第11話 空から武闘家

ズシィイイイイイン!!


何か巨大な物体が地面に落下したような音が遠くから聞こえた。


「何、今の?」


「まさか?」


音が聞こえた方に向かって、全員一斉に走り出した。


30メートルほど泉から東に向かったところで、3人とも凄まじい現場を目の当たりにした。


なんと、そこには身の丈が3メートルはゆうに超えそうな巨大な茶色い毛をした狼が横たわっていた。


そして口からは血を噴き出していて、何か強烈な攻撃を喰らったように見える。


「な、なんだこれ?」


よく見てみると、そいつの正体は、やはり3人ともよく知っているモンスターだ。


「洞窟の主?!」


徳永が最初に倒したハウリングオーク同様、中ボスに該当するモンスターだ。


ゲーム中での正式名称は『洞窟の主(狼)』、わざわざ括弧で狼と追記していることから、これと同じ系統のモンスターはほかにも複数いることを意味している。


洞窟の主(狼)の特徴は、長い牙で噛みつく攻撃、巨体を生かした突進攻撃など様々だ。


やはりこいつも特定の場所周辺にランダムで出現する。


徳永はもしやと思って、周囲を注意深く見渡すと、狼の体のちょうど真上の崖の中腹あたりに大きな洞穴を確認した。


(あの洞穴から落ちてきたのか。ってことはあの中にも…)


