素数セミスナックと素数鍵の関係についての考察(夕喰に昏い百合を添えて20品目)
広河長綺
第1話
鳴子がチリンチリンとなって、私たちはソワソワしながら顔を上げた。
ここラマヌ村は、アマゾンの奥地で他の部族に攻撃されないように、シダ植物の葉っぱと鳴子に何重にも囲まれ隠されている。
誰が近づいているのか、中からは見えない。
期待に胸が高鳴っていく。
ラマヌ村での生活はヒマである。
地面に寝転がってパソコンを開くぐらいしかすることがないのだ。
基本的に外部からの客などは来ない。来るのは新入りだけ。
それも、孤独な少女しか入れない。
海流の関係で壊れてあ船の墓場になった海域のように、居場所を求めて世界を彷徨うような女の子がここにたどり着く。
もちろん、村人が増えることなどめったにない。
だから「新入りかな?」「今回は私が教育係になる」「かわいい子だといいなぁ」とみんな軽く興奮しているのだ。
シダ植物のカーテンの向こうから、鳴子と足音が近づいてくる。
だが、最終的に、みんな肩透かしを食らう結果となった。
「ただいまー」と、元気な笑顔とともにリーちゃんのかわいい笑顔が出てきたからだ。
松葉杖をついて歩いており、おさげの髪に毛虫が絡まっている。
そういえばリーちゃんが村の外へ偵察に行ってたんだった。
昔からラマヌ村にいるムードメーカーのリーちゃんのことは、みんな好きだけど、新しい仲間じゃなくてちょっと落胆してしまう。
「ごめんね!それより、はいこれ!」気まずそうな表情を浮かべて、リーちゃんは何かを村のみんなに差し出す。みんなを驚かせようとしているように見えた。「新しい仲間じゃなかった事のお詫びに、ね」
「何これ」
リーちゃんは包み紙を剥がした。「素数セミのチョコスナックだよー」
セミが茶色くコーティングされている。
「ゲー」「うそでしょー」
村中から悲鳴があがる。
「アメリカで素数周期で大量発生するセミがいて、大量発生しすぎて処理に困って、お菓子にしたんだって」
「なんでそんなもの持ってきたの?」
「私たちの村って、素数の計算能力がみんな高いじゃん?だから親近感が湧いて」
リーちゃんは、嬉しそうな笑顔だ。きっと、アメリカで一番変なお土産を選んだのだろう。リーちゃんのそういう場を盛り上げるサービス精神は尊敬に値する。
村の人間関係すら最小限にしている私は、つくづく感心する。
「親近感が湧いたのなら、食べるなよー」
と、誰かが突っ込む。
「ははっ、それもそうだね」
と、リーちゃんも笑って、素数セミスナックの話は、ここまでとなった。
みんなすぐに興味をなくして、各々の部屋に散らばっていく。
少女たちがゴロゴロと寝そべりながらネットサーフィンする、いつもの光景だ。
私も、暇つぶしに、ペンタゴンの極秘情報にアクセスした。
大きい素数による公開鍵暗号がセキュリティーとしてかけられていたが、ラマヌ村の住民には素因数分解は苦にならない。
スーパーコンピューターでもできない素因数分解を直感で成功させ、私はペンタゴンのセキュリティを突破した。
アメリカ人市民の個人情報が並ぶ。
その中で私はエベリンという名の少女に目を奪われた。
快活そうな笑顔。肩まで伸びたブロンズの髪はサラサラで、上品な布のような光沢がある。
ツイッターをしているらしい。エベリンのアカウントを見に行くと、ちょうど数学の問題に悩んでいるらしい。
わからないところをツイートで質問していた。
「こういう風にとけばいいんじゃないかな」と私はリプライで返答してみた。
あくまで数学の手助けをするだけのつもりで、素っ気ない文面を心がける。
「ありがとうございます。あなた数学が得意なんですか」
興奮気味のツイートをするエベリンに驚いて、私は思わずさらに反応してしまう。
「わかりませんあんまりといたことないので」
その返答で、さらにエベリンの好奇心を刺激してしまった。
「解いたことないのにこの問題が解けるんですか?」本気で面白がっているんだろうと感じさせる返信スピードで、リプが返ってくる。「これ数学オリンピックって言う数学オタクが解くためだけの問題ですよ?ちょっとあなたの数学力を ためさせてもらっていいですか」
そう言ってエベリンはいくつかの数学の問題を出題してきた。私は1問あたり10分ほどで回答した。私にとっては何も難しく感じない。当たり前のことを難しく聞いているだけのように感じた 。
でもエベリンにとっては驚くべきことであったらしい。
エベリン)「あなた解くの早すぎるよ数学オリンピックでも回答時間を50分ほどもらえるんだよそれだけじゃない4問目はゴールドバッハ予想だよ」
私)「なにそれ」
エベリン)「人類なりまだ誰も溶けていない素数の問題なんだよ」
ツイッター上での会話が弾む。
私)「へーじゃぁエベリンが解いたってことにして発表していいよ」
エベリン)「あなたやばすぎるでしょ。名前は何て言うの?」
エベリンは笑ったようだった 。
数学を解けたことなんかより、エベリンが笑ってくれたことが嬉しい。
私も自然と笑顔になりながら「アンナといいます。よろしく」と本名を名乗った。
次の日からエベリンは数学以外の話もしてくれるようになった
学校であった嫌なこと。親に関するグチ。
私はこの村のことが好きだが少し開けていた部分もあったのかもしれない。村の外の話を聞くのは新鮮で楽しかった。でもエベリンのことを知るたびに切ない気持ちも募った。
エベリンは人生に迷って放浪してこの村に辿り着く様な子じゃないとわかったから。
クラスの中心にいて、ユーモアのセンスもあって、私みたいな奴に会話を合わせてくれる優しさがある。
