第9話 3人目現る

「徳永さん前見て!」


「え?」


目の前には、ナイフで今にも斬りかかろうとしているパープルリザードが向かってきていた。


次の瞬間、右手で徳永の顔めがけて振りかぶった。


「やばっ!」


徳永も咄嗟に何とか躱しきれた。


攻撃を躱され、態勢を崩したリザードの背後めがけて木暮が矢を放った。


その矢の一撃が思った以上に強烈だったのだろうか、リザードは倒れこんだ。


「もう、なに突っ立ってんの!?」


「ご、ごめん。」


「あなたの方が火力高いんだから、しっかりして。」


「わかってる。」


木暮の大きな声が止まない。無理もない、そりゃ自分が立っているのはゲームの中の世界とはいえ、モンスターと戦っている場だ。


そんな戦場でボーっとしている自分が本当に情けない。


現実世界のMMORPGならマジで反省会レベルだと徳永は戒めた。


しかし息をする間もなく、残り2匹のパープルリザードも反撃にうって出た。


2体でちょうど2つの円を描くような軌道で、ナイフを1本ずつ投げた


1本は右方向から、もう片方は左方向から、互いに違う高度で円を描いた。


「くぅ?」


徳永も木暮もなんとか躱した。


正直2本も同時にナイフが来ると、現実世界の体ではまず躱せないだろう。


2人とも大の運動音痴なのは自覚していた、そもそも遠近感すら正確に掴むのも難しかったろう。


これが現実世界でなくてよかったと改めて身に染みたが、安心するのはまだ早い。


当然ナイフはまたリザードの手に戻っていった。


さらにさっき矢を撃たれたリザードも立ち上がろうとした。


「まずはそいつを片付けて!」


「おう!」


倒れていたリザードが立ち上がる寸前、徳永はその隙を逃さなかった。


(烈風剣のことは一旦忘れて、今は敵を倒すことに集中しろ。)


