勇者パーティだった俺が悪役転生!? ~相討ちした仇に転生しました~

第4話 行動開始

　俺がノームになっていつしか既に三日が過ぎていた。

　たった三日、されど三日だ。

　三日も経ってしまえば何かしらの変化が起こっても良い頃ではないか。

　だが生憎、何も起こっていなかった。

　俺はロイの記憶を持ったノームのままであり、どこにも異常は生じていない。

「よしっ、行くか」

　そんな俺だが、今日は気合が入っていた。

　何故なら、今日は俺がロイに目覚めてから初めて行うことがあるからである。

　それはすなわち、自室からの解放。

　昨日リビアと話した結果、明日には部屋から出た方が良いという結論なったのだ。

　行動を移すにしては些か早すぎるかもしれないが、流石に三日も体調不良で部屋からでないとなれば、良からぬ噂を立てられかねない。

　事を大きくしないためにも、動くしかなかった。

　それに今はリビアの根回しによって、俺が呪いの恐怖によって改心したという噂が屋敷の使用人の間で広まっているそうで、多少のことなら呪いのせいにできる地盤はできているらしい。

　何という手際の良さ。

　リビアがいなければここまで上手くいっていなかっただろう。

　本当に感謝しかない。

「ノーム様、気合十分な所申し訳ないのですが、できるだけ自然にお願いします」

「あ、ああ、そうだな」

　リビアの冷静な指摘。

　大きく息を吐いて、今一度心を落ち着けた。

　いけない、いけない、年甲斐もなく気分が上がってしまっていた。

「では行きましょうか」

「よし、行こう」

　リビアが扉を開け、後に続いた。

　部屋を出ると、立派な赤い絨毯（じゅうたん）が敷かれた長い廊下が続く。

　記憶通りの光景だが、今の俺の価値観はロイ準拠。

　改めて感じる貴族の財力に感嘆した。

「ここは三階だったよな？」

　自分の記憶に間違いがないことを確認する。

「はい、ちなみに食堂は一階です」

「ああ、そうだな。覚えている」

　幸い、記憶に問題はないようだった。

　少し安心だ。

　これで少しは自分のことを信用できる。

「あの部屋は……」

　ふと、目の隅に入った扉。

　俺の心がチクりと痛んだ。

「あそこは……ノーム様の妹であるミリア様のお部屋ですね」

「ああ……そうだな」

　ミリア・レスティ。

　俺の妹だ。

　母の死をきっかけに心を閉ざしてしまい、一切部屋から出てくることはなくなった。

　それにあろうことか、俺も憂さ晴らしのために、彼女へ罵声を浴びせたこともあった。

　支えてくれるはずの家族が、一変して自分を苦しめる存在になったのだ。

　引き籠って当然だ。

　全て俺が悪い。

「ノーム様……お声をかけるのは止めて置いた方が良いかと」

「分かってる」

　今の俺にミリアを攻撃する意思はない。

　しかし俺の意思関係なく、ミリアは既に傷ついているのだ。

　今更、改心した姿を見せようとも信じてもらえるわけがなかった。

「……いつか必ずどうにかする」

「……期待しております」

　ノームの罪は当然俺の罪だ。

　清算すべきは俺。

　むしろ今の俺にしかできないことだ。

　俺がもし再びロイとして生きていくことができるようになっても、ノームが犯した罪は全て清算しておきたい。

「……では食堂に急ぎましょうか」

　リビアの案内で再び歩を進める。

　人が何人も通れるような大きな階段を降り二階へ。

「ご存じだとは思いますが、二階はノーム様の御父上であるロード様のお部屋がございます」

「ああ、あまり立ち入るべきではないな」

　基本的に父の仕事場である2階。

　近寄らないのが吉だろう。

　まあ以前の俺もこのフロアではやんちゃをしたことがないため、避けても特に違和感はないだろう。

　そういう事情があり早々に1階へ向かう。

　だが不幸なことに、そんな俺たちに向けて声がかけられた。

「……ノーム、体調は大丈夫なのか」

　聞き覚えのある声。

　振り返ればそこにいたのは父ロードだった。

　相も変わらずその表情は石のように固い。

「……え、ええ、まあ」

「そうか」

　三日ぶり、いやもっとか。

　父と息子の会話はそれだけだった。

「……ノーム様、行きましょうか」

