危機

思考を巡らす。

目の前のこの化け物をどうにかすることだけを考える。

三匹いるそいつらの手には刃こぼれした刃物もしくは棍棒を持っている。

そんなものを食らったら即致命傷だ。


(やばい、この状況じゃ逃げるのは不可能に近いんじゃないか?アイツらの武器は俺が持ってる武器よりリーチが長い。それに、食料をパンパンに詰め込んだバッグに水。重すぎて逃げ切る速度で走るのなんて無理だ。捨てるしかないのか...。でも、捨てたら...。)


あの大狼に比べれば威圧のかけらすら無い。

今の自分で争ったところで待ち受けるのは死。

この一文字。

逃げれなければ死。

この食糧を持って帰らなければいずれにせよ死。


そこまで迫る、死、死、死。


割り切って手に持った水をゴブリン目掛けて、投げつける。

陽翔と目配せをして左右に分かれる。


「では、またっ!!」


「おうっ!!」


「「「ギギャッ?!」」」


投げつけられた水にたじろぐゴブリン共。

得体の知れないものを投げつけられ驚いていたが、身に何も起こらないことに苛立った様子。

投げつけられたペットボトルを踏みつけ、叫び声を上げる。


「「「ギャウ!!ギャギャッ!!!!!」」」


その隙に界凛は右へ、陽翔は左へ。


三メートル走ったところで右に曲がる。

かけそうになるが持ち直し、スピードをなんとか維持したまま走る。


不幸にもこちらの方には三匹。

全てのゴブリンが後を追っていた。


(クソッ!三匹全部こっちに来やがった?!俺が弱そうに見えるからってやってかかってくるかね??!!)


少し先の棚の後ろで軽く息を整え、冷や汗を垂らす。


凶悪そうに口の端を釣り上げこちらに走ってくるゴブリン。


棚の中間地点に着いた、その瞬間。


「オラァァァァッ!!!」


棚を押しゴブリンを足止めにかかる。

グギャァと悲鳴をあげ棚の下敷きになった。

だが、一匹だけは何とか避けていた。


「なっ?!一匹逃した?!」


この失敗はやってはいけなかった。

武器のリーチも足りていない、ろくに運動もしてこなかった、格闘技なんてもってのほか。

強いてあげるなら授業科目で行った柔道や空手ぐらいだろう。

そんな界凛にこの化け物相手に命のやり取りが果たして出来るのだろうか。


「ギャウッ?!ギャシャァ!!」


怖気付いてしまい、腰が抜ける。

界凛とゴブリンの距離は僅か二メートル強。

ゴブリンは持っていた武器を上段に掲げ、こちらに大きく踏み出した。


もう終わったーー。


そう思った界凛に走馬灯がよぎる。


高校時代の思い出。


授業中居眠りをして、先生に廊下に立たされた日。


授業をサボってゲーセン行った日。


楽しかった夏休みの部屋で過ごした日。


楽しかった冬休みにも部屋で過ごした日。


楽しかった秋休みにも部屋で過ごした日。


(えっ??もうちょいなんかマシな記憶ないかな?????そんなにいい思い出無かった?少しは女気ある記憶はないのかね??!!)


目前に迫る刃物に後三十センチというところ。


恐怖のあまり目を閉じる。


ゴスッ。


鈍い音が目の前から聞こえた。

目の前のゴブリンは頭から血を流し、目を見開いている。

次の瞬間には頭部から血を溢れ出しながら倒れた。


その後ろにはさっき別れたはずの陽翔。

手には消化器が握られている。

これでゴブリンを殺したのだ。


「あ、ありがとうございます!!助かりました、本当にありがとうございます。」


「俺の方に一匹も来てなかったからよ。そっちに全部行ったんだって思ったからよ、それで音が鳴る方へ向かって見れば、あと少しで死ぬところだった。ギリギリだったけどな、助けられて良かった。」


そう笑顔で陽翔は言い、手を差し出す。

陽翔は血濡れた消化器を捨てる。

コロンコロンと音を立てるそれは命をついさっきまで奪ったとは思えなかった。


ガサッ


「ギギャァァァッ!!!」


ガサッと音がしたと思ったら後ろから陽翔に向かって覆い被さるように襲いかかるゴブリン。


「うわぁぁぁッ?!」


飛びかかられた陽翔はゴブリンと一緒に棚を薙ぎ倒しながら目の前を流れて行った。


距離にして五メートル。


突然のことに驚きつつもゴブリンの腕を掴み、なんとか拮抗しているように見える。

まだ死なない、そう陽翔の眼に闘志が宿っている。


(助けなきゃ。何回も助けてもらったんだ、一度ぐらい助けたい。武器は......!)


