第10話 嘘は落ち葉のように
カフェの大きな窓からは、風が吹くたびに街路樹からはらはらと落ち葉が舞うのが見えた。
ガラス越しの冷気を感じ、ミルクティのカップに手を伸ばす。
向かいに座った藍莉は、運ばれてきたコーヒーに口もつけず、背筋を伸ばしたまま、私を見つめていた。
「私と、別れて欲しいんだ」
予想できていた言葉を、目をそらさないまま藍莉が言うから、私も目をそらさず聞いた。
それを藍莉は拒絶と受け止めたらしかった。
「ほかに好きな人ができて」
――嘘。
「最近は仕事も忙しかったし……会わないでいるうちに香織への気持ちも薄れてきて」
――嘘。
「好きな人は、仕事の取引先の男性なの。年が一つ上で、転職も経験してるから相談も乗ってくれてて」
黙ったままの私に向かって、藍莉はまるで落ち葉のように次々と嘘を降らせた。
それが、藍莉の優しさだった。
本当はわかっている。藍莉の愛情を常に求め、束縛する私のことを重たいと思っていること。
ただ私から離れて自由になりたいこと。
いつからかその気持ちに気づいていたけれど、私から藍莉を手離すことなんてできなくて、もっと執着してしまっていた。
「ごめん、もう彼とは寝たんだ」
だから、藍莉は嘘を重ねて私に嫌われようとしているのだろう。
私が未練を残さないように。綺麗な言葉なんて使わずに。
嘘だとわかっていても、心臓をゆっくりとすりつぶされるような痛みが、鼓動するたびに体中に響いた。
だから、言えた。
「最低。藍莉ってそんな人だったんだ」
すっかり冷めたカップをソーサーに置いて、私は立ち上がった。
「じゃあ、これきりってことで」
財布を出そうとした私を、藍莉が手を伸ばして制した。
そのすんなりした手を握って、いくつの季節を一緒に歩いただろう。
私とのペアリングは既にその指にはなかった。
座ったままの藍莉の横を通り過ぎる時、藍莉は私を見上げ「今までありがとう」とささやくように言った。
最後まで私の目を見て言ってくれる藍莉。
何年経っても、落ち葉舞う季節になったら、私はこの瞬間を思い出してしまうだろう。
いつか藍莉の願い通り、あなたを憎みそして忘れることができるのだろうか。
藍莉。心から愛してる。
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