第10話 回復の泉
それは2人にとって衝撃の発言だった。
今まさに日本人である魔法使いと出会ったこと自体に、凄く感動したばかりだ。
もちろん、最初に雷鳴が聞こえた時に魔法使いに会えるかもしれないという期待は寄せていた。
そして今やっとその念願の魔法使いに会えたのだが、なんとあろうことかもう1人いるという。
「そ、その人どこにいるんです?」
徳永が大声で問いただした。
「あの木々の向こうです。そこに回復の泉があって、もう一人の仲間はそこで待機しているはずです。」
魔法使いが杖で指した方向は、周囲よりもやや高い木々が乱立していた。
「回復の泉ですって?」
木暮が叫んだ。
『七つの魔神石』というゲームはフィールド内の特定のポイントに、「回復の泉」といって、文字通り減った体力とSPを回復できる場所がある。
2人ともその言葉を聞いて、ありったけの安堵を感じた。
「私とあと一人は、その周辺で出会って2人で待機していたんですが、ニードルプテラの群れが近くまで来ましてね。
回復の泉までは来ないので放っておくのもありだったんですが、スキルレベルをどうしても上げたくて。
ありったけの雷魔法で退治したんですが、1匹取り逃してどこへ行ったと思って探していたら、あなた達とパープルリザードとの戦闘に出くわしたんです。」
魔法使いが今までの経緯を丁寧に教えてくれた。
この人は営業マンでもやっているのかと思いたくなるくらい、弁が達者で見た目通り賢い人だと徳永は感心した。
そして何より、自分達がさっき発見したニードルプテラの死体との合点もいった。
「そうか!スキルレベルが上がれば!」
「え、どうした?」
「もう忘れたの?レベル上がったら、スキルポイント回復するじゃん。」
木暮は重大なことを思い出した。
スキルレベルが上がれば、新しい特殊技を覚えるなどいろいろなメリットがあるが、最大のメリットは、それまで消費したスキルポイントが回復し、さらにスキルポイントの上限値が上がるということだ。
そうすればまた特殊技を発動できる。
「で、スキルレベルは上がったんですか?」
「恐らく上がっている…はずです。」
魔法使いの言葉もどことなく自信なさげだ。
この世界に召喚されて、かれこれ10体以上はモンスターを倒していると彼自体認識しているが、それでも確証が持てない。
それもそのはずだ。
徳永と木暮も察してはいるが、全員自分のスキルレベルを確認する術を知らないのだ。
「そもそも自分のステータスってどうやって確認するんです?」
「やっぱり、あなたも知らないの?」
「えぇ、わかりません。」
3人とも沈黙した、やはりステータス確認は重要だ。
徳永と木暮の2人とも、宍戸が3人の中で一番賢そうだという認識で一致している。
その宍戸ですらわからないのなら、お手上げだった。
自分達の現状の強さを正確に把握しないと、今後の戦闘に大きく響く。
所持しているアイテムのリスト、現在進行形のクエスト名、装備品とアクセサリの名前、攻略に必要な情報が勢揃いなだけに、何としても確認しないとこの先不安だらけだ。
「あと忘れてはいけないのが、戦闘時の情報ですね。」
さらに戦闘時には最低限、体力の残量を示すHPゲージとスキルポイントのSPゲージを個々のキャラクター毎に表示される。
が、それはあくまでスマホで遊んでいた時の話、今は視界のどこにも表示されていない。
今までの敵は楽勝だったが、これからの戦闘は敵も強くなって厳しくなる。
そうなると、戦闘中の自分のステータス確認ができないのは死活問題だ。
徳永もこれについては大きく試行錯誤した。
頭の中で「ステータス」と強く念じてみても、都合よく目の前にそれを数値化したウィンドウなんか表示されない。
さすがにそこまでご都合主義とはいかない。
(どこかにボタンみたいなものがあるのかな。)
徳永は自分でも正解か怪しい推測をしてみたが、これ以上悩むのも仕方ないと判断した。
「と、とにかく今はそのお仲間さんがいるという回復の泉に行ってみよう。話はそれからだ。」
徳永は今行うべき優先事項を2人に伝えた。
珍しく自分が主導権を握った発言をした気がすると、徳永は心なしか嬉しかった。
「それもそうね、行きましょう。」
「では案内します。ついてきてください。」
宍戸のその言葉に賛同して、2人とも宍戸に続いて歩いて行った。
「着きましたよ、みなさん。」
宍戸の後をついて5分ほど歩き、森の中を抜けると綺麗な泉が目に入った。
夏の時期だったら、思わず海パン姿で水浴びしたくなるほど綺麗な泉だ。
徳永も木暮も目をキラキラさせた。
「あぁー、やっと休める!」
「ここならモンスターも襲ってこないな。」
徳永と木暮も、岩場で腰掛けた。
ハウリングオークとの戦闘以降、連戦が続いた徳永だったが、やっと安息を手に入れた。
『七つの魔神石』のフィールド内にある回復の泉は、モンスターの襲来の心配のない場所の一つ。
回復もできるから、多くのプレイヤーがここを拠点にする。
「みなさん、大事なことを忘れてますよ。」
「え?」
宍戸は泉の水を飲みながら、2人にとても大事なことを告げた。
「回復の泉で座っただけで回復できるとでも?」
その言葉に徳永はハッとした。
「あぁ、そうか!」
2人ともそう言われて慌てて水をガブ飲みした。宍戸に言われるまで気づかなかった。
無理もない。
確かにこの世界に来て、一度も水を飲むという行為をしていないが、ゲームの世界ゆえに喉が渇くことはない。
そして飲んだ瞬間に、自分の体に力が戻ってきたのを2人とも感じた。
「うわぁー。本当に回復してるって感じ。」
「うん、味はしないけど。」
体力に関しては、さっき宍戸から回復魔法をかけてもらったが、今2人が最も回復したいと思っているのは、スキルポイントの方だ。
スキルポイントさえ回復すれば怖いものなし。
特に弓使いのアローレインは集団を組んだモンスターには効果的、これの重要性は宍戸も理解していた。
「私にとっても弓使いがいてくれると心強いですよ。」
「いえ、こっちこそ。魔法使いがいてくれたら相当助かります。」
「2人ともこのゲームは経験が深そうですね。」
「は、はい。自分は1ヶ月と半くらい。」
「私は2か月くらいです。」
3人とも戦闘の心配がないせいか、お喋りが続いた。
木暮と宍戸の間で会話が弾む。
「宍戸さんも、このゲームやり込んでいるんですか?」
「えぇ、まぁ。ざっと1か月程度ですが。」
「テスターですよね?」
「そりゃ、今はそうなりますね。」
(この人もテスターだったのか?)
宍戸のその言葉に、徳永も自分と同じ仲間だということで、安心感を覚えた。
しかし、今はそんなことよりも大事なことを確認しないと考え、水を差すように割り込んだ。
「あのぉ、ごめん2人とも悪いんだけど…」
「え?」
「4人目のお仲間さんはどこですかね?」
その言葉に2人ともハッとした。
「あぁ、そうでしたね。4人目と合流するんでした。」
「でも、さっきから姿が見えないんだけど…」
さっきの宍戸の言葉通りなら、回復の泉に待機しているはずだが、今はいない。
どこかに行ったのだろうか。
「おかしいですね。確かにここで待っていると言っていたんですが…」
宍戸がそう言った次の瞬間だった。
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