第3話 ドロップアイテム
何やら大きな歪な形をした灰色の物体が遠くの方に転がっていた。
徳永はやっと休憩ができる、もしくは何かのフラグが立つかもしれない、というゲーム脳ならではの期待を胸にひめ、小走りになりその物体の方に近づいて行った。
近づくと、その物体がやはり大きな岩石だということに気が付く。
サイズとしては徳永の背丈の3倍近くはある。
それだけはなく、その岩を中心に小さな岩石もゴロゴロ転がっており、大きな岩の右端の方には数本の木が生えていた。
「とにもかくにもあそこで一息付ける。」
本当は一息つかず、早く召喚地点に行かないといけないのだが、何しろ20分近く重い鎧を着たまま歩きっぱなしで、正直疲れが溜まっていた。
「ゲームの世界でも疲れって溜まるもんなんだな。」
徳永はそう呟きながら、近くにあった岩に腰かけた。
しかし疲れたとは言っても、足が棒になるほどクタクタというわけではない。
今自分が身に着けているのは間違いなく重いはず、それこそ盾と剣も含めて全部外して重さを量ったら20kgは超えそうだ。
つまり、子供1人分を常に抱えた状態で移動していたことになる。
重装備にもかかわらず、それほどの疲れに感じないというのは、恐らく自分が別人の体になっているからだろう。
さっき水面で確認した自分の体と顔は、いかにも勇敢な豪傑という感じで、きりっとした男前風の顔の裏側には、幾多の修羅場をかいくぐってきた実績が窺える。
他に人間もいないし、定規とかないので正確な寸法は測れないが、身長も180cm以上はありそうだ。
これが現実の自分の体だったら、もうこの時点でヘトヘトになっていたはず。
「そういえば、俺以外のキャラはいないのかな?」
もう一つ徳永がここで気になったのは、やはり自分以外のキャラクターの存在だ。
このゲームは剣士と弓使い、魔法使い、武闘家、斧使い、槍使い、そして魔物召喚士、という7つの職業を持ったキャラクターでパーティーを組んで挑戦する流れになっており、自分以外にも6人のキャラがどこかにいるはずなのだ。
ゲーム開始後、すなわちこのフィールドに召喚された直後に、キャラクターは7人全員揃った状態でスタートする。
そう考えるとドーム型の建物に行けば、自分以外の6人のキャラクターが待ち構えているのかもしれない。
しかし一方で、いつまでたっても剣士が召喚されないでいると、残りの6人でゲームスタートするのではないか、そんな懸念も浮かんでくる。
あるいは、自分が別の場所に召喚されたように、ほかの6人も別々の場所に召喚された可能性も捨てきれない。
徳永は後者の考えが高いと踏んだ、自分だけが仲間外れになりたくはなかったからだ。
「ほかの6人も別々の場所に召喚されたとしたら、召喚地点に行ってもしょうがないかもな。」
重い鎧を背負って長時間歩いたのに、他の仲間が一人もいなかったらと思うとゾッとする。
「とにかく誰か一人でも見つけないと。もしこの状態でモンスターなんかと遭遇したら…」
徳永の不安はいっそう増した。
一番恐れているのは、ぼっちの状態でモンスターと対峙することだ。
このゲームではフィールドのあちこちでモンスターと遭遇する。
「ゲームの世界に入り込んだこと自体初めての体験なのに、その上モンスターと戦うだなんて一体どうしろっていうんだよ。」
このゲームに登場するのは総じてキャラクターと背丈がほぼ同じか、それ以上を誇るサイズのモンスターが多い。
道中で遭遇するのは、ファンタジー世界のRPGでは定番なオークやゴブリンなどはもちろんのこと、現実の世界でも存在する肉食動物(狼やワニ、猛禽類)などもより狂暴化して登場してくる。
現実の世界では、虫1匹でも怖がるくらいのビビりなので、自分の背丈よりもでかい生き物が目の前に出てきたら、失神する自信はある。
そうならないためにも、一刻も早く他の仲間を見つけなければいけない。
徳永は座ってずっと考え込んでいた。
岩に座ってから10分くらいは経過したが、召喚地点に行くべきか、ほかの仲間を探すべきなのか、どっちがいいかずっと悩んだ。
これまでの人生で、これほど頭を巡らせて真剣に悩んだ経験をしたのは、ここ数年の間で恐らくない。
「あれ、いつの間にか『考える人』のモノマネしてる?」
徳永はここで自分が、完全に顎を頬杖をついていたことに気づき、思わず笑ってしまった。
悩みすぎた挙句、いったん頭をリフレッシュさせるため、徳永は深呼吸をした。
そして立ち上がり伸びをしたあと、自分の周囲を改めて見回すと、徳永はあることを思いついた。
「待てよ。この岩に登れば…」
自分の背後には巨大な岩がある。
改めてみると、その巨大な岩は徳永の背丈の2倍以上はある。
