「これは何と、天使さまが三人もいなさる……」


 扉を開けたのは、しわしわのおじいさんでした。

 おじいさんは、この小さな建物を長年守っている人でした。

 稲光を見て、心配になって来てみると、お堂の中から光がもれ、ささやく声が聞こえました。泥棒でも入ったのかと、斧を握りしめて扉を開けると、神々しいまでに輝くミッチェルたちの姿を見たのです。


 おじいさんはうめくように言って、すっかり腰をぬかしてしまいました。

 最初に動いたのは、サンダでした(彼はおじいさんっ子だったのです)。桑の実をまた少し、落としてしまいましたけど、彼が支えたおかげで、おじいさんはお尻を床にぶつけずにすみました。

「いやいや天使さま、すみません、ありがたやありがたや……」

「さあ、ここに座って。」

ミッチェルはそばにあった木の椅子を引き寄せると、おじいさんに差し出しました。

「いや、もったいない、もったいない。天使さまにお会いして、こんなによくしていただけるとは……。天使さまこそ、お座り下さい。いつもわしたちの力になって下さる。」

「あなたが座ってよ。椅子はひとつしかないんだから。」

「そうよ。どうぞ座って。そして、この美しい女の人について教えてくれませんか?」

「そうだよ。なんでこんなに悲しんでるのかを。」


 おじいさんは、垂れさがったまぶたの隙間から、小さな黒い瞳を覗のぞかせて、三人を眺めました。

 ほんとに、嘘みたいでした。

 ブラウンのおかっぱ頭をした、可愛い女の子と、陽気そうな瞳をした男の子と、自分を支えてくれた波打つ金髪の、つり目の男の子がみな、白い衣を身にまとい、美しい翼を広げて(ひとりは土と葉っぱで少々汚れていましたが)、自分を見つめていたのです。

 こんなのは、夢でだって見たことがないわい、と、おじいさんは幸せな気持ちでにっこりしました。


「天使さまがた、こちらに眠っているのは、さるお屋敷のお嬢様なのですよ。」

「姫君ではないの?」

「姫君といってもよいほどの方ですがの、姫君にはなれなかった方なのですじゃ。」

三人は顔を見合わせました。なんだか秘密がありそうです。


「ねえ、この人は、生きているようではないけど、かといって死んでいるようでもないんだけど、その秘密を知らないかい?」

「はい、知っておりますとも。この方は、アンナータ様と申しまして、ごらんのように、それは美しい方でした。


 ある時、舞踏会が開かれましてな、それはそれは美しい青年と出会い、あっという間に恋に落ちてしまったのです。それは、アンナータ様が、さる国の王子とご結婚遊ばすための所見の会であったのですが、家族の反対も何もかも押し切って、その青年のもとへ行ったのです。」


「まあ!大恋愛じゃない!」

マチルダは、手を組み合わせて言いました。


「ええ、そうです。ところが、これが悪い男で、最初こそ優しかったものの、次第に本性を現し、財産をそっくり自分のものにし、アンナータ様を悲しませるようなことをさんざんして、あげくのはてにはご両親まで殺してしまったのです。この男こそ、悪魔でした。


 傷ついたアンナータ様は、永遠に心を閉ざしてしまいました。わしのじいさんの、そのまたじいさんから伝え聞いております悲しい話ですよ。この人はもう、二百年もこうしてここにおるのです。」


「二百年だって?」

サンダはびっくりして言いました。

「だって、この人は人間なんじゃないのか?」

「はい、たしかに。でも、たった今眠ったかのような姿をしていらっしゃる。じつに不思議なことですが、じいさんのじいさんが言うには、同情なさった天使さまが、アンナータ様の魂を天上に持ち帰ったとか。それでアンナータ様が、永遠に心を閉ざすと決めた日からずっと、お身体はあのように若々しいままで、ここにいらっしゃるのだそうです。」


「かわいそうな人だなあ……。悪魔の奴、何てひどいことを。」

「その悪魔も、何か罰を受けたらしいのですが……」

「あいつらは、ねばるからなぁ。」


「じゃあ、この人は、ずっと救われることはないの? こんな、悲しい歌をサファイアに歌わせるくらいの想いを抱えたままなんて!」

「わたしたちには、なぐさめることしかできないのかしら?」

「話してみたいな。そして、もう悲しむことはないよって言って、笑わせてあげたいよ。」

みんなは口々に言いました。


「優しい天使さまがた……。わしもその方法を知っていたら、何とかしてさしあげたいものですが。」

おじいさんはため息をつきながら言いました。サファイアは、今も悲しい調べを歌っていました。


「ねえ、もし、魂を天上から取り返したらどうなるんだろう?」

ミッチェルは言いました。

「天使が同情するような人だぜ? 助けてあげられるかもしれないよ。」

「取り返すって、どうやって?」

サンダとマチルダは同時に言いました。

「おれに、考えがあるよ。」

それっきり、ミッチェルは口をつぐみました。


 それから三人は、おじいさんを家まで送ってあげて、急いで天上界へ帰りました。サンダとマチルダは、けんかしたことなんかすっかり忘れて、心配して待っていたノーノさんたちの前にひょっこり姿を現しました。

 みんな、すっかり疲れきっていたので、大人の天使たちの質問攻撃は明日に延ばされ、ひとまず家に帰りましたが、三人は、下界へ降りたことも、綺麗なアンナータのことも、絶対に秘密にしようとかたく誓ったのでした。



     

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