人生に悩むことなどないだろう。ということはラマヌ村には来ないということだ。
どれだけ仲良くなっても、私はエベリンに、直接会えない。
その事実を忘れたくて、私はエベリンが教えてくれた数学論文を貪るように読んだ。大人が酒に溺れるというのは、こういう感覚なのかもしれない。
数日後。
「あなた凄すぎるよこれ宇宙際ダイヒミュラー理論だよ」
エベリンは興奮気味にツイートしていた。
私)「そんなにすごいの?」
エベリン)「この論文は正しいと確かめる20年かかって全人類でこの論文の理解できているのは10人ぐらいしかいないんだよ」
どうやら私の数学力は人類最高レベルにまでなっていたらしい。この辺から逆に私が宇宙際ダイヒミュラー理論を教えるようになっていた
何にせよ、エベリンちゃんに頼られるのは嬉しい。
ストレス発散で数学やって良かった。心から満足だった。
それから数日後全世界に、1つのニュースが駆け巡る。暗号が発表されたのだ
シケイダ暗号の模倣。
全人類が参加可能なゲーム。
昔シケイダという謎の暗号がネットで公開されたことがある。
インターネットを使える人すべてに解答権があり、みんなで盛り上がった。
今年になって、それの模倣犯が現れ、ネットは祭り状態になった。
「私だけじゃなくて、国中がこの話題で持ちきりだよ!」と興奮気味にエベリンは報告してくれた。
私の村もだよ、と私も報告を返した。
その日は、宇宙際ダイヒミュラー理論ではなく、暗号の話に花が咲いた。
きっと世界中が熱狂していたのだろう。外から隔絶されたこの村ですら暗号の話題で持ちきりになっていたのだから。
リーちゃんが「難しいよー」と言っているのを聞いて、私が微笑ましく思っていると、背後から「シケイダ暗号の作者お前だろ?」と威圧的な声が聞こえた。
震えながら振り返ると、屈強な女性が私を見下ろしていた。筋肉が凄まじく、片手で私の首を折れそうだと感じる。
管理者。この村の秩序を守る存在だが、滅多に現れない。
冷汗が、背中を流れ落ちる。
まさか本当に来るとは。
しかし私は村の掟に背いたことを自覚していたのでこうなるかも、とは思っていた。村の位置をダイヒミュラー理論と素数で暗号化して、シケイダ2としてネットに公開した時に、覚悟を決めた。もしバレたら管理者に「宇宙際ダイヒミュラー理論を理解できるのは世界に10人ほどしかいないので安全です」と言い訳しようとしていた。
だが、その決意は管理者を前にした瞬間、霧消した。
「本当に申し訳ありません」と土下座する私に、「次したら殺すから」と囁いた後、管理者はパンパンと手を叩いた。
「はーーい、管理者からの命令でーす。村を移動するよ!」
こうして村は移動することになった。
みんなでほふく前進して、ジャングルを進む。
前へ行くほどに、エベリンと会う可能性が遠ざかっていく。
今エベリンが暗号を解いてきたとしても、村はもうないのだ。
申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
でも、私に管理者に逆らう気力はもうない。
エベリンさん、ごめんなさい。ごめんなさい。
私が心の中で謝罪を繰り返しているうちに、引っ越しは1時間ほどで終わった。
みんなが荷物やwifiルーターを設置し始める。
その時、草をかき分ける音が聞こえた。何かが村に近づいてくる。
まだ鳴子は設置していないが、雑草が天然の鳴子になっていた。
そして草をかき分けて一人の少女が現れた。
運動が得意そうなしなやかな体、土で汚れてもなお美しい輝きを放つブロンズ髪。
そのかっこいい姿に、私は自分の目を疑った。その少女はエベリンだったから。
「今日からこの村に入ります」と、エベリンは笑顔で宣言した。
「どうして」
「素数セミと同じだよ」口をポカンと開けた私に、エベリンは得意げに説明を始めた。「この村はアマゾンの外部から来た人しかいない。だから他の部族に攻撃されてしまう。それを防ぐために他の部族と行動周期を外す必要がある。だから素数周期で行動するんでしょ?その結果素数セミと同じように、感覚で素数がわかるようになった。素数周期で行動するとわかれば、前回の村の位置から次の位置が予想できる」
エベリンは私から学んだ数学で、素数鍵を解いて、私に会いに来てくれたのだ。
私は感激して泣きそうになりながらエベリンの方へ、這い寄ろうとした。
しかし、それよりも管理者の方が速い。
「お前を新しいメンバーとして認めよう」
管理者はそう言うと、ナイフを取り出し、素早くエベリンの足の腱を切断した。
「ああああああぁぁ」
エベリンが地面に転がる。叫びながら、のたうち回った。
私は地面を這って、エベリンに近づくと、よしよしと背中をさすった。
――みんな地面に寝転がってネットサーフィン
――リーちゃんは松葉杖をついて村に帰還した
――管理者は私を見下ろしていた
――ほふく前進して村を移動
「大丈夫だからね」私は痛がるエベリンに優しく言葉をかけ続ける。「この村に新しく入る人は歩行機能を捨てなきゃいけないんだよ。でも心配ないよ。管理者以外の村人全員歩けないから。みんな一緒だから」
これから始まる親友との生活に胸をときめかせながら、私はエベリンの背中を撫で続けた。
素数セミスナックと素数鍵の関係についての考察(夕喰に昏い百合を添えて20品目) 広河長綺 @hirokawanagaki
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