第5話 勝利の雄叫び

「うわぁああ!?」


徳永は立ち止った。


一体目の前に何が落ちてきたのか、危うく自分の頭上に落ちるところだったが、よく見るとそれはさっきオークが持っていた棍棒そっくりだ。


「え、まさか?」


振り返ると、さっきのハウリングオークの右手に棍棒がない。


まるで槍投げの選手が投擲を終えた直後のポーズをとっていた。


つまり自分が持っていた棍棒を、徳永めがけて投げたのだろう。


いや徳永めがけてではなく、逃がさないようわざとその前に落としたのだろうか。


どちらにしろ今の行動で、完全に徳永は腰が抜けた。


「こ、こんな攻撃してこなったぞ!?」


徳永は何度もこのゲームをプレイしているので、ハウリングオークの行動は知り尽くしている。


たまに足払いをしたり、さっきのように吠える行動をするくらいで、基本的に物理攻撃で殴るしかほぼ能がないような相手だ。


もちろん戦わないで逃げることも何回もあるが、それでも棍棒を投げる動作なんてしてこなかった。


もしそんな動作してきたら、逃げるなんて選択をしない。


ハウリングオークが今までやってこなかった棍棒の投擲という攻撃を行った。


こればかりは完全に予想外な出来事だ。


しかもそれだけではない。


呆気にとられ動けなくなった徳永めがけて、オークは歩いて向かってきた。


あの巨大な図体がグングンと近づいてくる。


「逃げても無駄だ。」と言わしめんばかりのオークの気迫が伺える。


「や、やっぱり。やるしかないのか?」


考えてみれば、今オークは完全に空手。


武器を持っていないので、今からでも逃げればいい、そうすれば今度こそ確実に振り切れる。


しかし武器を持っていないからこそ、倒せるチャンスでもある。


逃げられるチャンスでもあるが、同時に倒しやすくなったチャンスでもある。


オーク自身は頭がいいのか悪いのかわからないが、自ら隙を作ってくれたのだ。


(この空手のオークを倒さないでどうするんだ?)


徳永はそう考え、今度こそ倒してやると意気込んだ。


(武器を持っていない今こそチャンスだ。


逆に言えば、空手のモンスターすら倒せない剣士キャラでどうする?


そんな剣士なんか剣士じゃない、役立たずの臆病者だ。


それに今の俺は現実の俺とは違う。


別人の体になっている、体のキレだって凄いはずだ。


さっきこの距離を全力疾走したが、こんな重い鎧背負っても、あれほど速く走れたのは、間違いなく身体能力が格段に上がっている証拠だ。


絶対に倒せるはずだ。


ゲームの世界だってことを忘れるな。


自分を信じて、今こそ剣を抜け!)


徳永の心の中の何かが吹っ切れた。


さっきまでの足の震えは完全に止まり、右手で再び剣のグリップの部分を握り、思い切って剣を抜いた。


この世界に召喚されて初めて剣を抜いた瞬間だ。


両手で剣のグリップを握りしめ、徳永は自分が紛れもなくRPGの剣士になったんだと改めて実感した。


そして歩いて向かってきていたオークも立ち止った。


ちょうど徳永との距離は10mほど空いていたが、徳永が剣を握りしめたのを目にして、足を広げ戦闘態勢に入った。


オークの武器は、徳永の背後にある巨大な棍棒だけだ。


その棍棒がなくなったオークだが、頼りになるのは自分の肉体だけ。


もちろんそれでも相手はこのゲームの中ボス、油断はしてはならない。


「来るなら来い!」


徳永もそれは十分承知だ。


しかもさっきは予想もしていなかった、棍棒を投げるという攻撃までしてきた。


今後もまた違った攻撃をしてくる可能性はある、と徳永は推測した。


すると次の瞬間。


ドォオオオン!


突然オークは地面に自分の拳を叩きつけた。


「うぁああ!?」


とてつもない怪力なのか、叩きつけた衝撃で地面が大きく揺れた。


「な、なんてやつだ。」


徳永が不意を突かれ、態勢を崩した瞬間をオークは逃さなかった。


一瞬だが下を向いた徳永だったが、目線を再度オークに移すと、オークが全速力でこっちに向かってきていた。


「うわぁああ!?」


オークがさっき地面に叩きつけた右の拳を、今度は徳永めがけて叩きつけようとした。


さっきの一撃を今度は徳永に浴びせるつもりだ。


「くっそぉおおお!どうにでもなれぇええ!!」


徳永は考えている間もなかった。


半ばやけくそ気味ではあったが、オークの脇腹めがけて突進し、剣を思いっきり振りかぶった。


バシュッ!!



目を開けると徳永の目の前には、オークの姿はいなかった。


手ごたえは感じた。


自分でも無我夢中で剣を振ったが、確かにオークの脇腹を斬った感触はあった。


一撃で仕留めたかはわからない、ただダメージを与えたのは間違いないだろう。


その証拠に剣の矛先は、オークの血と思われる赤い色の液体がこびりついていた。


ドスン!


何かが倒れた音が背後でした。


振り返ると、オークが横たわっていた。


そして右の脇腹部分をよく見ると、やはり自分が剣で斬った傷跡がはっきり確認でき、そこから大量の血が流れていた。


さらにさっきから炎でどこかが焼かれたのだろうか、焦げた臭いがずっとしていたが、傷跡の周辺がやや焦げて見える。


「炎でも出たのか?」


だがそんなことよりも、さらに気掛かりなのはオークを倒したかどうかがだ。


オークはピクリとも動かない。


「た、倒したのか?しかも一撃?」


傷跡部分をよく見ると、普通の人間なら確実に内臓はいくつか出ているレベルで深い。


ただゲームの中のモンスターということで、内臓までは確認できないが、明らかに自分でもそこまで深く斬ったという感触ではなかった。


「こ、これが俺の力!?」


しかも何より驚いたのは、自分とオークとの距離が離れすぎていることだ。


「ど、どこまで突進したんだ!?」


実際に距離を目で測ってみると、今の自分とオークとの距離は5mくらいはある。


剣で攻撃した瞬間は目をつむっていたのでわからなかったが、それでもあの一瞬の間にしては、離れすぎだ。


自分でも予想しない動き方だったのだろう。


戦闘能力は格段に上がっている。


瞬発力も段違いだ。


あの中ボスのオークを一発で倒したのだ、しかも一人で。


「お、俺ってやっぱり勇者!?」


改めて自分の強さに感動した。


ゲームの中の世界とは言え、巨大なモンスターを一撃で倒したのだ。


これが勇者でなくてなんになるというのか。


「凄えぇ、マジで信じらんねぇ!」


今度は武者震いが止まらなくなった。


今まで仲間キャラがいない寂しさと不安でいっぱいだったが、そんな感情はもう吹っ飛んだ。


「これなら勝てるぞ、どんな敵が来ても!来るなら来い!!」


喜びが止まらなくなり、自信に満ち溢れた徳永は思わず叫んだ。


するとその叫び声に呼応するかのように、今度は謎の足音がいくつも重なって遠くから聞こえてきた。

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