第15話 授業
授業を行う部屋は二階の空室を使うことになった。
家庭教師の間、レイモンドの宿泊はどうするのか気になっていたが、どうやらこの部屋で宿泊するらしい。
まさかこんなことになろうとは。
しかしノームがレイモンドの指南を受けた話は聞いたことがない。
隠していたのか、はたまた俺が介入したことによって未来が変わったのか。
前者であればノームのことだから、言い触らしていそうなものであるが果たして。
「じゃあ始めるか、まあ初回だし軽くな」
「よろしくお願いします」
「俺としては座学なんてとっとと終わらせたいからな、しっかりと頭に叩き込むんだぞ」
教師らしからぬ発言に苦笑しつつも頷く。
「じゃあまず地理からだな。エルニア大陸には四つの大国がある、一つずつ答えてみろ」
「ディーネル帝国、ノームエル聖王国、シルフィア連邦国、フィルディア公国です」
一つ一つ確かめるように答えを述べる。
この程度なら流石に忘れてはいない。
実際に訪れた場所だってあるのだ。
ちなみに位置関係は、エルニア大陸の中央に我がディーネル帝国があり、北部にノームエル聖王国、東部にシルフィア連邦国、そして南にフィルディア公国が存在している。
「よし、完璧だ」
レイモンドは満足げに頷く。
「じゃあ次だ、ディーネル帝国の四公爵家と言えばどこだ?」
「レスティ家、リック家、ネリア家、ロエル家です」
「正解だ、やるじゃねえか!」
レイモンドはガシガシと頭を撫でて褒める。
意外だが褒めて伸ばすタイプらしい。
ただ問題が八歳向けのため、褒められる嬉しさよりも気恥ずかしさの方が出てしまう。
「じゃあ次――」
そうしてレイモンドとの八歳向け座学授業は、間に昼食を挟みながらも進んでいく。
俺はほとんどの問題に答えることができたので、レイモンドは不満げな顔をしていた。
何しろ教えることがないからである。
一等級魔法師が問題を出すだけの人にさせてしまった。
少し気張りすぎたかもしれない。
「じゃあ最後だ、折角だから難しい問題にするか……」
完全に私情を入れている。
まあ俺としてはむしろ難易度が上がった方が好都合なので文句は言わないことにした。
「エルニア大陸には東西南北、四つの最果てがある。その四つの名称を答えてみろ」
案の定、かなり難しい問題が飛んできた。
少なくとも一般常識でないことは確かだ。
八歳でなくても答えられない人もいるんじゃなかろうか。
「えっと、東が
まずは覚えている個所を挙げた。
白岬はディーネル帝国領内にある場所で、俺も一度は訪れたことがある。
真っ白な霧に覆われた岬で、とても幻想的な光景だった。
そして神林は隣国シルフィア連邦国の領内にある広大な森林のこと。
神が住まう森とも呼ばれており、禁足地としても有名である。
こちらもまた勇者パーティとして旅をする中で訪れたことがある。
「それで南がええっと……」
いつも最南端と最北端で悩むのだ。
何せどちらも山の名前であり、どっちがどっちか分からなくなる。
当てずっぽうで言ってしまおうか。
「お、分からないか?」
心なしか嬉しそうに見えるレイモンド。
いや、十中八九喜んでいる。
その態度は教師としてどうかと思う。
「まあ俺も分からないだがな」
そう言って豪快に笑い飛ばすレイモンド。
自分が分からない問題を生徒に出すなよ。
「ちなみに最南端は地獄山で、最北端は
ああそうだった。
どちらも特徴的な名前だからそれ自体は覚えているのだ。
ただこればかりは実際に訪れたことはない。
手前まではあるのだが。
「お、そうだ、神林と聖天山には人間とは異なる種族が住んでいる場所だが、そいつらの名前を知ってるか?」
地名に紐づけて問題を思いついたらしい。
何だか教師らしく感じた。
まあ教師なんだが。
「
「おう、これは知っていたか」
神林に住まう森人族は有名な話だ。
輝く金髪、透き通るような緑色の瞳、そして長い耳。
それが最も知られている森人族の特徴だった。
ただし神林は一般的に立ち入れる場所ではないし、森人族も滅多に人前に姿を見せない種族。
実際に森人族を見たことがある人はごく少数だろう。
俺はまあ、勇者パーティとして会ったことがあった。
そして聖天山の小人族。
これは森人族ほど有名ではないが、一部の人たちから熱狂的な支持を受けている種族である。
それは冒険者や騎士を始めとした戦士たち。
小人族は創り出す武具の全てが一級品と言われるほど優れた腕前を持つ。
そのため武具を扱う冒険者や戦士たちから熱烈に支持されているのだ。
ちなみに小人族には会ったことがない。
一度会って話してみたいものだ。
「アークトゥルス卿は森人族か小人族に会ったことがあるんですか?」
一等級魔法師の経験談は聞いておく価値がある。
「ああ、どっちにもあるぜ。ただ直ぐに追い返されたけどな」
そう言って笑うレイモンド。
やはりそうか。
いかに一等級魔法師という肩書を持っていても、彼らからしてみれば皆等しく人間なのだろう。
森人族は人間嫌い。
これもまた有名な話の一つだった。
その昔、人間族は森人族、小人族を奴隷として扱っていた過去がある。
愛玩用として、研究用として、労働力として。
いわゆる負の歴史。
嫌われて当然の仕打ちを人間はしてきたのだ。
今でこそシルフィア憲章によって彼らの人権が保障されているものの、未だ溝は埋まっていない。
「お前も好奇心で近づくもんじゃねえぞ、特に神林はここから近いしな」
「分かりました」
レイモンドの忠告を素直に聞き入れる。
そもそも無断で入れるような場所じゃない。
いかに四大貴族の嫡男でも許可は下りないだろう。
