美しく陽気な木々たちに囲まれて、青々とした芝生の広がる公園では、たくさんの天使たちが、歌ったり、飛び回ったりしていました。あるいは木陰の下に腰をおちつけて読書をしたり、ピクニックをしたりしている天使もいます。


 おだやかな時を横切って、三人は、図書館の入り口に構える、灰色のいしライオンの台座まで飛んで行きました。このライオンの瞳には、透き通った金色の宝石がはめこんであって、陽光にきらきらと光っていました。


 堂々とした図書館の番人は、威厳のある面持ちで敷地内を眺め、豊かなたてがみは、石であるにもかかわらずふさふさと風にそよいでいます。そして、すべてのアルネリスの動物がそうであるように、背中に翼をつけていました。


「こんにちは、石ライオンさん。」

マチルダが声をかけました。


「これは珍しい人たちが来たものだ。おや?きみが最後にここへ来たのは、『ドラゴンと剣』を返しに来て以来じゃないかね?」

石ライオンが、ミッチェルにウィンクすると、彼はきまり悪そうに返事をしました。


「何はともあれ、ようこそ、アビッサーレ図書館へ!」

「ルチアーノという人は来てる?」

「ああ、あの方なら、法か音楽の間にいるだろう。」

三人がお礼を言うと、石ライオンは目を細めてうなずきました。


「ねえ、あの人はやっぱりかっこいい? あなたは、彼の翼を見たことがある?」

マチルダがこっそりささやくと、石ライオンの答えを聞く間もなく、サンダにひっぱられてしまいました。

「もうちょっとで聞けたのに……」

「じゃ、どうも!」

サンダは石ライオンに手を振ると、先に石段を登り始めたミッチェルのあとを追って、マチルダをひっぱっていきました。


 扉を開けると、すらっとした黒猫が、いくぶん冷たい目つきで三人を迎えました。法の間は? と聞くと、右側の階段の前まで歩いていき、細いしっぽで、この上だというように指し示しました。

 お礼を言って、三人は階上へ飛んで行きました。


 何かの文字が、扉の前で悪ふざけをしていましたが、三人の気配に気づくと、あわてて格式ばった顔をして並びました。ちょっと斜め上がりに配列された文字たちは、法の間、と読めました。


「この部屋は、入ったことないな。」

 ミッチェルが部屋をのぞき込みました。一面に、水面のようなパステルブルーのペクトライトが敷きつめてあります。驚くほど高い天井に向かって、たくさんの本が円を描くように浮かんでいました。


「『ドラゴンと剣』は絵本の間だもんな。でも、何でさっきはあんな顔してたんだ? ミッチ。」

「いいんだよ。置いてくぞ。」

「おい、待てよ!」

 わっと翼を広げると、ミッチェルは飛び上がりました。羽ばたくミッチェルを先頭に、彼らは天井へと向かいました。


 法の間には、あまり天使は見当たりませんでした。なぜなら、法の間はとてつもなく高くまで本が浮かんでいましたから、全部を見渡すわけにはいかなかったからです。


 それでも、上へ行く間に、金髪や赤毛やブルネットの天使が宙に浮かんで、黒い革製の分厚い本を読んでいました。彼らは大抵本に夢中で、三人に気づきもしませんでしたが、たまにびっくりしたような目をして、道を譲ってくれたりもしました。


「ずいぶん飛んだけど、まだ先があるなんて。」

 ミッチェルは立ち止まって下を見下ろしました。今では、地面が手のひらほどにしか見えません。

「ここにはいないのかもしれないなあ」

サンダが寝っころがるようにして言いました。ちょっと休憩したくなったのです。


「とにかく、天井まで行ってみましょうよ。何ならサンダは、ここで休んでていいわよ?」

マチルダが元気に言うと、

「行くに決まってるだろ。」

サンダが怒って言いました。

「じゃあ、行きましょ!」


 今度はマチルダが先頭に立ちました。彼女は憧れのルチアーノに会えるので、うきうきしていたのです。スピードをゆるめることなく、でも見逃すこともないように飛んで行きました。


「あっ、あれ!?」

突然、マチルダが止まったので、続くミッチェルも急に止まると、下からサンダが思いっきり突き上げてきました。

「いてっ!」

「いきなり止まるなよ!」

ミッチェルが、ぶつかられた左足をおさえて、頭をさすっているサンダに顔をしかめていると、

「あの人じゃない?」

マチルダが頬を紅潮させて、下を見ていました。


 ひとりの眼鏡をかけた天使が、こちらを見上げていました。


 彼は、珍しいものを見る目つきで三人を見上げていましたが、すぐに手元の本に視線をうつして読み始めました。


「そうだな、間違いない。」

「待って、待って! ここはわたしから行かせてよ!」

マチルダときたら、今にも踊りだしそうないきおいです。サンダが、へっ、とそっぽを向きました。


「わかった。でもまだ本題は話すなよ。」

ミッチが言うと、

「まかせておきなさいって。」

マチルダはそわそわしながら、ひらりとルチアーノのそばまで下りていきました。できるだけ、素敵に見えるようにね。


「失礼ですが、ルチアーノさんでいらっしゃいますの?」

 彼女はにっこり笑いかけながら小声で言いました。なぜって、ここは神聖なる図書館でしたからね。


「ええ、そうですが。」

 彼はうわさどおり英知をにじませた、それでいて、溌剌はつらつとした額をして、髪は短い金髪でした。グリーンの大洋を思わせる瞳が、銀縁の眼鏡の向こうからマチルダを見つめていました。


 マチルダはぽうっとなって、夢うつつのうわごとのように自己紹介をしました。

「わたしはマチルダ……。こっちはミッチェルとサンダです……。何て素敵な……。あなたのおうわさは、よくうかがってるんですよ……。」


 それっきり、彼女はあとを続けなくなってしまったので、ミッチェルは彼女を押しやって口を開きました。

「あのう、おれたち、お話したいことがあるんです。ちょっとおつきあいいただけませんか?」


するとサンダが、ミッチの背を押して言いました。

「やめろよミッチ、忙しいに決まってるさ。さっさとおいとましようぜ。」

「なに言ってるんだよ、サンダ? このために来たんじゃないか。さっきそう……」


ルチアーノは三人を順番に見つめていましたが、ぱたんと本を閉じると、

「いや、かまいませんよ。調べ物にも飽きたところだ。」

と、すっかり本を片付けてしまいました。


 それを見たサンダはむっつりとしていましたが、ミッチェルは、ルチアーノが思ったよりミステリアスでなく、むしろサッカーなんかが好きそうな感じに親しみを覚えました。

 日焼けしていないけれど、自分と同じ、太陽の匂いがするぞ、ってね。

  

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