徳永はそう決心して、剣を両手でしっかり構えてジャンプした。


そしてそのリザードの横腹めがけて思い切り振りかぶった。


「ギャアアアアア!」


リザードの悲痛な叫びが響く。


「よし、まずは1匹!」


残りはリザード2匹、だがこの2匹は動こうとしない。


それどころかまたもナイフを、さっきと同じ手法で投げた。


「またブーメラン?」


またもやブーメラン投法だ、さっきと同様右方向と左方向からナイフが1本ずつ飛んできた。


「同じ手は喰わねぇよ!」


さっきと同じ軌道なので、2人とも華麗に避けた。


しかしリザード達は間髪入れず、今度はもう片方の手に持っていたナイフをブーメランした。


「な!?」


再び2本のナイフが今度は互いに逆方向から襲ってきた。


やや時間差はあるものの、合計で4本のナイフブーメランの攻撃、全部躱すのはかなり厳しい。


「こんなところで喰らうのはごめんよ。」


木暮は身のこなしがいいのか、はたまた重い鎧を着けていないだけなのか、その2本とも鮮やかに躱した。


自分はなんて運動神経がいいんだろうと、少しだけ木暮の感情も高ぶった。


しかしその感情の高ぶりも、徳永の声が耳に入ったことで止まった。


「ぐわ!」


徳永もさっきと同様しゃがんで躱そうとした。


しかし高度を見誤ったのか、左から来たナイフの1本が徳永の右腿をかすった。


その瞬間、若干の血飛沫が飛び、ダメージを喰らったと認識した。


「徳永さん!」


木暮が叫んだ。


防具を着けていたこともあり致命傷には至らないが、それでも徳永には痛みを感じた。


「い、痛い!?」


ゲームの世界でも痛みを感じることに、改めて驚いた。


そもそも召喚されて、一度もダメージを喰らっていなかったことに気づく。


そして血まで出たことで、徳永の緊張感と恐怖が増した。


「マジか。これ、俺の血?」


「しっかりして、まだ終わってないよ!」


パープルリザードの両手にナイフが戻った。


合計で4本のナイフ、またさっきと同じ攻撃をされたら、たまったもんじゃない。


そして長い舌を揺らしながら、再び投擲の構えを見せた。


「まずい!」


しかし次の瞬間、物凄い勢いでリザードの背後が燃え上がった。


「「ギギャアアアアア!!」」


2体のリザードの叫び声が響き、2体とも倒れた。


今確かにリザードの背後から大きな赤い炎が燃え上がったのを、2人とも確認した。


「い、今のは?」


「炎だ。」


炎攻撃でリザードが倒れた。


正確にはリザードの背後から炎をぶつけて攻撃したのだろう。


徳永はここでパープルリザードの弱点は炎だと思い出した。


つまりこの炎でお陀仏になっているのは間違いない。


いずれにしろスキルレベルがまだ低い内から、こんな芸当が可能な職業は一つしかいない。


「あれは?」


「まさか?」


倒れたリザードの遥か後方に人影が見えた。


その人影はそこまで背は高くない。


まるでファンタジー世界に登場する、賢者が着るかのような紺色のローブを身にまとっており、右手には杖を持っていた。


2人とも誰が助けてくれたのか、ハッキリと理解した。


「「魔法使い!」」



魔法使いは眼鏡をかけている男性だ。


髪の色は黒、やや長髪で、いかにもイケメンインテリ風な顔だちをしている。


また下半身は紺色のズボンに茶色いブーツを着ており、かなりスラっとした体型に見える。


『七つの魔神石』を何度もプレイしている徳永と木暮も、この外見は間違いなく魔法使いだと再認識した。


魔法使いは2人のもとに小走りで駆け寄り、声をかけた。


「大丈夫ですか?」


2人の身の安全を最優先で確認するあたり、見た目通り人間がちゃんとできている人だと伺える。


「大丈夫です。本当にありがとうございます。」


「いやぁ、マジで助かりました。」


徳永も木暮も感謝してもしきれない。


特に徳永は、木暮に続いてこれで他人に助けてもらうのは、この世界に召喚されて早くも2度目になる。


なんというかいつも自分は助けられる側になっているようで、少し申し訳ない気持ちにもなった。


「怪我してるじゃないですか!」


「え?」


その言葉を聞いて徳永もハッと気が付いた。


先ほどの戦闘で、右の腿をナイフでかすって、血が出ていたのを魔法使いは確認した。


徳永も魔法使いと会えたことで、しばらく痛みを忘れていた。


「いや大丈夫ですよ、このくらい。」


「そんなこと言わないで、私回復使えますから。」


「あぁ、そうか。さすが魔法使いさん。」


魔法使いの最大の特権は、さっき繰り出した炎の魔法攻撃だけでなく、回復魔法も使えるという点だ。


全部で7つの職業が用意されているが、非戦闘時でも回復魔法を味方全員にかけられるのは本当に心強い。


魔法使いはしゃがんで徳永の右の太腿に、手を当てて深く念じた。


すると、魔法使いの手の平から淡い光が出てきた。


次第に徳永の腿に出来た傷が塞がっていき、出血も止まった。


「す、凄えぇ!」


「本当に回復してる!」


徳永も木暮も回復魔法を目の当たりにするのは初めてだ。


ファンタジー世界を舞台にした映画で目にする程度だったが、実際に経験し、そして自分の体で試されるだなんて徳永は夢にも思わなかった。


もちろん今いるのはあくまでゲーム世界だ。


今の回復魔法の発光のエフェクトも、プログラムで精巧に作られた現象に過ぎない。


それでもまるで超常現象を初めて見る人のように、徳永と木暮は感動した。


「もうこれで大丈夫です。」


魔法使いが手を当てていたのは、5秒くらいだったろうか。


すっかり徳永の傷は癒えた、リザードを倒してくれた上に、傷まで治しくれた。


今までの人生で、これほど人に感謝の気持ちを抱いたことはなかったかもしれない。


徳永はその魔法使いにありったけの感謝の気持ちをぶつけた。


「ほ、本当に…マジで大感謝です!」


「い、いやぁ、そんな大袈裟に言わなくても。回復とサポートは魔法使いの専門ですから。それにここはゲームの世界じゃないですか。」


その言葉を聞いて木暮は、またさっきと同じことが頭に浮かんだ。


「え、今の言葉…」


「どうかしました?」


「今、『ゲームの世界』って言いましたよね?」


「えぇ、言いましたけど。」


「もしかして、あなたもなんですか?」


「何がです?」


「いや、だから。あなたも召喚されたのかってことですよ。」


「あぁ、やっぱり。そうでしたか…」


ここで徳永も木暮もこの魔法使いが自分達と同じ、このゲーム世界に召喚された人間だと認識した。


そして魔法使いも目の前の2人が、自分と同じ立場だということを理解した。


「日本人ですよね?」


「えぇ、もちろん。宍戸武といいます。」


「宍戸さんですね。自分は徳永といいます。よろしくお願いします。」


「わたしは木暮綾子です、よろしく。」


「いやぁ、まさかとは思っていましたが、やはりあなた達もだったんですね。」


「え?」


その魔法使いの言葉に、徳永と木暮はある期待を寄せた。


「あなた達もってことは?」


「ひょっとすると…」


「えぇ、実はあなた達以外の日本人に既に会っているんです。」

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