第16話 直談判

 レイモンドによる指導から早一か月が過ぎていた。


 俺はバキバキになった身体をゆっくりとベッドに落とし、息を吐く。


 今日もかなりハードなトレーニングだった。


 キツイことには変わりないが、これでまた体型改善が進んだことだろう。


 心地の良い疲労感というものである。


「いや、違うだろ……」


 ぼそりと一人呟く。


 根本的に間違っていることがあった。


 俺はあの一等級魔法師から指導を受けている。


 しかしやってきたことと言えば、八割方運動だった。


 お陰で大分身体は動くようになってはきているがそうではない。 

 

 折角の一等級魔法師に教わるのが、魔法ではないと言うのは一体どういうことだ。


 これではまるで騎士のトレーニングメニューではないか。


「絶対明日言ってやる」


 そんな決意を胸に、目を閉じた。



 そして翌朝。


「レイモンド師匠!」

「なんだ?」


 未だ慣れない呼び名でレイモンドを呼んだ。


 ちなみにこの呼び方はレイモンドからの指示である。


 なんでもアークトゥルス卿と呼ばれるのはむず痒いらしく、特に子どもからは呼ばれたくないらしい。


 しかししっかりと師匠呼びさせる辺り、独自のこだわりがあるのだろう。


 俺としてはどちらでも構わなかったので、素直に聞き入れることにしていた。


「そろそろ魔法を教えてください!」


 単刀直入に要求を叫んだ。


「ん? ああそうか、お前は魔法師になりたいんだったな」

「はいそうです!」


 大きな欠伸をしながらレイモンドは答える。


 果たして要求に答えてくれるだろうか。


「まあ俺としてもそろそろ魔法を教えたいと思っていたところだ」


 絶対嘘だ。


 昨日だって明日もトレーニング頑張ろうな、と言っていたのを覚えている。


 俺が言わなければ、流れのまま何も変わらなかったに違いない。


 何より俺がヒイヒイ言っているのを見て、楽しんでいる節があった。


「じゃあ!」

「ああ、早速今日からやるか」

「お願いします!」


 案外、言ってみるものだ。


 ただ教育方針に特段こだわりがあるわけでもないのは既に知っていたこと。


 そんなことならもっと早くから言っておけば良かった。


「じゃあ、外に出るか」


 それから再び庭へ赴く。


 とはいえ基礎的なことは既に習得済みで、レイモンドも前回そのことを知ったはず。


 今日ばかりはもっと応用の聞いた、一等級魔法師ならではの教えを貰いたいものだ。


 最悪、前のような理解のできないことを言われなければ良い。


「よし、そこに立て」

「はい」


 今回はプランでもあるのか、早々に指示を出した。


 先ほどの発言はあながち嘘ではなかったのか。


 俺は指示された場所へ立つ。


「俺の魔法を防いでみろ」

「え……いや、ちょっと待っ――」

「――火球」


 突然の魔法。


 俺は慌てて土壁を作り出す。


 鈍い音と共に焦げた匂いが漂った。


 前言撤回。


「流石はノームだ!」

「危ないじゃないですか!」


 呑気に褒める我が師に抗議の言葉を投げる。


 いくら出力を抑えているとはいえ、攻撃魔法は攻撃魔法だ。


 人に打っていいものじゃない。


「安心しろって、お前が何の対処もしなくても当たらないようにしてたさ」

「……本当ですか?」


 興奮のあまり疑いの言葉をつい口走る。

 

