある透明な家がそうだ。」

「わかりました。おうかがいします。」

「ありがとう!ルチアーノさん!」

「ありがとう。」


 ルチアーノは席を立つと、サインして、街へ出る門のほうへ歩いて行きました。


 入れ替わりに、ウェイターが湯気を立てた大盛りパスタをはこんできました。

 まだルチアーノのほうを見ているマチルダを横目に、サンダはフォークをひっつかむと、ミッチェルと二人でパスタにとりかかりました。


                       つづく

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