第14話 一等級魔法師、再び

 日の光を感じ、目を覚ます。 


 相変わらずベッドは寝心地が良く目覚めが良い。


 勇者パーティとして遠征していた頃はほとんど地べたに寝ていたことを考えると、凄い違いだ。


 今となっては良よくあんな環境で眠れていたものだと感心してしまう。


「おはようございます、ノーム様」

「おはよう、ソフィア」


 既に傍に控えていたソフィアと目が合い挨拶を交わす。


 リビアもそうだったが、使用人たちは一体いつ寝ているんだろうか。


 徹底した仕事人ぶりに逆に心配になる。

 

「お食事は直ぐに頂かれますか?」

「ああ、着替えたら向かうよ」

「承知いたしました」


 服を着がえ、速足で部屋を出る。


 決してお腹が減っているからではない。


 件の家庭教師について期待が溢れているからだ。


「お待たせいたしました」

「ありがとう」


 食堂に着くと珍しく先客がいた。


「流石はレスティ家、朝食も美味しいな」

「ありがとうございます」


 感謝を告げられ、ソフィアが頭を下げていた。


「お、ノーム、おはよう!」

「あ、おはようございます」


 自然な流れで先客に挨拶を交わす。


 まあこんな日もあるだろうと。


 しかし数秒後、目の前の異常に俺は声を張り上げる。


「……いや、え……アークトゥルス卿!?」


 まだ寝ぼけているのか。


 目をごしごしと擦る。


 しかし状況は変わらない。


「おお、元気そうで何よりだ」


 当の本人は何食わぬ顔で食事を続けていた。


「え……何がどうなって……あ、そうか、事件について進展があったんですね?」


 それならばまだ分かる。

 

 しかし父は今屋敷にいないはずだが。


「ん、なんだ聞いてなかったのか」


 レイモンドは食事する手を止めこう言った。


「俺がお前の家庭教師になったからだよ」

「……は?」


 耳を疑った。


 今、家庭教師になったと言ったのか?


 一等級魔法師が?


 あり得ない、幻聴に決まっている。


「おいおい、まだ若いんだから耳は遠くないはずだろ?」

「耳ではなく意味の問題ですよ……!」


 思わず感情のままに叫んだ。


 言ってしまった後で少し後悔したが、こればかりはとぼけ続けるレイモンドが悪い。


 この人、絶対分かっていてこの態度を取っているからだ。


「はははっ! すまねえな、ついからかってみたくなってよ」


 豪快に笑って謝罪するレイモンド。


 抗議の意を込めて無言で睨んだ。


「はあ……それで家庭教師の件は本当なんですか?」

「ああ、本当だ」


 レイモンドは頷く。


「どうして?」


 やはり信じられない。


 いかに国からの指示でも一等級魔法師ならば断わることだって可能なのだ。


「おいおい、自分から言ったことも忘れたのか?」

「自分から言ったことって……まさか」


 思い当たる節は一つだけ。


 レイモンドに一時的な弟子にした欲しいと頼み込んだことだ。


「あれは結局断られたのかと……」


 数日返事がなかった故、もう駄目だと思っていた。


「あれだけ言われて断れるのも気分が悪いしな、と言っても理由は他にもあるんだが」

「理由ですか?」

「そうだ、まずディーネル帝国から俺に要請があった。何でも一定期間貴族家の教師をしてくれる魔法師を選出して欲しいってことでな」


 レイモンドは事の成り行きを語り出す。


「初めはリゲルに頼むはずだったんだが、今はこんな情勢だ、できるだけ信頼のおける奴を選ばなくちゃならねえ。雑に選んだらそれこそ魔法協会、俺の威信にも関わる」


 リゲルとは魔導工房の通称で、主に魔法教育を目的として活動している会派だ。

 

