第8話 トカゲの猛襲

「確かにこのあたりのはずだけど。」


森へ入り、2人は再度音の鳴った位置を確認した。


すると、またもや大きな雷鳴が轟いた。


「え?また?」


「いや、今度はかなり近い!」


魔法使いはかなり近くにいるはず。


そう直感した徳永だが、前方にある木々から妙なものが落ちてきた音がした。


「今、なんか落ちた?」


「え?何が?」


「前方の木。何かが空から降ってきたような…」


徳永の推理は当たっていた。


徳永はその前方の木に向かっていき、上を向くと確かに何かが枝に引っ掛かっていた。


何だろうかと思い、足で木の幹を蹴って揺らすと、何やら鳥のような生き物が落ちてきた。


「こ、こいつは?」


「ニードルプテラ?」


2人ともやはりその生き物は何度も目にしていた。


咄嗟にモンスター名が飛び出した木暮は、こいつにしょっちゅう苦戦していた。


「針飛ばしてくる奴でしょ。本当にしつこいんだから。」


ニードルプテラはこのゲームに登場するお馴染みの雑魚モンスター、荒くれオークと強さ的には同じで、やはり序盤で登場することが多い。


見た目は名前の通り、翼竜のプテラノドンにそっくりだ。


最大の特徴は、“針”を意味する英語の“ニードル”がくっついていることから、尻尾の先端から針を飛ばしてくる攻撃をしてくる。


そのニードルプテラが、どういうわけか空から降ってきた。


その答えをすぐに木暮が発見した。


「見て!煙が出てる。」


「煙?」


「ほら、ここに焦げ目があるでしょ。きっとさっきの雷に打たれた跡よ。」


「本当だ。ってことは、こいつと戦ってたのか。」


「こいつ雷弱点だから。まぁこうなるよね。」


と、言いかけた瞬間、ニードルプテラから不思議な光の靄が出た。


「うわぁ!な、何だ?」


「安心して。モンスターが消える時のエフェクトよ。」


「エフェクト?」


「もう、あなたRPG何度もやってるんでしょ?倒したモンスターはどうなんの?」


「あぁ、そういうことか。」


そう言われて、徳永もハッとした。


『七つの魔神石』に限らず、ほかのRPGでもそうだが基本的に倒したモンスターの死体はその場にとどまることはない。


倒した直後しばらくして、そのモンスターの体から光の靄が出現し、消えていく。


ほとんどのRPGではお馴染みの演出だ。


それを実際に目の前で垣間見たのは、徳永は初めてだった。


現実の世界ではありえないことで、一体どんなマジックを披露したのだろうと不思議に思う現象だが、これがゲームの世界なら納得がいく。


しかし2人が探しているのは、もちろんモンスターではない。


「でも肝心の魔法使いはどこなんだ?」


そう言いかけて、再度周囲を見渡そうとした時だった。


「伏せて!」


「え?」


木暮が叫んだ。


咄嗟に徳永の顔を覆い隠すように木暮が手を頭の上に置き、2人ともしゃがんだ。


徳永はしりもちをついて、女性が自分の目の前を覆い被さるようになっているのを認識すると、胸がドキドキした。


こんなシチュエーションを味わったのは、徳永の人生ではもう10年以上もない。


だがそのドキドキはすぐ緊張と恐怖に変わった。


グサッ!!


