第14話 4人の本業
徳永の不安をよそに、3人とも自分のステータスを見通して、次にマップを確認した。
「そういえば、ずっと忘れてたんだけど、私たちって今どの辺にいるの?」
「この場所は、確か最初の召喚地点のちょうど東あたりに位置しますね。」
「ってことは、まだまだ『クラーザ王国』から、かなり離れてますよね。」
徳永もようやく冷静になり、会話に入り込んだ。
今いる自分達の場所と、最初の目的地であるクラーザ王国が離れすぎていることに懸念を抱いた4人だったが、同時にほかの悩みもあった。
「あとは残り3人の行方ですね。」
「残ったのは、斧使いと槍使いと…あと、えーっと…召喚士だっけ?」
「そう、その3人。」
「ここまでくると、その3人も僕達と同じ…」
「まぁ間違いないでしょう。」
徳永の予想に宍戸も同意した。
ここにいる4人は全員日本人で、現実世界からこの世界に召喚された。
4人全員が召喚されたということは、必然的に残り3人も召喚された日本人になっていると想像した。
その3人を探すか、それとも最初の目的地に先に行くべきか?
どっちの案を優先すべきか、意外とすぐに結論は出た。
「普通に考えればクラーザ王国に行くべきでしょう。そこで待機すれば…」
「必然的に3人とも来る。」
「いや。もう集まっているかも?」
「その可能性は高いですね。ただ…」
「え?何か問題?」
このゲームの最初の目的地は、召喚地点から北に向かってしばらく進むと目に見えるクラーザ王国だ。
もしほかの3人も召喚されたら、やはり同じように残りの4人、すなわち自分達を探すことになる。
となれば、クラーザ王国に行って待機すれば、必然的に全員集まるという公算ができる。
ただしこの案には一つ問題がある。
「仮にその3人が、全くこのゲームをやったことない人達だったら?」
「あ、そうか…」
木暮もその言葉で思わず頷いた。
自分達4人はたまたまテスターで、このゲームをある程度嗜んでいた。
だからゲーム開始直後も、ある程度状況を呑み込めたし、モンスターと遭遇しても、難なく倒すことができた。
しかしその3人が全くの初心者なら、そもそも状況を呑み込むのも難しいし、何より道に迷う可能性もある。
となれば、いくらクラーザ王国で待機しても無駄ということになる。
「でもだからといって、迷子の子猫ちゃんを探すよりも、一つの場所で待機した方がまだよくない?」
「まぁ、それはそうですね。」
「ちょっと案があるんだけど…」
「ん、なんでしょう?」
徳永の提案に、一同耳を傾ける。
「ひとまずは全員でクラーザ王国に行きましょう。3人いれば、それで問題ないけど、仮にいなかったら、1人がそこに残って、残り3人で探し回るってのはどうですか?それに所持金も多いから、買い物して装備とかも充実できますし。」
「あ、私もそれがいいと思います。」
「名案ですね。」
「俺もそれに賛成。」
4人とも意見が一致した。
徳永は自分の提案に全員が賛同してくれたことに、かなり満悦だった。
もっともこの場合、ほかにいい案も浮かばないということも関係していたが、何はともあれ全員の最初の行き先は決まった。
所持金が13万ゴールドもあることも大きかった。全員今の装備では心細いと感じていたのだ。
これだけの資金があれば、今いる4人全員分の武器と防具は一新できると4人とも知っていた。
「そうとなれば善は急げですね。」
「じゃあ出発!」
「いきますか!」
4人とも念のため回復の泉をたっぷり飲み、最初の目的地クラーザ王国に向かって歩みだした。
ある意味で、4人にとってようやく冒険の始まりといったところだ。
しかし4人は知らなかった。
4人が最初の召喚地点を過ぎたちょうどその頃、クラーザ王国の中心地にある『クラーザ城』にて、3人の冒険者が国王と謁見していたことを。
徳永と木暮と宍戸と松下の4人が、回復の泉を離れて10分ほど時間が経った。
道中でも荒くれオークやニードルプテラ、パープルリザードなど数体のモンスターと遭遇したが、ある程度強くなったこともあり、また既に戦った相手なだけに苦戦することはなかった。
飛んでいるモンスターには木暮の弓矢と宍戸の杖から放たれる魔法弾、地上のモンスターには徳永の剣と松下の拳で対処していった。
4人の戦い方は完ぺきだった。
ほぼダメージも喰らわず進んでいった。
改めて、こうして複数人とRPGの世界に一緒に入り、複数人でRPGを楽しむことに、徳永は感慨深くなった。
子供の頃に夢にまで見た、RPGでの冒険が今こうして繰り広げられている、年齢も既にアラサー近いのに、まだ俺の心は少年なんだなと徳永は我ながら呆れた。
徳永の心から、さっきまであった謎の武器名と技名への不安は消えていた。
問題なくモンスターを撃破していき、順調にクラーザ王国まで近づいて行った。
ただここにきて徳永の疲労が少し増した。
「それにしても、何と言うか…」
「どうしたんです?」
「いや、ゲームの中では5分もかからないはずなのに、召喚地点からクラーザ王国まで、けっこう距離あるなって思って…」
「途中でモンスターと戦闘したからでしょ。」
