第3話 作戦会議
リビアとの協力関係。
それは予想だにしなかった事態だった。
しかし彼女と協力関係を結べたことで、俺には少しばかりの余裕ができていた。
例えば身の回りの世話は基本的にリビアが担当することになった。
すなわち変に気を遣わなくても良い時間が増えたわけだ。
またリビアを通して、俺が体調不良であると父へ連絡することもできた。
お陰でしばらく俺は部屋で引き籠りの生活を送ることができるわけだ。
もちろん怠けたいからじゃない。
現状の把握と今後に向けて色々考えないといけないからだ。
これからの振る舞いを始め、入れ替わりの原因、解決方法など今の俺には懸念がたくさんある。
全てに解決策、最善策が見つかるわけではないだろうが、ひとまず整理は必要だった。
そして今、その作戦会議の真っただ中である。
「早速ですが、状況を整理いたしましょう」
そして現在はリビアと共に今後についての作戦会議中である。
「と言っても何から整理したら良いやら……」
「まずは……ええっと、貴方様のことはそのままノーム様とお呼びしても宜しいですか?」
「勿論」
リビアの質問に即答する。
流石にロイと呼ばせる理由がない。
単にリスクを増やすだけだ。
「では、初めにノーム様のことを教えてくださいませんか? 例えば以前の名前だとか、入れ替わる前に何があったのかなど、何か覚えていることがあれば教えていただけると」
「そうだな……」
リビアには早々で申し訳ないが、俺は口ごもってしまった。
そういえばリビアに大まかな状況は伝えたが、流石に未来の記憶を持った人間であるということは伝えていなかったからだ。
そして俺ことロイはノームに殺されたという情報も当然伝えていない。
「今から言うことは突拍子もないことなので、落ち着いて聞いて欲しい」
しかしここで嘘をつくことは信頼関係を崩すことに繋がりかねない。
リビアは更に混乱を招くかもしれないが本当のことを話すべきだと判断した。
「俺は今から10年後、18歳のノームによって殺されたロイという男だ」
「……はい?」
案の定リビアは固まってしまった。
無理もない、人格の入れ替わりだけでも不可思議な事態なのに、そんな入れ替わった人物が未来人かつ、主ノームによる殺人の被害者だというのだ。
今、三重の衝撃がリビアに降りかかっていることだろう。
「全て本当です」
自分でも何を言っているんだか分からない。
だが全て真実なのだ。
「……ええっと、今のノーム様はロイという名の男性の記憶があって」
リビアは一つ一つ整理していく。
俺は頷いていった。
「10年後ノーム様にこ、殺され……た?」
「恐らく」
実際、ノームに殺されたかどうかは微妙な所だ。
意識が途絶えたのか、命が絶たれたのか、あの後の記憶は一切ない。
ただ少なくともあの場にいた男は間違いなくノームであった。
「そして先日その記憶がノーム様の中に目覚めた、ということですか?」
確認を求めるリビア。
「その通り」
大きく頷く。
よくぞこんな突拍子もないことを理解してくれた。
「……何というか」
リビアが難しい顔でこちらを見た。
「うん……言いたいことは分かる」
頷き、共感する。
何分複雑過ぎるのだ。
色々なことが起こっているというのに、その一つも理解ができないのだ。
そんな状況、滅多にあるものではない。
「まあ今は分かるところだけ、整理していけばいいんじゃないか」
「そうですね」
二人で頷き合って、話を進める。
「まず大前提として俺はロイに戻れる方法を探していきたいと思っている」
「はい、私もできうる限りの協力はしたいですが……私たちだけで解明するのは難しのではないでしょうか? とはいえ他に頼れるような人もいないのですが」
「まあ……そうだよな」
至極当然のことを指摘され頷く。
そもそもこの世界にこの状況を解明できる人がいるのかどうかも微妙な所である。
何せ前例がないどころか、想像すらしていないことなのだ。
奇跡と言ってもいい現象を、一体誰に相談したら良いのやら。
いや、もしかしたら。
ふと、俺は一つ心当たりを思いつく。
「……魔法協会の神聖工房なら何か分かるかもしれない」
呟きに等しい言葉。
リビアが首を傾げて尋ねてきた。
「……神聖工房というのは?」
リビアの反応はもっともなものだった。
何せ俺が口にしたその神聖工房というのは、一般的な知名度が限りなく低いからだ。
俺だって直接その工房に関わることになるまで、存在を知らなかった。
「魔法協会は工房という会派があるのは知っているか?」
「はい、承知しております。ただ私は魔法師ではないので詳しいことは……」
「まあ、一般的な知識だけで大丈夫」
全世界の魔法師たちが所属する組織。
魔法協会。
その力、権威は四大国家にも匹敵するといわれるほど強大だ。
時代を動かし、世界を動かしてきたと言っても過言ではない。
だがそんな魔法協会は当然一枚岩ではなかった。
魔法師と一言で言っても多種多様の考えを持つ者がいるからだ。
人によって属性が違うように、目指す目標も多種多様。
魔法を極めて世界一の魔法師になりたいと思うものから、魔物たちから人々を守るために強力な魔法師になる、という目標を持つ者といったように、魔法師にも色々いる。
そんな様々な目標がある中で、同じような信念を持つ者が集ってできたのが工房という集団だった。
中でも二大工房と言われる二つの工房は、魔法師でもないものも知っているほど影響力を持っている。
「魔法工房と開発工房ですよね」
「その通り」
リビアの言う通り、魔法工房と開発工房こそが二大工房と言われる会派だった。
前者は魔法を研究することを目的としている工房であり、最も多くの魔法師が加盟し、中には王族、貴族らも少なからず入っていると言う話だ。
