第三話 誠司と鳴


 僕はいつものように蓮と由良と共に事務所へと向かった。


 歌のレッスンを終えるとカレンさんが呼んでいると事務所のスタッフに言われたので社長室をノックして入る。


 そこには、僕、蓮、由良の他に二人の少年が立っていた。


 「五人とも揃ったわね。ノアと蓮と由良には話していたと思うけど、あなた達五人でアイドルグループを結成します。グループ名はまだ決まってないから、決まったら教えるわ。リーダーは誠司せいじに任せるわ。よろしくね、誠司」


 「お、俺? ···参ったなぁ」


 背が僕らよりも高い少年は困ったように苦笑いを浮かべる。


 彼は、春宮誠司すのみやせいじ君。


 ジャット所属の中学三年生。


 有名私立の一貫校に通っているらしく、頭が良い事で有名だ。


 誰とでも仲良く、僕達にもよく話しかけてくれる面倒見のいいお兄さんという感じだ。


 社長室を出ると、誠司君が笑顔で話しかけてくる。


 「突然の話でびっくりしたけど、俺達これから仲間だし仲良くしような」


 僕や蓮、由良は笑顔で頷くけど、一人だけ同意しない。


 「仲間? 勘違いしないでほしいんですけど、俺は別にアイドルなんかになりたくないんで」


 誠司君を睨みつけている少年の名は、久代鳴くしろめい


 蓮と同い年の十二歳。


 いつも一人で居る鳴君の事はよく分からない。


 鳴君の言葉に蓮が反応する。まずい。蓮はアイドルの事を馬鹿にされると怒るのだ。


 「おい、久代。今、アイドルなんかになりたくないって言ったか?」


 「ああ、言ったけどそれがどうしたんだ」


 「じゃあお前はどうしてジャットに居るんだよ。ここはアイドルを目指している人間が居る場所だぞ!!」


 「···俺はお前達とは違う。役者になりたくてここに居るんだ。アイドルは只の通過点に過ぎない」


 「なっ!? アイドルを舐めてんのかてめぇ!!」


 鳴君の言葉でムキになった蓮が鳴君のシャツの襟を掴む。


 「痛いだろ。放せよ」


 襟を掴む蓮の腕を掴み、蓮を睨む鳴君。


 「おいおい、二人とも落ち着けよ。鳴、あまり良い言い方じゃないぞ。蓮もすぐに手を出すな。グループ結成したばかりで喧嘩するのはよそう」


 誠司君の仲裁で離れる二人。

 だけど未だ睨み合っている。


 「俺はお前みたいなアイドル認めねぇからな」


 「お前に認めてもらえなくても別にいい。俺は俺の道を行くだけだ」


 襟首を正すと、鳴君は一瞬僕を見て去っていく。


 うん? 何で僕を見たんだ?


 「なんだよあいつ、気に入らねぇ。ノアと由良もそう思うよな?」


 確かにアイドルの事を卑下されるのは気に入らない。

 

 それは由良も同じらしい。


 「う、うん。あの言い方は良くないと思う」


 「だよなぁ。何であいつが選ばれたんだろ」


 「まぁ、そう言うなって。俺達はこれから同じグループに所属するんだ。仲良くする努力はしよう」


 「···誠司君がそう言うなら努力するけどさぁ」


 と言いながらも納得いっていない様子の蓮。


 早くも一波乱。


 こんな調子でアイドルグループとしてやっていけるのだろうか?



 名前はまだ決まっていないけど、アイドルグループの結成が決まってから、僕達五人は練習生とは別でレッスンする事になった。


 練習生の皆から羨望と嫉妬の視線を感じながらレッスン室へと向かうと、鳴君が先に来ていた。


 蓮と由良は遅れて来るらしいので、今は鳴君と二人だ。


 「鳴君、おはよう」


 「···おはよう」


 挨拶すると眉間に皺を寄せながらも返答してくれる。


 いつも不機嫌そうにしているけど、嫌われているのかな?


 少し気落ちしながらストレッチを始める。


 二人っきりの空間はなんだか気まずい。

 

 誰か早く来てと思いながら前屈していると、鳴君の視線を感じる。


 気のせいかと思ったけど、めっちゃ見てくる。


 「あ、あの何か用かな?」


 勇気を出して話しかけると、不機嫌そうにしながら口を開く。


 「···何で白木はジャットに居るんだ?」


 「何でって、アイドルになる為だよ」


 「お前は役者として成功していただろ? なのに何で移籍してきたんだよ」


 「だからアイドルになる為だよ。幼い頃からの夢なんだ」


 僕の言葉にいっそう不機嫌になる鳴君。


 「···俺はお前の『例え偽物でも』の演技を見て役者に憧れたんだ。なのにお前はアイドルになりたい? 俺は認めない。あれだけの演技が出来るのに役者を目指さないなんて俺は認めない!!」


 鳴君はそう告げると、僕から視線を外して課題のダンスを踊りだす。


 認めない? そう言われても困る。

 僕はアイドルになりたくて演技をやっていただけなんだから。


 気まずい空気の中、僕も課題のダンスを踊っていると、誠司君、蓮、由良の三人がレッスン室に入ってきた。


 誠司君は気まずい空気をすぐに察知したのか僕に声をかけてくる。


 「ノア、何かあったか?」


 「···ううん、何にもないよ」


 僕は咄嗟に笑顔を作って誤魔化すけど、誠司君は誤魔化せなかったみたいだ。


 「そっか。でも我慢出来なくなったら話せよ。話した方が楽になる事もあるんだから」


 そう言って僕の肩を軽く叩く。


 誠司君は気遣い屋さんだなぁ。


 リーダーに選ばれただけの事はある。


 

 

 ダンスのレッスンと歌のレッスンを終えて帰ろうとしていたら、エレンさんが唐突にやって来た。


 「決まったわ、あなた達のグループ名」


 上機嫌なエレンさんは僕達を集めてドヤ顔で告げる。


 「あなた達のグループ名は、アルヒェ。ドイツ語で方舟って意味よ。このグループはノアをセンターにするつもりだからノアの方舟という言葉から取ったの。どう? カッコイイでしょ?」


 え? 僕がセンター? 


 初耳なんですけど?

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