「そうは言っても、離れすぎじゃない?」
既に10分以上も北に歩いていたが、確かにクラーザ王国は見えない。
「まぁ今までは画面上で操作していただけですからね。それにキャラクターは凄いスピードで走っていました。」
さらに宍戸は、理系出身なのかプログラマー顔負けの説明をしてみせた。
「ゲームのフィールドマップの距離感をそのまま現実世界に適用すると、箱庭程度ですから。あくまで現実世界とほぼ同じような距離感に設定しなおされているんでしょう。」
「はぁ、わかったような、わからないような…」
頭が悪いと自覚する松下には、チンプンカンプンだった。
「宍戸さんは、SEか何かの仕事でもされているんですか?」
木暮が興味ありげに質問した。
「いや、私はプログラマーじゃありませんよ。」
「でも、妙に詳しいですよね?」
「大学生時代は確かに理系で、プログラムも多少は勉強したんですが…」
その言葉に木暮も喰いついた。
「やっぱり経験あるんじゃないですか。」
「いや、正直私もゴリゴリのプログラミングの知識となると、全くにわかですよ。ここに本物のSEがいたら、多分論破されます。」
「へぇ、そうなんですか。」
「因みに本業は何なんですか?」
木暮と宍戸の会話に興味が湧いたのか、徳永も思わず質問した。
「そういや、宍戸さんの本業聞いていなかったな。あ、因みに俺はテスターだけっす!」
松下も気になったようだ。
一瞬松下の本業を聞いた時に、木暮が凄い反応を見せた気がした。
(え、もしかして木暮さんも?)
そんな徳永の考えをよそに、宍戸の言葉が耳に入った。
「私は、一応会計士の仕事をしていまして…」
「か、会計士…ですか?」
宍戸のその言葉に、一同思わず見つめ合う。
この反応から察するに、誰も聞いたことがないんだなと宍戸は予想したが、当たっていたようだ。
「会計士って…なんですか?」
「あぁ、やっぱりそうなりますね。」
「あれっすよね。会計の仕事をする人!」
「それじゃあそのままの意味ですよ。」
「会計士というのはあくまで通称で、正式名称は公認会計士といいます。」
宍戸の次の言葉で一同はさらに困惑した。
公認会計士という何やら難しい言葉が出てきた。
ここにいる中で明らかに自分だけが浮いていると、宍戸はつくづく痛感した。
その言葉から察するに、何やら超難しそうな専門職であると徳永と木暮は察した。
「企業の経理部とかで働いているんですか?」
「えぇ、もちろんそういう人もいますが…」
徳永も会計という言葉から、なんとなく思いついたことを言ったに過ぎない。
このまま説明しても、絶対理解してもらえないと思い、宍戸はかなりざっくりした説明に切り替えた。
「税理士なら知ってますか?」
「あぁ、それなら。えーと、税務に関する仕事をする人ですね。」
「まぁ、それと同じような職業だと思ってもらえればOKです。」
宍戸の説明はこれで終わった。
本当は会計士についてもっと詳しく説明して、正しく理解してもらわないといけないと思ってはいたのだが、ここで全部説明しても仕方ないと判断した。
「よくわかんないけど、凄い人なんですね。」
「いや、そんなことありませんよ。」
「でも、どうしてテスターなんかしているんです?」
宍戸もその質問には返答に困った。
正直本業については答えたくなかった。
会計士という立派な資格がありながら、現在はテスターという仕事をしている。
これは説明するとかなり長くなるので、宍戸は適当に誤魔化すことにした。
「まぁ、本当にいろいろとありましてね…」
徳永はその言葉の意図を探った。
これは苦労を重ねてきた男の発言で、これ以上詮索するのはよそうと判断した。
「いや、言いたくなければいいんですよ。」
「そうですか、ではそうさせていただきます。」
宍戸も徳永のその言葉を聞いて、安堵したようだ。
なんだか自分がナイスフォローをしたような気がしたと、徳永は思った。
すると、そのあとで松下が口走った。
「俺は、さっきも言ったけどテスター一筋っす。」
テスター一筋とは響きがいいが、要するに本業は何もしていないということだ。
テスターが本業の人なんて恐らくほぼいない。
だいたいの人が派遣かパートとして登録している。
しかも今なら在宅でもできる仕事なので、暗に自分は相当暇人であると公言しているようなものだった。
まぁでも何も仕事していないよりかはマシ、むしろ堂々とテスター一筋と名乗る松下をある意味羨ましくも思った。
「木暮さんは、どうなんすか?」
最後は木暮の番だった。
「わ、私も…テスターよ。」
「本業は?」
「ほ、本業は…」
木暮が言葉を発しようとした矢先、遠くの空から影がいくつか飛んできた。
「あ!ニードルプテラの群れよ!」
木暮はいかにもグッドタイミングだと言わんばかりのノリで、戦闘態勢に入った。
宍戸と木暮についても、松下のように気軽にプライベートのことを詮索するべきではないだろうと判断し、徳永も木暮に同調して剣を構えた。
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