　リビアは顔を強張らせていた。

　予想外の出来事だったのだろう。

　対して俺は焦りよりも、空虚感に苛まれていた。

　当然知っていたことだ。

　だが改めて感じる。

　この家族はとっくに崩壊していることを。

　自分の行いを正当化するつもりはないが、荒れてしまう理由としては十分なほどだ。

「どうされましたか？」

　難しい顔をしていたのか、リビアが声をかけてきた。

「いや、何でもない」

　何はともあれ長居は不要だ。

　早々にこの場から立ち去った。

　そして1階の大広間。

　相変わらずの豪華絢爛だ。

　とはいえ記憶通りだという以外、特に感想はない。

　食堂ももちろん広いが、今更感想は言うまい。

　俺はリビアに案内されながら自席へと腰を下ろし、食事の到着を待つ。

　食卓に着くのは俺1人。

　父も妹もこの場にいるわけがないので当然ではあるが、やはり寂しさはある。

「お待たせ致しました、こちらが本日の朝食です」

　食堂らしき場所からリビアが食事を運んできた。

　目の前に並べられていく色とりどりの料理たち。

　先日までは何も感じなかったが、今となっては素晴らしいの一言に尽きる。

　今がロイに目覚めて一番嬉しいと感じた瞬間かもしれない。

　但し食べ過ぎは厳禁である。

　俺は自分のだらしない身体を見て思った。

「リビア、これからは朝食は1、2品で十分だ」

「承知しました」

　リビアに耳打ちし、要望を伝える。

　身を削る思い。

　だがこの贅沢に甘えるわけにはいかないのだ。

　評判を変えるには、まず見た目からが最も効果的だろうから。

「ノーム様、お食事はお済になられましたか？」

「ああ、満足した」

「では、一度お部屋の方へお戻りになりましょう」

　膨れたお腹を擦りながら食堂を後にした。

　残してしまった料理のことが気がかりだが、リビアに聞くのも気が引ける。

　気にしないでおくことにしよう。

　そんな気分のまま階段を上り三階に辿り着いた瞬間だった。

「……あ」

　妹ミリアとばったり出くわしてしまった。

　部屋から出ている姿なんて久しぶりに見た。

　それこそ一年振りくらいだ。

　だが隙を突かれたのは事実。

　俺は思わず硬直してしまった。

　何かを言わなければならないのだが、上手く言葉が出てこない。

「ミリア様、お初にお目にかかります。リビアと申します」

　沈黙を破ったのはリビアだった。

　ミリアに向かって深々とお辞儀をし、挨拶を行う。

　今まで会ったことはなかったらしい。

「……は、はい」

　ミリアは言葉少なめに目を泳がせ、ソワソワしていた。

　見るからに早くここから立ち去りたいという意思を感じる。

　当然俺のせいだろう。

「行くぞリビア」

「あ、はい、ノーム様」

「……あ」

　意思を汲み取り俺はリビアを連れて自分の部屋へと向かった。

　今はまだその時ではない。

　そしてそのまま部屋へと入り、大きく息を吐く。

「はあ、疲れた」

　たった数分の出来事。

　だと言うのになんだこの疲労感は。

「お疲れ様ですノーム様」

「ああ、リビアのお陰で何とかなった」

「いえいえ、滅相もございません」

　フルフルと首を振るリビア。

　本音だったのだが、訂正しても意味はないか。

「しかし久々にミリアを見たが……」

「はい、かなり弱弱しい状態でした」

　俺は先ほど目にしたミリアを思い出しながら告げる。

　やせ細った手足に、真っ白な肌。　

　思った以上に痛々しい姿だった。

「今はまだ」

「はい、時が経つのを待ちましょう」

　二人で深く頷く。

　それまでに俺が見違えるほど変われば、もっと効果的になるかもしれない。

　努力せねば。

「……っていうかミリアは何で部屋の外にいたんだ？」

　そういえば、と引っ掛かりを覚えたことを口にする。

　するとリビアがハッと顔を上げた。

「あ、本日はアイリス殿下がお越しになる日でございました」

「……は？」

　俺はリビアの発言に絶句する。

　アイリス殿下。

　リビアは間違いなくそう言った。

　この国でアイリス殿下と呼ばれる人物なんて一人しかいない。

　ディーネル帝国第2皇女アイリス・ディーネル。

　そしてこの俺、ノーム・レスティの許嫁だ。