第6章

俺は今まで生きてきた17年間で見たこともないほどの美人を前に立ちすくんでいた。


透き通るような透明感のある肌に、真ん中で分け腰辺りまで伸びたサラサラな黒髪。


彼女の寝顔は美しさの中にどこか幼さや、あどけなさが残っている。


天使のような寝顔という表現が彼女のために作られたのではと思うくらいにぴったりと当てはまる。


気づけば俺は10秒近く彼女の顔を見つめてしまっていた。


我に帰った俺はその女性から離れ子どもたちの方へと戻る。


「俊平、どこいってたんだよー。遊ぼ遊ぼ。」


子どもたちに言われるがまま一緒に鬼ごっこをしたが全く身が入らない。


さっきから心臓に手を当てなくてもわかるくらいに胸が高鳴っている。


それにあの女性の顔が頭から離れない。


人生で初めてのことなので確証はないが俺は恐らく一目惚れをしてしまったのだろう。


俺は恋愛に奥手だったので元の時代では彼女ができたことなどないし、ましてや、一目惚れをした時どうすれば良いのかなど見当もつかない。


だがそんな俺でもここでアプローチしなかったら一生後悔すると思えるほどの美貌だった。


平安時代にタイムスリップしてきたという非現実的な状況であること後押しとなり俺は大勝負に出ることを決意した。


そうなってくると大事になってくるのは告白の仕方だ。


いろいろな方法を考えている時一つの古典文学作品を思い出した。


『伊勢物語』の第一段、『初冠』という平安時代初期の歌物語である。作中で女性に惚れた男はその気持ちを和歌にして女性に届けていたのである。


当時は、和歌で告白してから夜這いをするというのが通例だったらしい。


俺は紙を持ち合わせていなかったので『初冠』に習い自分の着物を切り、そこに歌を書くことにした。


開始数秒、一向に筆は進まなくなってしまった。


それもそのはず、俺は和歌なんて詠ったこともなければまだ古典単語すらまだ危ういくらいだ。


10分ほど悩んだ末に、稚拙な言葉遣いではあるがストレートに自分の気持ちを伝えることにした。


歌を書き終えた布切れを寝ている女性の傍らに置き、立ち去ろうとしたその時だった。





「あなた、歌を詠むのが下手なのね。」

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