第五話 ファン


 ――とある女子中学生。


 青春の全てを捧げるつもりで、バスケを頑張ってきた。


 人一倍頑張ってきたつもりだし、その成果が出たのか、私はスポーツ推薦で地元の私立中学校に入学する事が出来た。


 バスケの強豪として有名な中学に入れて、私は更に頑張った。


結果もついてきて一年生ながらレギュラーにも選ばれた。


 でもその矢先、練習試合で右足のアキレス腱を断裂してしまった。

 

 レギュラーから外され、手術は成功したものの、以前の様に動ける様になるには一年以上のリハビリが必要と言われた。


 リハビリは想像以上に辛いし、本当に以前の様な動きが出来るか不安になり、私の心は折れかかっていた。


 そんな時母に新しくデビューするアイドルグループのライブに誘われた。


 娘がリハビリで苦しんでいるのに呑気にアイドルのライブに行くとかどうなのと憤りを感じたけど、気分転換になるかもと同行する事にした。


 グループ名はアルヒェと言うらしい。


 センターの子は見た事ある。

 確か白木ノア。


 結構有名な子役だった筈。


 母はその白木ノアのファンらしい。


 なんでも他のジャットのアイドルグループのライブに行った時に、バックダンサーとして頑張っている姿にやられたらしい。

 

 いい年したおばさんが十歳の子供にハマるとかどうなのと思ったけど、彼らのパフォーマンスを見て考えが変わった。


 皆キラキラしていた。

 汗をかきながら一生懸命に歌いながら踊り私達に笑顔を向ける。


 彼らのデビューライブはあっという間に終わった。


 気付けば母に渡されたペンライトを夢中で振っていた。


 母はそんな私を見て「沼に嵌ったね」と言った。

 沼とはなんぞや?


 でもライブに来て良かった。

 一生懸命に歌い踊る彼らを見て勇気づけられた。


 明日からのリハビリを頑張れる気がする。


 ライブ後は、CDを買った人が貰える握手券で好きな子と握手出来るらしいので、母と私は一枚ずつ買って白木ノア君と握手した。


 握手した時のハニカミスマイルはとても可愛かった。


 よし!! 明日からのリハビリ頑張るぞ!!


        ◆◆◆


――とあるOL。

 

 疲れた。


 最近仕事が忙しくてちゃんと休めていない。


 その上、お局様的な先輩には嫌味を言われ、上司にはセクハラめいた発言をされる毎日。


 あぁ、ストレスが溜まる。


 最近友達とも遊べていない。

 というか皆結婚しだして遊べる友達が減ってきた。


 そんな友達達とは違い、私に結婚の可能性はない。

 だってかれこれ二年間彼氏が居ないんだもん。


 若い頃は、アイドルのコンサートやライブに行ってストレスを発散してたっけ。


 でも二十八歳になり、仕事が忙しくなるにつれてアイドルからも遠ざかった。


 もうアイドルを追いかける年齢じゃないわよね。


 自分にそう言い聞かせて追っかけをやめたけど、つい先日、テレビでジャットの新しいアイドルグループがデビューする事を知った。


 センターはなんと子役の白木ノア。

 確かにアイドルになれるくらい可愛いとは思う。


 ちょっと気になるけど、私は追っかけはやめたのだ。


 そうやめたのだ。


 ···やめた筈なのに気付けばライブ会場に来ていた。


 そして魅了された。


 彼らの輝きに当てられてストレスなどすぐに消えた。


 皆一生懸命に歌い踊り笑顔を振りまいてくれる。

 私は白木ノア君のイメージカラーである白のペンライトを振っていたんだけど、白木ノア君がそれに気付いてウインクしてくれた。

 もしかしたら別の観客にしたのかもしれないけど、私は私にしてくれたと信じる事にした。


 デビューライブ終了後、CD一枚買うと握手券が一枚付いてくるので、CDを十枚買った。

 まず握手券五枚でメンバー全員と握手をした。

 皆格好良かったし、可愛かった。


 でもやはりノア君が一番可愛い!!


 残りの握手券五枚を全てノア君に捧げ、計六回握手したけど、満面のスマイルで嬉しそうに握手してくれた。


 あぁ、やばい。


 もうアイドルからは卒業しようと思っていたのに、どうやら沼に嵌ってしまったようだ。


 気付けば疲れは吹っ飛んでいた。



        ◆◆◆


 ――とある女優。

 

 約八年前、私はとある子役と映画で共演した。

 その映画で私は日本アカデミー最優秀主演女優賞を受賞した。


 それからいくつもの映画やドラマに出演させてもらったけど、私は共演した子役の演技を今も鮮明に覚えている。


 共演した子役の名前は白木ノア。


 何人もの子役と共演してきたけど、彼程印象に残った子役はいない。


 まず初めて会った時から異彩を放っていた。


 二歳児だというのに妙に落ち着いていたのだ。

 挨拶も卒なくこなし、映画の撮影の合間も終始笑顔だった。


 演技もとても二歳児とは思えない深い演技をして見せた。


 私は共演した相手に負けたと思った事はノアに会うまでなかった。


 そんな私が、演技で食われた。


 その映画での私の演技はノアに引き出されたものだった。


 この子はいずれとんでもない俳優になると思った。


 なのにノアは、ジャットに移籍してアイドルとしてデビューする事になったらしい。


 私は驚きを隠せず、同時に怒りの感情が湧いた。


 あれだけの才能を持ちながらアイドル?


 私は居ても立っても居られなくなり、変装をしてデビューライブへとやって来た。


 このライブが終わったらノアを演技の道に連れ戻すつもりでやって来た。


 だけど、ステージの上で笑みを浮かべながら歌い踊る姿に吸い込まれた。


 違う。違ったのだ。


 この子の演技の才能は俳優になる為にあったんじゃない。


 アイドルをする為にあったのだ。


 ステージ上のノアはそれだけ素晴らしいアイドルを演じていた。


 あぁ、駄目だ。この子の邪魔をしちゃいけない。


 私はそう思い、ライブが終わった後、CDを一枚買ってノアと握手をした。


 その際にノアは、私が観客席に居た事に気付いていた事を嬉しそうに小声で話した。


 「これからも応援してるわ」と伝えて私はライブ会場を後にした。


 ノアはこれからもっと有名になる。

 

 これからは、ノアのトップアイドルになった姿を楽しみにしながら応援していこうと思う。

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