最初に徳永が召喚された丘と、高さ的にはほぼ同じだ。
「もう一度高いところから周囲を見渡してみるか。そうすれば何か見つかるかも。」
徳永はそう決心して、その岩によじ登ろうとした。
しかしいくらなんでも高すぎて、大ジャンプしても手が届きそうにもない。
それ以前に手を掛けられそうな割れ目や切れ目もない、ロッククライミングを極めたアスリートでも恐らく不可能だ。
本当に真っ平なきれいな形状をした岩だ。
「届かない。となるとほかの方法は。」
徳永が次に目をつけたのは、周囲に転がっている大小さまざまな岩だ。
巨大な岩石の周囲に、7つか8つほど転がっているが、その岩に上って大ジャンプすればかろうじて届くかもしれない。
「おっ?あの岩ならいけそうかも?」
徳永は、自分と背丈がほぼ同じ大きさの岩を見つけ、それに近づいてみた。
周囲に転がっている岩の中では最も大きくて足場には最適、この上からならなんとか届きそうだ。
その時だ。
岩のやや2mほど手前まで来て、徳永はその岩の真下辺りにキラリと何かが光って見えた。
「ん?なんだあれ?」
最初はただ小石が太陽の光に反射しただけだと思ったが、近づくとその光っている物体が、細長い金属でできた輪のような形になっていることに気づく。
「こ、これはもしかして!?」
徳永はハッと気づいた。
この感覚は前にも見覚えがあった。
輪のような形になっている金属は、自分の体のある部位にぴったりなサイズに収まりそうだ。
徳永は恐る恐る手を伸ばして、その物体を拾ってみた。
そしてそれをまじまじと見つめ、徳永はこれまでの人生で見てきた物の中で、その金属が紛れもなくアクセサリーの一種であると確信した。
「や、やっぱり。これは、ブレスレット!」
ブレスレットとは手首にはめる装身具の一つ、現代社会にもおしゃれアイテムとして普通に存在するが、このゲームでは攻略の手助けとなるアクセサリーの一種だ。
「初のドロップアイテム入手!これはマジで神からの思し召しだ!!」
これはドロップアイテムに違いない。徳永は嬉しさのあまり叫んでしまった。
ドロップアイテムといって、このゲームではフィールド上のあちこちのポイントにアイテムが隠されている。
ブレスレットが落ちていたこの岩場もその一つだ。
過去の実際のゲームプレイ中でも、岩場でアクセサリーを拾った経験のある徳永だったが、その時の記憶が頭をよぎり、よもやと思ったがまさにその通りだった。
「だけど拾ったのはいいものの、問題なのは性能だな。」
徳永は拾ったそのブレスレットをまじまじと見つめ、さっそく手袋を外し自分の手首に直にはめてみた。
するとそのブレスレットは驚くほどピッタリとはまり、気のせいか自分の体がさっきよりもリフレッシュし、より自分が強くなった実感がした。
「うぉおお、これって当たりじゃね!?ステータスとか確認できないかな?」
拾ったアクセサリーをさっそく装備するのは、このゲームではお決まりのプレイだ。
しかし、問題となるのはそのキャラの強さを引き延ばしてくれるかどうかだ。
この『七つの魔神石』というゲームは、ほかのRPG同様に、より強く、より性能がよい武器とアクセサリーを装備して挑むことが攻略の鍵となる。
特にアクセサリーについては、今回のようにフィールド内に落ちていることは珍しくなく、中には自分が今装備しているものよりも、さらに強い性能を誇る同系統のものが落ちていたりする。
具体的にはキャラのステータスを10~20%程度伸ばしてくれたり、新たな特殊効果を付与してくれたり、その内容はランダムで決まるが、これだけで攻略の難易度が大きく変わってくる。
(逆に弱い装備品は基本無価値となることが多く、ショップに行って売り、ゲーム内通貨であるG(ゴールド)に置き換えられることがほとんどである。)
徳永もそのことは重々承知だったので、やはり自分の今の強さの状態が気になる。
一体今どれだけの強さになっているのか。
普通にスマホで遊んでいた時は、英語で「status(ステータス)」と記されたアイコンがあるので、そこをタップすれば簡単に確認できた。
が、今はそんなものはない。
「まぁ、そんな都合よくいかないよなぁ。何もないよりかは、あったほうがまし。それにこんな辺鄙な場所に落ちてあるということは、きっと有能に違いない。」
この世界に召喚されてずっと一人で心細かったが、ここに来て一条の希望の光が自分のもとに降り注いだのを感じる。
徳永は喜びに浸っていたが、本来の自分の目的を忘れたわけではない。
「あとはこれで仲間さえ揃ってくれれば…」
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