第4話 緑の怪物

その時だった。


ズドン!!


とてつもない轟音とともに、地面が揺れた。


音のした方を振り返ってみると、なんと太さが木の幹くらいはある緑色の腕と、これまた馬鹿でかい棍棒が目に入った。


そして次の瞬間、背後にあった巨大な岩と岩の端の方に立っていた木々の間から、2本の角の生えた巨大な人のような顔が現れた。


やはり顔の色も腕と同じく緑色で、背丈は隣に立っていた木とほぼ変わらない。


よく見ると人のように見えた顔も、どことなくごつく、耳の形も尖っている。


「え!?」


徳永が心の整理をする間もなく、その巨大な生き物はさらに一歩前に出て、今度は全身の姿を露わにした。


外見上はただの馬鹿でかい人間に見えなくもないが、全身緑色の肌をしており、上半身は裸、腰巻とブーツを着ており、腕と足は筋肉隆々でやはり木の幹並みに太い。


腰巻には自分は王者だと強調したいのか、プロレスでお馴染みのチャンピオンベルトのようなものまで巻かれている。


そして徳永は、そのベルトと顔の頭上に生えていた2本の角を改めて確認し、その生き物の正体を突き止めた。


「ハ、ハウリングオーク!?」


そこに現れたのは、徳永がゲーム中何度も目にしたハウリングオークの姿だ。


フィールド内の特定の場所にランダムで登場する非常に厄介な中ボス的存在で、徳永も何度も戦ったことがある。


もちろん戦ったといっても、スマホ上での話だが、徳永はここである大事なことを思い出した。


「そうか!アクセサリーを拾ったってことは?」


ハウリングオークの出現場所はほぼ決まっている。


大抵フィールドの通常コースから外れた位置に、落ちているドロップアイテムを拾った次の瞬間、待ち伏せしていたかのように出現してくる。


いわゆる初見プレイヤー泣かせの罠だ。


徳永がさっきブレスレットを拾った岩場も、その一つだった。


まさにハウリングオーク出現にはうってつけの場所だ。


「くそっ!なんでこんな大事なこと忘れてたんだ!」


初めてゲーム世界に召喚された上に、さらに他の仲間キャラがいないことで不安と緊張でいっぱいになっていた。


そんな自分の前に、落ちてあったアクセサリーはまさに一縷の希望の灯だった。


トラップがあるかもと考えている余裕なんかない。


徳永はそう自分に言い聞かせ納得させた、昔から早とちりする癖はあったが、そんな自分を嘲笑うかのように一難訪れた。


さっき地面に叩きつけた巨大な棍棒を再び持ち上げ、オークはさらに一歩前に踏み出して、徳永と面と向かい合った。


面と向かい合うと、さらに大きく感じた。


現実の世界で、2,3m級の化け物と遭遇したことなんて、もちろんあるわけない。


昔動物園で間近でキリンを見たことはあったが、それと比較しても意味ない。


ファンタジー世界の人型の化け物は、動物園で飼育されている動物なんかとは次元が違うのだ。


そしてオークは何を思ったのか、次の瞬間空を見上げ、口を開けた。


「うぉおおおおおおおおおおおおお!!」


とてつもなく大きな咆哮だ。声というよりまるで怒号に近く、地面が割れそうな響き方だ。


あまりの大きさに徳永は耳を塞いだ。


「くぅっ!?そういえばこいつ吠えるんだったな。」


このハウリングオークはハウリング(日本語で「吠える」という意味)という名の通り、狼のような遠吠えを出すのが特徴だ。


必ず戦闘開始直後にこの動作をする。これは即ち、このオークとの戦闘が始まったことを意味する合図のような役割も担う。


「お、落ち着け。これはゲームの世界なんだ。」


徳永は何とか冷静を保とうとするも、目の前にいるオークと目が合って機敏に動ける自信がない。


足がガクガク震えて、腰の剣に手を当てたまま戦闘態勢には入っているが、剣を抜く勇気もない。


他の仲間キャラがいないときにモンスターと遭遇してしまうという、徳永が最も恐れていた事態が今起こっている。


しかも目の前にいるのは、普通のモンスターではない。


この『七つの魔神石』というゲームで、最もよく見かける中ボスのハウリングオークだ。


いつもなら片手でスマホをタップして、気軽に倒していた。


多少苦戦することはあっても、特殊技を駆使すれば何とか倒せる相手なのだ。


しかし今はゲームの中の世界で、本物と向かい合っている。


いや本物と表現していいのかはわからないが、自分よりも体が大きく鬼のような形相で睨みつけるオークの顔を見ると、並々ならぬ臨場感と恐怖を感じる。


なおかつ右手の巨大な棍棒を叩きつけたあの地響きの感じからして、あの棍棒で攻撃されたら一たまりもないだろう。


「待てよ。無理して戦う必要ないじゃないか?」


徳永が考えた選択、それは“逃走”だ。


考えてみれば、アクセサリーは既に拾ったのだ。


取るべきものは取った、あとはさっさとずらかろう。


ゲーム内でもよくやる行動だ。


無理して戦わずとも、ステージのクリア自体には支障はない。


もちろんそれでも無理して戦って倒せば、経験値が稼げるし、運よくアイテムをドロップもしてくれる。


が、今はそんなこと言っている状況じゃない。


何しろこのゲーム内の世界に初めて召喚されたばかりで、全くモンスターと戦っていない。


それどころかほかに仲間キャラもいない。


単独でどうやって中ボスであるハウリングオークを倒せといいのか?


徳永はやはり今起こすべき最善の選択は、逃げることだと結論づけた。


さっきまでの戦闘態勢と一転して、徳永は足がガクガク震えながらも、オークに背を向け一目散に逃げた。


「だぁあああああ!!」


これまでの人生で全力疾走した経験は、高校の体育祭の短距離走と、学校の肝試し大会で本物の幽霊かと思った同級生から全速力で逃げたことだけだった。


全身に重い鎧を身に着けていたが、そんな鎧の重さなども気にもとめなかった。


それどころか、現実世界の自分だったら信じられないほどのスピードを実感した。


「は、速くね、俺!?」


思わず自分の足の速さに驚いたが、それ以上に今はオークから完全に逃げることが先決だった。


とにかくありったけの力を振り絞って全速力で逃げた。


しかし、ものの50mほど走った直後、目の前に巨大な物体が落ちて地面が揺れた。

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