思考を巡らし、武器はどこだと探す。

腰の方に手を回した時、コツンと手に当たる感触。


ここへ入る前に手に入れた刃渡りが少し長めの包丁である。

それを腰のベルトのところに鞘ごと挿していた。


腰から包丁を鞘から抜き、中断に構える。

このゴブリンを今から殺す、そう覚悟を決めて走り出す。


(ふぅ...。殺す...。殺すんだ、助けるために。こんな世界になってしまったんだ。殺らなきゃ殺られる...。生きるために殺すッ!!!)


距離にして僅か五メートル。


されど五メートル。

しかして、五メートル。


この時の界凛の心境、体感にしてみればたかが五メートルの距離。

しかし、五メートル以上に、十メートルそれよりも長く感じていた。

水の中を走るかのような感覚。

しっかりと一回一回の足の踏ん張りを強く感じる。


包丁を左手で逆手に持ち、右手で柄尻を押す形でゴブリンに突進していた。


「ウオォォォォォォォォッ!!!!!」


グサァッ!!!


ブシュッッッ!!!!!


突然の声にゴブリンは振り返る、時にはもう体に包丁は深々と刺さっていた。

位置は人間で言うところの腎臓あたり。

血は吹き出し、血に濡れる。


「グキャァァァァァァア???!!!ギャァァァア!ギギガギャガギギィ!!!!」


痛みに絶叫し、この痛みを与えた界凛に対して憎しみを持った目を向けて雄叫びを、尚且つお前を殺すと言わんばかりの言語のような声を出す。


陽翔はこのゴブリンから腕を離さないように力を込める。

乖離はこのゴブリンを殺すべく更なる力を込める。

2人の声が重なり、力を合わせる。


「「ウオォォォォォォォオ!!!!」」


「ギィァァァァァァァァァァ!!!」


刺さった包丁を界凛は横へと振り抜き捻った。

前よりも大量の血が界凛にかかる。

鉄臭さと独特な獣臭さが鼻をつく。


悲鳴を上げたゴブリンは絶叫をあげたのち、電池の切れたおもちゃのようにピクリとも動かなくなった。


手に残る肉を絶つ、微妙な不快感。

こべりつく血のカオリ。

この経験はこの世界になった今、貴重な経験だろう。


(嫌な感触だった。できることなら二度としたく無いな。これを好き好んでやるサイコパスにはある意味尊敬するね。)


「やりましたね。陽翔さん。これでもあいつらに勝てるってことですね。」


包丁を指差し、界凛は言った。


「そうだな、武器が通じるってのがわかっただけでもよかった。それに、食料も手に入るしな。」


息をゆっくりと吸いゆっくりと吐く。

陽翔と二人で目を合わし、自然と笑みが浮かぶ。

この危機を乗り越えて生きてるという実感が二人をそうさせた。


呑気に過ごす時間はない。

ここで大きな音を立てたからには、上にいる化け物たちもやってくる。

それに、血のついた服これももってのほかだろう。

あの化け物どもが鼻が効かないとは限らない。


(こんなに大きな音を出したからには今すぐにでも移動しないと、死んでしまう。持てる物資を持って早く戻ろう。あとこの血のついた服は捨てないとまずいだろうな。ってことは半裸か俺......。)


「陽翔さんもてる食糧持って急いで戻りましょう。俺、今のうちに血のついたこの服脱いでおくんで持てそうなの持ってください。」


「そうだな。んー、じゃあ。これと、これと、それと、あれだな。」


物資を回収した界凛と陽翔。

半裸になった界凛は若干の肌寒さを感じながら来た道を出来るだけ急ぎながら戻るのだった。



来た道を戻り、部屋につき息を吐く。

さっきまでのことを思い出して、猛烈に疲れが湧き出す。

ずるずると壁を伝って床に座る。

眠くなってきたのか瞼に違和感を感じてしまう。


「よし、いっぱい取ってきたし。色々食べれるぞっと。陽翔さん!陽翔さんは何食べます??」


壁際で自分たちが取ってきた食料を漁りつつ、頭を振り部屋の奥の方に居る陽翔の方へ振り返る。


陽翔は頭を抱えて唸っていた。


「大丈夫ですか?陽翔さ、ンーー


突如、界凛の頭に激痛が苛む。

あまりの痛みに言葉は出ず、床に手をつく。


床が歪んで見えてきた、そう思った時には意識をとうに手放していたのだった。


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