第12話 彼女と彼女たちの香水

「ねえ薫、明日も会いたい」

と、シーツにくるまりながらいずみが言った。

遠くに東京タワーが見えるホテルの一室。


明日は別の子と約束がある。

「明日は仕事で接待」

「えーっ。じゃあ終わるの待ってるって言ったら?」

彼女は唇をとがらせ、私を上目遣いに見つめた。

──やっぱりもう、いずみとは潮時だ。


「ごめんね、ちょっと忙しくなるからしばらく会えなくなると思う」

いずみの大きなアーモンド形の瞳が、はっと見開かれた。

察しがいい女だから、私が言わんとする意味がわかったのだろう。


出会った頃のいずみは、黒髪をまとめ上げ、ブランド物の高いパンツスーツを着こなしてツンとした表情を崩さない女だった。

攻略しがいがあるなと思ったのに、一度寝たら子猫みたいにふにゃふにゃになってしまい、今ではすっかり私の顔色ばかり伺い、どうにか私の関心を引こうとしてくる。

すると急速に私は興味を失ってしまう。

だって私は追いかける恋愛が好きだから。

私なんかに興味を持っていない女が好みだから。


泣きそうになっているいずみを見ると、ちょっと良心がとがめる。

だから私は女との別れの時いつもするように、バッグから小瓶を取り出すといずみの傍らに腰掛け、優しく話した。

「また会える時に連絡するよ。それまでこれ使ってて。

 いずみが好きだって言っていた私の香水」


シャネルのパリ・ドーヴィル。

フレッシュなオレンジの香りがバジルに溶け込み、遠い真夏の海辺を思い出すような──あの人が私に残した香水。

「こんなの貰ったら、薫のこと忘れられなくなるよ」

いずみが潤んだ瞳で私を見上げる。

可愛いな、と思った自分にちょっと驚く。

「別に忘れなくっていいよ。また会うだろうし」

「……うん、わかった」

いずみは悲しげに微笑んで小瓶を受け取った。

こうして、私を思いながらあの人と同じ香水を使う女が増えていく。

 

私はどうしたいのだろう。

あの人が私のもとを去った時と同じように女たちに香水を渡していくことで、あなたがこんな悪い女にしたのだと復讐をしているつもりなのか、

それとも彼女が恋しくて彼女に成り代わろうとしているのか。


でもどちらにせよ、私は答えを得ることはないだろう。

だって私に興味のない彼女は、二度と私の前には現れないだろうから。

永遠の問いの中で、私はあなただけを思い、ドーヴィルを使い続ける。

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