何かが木の幹に刺さった音がした。


木の方を見ると、なんと鋭利な刃物が刺さっていた。


「パープルリザードよ。」


「な、何だって?」


後ろを振り返ると、紫色をした不気味なモンスターが立っていた。


パープルリザード、木暮のその言葉を聞くと、徳永も少し鳥肌が立った。


何といっても序盤に登場する雑魚モンスターでは、最強候補の一角に数えられている。


よく見ると、体全体が紫色だが、長い尻尾に全身は鱗、口からは長い舌を出し、簡素な鎧まで着ている。


そして顔は爬虫類のトカゲ、いやトカゲというより恐竜に近い。


恐竜独特の縦長の瞳が不気味に光り、かつ血走っており殺気が嫌というほど漲っている。


まさに獰猛なトカゲ戦士だ。


徳永も木暮もよく見慣れたモンスターだ。しかしその体の大きさと見た目で、完全に恐竜と錯覚するほどだった。


そして2人が態勢を戻す前に、パープルリザードは左手に持っていたもう一本のナイフを、円状に投げた。


しかし意外なことにスピードは遅く、2人ともそのナイフは問題なく躱した。


「よし、これで奴は空手!」


そう判断した徳永だったが、どうやらコイツはそうはいかなった。


なんと投げたナイフが自分の左手に戻ってきた。


もはや完全にブーメランだ。


「そうだった、こいつのナイフ、戻るんだったな。」


さらにそれだけではない。


さっき木に刺さったナイフも、そのリザードの右手に戻ってきた。


ナイフがまるで意思を持ったかのような動きをしている。


リザードがその2本のナイフを操っているとも見て取れる。


徳永が最初に倒したハウリングオークとは違って、こっちは何も考えず武器を投げたわけじゃなかった。


2本のナイフを自在に操る、それがパープルリザードの戦闘スタイルだ。


接近戦では忍者のように2本のナイフを自在に操り、さらに遠くから攻撃すればさっきのようにナイフを投げてくる。


近接攻撃と遠距離攻撃の2つを併せ持つ、パープルリザードが序盤に登場するモンスターで最も厄介扱いされるのも頷ける。


「こっちはハウリングオークをソロで倒したんだ。こんな奴敵じゃねぇよ。」


徳永は最初にハウリングオークを倒したことを、今一度思い出した。


あの時の強敵に比べれば、今目の前で戦っているのは、あくまで雑魚だ。


そして女子の前で格好悪い姿なんか見せられないと、男子なら考えるような意地を張った。


そう判断して剣を抜き、今度は迷いなくリザードに向かって突進し、剣を振りかぶった。


「どぉおりぁあああ!」


バシュッ!!


「グォオオオ!」


リザードの鎧が覆われていない胸の上部を切り裂いて、一撃で倒した。


(や、やっぱり俺って強いな。)


徳永は改めて内心そう感じた。


パープルリザードが目の前に出てきて、倒せるのかと一瞬思ったりしたが、どうやら完全に杞憂だった。


最初は中ボス、そして今度は雑魚モンスターでも強い部類に入るパープルリザードを倒した、こうなると自惚れないほうがおかしい。


「お見事!」


「いや、まあ…」


木暮が褒めると徳永も少し照れ臭かった。


しかしそんな勝利の余韻も感じる間はなかった。


「シャアアアアア!!」


突然森から変な影がいくつも飛び出した。


今度は数が多く、3体同時に出てきたのだが、なんと全部パープルリザードだった。


「う、嘘でしょ!?」


「ちょ、数が多いって!」


あまりにも突然の登場に、2人とも動揺した。


どうやらこの近辺はパープルリザードの縄張りだったらしい。


「数が多いなら、アレで一網打尽よ。」


木暮は相手が集団で登場して、これ幸いと思ったのかさっき徳永の前で見せた特殊技を披露しようとした。


3体のパープルリザードは密集している、まさにアローレインを撃つには絶好のチャンスだ。


しかし、木暮が弓を上方に構えて、矢を放つ直前で大事なことに気づいた。


「あぁ、しまった!」


「どうした?」


「さっきのアローレインは2発目なの。」


「それがどうしたのさ?」


「だから、SPが足りないの!」


「SP?」


木暮の言葉に徳永もやっと大事なことに気づく。


このゲームは無限に特殊技を撃てるわけがない。


特殊技を撃つには、キャラクターごとに設定されたSP(スキルポイント)という数値を消費する必要がある。


「そうかアローレインの消費量は5、まだスキルレベル1だから…」


徳永も頭の中で計算した。


小学生でもできる計算で、単純な話、スキルレベルが1の時の上限SP量は弓使いは10と設定されている。


特殊技のアローレインの1回の消費量は5だから、2発撃ったということは消費量10。


つまり木暮の残存SPは今ゼロということであり、これではアローレインを撃てない。


「一体ずつ倒すしかないか。」


木暮がそう言って、弓の持ち方を通常の攻撃動作に切り替えた。


しかしその瞬間、徳永も特殊技のことが脳裏によぎった。


徳永の脳裏をよぎった特殊技、それはさっきの荒くれオークとの戦いで出そうとした烈風剣だ。


(アローレインが使えないなら、今こそ烈風剣のチャンスだ。)


そう決心して剣を両手で構えたものの、徳永はためらった。


さっき2回も発動しようとして、2回とも失敗した、また同じことになりそうだと不安で仕方なかった。


(もしかしてSP不足だったのか?)


徳永の脳裏に次にうかんだのは、木暮の発したヒントだった。


ここから徳永がしばらく考え込む。木暮が必死にパープルリザードに対して弓矢で交戦しているが、その音すら聞こえてこなくなった。


(自分もあの時SP不足だったのかもしれない。

それなら烈風剣が使えなかったのも無理はない。

だがそうなると、いつどこでSPを消費した?

もしかして、最初のハウリングオーク戦?

確かに考えてみれば、あの中ボスを一撃で倒すだなんてちょっと出来すぎかも。

てことは、やっぱり何らかの技があの時発動していたのか?

だけどスキルレベルまだ1だろ?

ほかに何の技もないはずだ。

剣士の新しい技はレベル3で覚える、十字破斬…)


そこまで思考したところで、木暮の声が耳に届いた。

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