⒊
サンダに比べると、ミッチェルとマチルダはうまく着地しました。
二人が降りたのは広い展望台でした。ここからは町が広く見渡せますし、夜なので人もいませんでした。
空を見上げると、大きな雲と星空が見えました。でも、この上空に、アルネリスの街があるとは思えませんでしたし、星も、いつも見ているものより、いくぶん小さく見えました。
「ずいぶん降りて来たんだなぁ……。それに、何だか暑いし。サンダの奴はどこだろう?」
マチルダが、遠く西のほうの森に、稲光を見つけました。
「暗いからあたりを照らしてみたのかも。行ってみましょう!」
夜の森は、なかなかおしゃべり好きで、二人の天使が真上を飛ぶと、みんな、あっちだよ、あっちだよ、とサンダのいる方を枝で指し示しながら、わさわさと揺れました。
小さなリスも目を覚まし、フクロウや妖精が、
「天使よ! 天使だ! 何てきれいなんだろう」
とささやきあいました。
「ぼくは昼にも見たよ。今日は天使の降る日なのかな。」
子鹿が首をかしげて言いました。
「あっ! いた!」
ミッチェルは虹の湖の対岸の五倍ほど離れた先に、サンダの姿を見つけました。
「サンダ、もう隠れんぼは終わりよ! 帰りましょう?」
「ふん、やっと来たな。見つけにくるのが怖かったのか?」
サンダが憎まれ口をたたくと、
「なんですって? こんなに心配して来たのに。みんなにだって、言わずに来たのよ?」
マチルダは怒って言いました。
「心配だったって? みんなに言わなかったのは、お仕置きされるのが怖いからだろ。でなきゃ、髪の毛をぬらすのが嫌だったんだ。マチルダはいつだってそうなんだ。ノーノさんみたいに、きれいな金髪でもないのにさ。」
「何よそれ! ……ひどいわ!」
マチルダは暗くてもわかるくらい、顔を真っ赤にして言いました。
「おいおい、やめろよふたりとも。」
とミッチェルが言う間もなく、マチルダは、サンダの頬をぴしゃりと打っていました。そして、あっけにとられるふたりを置いて、マチルダはひとり、飛んで行ってしまいました。
「おい、マチルダ!」
「いってーな。……暴力反対だぞ。」
サンダは頬を押さえてしかめっつらをしていいました。
「……大丈夫か? はあ、ひとり見つけたと思ったら、またひとりいなくなる。もう探し役はごめんだぜ。……サンダも言いすぎなんじゃねえの?」
「悪かったよ。なんか腹へってイライラしてさ。」
「食い物か……。マチルダ追いかけながら行けば、何か見つかるよ。木の実とかさ。」
ふたりはマチルダの名前を呼びながら、森の中を歩いて行きました。途中、桑の実を見つけて幾らか口に放り込むと、元気がでてきました。サンダは、マチルダの分の桑の実を持っていくことにしました。
「マチルダー! どこだよー? 腹減ったろー?」
「一緒に帰ろうぜー!」
けれど、返事はありません。
フクロウが片目を開けて、気をつけて、気をつけて、と鳴いています。
「気をつけろって、何を……」
と言ったとたん、ミッチェルは足を踏み外し、山の斜面をごろごろ転がっていました。この状態では翼を持っていても、飛ぶことなんてできません。サンダの呼び声を遠くに聞きながら、体中を汚して転がり続け、何かに背中を思いっきりぶつけて、やっと止まることができました。
「だいじょうぶか?」
桑の実を半分もこぼしてしまったサンダが、中空からミッチェルを見下ろしていました。
「ああ、何とかね。」
さかさまになったミッチェルは言いました。
「ここはどこだ……?」
彼がぶつかったのは、コリント調の円柱でした。石造りの小さな建物の一部のようです。中から誰か知らない人の悲しげな歌声が聞こえます。マチルダの気配がしたように思いました。
「マチルダかな?」
「まさか。あいつ、歌はだめなんだぜ?」
「入ってみようか。」
サンダはうなずくと、そろって反対側に回りました。
建物はずいぶん古く、鍵もかかっていたようでしたが、中の扉が目覚めて、自分から迎え入れてくれました。
「マチルダ? いるのか?」
中は真っ暗でした。と、サンダの足元を何かが通り過ぎ、彼は思わず声を上げました。
「うわっ!」
「おい、何だよ?」
ミッチェルもびくりとして振り返りました。
「ごめん。たぶん、ねずみだ。」
「…おどかすなよ。」
ミッチェルが両手をたたき合わせて小さな火を起こすと、部屋の真ん中に石の棺があり、そのそばでマチルダがひざまずいているのが見えました。彼女はちらとこっちを見ましたが、すぐに視線を棺に戻しました。
その棺には、真っ赤なドレスの美しい女の人が、胸の上に両手を組んで眠っていました。明るい茶色の髪は波打つようで、頬も、唇も、薔薇のようでした。
「とっても綺麗な人だわ。」
マチルダはため息をつきました。
「それに、とっても悲しそう。」
「この人が歌っていたんだ……。」
サンダが棺をのぞき込むと、女の人の閉じた瞳に、涙のあとが見えました。
「でも……、この人は……。生きていないね。」
マチルダとサンダは、驚いてミッチェルを見ました。
「生きてないって?」
「うん。でも、死んでいるわけでもないみたいだ。どういうことだろう?」
マチルダは、ようく耳をすませて、女の人が寝息をたてていないか聞いてみました。
……何も、聞こえませんでした。
でもこの人は、眠りも死にもしないで、ここに横たわっているのです。それでいて人形なんかではなく、ちゃんと、人間なのです。
悲しげな歌は、彼女の全身を取り巻いているようでした。どうやら、胸元を飾るサファイアのネックレスが、主人の気持ちを代わりに歌っているようでした。
三人は、驚きと悲しみにすっかりとりつかれて、背後の扉がきしみながら開いたのにも気がつきませんでした。
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