 エルニア学園にも多数の魔法師を派遣しており、状況が状況でなければ、まさに教師としては打ってつけの人たちと言えるだろう。


「信頼できる奴なんて滅多に見つけられるもんじゃねえ、何せ魔法師は互いに過干渉しないもんだからな」


 まあそれは言えてる。


 会派という派閥で徒党を組んでいるように思われがちだが、実のところ大半の魔法師は人との関わりを重視しない。


 己の力で結果を掴むことを目的としている者が多いのだ。


 事実、俺もそうで、毎日一人で魔法の研究をしていた。


 それこそアランとアリアがいなければ、延々と一人のままだったことだろう。


「そんな時だ、あいつが来た」

「あいつ?」


 レイモンドの声に力が入る。


 その顔には若干の不快さが浮かんでいた。


 ああ、そうだった。


 まるで天候のように喜怒哀楽がハッキリしているのが、レイモンドという男なのだ。 


 そしてこの男がこういう表情をする時には決まって特定の人物が関わっている。


「エドワードだよ、どこから聞きつけたのか、あいつが協力するって言ってきたんだ」

「シリウス卿がですか?」

「ああ、あのシリウス卿だよ」


 至高の魔法師エドワード・リック・シリウス。


 魔法協会最大派閥魔法工房のマスターであり、世界最高の魔法師と謳われる人物だ。


 現代に生きる人々が一度は名前を聞いたことがあるほどの有名人。


 全属性魔法の使い手、それだけでその男の凄さが伝わるだろう。


 そしてそのエドワードはレイモンドの実兄だった。


 弟である彼が兄に対してどのような感情を抱いているのかは定かではないが、その表情を見る限り好感だけではないことが分かる。


「悔しいがあいつのことは良く知ってる、断る理由もねえ。ってことで約束のこともあったし俺もやることした」

「……ん?」


 途端に話が飛躍した。


 エドワード参加の流れから、どうしてレイモンドが参加することになった意味が分からない。


「俺のことは俺が一番知ってるからな、信頼できるという意味で言えば完璧だろ?」

「いや、まあ確かにそうですが」


 正論のようで暴論だ。


 少なくとも彼らには自分が一等級魔法師という前提が抜けている。


 もう少し自身の影響力について自覚して欲しいものだ。


 特に巻き込まれる側の心労を知って欲しい。


「ってことでエドワードがリック家の教師に、俺がレスティ家の教師になった。これが俺が家庭教師をすることになった一連の流れだ」


 サラッと言っているが、今の発言的に考えると、レイモンドだけでなくエドワードまで家庭教師をしているということになる。


 まあエドワードにとってはリック家は実家だ。


 何も変ではないのかもしれないが。


 流石は兄弟と思わざるを得ない。


「……ありがとうございます」


 とんでもないことに巻き込まれた気がするが、これは自分が蒔いた種でもある。


 それにこれはチャンスでもあるのだ。


 一等級魔法師に教えを頂ける機会なんて滅多にあるものではない。


 それも相手方の善意で。


 彼が教師を引き受けてくれたことを素直に感謝するべきだろう。

 

「じゃあまずは……何をするんだ?」

「いや、俺に聞かれても」


 困り顔でこちらを見るレイモンド。


 嫌な予感がした。


「……何も考えずに引き受けたんですか?」

「その場の勢いでな」


 豪快に笑うレイモンドに呆れてものが言えない。


 前言撤回。


 この人が教師で本当に良かったのだろうか。


「あ、そうだ、最低限教えるべきことを学園から渡されていたんだったな」


 そう言って懐からメモを取り出すレイモンド。


 ホッとした。


 これで少しはまともな授業をしてくれることだろう。


 と思いきや、みるみる渋い顔になるレイモンド。


 何だろう。


「……ほとんど座学じゃねえか」


 言わんとしていることは理解できた。


 学園では十歳までは座学中心で授業が行われており、実践を中心に考えていたであろうレイモンドからすると、拍子抜けなのだろう。


「俺が座学をできると思うか?」

「……答えにくいですよ」


 苦い顔で答える。


 正直に、座学とは正反対の人物だと思う。


 なんて言えるわけない。


「はははっ、まあそうだな。じゃあ俺から言うぞ、俺は座学が嫌いだった!」


 でしょうね。


 と無言の表情で返す。

 

「でも教えないとは言ってない、ノーム、お前はどの程度できるんだ?」

「そこそこでしょうか」


 ロイの記憶がある分、同年代の奴らよりはできるはずだ。


 それに折角教えて貰えるのだから、あえて自分の実力を隠さないことにした。


 時間の無駄だし、折角の機会が勿体ない。


「なら良かった、俺も一から説明するのは面倒だしな。分からないところがあったら適宜聞いていく感じにするか」

「お願いします」


 その形式の方が好都合だ。


 地理や歴史なんかも忘れているところもあるかもしれない。


 それに一等級魔法師しか分からない裏話なんかも聞けるかもしれないのは楽しみである。


「じゃあ早速だが、始めるか」


 そうして一等級魔法師を教師につけ、俺の新たな一日が始まるのだった。

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