第二話 蓮と由良


 大手アイドル事務所ジャットに移籍すると、初日からダンスの練習に参加する事になった。


 これでも幼い頃からダンスのレッスンはこなしてきたんだけど、求められているレベルが高く、他の練習生についていくのに必死だった。


練習が終わった後、タオルで汗を拭いてると、一人の男の子が近付いてくる。


 「お前、子役の白木ノアだろ? 俺は志津真蓮しづまれん、十二歳。よろしく」


 勝気そうな赤毛の少年は手を差し出してくる。

 

 「うん、よろしく」


 蓮の手を取り握手する。


 「でも有名な子役がなんでうちの事務所に来たんだ?」


 「それはアイドルになりたいからだよ」


 真剣な表情で話すと、蓮は嬉しそうにニカッと笑う。


 「だよなぁ!! やっぱりアイドルってカッコイイもんなぁ!!」


 蓮のストレートな感情表現に好感を持った僕は、すぐに蓮と打ち解けた。


 帰る方向が同じという事もあり、一緒に帰るようになった。


 時には帰りにアイスを半分に割って食べて帰ったり、お互いの家に遊びに行ったりと時間が経つ程仲良くなった。


 蓮はアイドルに憧れている。

 皆を熱狂させるアイドルになりたいらしい。


 アイドルを尊敬している蓮とは馬が合い、いつも一緒に居るようになった。


 蓮はダンスが物凄く上手い。

 なのでよく教えてもらっている。


 僕が中々ダンスのステップを覚えられなくても優しく教えてくれる。


 蓮は赤毛で吊り目なので一見怖そうに見えるけど物凄く優しい。


 前世で蓮がアイドルとして存在していたなら、百パーセントファンになっていただろう。


 ある時、待ち合わせして二人で事務所のレッスン室へと向かうと、レッスン室の隅で泣いている少年が居た。


 僕と同い年で、名前は確か加賀瀬由良かがせゆら


いつも事務所の先輩に弄られている男の子だ。


 正義感の強い蓮がよく助けに入っているのを見かける。


 今日も弄られたのだろうか?


 心配になったので話しかける事にした。


 「どうしたの? 何かあった?」


 由良は袖で目を擦り涙を拭く。


 「な、何でもないよ。ただダンスが上手く踊れなくて···」


 由良の視線の先を見ると、高校生の練習生三人組が泣いている由良を見て笑っている。


おそらく、上手く踊れない由良をからかったのだろう。


 いつものように蓮が先輩達に文句を言いに行くと思ったけど、今日は違った。


 「由良、上手く踊れないなら踊れるようになるまで練習すればいいだろ?」


 由良は蓮の言葉に首を横に振る。


 「僕なんかいくら練習しても上手くなれないよ」


 「それじゃあ、ずっとあいつらに馬鹿にされるだけだぞ。それでいいのかよ」


 「い、嫌だよ。で、でも···」


 「だったらいつまでもうじうじしてないで、ダンスの練習をしろよ!!」


 「うぅ、連くんはダンスが上手だから言えるんだ」


 蓮はいつまでもいじけている由良に苛立ったのか由良の肩を掴む。


 「この野郎!! だから馬鹿にされるんだ!!」


 「うぅ、痛いよ。離してよ」


 蓮はは強く肩を握っているのか由良が痛がっている。

 気持ちは分かるけど、流石にやり過ぎだ。


 「蓮、由良君が痛がってる。少し頭を冷やしなよ」


 「あっ。···悪い、やり過ぎた」


 僕の言葉で冷静さを取り戻したのか、由良の肩から手を離し謝る蓮。


 僕は視線を由良に向け優しく語りかける。


 「由良君。僕も最初はダンスが苦手だったんだ。でも練習しているうちに少しずつだけど上手くなっているのを感じるんだ。分からない所は蓮が教えてくれるし。分からない所があるなら蓮と一緒に教えるよ。ね、蓮」


 「あ、あぁ。もちろん教えるよ」


 さっき苛立ったのが気まずいのか頬を掻きながら同意する蓮。


 そんな蓮と僕を交互に見て少し逡巡した後、口を開いた。


 「···本当に教えてくれる?」


 「うん、教えるよ」


 「ああ、教えるよ。だからもう泣くな」


 由良は蓮の言葉を聞いて、涙を袖で拭き、立ち上がる。


 「ぼ、僕、ダンスは苦手だけど頑張るよ」


 拳を握りしめ頑張る決意を見せる由良。


 この日から蓮と由良と僕の三人は一緒に居る事が多くなった。


 由良とは帰る方向が違うので、駅まで一緒に帰り別れる。


 事務所のレッスンに行く時は、駅で待ち合わせをして向かう事が日常になった。


 由良は本当にダンスが苦手みたいで、テンポがズレる事がよくあるし、覚えも他の皆より遅い。


 でも、僕と蓮が根気強く教えていると、真面目に頑張っている。


 そのおかげか、由良は前より踊れるようになってきた気がする。


 由良とは同い年だけど、弟ができたみたいで可愛い。


 蓮は二歳上の頼りになる優しいお兄ちゃんって感じだ。

 

 次第に三人で居る事が当たり前になってきたある日、事務所の社長であるエレンさん(社長だけど、皆エレンさんと呼ぶ)に呼ばれた。


 何かしたかなと不安になりながら三人で社長室に入ると、エレンさんはにこやかに笑っている。


 「君達はいつも一緒で仲が良いわね。だから君達のアイドルグループを作る事に決定したわ。あと二人選ぶから期待して待っていてね」


 ご機嫌そうにエレンさんはそう告げた。


 どうやら思ったより早くアイドルになれるみたいだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る