「おいおい、師匠を疑うのか?」

「いや、まあ……はい、疑ってます」


 レイモンドにその技術があるのは当然だ。


 しかし今の突発的な流れの中で、それを考慮していたかと問われれば疑わしい。


 実際に俺の出した土壁と火球がぶつかった後が付いていることからも、その疑念は増していた。


「……流石はノームだ!」

「おい!」


 遠慮なしに言葉を吐く。


 こうなっては無礼講だ。


 人の身を危険に晒したのだから当然の権利である。


「いやいや、お前を信頼してだな、うん。信頼しすぎてる面もあったかもしれん」

「……はぁ」


 必死に言い訳する師に大きなため息を吐く。


 イメージ通りであるが故に、失望まではしていないが、情けなさは感じざるを得ない。


 素直に謝れば済む話なのだ。


 ただ信頼されていること自体に悪い気はしない。


 むしろ喜ばしいことだ。


 だがそれとこれとは話が別。


 攻撃魔法を、あろうことか子どもに向けて打つなんてあり得ない。


「おい、まさかレスティ公に言い触らすつもりじゃないだろうな?」

「……どうでしょうか」


 レイモンドも自分のしたことに自覚はあるらしい。


 もしかしたら一般的な常識がないのかと懸念があったが少しは安心だ。


「悪かった、つい仲間内のノリでな」

「仲間内でこんなことやってるんですか……」


 物騒過ぎる。


 対魔工房アークトゥルス。


 うん、今後、近寄らないでおこう。


「日頃から緊張感を持つためにだな――」

「――はいはい、分かりました」


 それらしいことを言い始めたレイモンドの言葉を打ち切る。


 いかに情けなくとも彼は一等級魔法師。


 その功績を前に、偽りも正しさに感じてしまうかもしれない。


「お前、本当に八歳か?」


 レイモンドが呆れ顔で確信を突いてきた。


 まああちらはその気はないのだろうが、こちらとしては心拍数が一気に跳ね上がる思いだ。


「ど、どこからどう見ても八歳じゃないですか!」

「いやまあ、確かにそうなんだが、まあ今に始まったことじゃねえか」


 当然レイモンドはこれ以上話を深堀するつもりはないようで、早々に話を打ち切った。


「しっかし、これ以上教えることなんて……」


 レイモンドは天を仰ぎ呟く。

 

 原因は紛れもなく俺。


 何だか申し訳ない。


「ああそうだ、あいつがいたな」

「あいつ?」

「ノーム、明日外出するぞ」

「え、あ、はい、どこへ?」


 唐突な言葉に困惑する。


 先ほど言っていたあいつというのが関係してくるのだろうか。


「直ぐ近くの町だ」

「ええっと、俺が行く意味はあります?」


 正直それは嬉しい申し出だった。


 何せ外出は実質初めてのことなのだ。


 これでようやく新たな一歩を踏み出すことができる。


 しかし不安もあった。


 今の俺に対する周りからの評価は当然ながら最悪。


 向けられるであろう悪感情に不安を抱かない訳がない。

 

 まさに期待と不安が入り混じっていた。

 

 そんな俺にレイモンドが頭をガシガシと撫でる。


「おいおい、屋敷の奴らに聞いたがお前、長期休暇の間どこにも行ってないらしいじゃねえか。若いんだから友達と遊びに行くことくらいしてもいいんだぞ?」

「いや、えっと……」


 それは事件以前のことを指しているのだろうが、その時期に関しては以前の俺のことであり、今の俺がどうこう言われてもどうしようもない。


「もしかしてお前、友達がいないのか?」


 憐れむようなレイモンドの視線に目を反らす。


 そりゃああれだけ荒れていたのだから、友達なんているわけがない。


 取り巻きのような奴らはいたが、まあ友達とは言えない関係性だった。


「そうかそうか、まああんな噂が立つくらいだしな、仕方ねえか!」


 俺の沈黙を是と捉えたレイモンドが笑いながら慰めてくる。


 間違っていないのが悔しいところだ。


 学園に行ったら絶対友達を作ってやる。


 それも予想をはるかに上回るくらい大勢の。


「だったら気分転換に外に出るのも良い機会だろ、ずっと屋敷に籠ってても良い出会いなんてないぞ」

「……分かりました」


 何だかその口車に乗るのは癪だったが、外に出たいのは事実。


 渋々ながら頷いた。


「よしその意気だ、じゃあまた明日だな」


 そう言いたいことだけ言ってレイモンドは二階へと上がっていった。


 相変わらず身勝手な人だ。


 親しみやすい反面、慣れてくると面倒くさい。


 彼の兄エドワードは全くの逆の性格をしているため、血筋的なものではないのだろうが、ただ彼は彼で個性的な性格をしていた。


 もはや一等級魔法師というのはそんなものだと割り切ってしまった方が良いのだろう。


 一点を極めているが故に、その他が疎かになるのは当然の摂理。


 むしろ人間味を感じる箇所でもある。


 ただそんな人が二十一人もいて、それぞれ会派のマスターを運営しているのだ。


 到底上手く回っているとは思えない。


 まあ大抵そういうところは副マスターの人が色々対応することで、何とかなっている。


 そうした尊い犠牲の上で魔法師たちは今も研究を続けているのだ。


 ご苦労様です、と心の中で合掌する。


 それと同時に好き勝手にやっている筆頭のレイモンドに対して、多少は自制するよう願うのだった。

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