育使施設 <テヌータ> は、ちょうどお昼寝の時間でした。

ノーノさんは、忙しい午前の仕事が終わって、ちょっとした休み時間でしたので、空に水を撒いてネックレスを作っていました。


 彼女が作るネックレスは、オーロラがかった透明で、それはそれは綺麗でした。真珠のようにつなげてみたり、銀細工のように透かし彫りにしたりして、ひとつひとつ丁寧に作るのです。

 そして不思議なことに、そのネックレスは、一年すると、すっかりとけてなくなってしまうのでした。


「どうしたの? ミッチくん。」

 ふうわり雲にのったミッチェルは、ノーノさんの手元を見つめながら、いつ話しかけようかなと思っていたところでしたので、びっくりして言いました。


「気づいてたの?」

「ええ。だてに赤ちゃんたちを育ててないでしょう? 何が起こってるか、ちゃんと見てるのよ。」

「なるほど。」

ミッチェルはつぶやいて、ふうわり雲の上でくるっとあおむけになりました。


「どうしたの? 何かが頭から離れないって目をしてるね。」

ノーノさんは、真珠みたいな水の玉を、どれにしようか選びながら聞きました。


「なんかさ、すーっごい心に残るメロディがあったとするじゃん? でも、何ていうか、もっと……、さらによくできそうな方法があるとしたら、ノーノさんはどうする?」


「えー? そうねえ、そりゃあ、よくしてみたいと思うでしょうねえ。でも、詳しいことがわからないと、何とも言えないわ。」


「じゃあさ、すっごく綺麗な女の人がいて、すっごく悲しんでいたら、ノーノさんはどうする? やっぱり、どうにかしてあげたいって、思うよね?」


 水玉を糸に通していたノーノさんは、顔を上げてミッチを見ました。何だかにこにこ……というよりは、にやにやしているみたいです。

「さてはミッチくん、素敵な人に出会っちゃったかな?」


ミッチェルは顔をそむけると、

「いいから、ノーノさんならどうするの?」

と、ぶっきらぼうに言いました。ノーノさんは微笑すると、再び手を動かしながら答えました。


「そうね、悲しそうな女の人って、心をひかれるわね。どうにかしてあげたいなって、思うと思うよ。」

「ちょっとした危険を伴っても、やる価値はあるよね?」


「そういうことをしなければいけない時も、あるかもしれないわね。でも、まだあなたの力では、できないこともあるかもしれないわ。そういう時は、誰かに頼って欲しいなあ。ちっとも恥ずかしいことじゃないんだから。

わたしは、大事なお友達に危険なことはあって欲しくないから。」


 その声には、ちょっとした心配と、真剣な温かさがこもっていました。ノーノさんの表情は、見なくたって手に取るようにわかりました。


「あら、ウェンウェンが泣き出すわ! ごめんねミッチくん、すぐに行かなくっちゃ!」


ノーノさんは、道具を小箱に納めるのもそこそこに、あわててかけだしました。

「いいよ。ありがと、ノーノさん。」

ミッチェルは声をかけました。


「あっ、そうだわ。」

ドアのところで、ノーノさんはふりかえって言いました。

「もしかしたら、ルチアーノさんが力になってくれるかもしれないわ。彼は図書館にいるわよ。訪ねていってごらんなさいな。」

 そう言うと、大きな泣き声を上げ始めた赤ちゃんをあやしに、奥の部屋へと消えました。


「ルチアーノねえ。」

ふうわり雲にはらばいになったミッチェルは、机の下に落ちた水玉を拾って、きれいに片付けてあげると、ふわふわと上空へ上がって行きました。


 あのあと――下界から帰ったあとで三人は、大人の天使たちに、どこにいたのかとか、何をしていたのかとか、いろいろ質問されました。が、ミッチェルは公園で泥まみれになったんだ、とだけ言って、あとは何も言いませんでした。


 その代わり、三人で、あの綺麗なアンナータのことを、神様に聞きに行ってみました。どうしてあんなところに、悲しげなままにして、助けてくださらないのですか? と。


 神様は、彼女はああしているのがいちばんよいのだ、としかお答えになりませんでした。

 マチルダは、神様がそうおっしゃるのは、何かわけがあるに違いないと思いましたが、ミッチェルは食い下がりました。


「神様はよくご覧になったのですか? あの人を見たら、とてもよいとは思えません。」

 彼は顔をほてらせて熱心に訴えました。けれども、神様のお声は優しく響いて、同じ事をおっしゃるだけでした。みんなは、仕方なくその場をあとにしたのでした。


                              

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