逃走

恐怖。

ただ漠然とした恐怖。

夜や暗い場所が本能的に怖いと感じるように。

ゴキブリや蜂、蛙に不気味と感じるように。


この目の前ので起きた出来事、目の前にいる大狼に形容し難い漠然とした恐怖。

山のように聳え立つかの如く威圧感。


足がすくむ。

子鹿のように震える。

腰に力を入れようものなら、なんとか立っているこのバランスが崩れてしまう。

でも、この場から逃げなければならない。

焦りが恐怖がとめどなく内側から溢れ、精神をすり減らす。


すり減らされた精神がここは現実ではないと呼びかけている。

夢の中のような感覚に陥り始める。

ふわふわと浮遊感を感じさせる。


ドスンッと三メートルほど前に何かが落ちてきた。

ひび割れた破片に巻き上げられた砂埃で視界が悪くなる。

目を凝らし見てみるとビルのひび割れた破片だった。


その音を聞いて、本能へと五感からの伝達信号。

ここが現実だと再認識をして目を覚ます。


(動け!動け、動け、動け!動けよ!!!)


必死に足を叩き、根性と勇気に呼びかける。

震える足に必死にのうから

ここで動かなきゃいつ死んでもおかしくない。


「うわぁぁぁぁぁッ!!!」


やっと動いた筋肉、足にありったけの力を込めた。

情けない声が腹の中から出てしまうが、死ぬことに比べれば大したことない。

池袋の構内目掛けて一気に走り抜ける。

視界の脇に入る。

死体、死体、死体。

その全てを無視して今ある体力を使い切らんばかりに走り抜けた。


池袋駅構内に入れば某メイトに来た池袋とは思えないほど人など1人も見当たらない。

無人駅の様である。


とりあえず身を隠せる場所を探す。

ハァッハァッと荒れた息遣いで周囲を見渡す。

汗でベタつく額を拭う。


(屋上から街を見渡して、現状を把握しよう。)


西武の屋上の方を目指そうとするがシャッターがあり入り口を閉ざしていた。


「あの、誰か居ませんか!!??開けてください!!!」


ドンドンッと叩いてみるが、反応はない。


(クソッ、、早く移動しないとあの狼擬きが来てしまう。)


ザッと後ろから音が聞こえる。

存在感を後ろからこれでもかと感じてしまう。

冷や汗が頬を伝う。

目の前に崖があるのではと錯覚するほどの窮地。


後ろをゆっくりと振り返る。

狼擬きが一匹後ろにいた。

さっきの叩いた後、出してしまった大声に釣られて来たのだろう。


「ガルルルルゥゥ!!」


低く威嚇した声。

でもどこか嘲笑うかのような雰囲気を持っている。


後ろにはシャッター。

まさに、絶体絶命。

これしかないだろう。


(まだ死ぬわけには、、、読みたい漫画に見たいアニメ、終わってないゲームまであるんだよ!)


ブシュゥゥゥゥゥッ。


反射口が固定され噴出され続けている消化器が投げ込まれる。

天の架け橋、阿弥陀の蜘蛛の糸。

救いがそこにあった。


(ウワッ、、、消化器?!でも助かった!!!)


そこへ、こちらを呼ぶ声がする。


「こっちだ!!!早くっ!!!」


呼ぶ声の方角へ、白みがかる視界を抜けていく。

荒れた呼吸を頑張って治しながら、少しでも速く足に動けと命令を出す。


真っ白に染まった視界を抜け、正面に声がする。

西武のシャッター近く、スタッフルームの扉から一人の青年が呼んでいる。


「ここだ!!」


必死の形相でこちらを呼んでいる。


「ガァウッ!」


後ろにあの狼擬きの気配を感じる。

そして空を切る音。


(今、引っ掻かれそうだったのか!?速く、速く入れぇぇぇッ!!!???)


「ガァァウゥッ!!」


またもや後ろから引っ掻かれる、空を切る音。


既の所で扉に界凛は入ることが出来、狼擬きは入れずにドアに体をぶつける。

扉越しに小さく悲鳴を上げていた。


ハァハァと息を切らし、全力いや死力を尽くして走った界凛はその場にへたり込んでしまった。


「大丈夫か?あんた、名前は?あー、こういう時は俺からだったな。俺は東条 陽翔とうじょう ようとってんだ。大学二年生で、年は二十歳。東条でも陽翔でもどっちでもいい、好きな方で呼んでくれ。」


筋肉質でいて引き締まった体躯。

側面は刈り上げで綺麗に剃り上げられ、前髪は軽く整髪料で上げられ綺麗にまとめてある。

綺麗な茶髪で、耳にピアスを数個開けている。

大学にいる、体育会の人物像の一つに挙げられる感じである。


息を整えつつ答える。


「すぅ〜、はぁ〜。俺は志儀 界凛しぎ かいりです。俺も呼び方はどちらでも構わないです。」


「じゃあ、界凛って呼ぶな。ここにくるまでどんな化け物を見た?俺はここにくるまで緑色の肌に一メートルぐらいの大きさのやつだ。」


「さっき見た狼擬きとその親玉みたいなのが二匹いました。」


「そうか。そのでかいやつはやばそうだな。とりあえず立て、そんで安全性がある上の方に向かうぞ。」


まだ息は整い切ってはいなかった界凛。

立ち上がり陽翔の後に付いて奥に向かう。

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