それがあのノームであるならなおさらだ。
「じゃあ、今日はこの辺で終わるか」
「はい、ありがとございました」
気が付けば日が暮れている。
何だかんだで時間を忘れるほど集中していたようだ。
「つってもお前が優秀過ぎて俺はほとんど教えることがなかったんだがな」
「ありがとうございます」
世辞を素直に受け取り、謝意を告げる。
「よし、じゃあ明日からはもっとハードに行くぞ!」
「分かりました、頑張ります!」
受けて立つ。
その気持ちで声を張った。
---
翌日。
もはや当たり前のよう食堂で朝食を食べるレイモンドを尻目に、俺も席に座る。
「おう、おはよう」
「おはようございます」
簡単に挨拶を済ませ、朝食を口に運ぶ。
たった一日でここまで慣れるものなのか。
俺が凄いというより、レイモンドの性格によるものなのだろう。
「あーそうだ、お前は将来何を目指しているんだ?」
食事中、不意にレイモンドが質問を飛ばしてきた。
魔法師、と反射的に言いそうになった言葉を飲み込む。
つい忘れがちだが俺は公爵家の嫡男だ。
ロイだった時のように好き勝手に将来を決めて良い立場ではないはずだ。
「ち、父上の後を継ぐことですかね」
だからこそそれっぽいことを口にした。
そう考えると貴族というのも不自由な存在だ。
貴族としての責務を果たす。
贅沢の対価と言っても良いかもしれない。
だがレイモンドはその答えを聞いて不満顔だった。
答えが気に入らなかった。
そう顔に書いてある。
「あー、そういうの良いんだよ。エドワードの野郎も、俺だって勝手に魔法師になったんだからな。才能は正しいところで使われるべきだ、お前もそう思わないか?」
「え、ええ、一応は」
同じ公爵家であるレイモンドの意見。
確かに彼ら兄弟が魔法師になることなく、貴族の仕事に従事することになっていたら魔法世界にとっての大損失だろう。
もちろん一国と魔法世界の損益を純粋に比べることはできない。
それこそ価値観の違いだ。
魔法師だった俺からすれば間違いなく後者だが、貴族的立場の者は前者を選ぶかもしれない。
「だからお前も自分が向いていると思ったものを目指せばいい、それで貴族の仕事が向いていると思ったら継げばいいんだ」
「そういうものなんですか」
「ああ、そういうもんなんだよ」
それはあくまでレイモンドの考えだろうが、俺にとってはとても都合の良い答えだった。
今俺が抱えている問題は大きく二つ。
ロイの身体に戻ること。
そして未来で起こるであろう惨事を食い止めることだ。
その二つの問題を解決できる道は考えつく限り一つしかない。
「で、今のところお前がなりたいものはなんなんだ?」
改めて飛ぶ質問。
「魔法師です」
「おお、いい目標じゃねえか! ならこれからは魔法の授業もしていかねえとな!」
「はい、お願いします!」
魔法師になり、神聖工房に入る。
リビアと決めた道だ。
そしてそこで力を付け、ロイに戻れるならばよし。
戻れずとも運命を変えるだけの力を手にすれば良いのだ。
そして今はその力を得る絶好の機会。
一等級魔法師に魔法を教えて貰えるのだから間違いはないだろう。
そう思っていたのも束の間。
「だから、ピリピリときたら、バンッて放つんだよ」
「……すいません、何のことだか全くわかりません」
現在、庭で魔法の練習中。
だがこの男、全て感覚で行う天才肌だった。
説明が全て何を言っているのか分からない。
「いやだから、手にビリビリってくるだろ?」
「魔力の集まる感覚ですか?」
「おう、そうだそうだ!」
これでは翻訳の練習だ。
「そして詠唱と同時に、バンッと放つ」
「そのバンッが良く分からないんですが……」
魔力を込めて詠唱、それ以外に何かすることがあっただろうか。
全く見当がつかない。
少なくとも俺は意識したことがなかった。
「そうか? 俺は魔法が発動する瞬間に感じるんだが、まあ分からないなら仕方がないか」
そう言って諦めてくれるレイモンド。
「じゃあ普通に操作魔法でも見せてくれ」
「は、はい、分かりました。砂塵操作」
いつものように砂を操作する。
クルクルと回る砂の渦。
外での発動は初めてだったので、風の影響を少し受けたが上出来だろう。
「おお、見た目の割に丁寧な魔法を唱えるんだな」
「あ、ありがとうございます」
見た目の割には余計である。
これでも当初よりは痩せたはずなのだ。
「だがこれでは操作魔法も教えることがねえな」
またも不満顔のレイモンド。
と言われても俺としては困る。
「うーん」
腕を組んで悩み始めたレイモンド。
俺は何も言わずに待つことにする。
その間、辺りを見渡すレイモンド。
次に俺の顔、身体をジッと見てきた。
「よしっ、運動をするか!」
「は?」
「魔法師には体力も重要だ、特に戦いにおいて魔法だけじゃどうにもならない場合もあるからな」
絶対、俺のだらしない体型を見て思いついたな。
まあある程度の外出もできるようになったことだし、走り込みはしようと思っていた。
もちろん魔法を教えてもらいたいのが本音だが、運動も無駄にはならないことは確かだ。
「と言っても今日は時間的に少しだけだな」
「分かりました」
そう言ってレイモンドはストレッチを始める。
俺もそれに続いて行う、つもりだったがやはり贅肉が邪魔して上手く身体を曲げられない。
「ははは、体型の改善を最優先だな」
「まあ、そうですね」
それから日が暮れるまでレイモンド直伝の運動トレーニングを行ったのだった。
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