後者は魔道具を開発、発展することを目的としている工房であり、世界中に存在する魔道具はほとんどこの工房から出されているといっても過言ではない。
このように多大な影響力を与えることから、この二つの工房は二大工房と呼ばれ、世界的知名度を誇っていた。
「そして神聖工房というのは、魔法工房から派生した工房で、魔法の中でも特に天恵魔法や古代魔法といった人知を超える魔法を研究している工房のことなんだ」
天恵魔法、それは神から与えられたと言われる魔法で、与えられたその人にしか使うことができない唯一無二の魔法だ。
例でいうと、自身に向けられた魔法を全て無効化するという魔法がある。
そしてその担い手は他でもない勇者アランだ。
「なるほど、だから神聖……かなり限定的な工房があるのですね」
リビアが感心したように呟く。
しかし知名度がほとんどないのには理由があった。
その工房にはほとんど実績がないのだ。
何故なら、その研究対象が神の御業ともいえる天恵魔法と、失われた技術である古代魔法という人知を超えた領分。
実績を出すなんて無理がある。
「きっと、その工房ならこの奇妙な事象解決の力になってくれると思う」
ちなみに勇者アランの魔法無力化体質を、天恵魔法だと見抜いたのは神聖工房だったりする。
魔法が使えないと悩んでいたアランにとっては大きな転機となった出来事だったため、俺もよく覚えている。そしてその出来事があったからこそ、神聖工房の存在を知ることになったのだ。
ただしそれはアランが10歳になってからのことのため、今から2年後の出来事ではあるため、現時点での神聖工房はまだ実績を得ていないことになる。
「ノーム様の話を聞く限り、確かにその工房を頼りにすることが最善かもしれません。ただ……」
リビアが言い淀む。
良い案だと思ったのだが、何か問題があるのだろうか。
「現状、今の私たちには魔法協会との繋がりがないというのが課題になります」
「……まあ確かに」
以前の感覚で簡単に考えていたが、確かに今の俺には魔法協会とのパイプがない。
しかも悪いことに、今の俺の悪名は魔法協会にも轟いている可能性がある。
そうなると現状、俺は魔法協会から距離を置かれていてもおかしくはない。
「今すぐに元に戻るというのは無理か……」
一つため息交じりに呟いた。
するとリビアが思い出したかのように口を開く。
「方法が一つだけ、学園を通してという手なら可能ではないでしょうか」
そうだった。
今の俺は長期休暇中の学園生だった。
……学園生活のことは後で考えよう。
「……なるほど、学園で良い成績を出せば魔法協会と接触する機会が貰える」
魔法協会というのは、常に優秀な人材を探している。
そのため学園に足を運ぶと言うのは当然のことだった。
特に優秀な成績を収めた生徒となると、向こうから接触してくる可能性が高い。
ロイとして通っていた時も、いつだか話しかけられた覚えがある。
「良い成績を出す、というのが使用人である私にはどの程度のものかは分からないのですが、ノーム様、できそうでしょうか?」
「まあ大丈夫だ、一度経験しているから」
ロイ時代。
俺は死に物狂いで勉強と特訓を重ねて、学年一位の座を取ったことがあった。
あの時はアランに負けじと必死だったのだ。
「ロイ様……実は著名な魔法師だったりするのですか?」
「うーん、どうだろう……」
自分の評価を主観で語るなんて恥ずかしいことできない。
それに実際のところ、俺が世間からどう思われていたかなんて怖くて知れなかった。
何せ勇者アランが傍にいたのだ。
コンプレックスを抱かない方がおかしい。
「まあとりあえず、何とかやるべきことが見えてきたか。リビア、助かった」
「いえいえ、お役に立てたのであれば光栄です」
ひとまずやるべきことは決まった。
学園に言って好成績を収める。
魔法協会と接触する。
神聖工房と共に事態の解明を図る。
この道順で行くことにしよう。
「……ノーム様、もう一つ重要なことをお忘れでございます」
「重要なこと?」
ふと、リビアが真剣な眼差しで告げてきた。
何だろう。
何か見落としがあっただろうか。
「ノーム様の日常生活のことです。今のままずっと部屋に籠り切りというわけにもいきません」
「あー、確かに」
ごもっともだ。
「そのためにもいくつか矯正しなければならないことがあります」
「矯正って……」
物騒な物言いに苦笑する。
「いえいえ、大事なことですよ?」
「……え?」
「え? もしかしてそのままで行くつもりでしたか?」
リビアの問いに言葉を詰まらせる。
「い、いや、そんなことは」
「ですよね! なので早速今日からノーム様として不自然にならないような矯正をしていきましょう」
「……なんかノリノリだな」
今までの鬱憤からだろうか。
何か少しリビアが怖い。
「あ、でも、今まで通りだと今後に支障が出てしまいますね」
「あ、ああ、そうだな。魔法協会との繋がりを持つためには良い姿勢を見せないといけないからな」
今の勢いだと、俺は以前の俺の演技をしないといけなくなる。
そんなことはできる限りしたくない。
悪態への抵抗、罪悪感もそうだが、何より今の俺はあそこまで感情を爆発させられる気がしないのだ。
子どもだからこその感情とも言えよう。
今の俺にはできない、というよりやりたくないことである。
「うーん、であれば、以前までのノーム様のままというわけにもいきませんね」
考え込むリビア。
俺は答えを待った。
人間関係に関しては、リビアの方が詳しいと思ったからだ。
「あ」
しばらくして、リビアが思いついたように口を開いた。
「呪いのせいにしてしまうというのはどうでしょう」
それから数日後。
レスティ家の屋敷には奇妙な噂が流れるようになる。
曰く、ノーム様が呪いによって改心なされた、と。
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