徳永は、ここでハウリングオークの時と同じような期待を寄せたが、それよりも目の前にいる狼に集中すべきだと目線を下に戻した。


「見て、まだ生きてる!」


狼はまだ動いていた。


必死に立ち上がろうとしている。


ゲームの世界なので、たかがデータに過ぎないのは百も承知だが、見ていると痛々しい。


現実の世界なら、こんな状態にある動物はたとえいかに巨大であろうと、とても自分が直接手を下せる勇気はない。


徳永も木暮もかなり躊躇している。それに反して宍戸は冷静だった。


「待ってください。ここは私が…」


宍戸がとどめをさそうとした、その時だった。


「みんな、離れろ!!」


「え?」


突然上空から男の叫び声が聞こえた。


徳永がさっきまで見ていた洞穴から、飛び出してきたのだろうか、その男は垂直に下降し、そのまま狼の背中に自分の全体重を乗せた踏み付け攻撃を行った。


プロレスラーのように、まさに全身の力を活かした攻撃だ。


こんな攻撃方法ができるキャラクターは一人しかいないと、徳永も木暮も察した。


「ゴォオオオオオオ!」


狼の断末魔が響いた。


今度こそとどめを刺したのだろう、狼は全く動かなくなった。


そして狼の体に勢いよく圧し掛かった男も負傷していたらしく、3人の前に倒れ込んだ。


かなりの激戦だったのか、傷だらけで出血量も多い。


「松下さん、大丈夫ですか!?」


「おう、宍戸さん。大丈夫だ。けど早く回復して。」


宍戸が松下と呼ぶその男は白い半袖の道着姿、空手や柔道でお馴染みの黒帯を腰に巻いている。


さらに中国の拳法家が着そうなカンフーシューズを履いており、髪はショートヘアの金髪だ。


その外見は、やはり徳永と木暮の2人ともよく知っていた。


宍戸が回復魔法をかけると、その男の傷は癒え、立ち上がり元気な姿を披露した。


「危うくやられるとこだったぁ。マジでサンキュー!」


「無茶しすぎですよ、松下さん。洞窟の主相手に単騎で挑むなんて!」


「はは。ちょっとこの近辺に、洞窟があったってこと思い出してね…」


男が指さしたのは、さっき徳永が目にした洞穴だった。


「ほら、あの洞窟さぁ。確か武闘家の武器あったよなぁって思って。そして行ってみたら案の定、大当たり!タイガークローゲットしてね!」


誇らしげに、自分の両手に装着した新武器を披露した。名前の通り虎の前脚をモチーフにした見た目になっている。


「それにしても一人で倒すだなんて、凄いですね!洞窟の主って結構強いですよ。」


「いやぁ、まぁね!獣王拳覚えたし、いけるかなって…」


徳永はその言葉に少し不満だった。


徳永も獣王拳は獣系統のモンスターに大ダメージを与える特殊技で、さっきの中ボスも倒しやすくはなることは理解していた。


しかし自分も一人で中ボスのハウリングオークを倒したのだ。


木暮にもそのことを言ったが、「え、そうなの!?」と言われただけだった。


もちろん実際に倒した現場は自分しか見ていないし、口で説明しても信じてもらえないのは無理もない。


何しろ強さで言ったら、ハウリングオークの方が上だ。


木暮は恐らく自分は逃げてきたと思っているだけだろう、自分が逆の立場でもそう思うはずだと、徳永は自分に言い聞かせた。


そんな若干悔しい気持ちを払いのけ、徳永はまずは自己紹介をしようと思った。


「あのぉ、松下さんって言いましたっけ…?」


「ん?あぁ、そういえば。あんたら誰っすか?」


男は思い出したかのように、目の前にいる2人に質問した。


口調から察するに、かなりフランキーな人柄だと徳永は察した。


「一旦ここは泉に戻りましょうか。話はそれからにしましょう。」


「そ、そうですね。」


宍戸の提案に全員同意し、回復の泉に戻ることにした。



「では松下さん、私が説明しますね。」


宍戸が指揮をとるように、2人の紹介をした。


「こちらのお二人は、さっき私がニードルプテラを追った後で、偶然出くわしました。剣士の方は徳永祐樹さん、弓使いの方は木暮綾子さんです。」


「どうも、よろしく。」


「よろしくお願いします、木暮です。」


「俺は松下雄介です。見ての通り武闘家、よろしく!」


松下も自己紹介を済ませたが、直後にあることに気づいた。


「えっ?ていうか、お二人も召喚されたんすか?」


「はい、そうです。」


「ここにいる人全員同じですね。」


「もしかして松下さんもテスターですか?」


「もちろん。自分は楽してかつゲームをしながら、金を稼げるならこんなにいい仕事はないだろと思って、応募したまでっす!」


松下は自分がこのゲームを始めた経緯を高らかに主張した。


徳永も木暮も、そして宍戸も内心全く同じ境遇だったので人のことはいえず、苦笑いした。


「この人、テスターのことちょっと誤解していたんですよ。」


「いや、誤解なんかしてないっすよ。」


宍戸の言葉に、松下は反論した。


「ゲームするだけじゃなく、ちゃんとそのゲームの性能や評価、さらにバグのチェックも兼ねた大事なお仕事って派遣会社の人からはちゃんと聞いたっす。」


「私も、そうなんですよね。」


「自分もそうです。」


松下の言葉に木暮と徳永も、自分と同じ境遇だと理解した。


さらに仕事内容についても、3人ともあらかた理解していた。


「まぁ当たってはいますが、ちゃんと探したバグや不具合を報告するということも忘れてはいけませんよ。」


改めて宍戸の補足が入る。


「因みに松下さんの言葉は、さっき私が説明した内容そのままですね。」


「え?そ、そうだっけなぁ…」


松下は苦笑いした。


やっぱり、最大の動機は「ゲームをやりつつお金を稼ぎたい。」ということにあるんだろうと、徳永は想像した。


徳永もその一人だった。


契約社員として働いていたが、何かいい副業はないものかと探して、登録型派遣に応募した。


最近では、在宅で可能な副業も増えており、テスターもその一つだった。


徳永も派遣会社のWeb面接の際に、このテスターはゲームが遊べるということもあり、隙間時間にできる副業としては最適だという説明を受けた。


さすがに応募した時は、どんなゲームが遊べるかはわからなかったが、いざ仕事を始めてみたら、なんと昔自分が遊んだゲームのリメイク版で、徳永の胸は躍った。


しかもゲームのデータは、自分達のスマホに会社からダウンロードで配布され、在宅でできるのだ。


契約社員でありながら、副業としてする仕事としてはまさに最適の仕事だった。


幸いにも残業が少ない仕事だったので、仕事帰りは最近この副業に専念している。


というより、副業と本業を交換したいくらいの気持ちが強くなっていった。


そんな自分と同じ境遇の人がここに4人も会したことは、果たして偶然なのかと徳永は疑問に思った。


しかし徳永の思案を遮ったのは、またも木暮の声だった。


「そ、それはそうと、松下さん!」


突然木暮が質問した。

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