第2話 矢印の方向へ
昔からゲームが好きだったということもあって、一度はこういう体験を夢でもいいからしてみたかった、というのが本音にあった。
しかしそう決心したのはいいものの、次に徳永を悩ませた懸念事項は“場所”だ。
「ていうか、マジでここどこだ?」
仮にここが『七つの魔神石』のフィールドだとしたら、今いる場所とさっき立っていた丘の上は全く見覚えがない。
『七つの魔神石』はオープニングが終わって、ゲーム開始ボタンを押すと、まず操作するキャラクターの職業をどれにするか選ぶことになる。
そして職業を選択した後はプレイヤー独自の名前をつけ、ほかに6人の仲間キャラクターと一緒に同じ場所に召喚され、ゲームが開始する。
その最初に召喚される場所は、丸いドーム型の建物で、その内部の中心には円形の魔法陣が描かれている。
そこから外に出れば、細い砂利道があるので、そこを道なりに進んでいけば、迷うことなく目的地に着ける、ということになっているが、徳永はそう考えると、ますます不安が大きくなった。
「そもそも自分が最初にいた場所が違うじゃないか!」
つまりスタート地点からして大きくずれているということであり、今自分が向かうべき場所はその魔法陣が描かれた丸いドーム型の建物になる。
「いつまでもここにいても仕方ないな。」
徳永はあれやこれや考えても仕方ないと割り切って、立ち上がり、とにかく前に進むことにした。
しかし立ってみたのはいいものの、どの方向へ進めばいいんだろうか。
徳永は意を決して自分が最初にいた丘の上の場所まで戻り、そこから遠くを360度ぐるっと回りながら見た。
これでも皆目見当もつかない。
相も変わらず遠くに見えるのは山脈だけだ。
まるで陸の孤島のようだ。
こういう場合は考えても仕方ないので、自分の腰にぶら下がっていた剣を地面に立て、それが倒れた方向に行く、という昔ながらの占いを試してみることにした。
「古典的な手法だが、今はこれに頼るしかないんだよな。」
そう考え剣をベルトから抜き垂直に立てた徳永は、その剣が倒れた方向を向いてみると、さっき自分がいた池のある場所と逆の方向だということに気づく。
つまりさっきと真逆の方向に進めばいいわけだ。
が、そうは問屋が卸さなかった。
剣を腰にかけ、丘をおりてさっきとは真逆の方向に進むこと、ほぼ5mの地点まで歩いたところで、徳永は立ち止った。
いや立ち止ったというより、何かにぶつかり進行を遮られたのだ。
「いったぁー、なんだこれ?」
見てみると、目の前には何もない。
何もないのに何かにぶつかった。
わけがわからないが、徳永が手を伸ばすと、固い透明なガラスの板が目の前を覆っている。
「ガ、ガラスの壁…?」
あちこち手を伸ばしてみるが、やはりガラスに覆われている。
左に5m行っても、右に5m行っても、ジャンプして叩いても全く同じ。
恐らく天高くまで伸びていると考えてよさそうだ。
ここで徳永は、ここが間違いなくゲームの中の世界なんだと確信した。
「ここから先へは行けない、つまりエリア外ってわけか。」
ゲームの中の世界は無限に広がっているわけではない。
それは人間のプログラムによって築かれた世界だ。
所詮プログラムでできた空間なので、それが組み込まれていない世界には行けない。
間違っても現実世界の地球と同じ広さではない。
昔遊んだRPGでも船で世界一周できるだろうと、世界の端まで進んでみたら、行き止まりでそれ以上先に行けなかった記憶があり、それと同じことだと徳永は確信した。
ここにいても埒が明かないので、徳永は再び池のある地点まで戻った。
本当に今いる場所の見当がつかない。
「あぁー、本当にどこなんだよ、ここは?」
徳永は何度もこのゲームをプレイしているが、今いる自分の場所は正直全く見覚えがない。
「そもそも違うゲームなのか?」
こんな疑問も出てきたりした。
剣士が登場するRPGは、世の中に数えきれないくらいあるので、さっきまで自分がプレイしていたゲームと決め打ちするのは確かに早合点だ。
だけどそんなことを考えても、『七つの魔神石』以外で特に心当たりがあるゲームもあるわけではない。
とにかく最初に召喚されるべきドーム型の建物、そこを目指さないと話が進まない、と考えながらふっと地面を向くと、奇妙な模様が目に入った。
「あれ?こんな模様あったっけ?」
見てみると、その模様は矢印のような形になっており、さっき自分が地面に立てた剣が倒れた方向とは完全に逆の方向を指していた。
誰かが描いたのだろうか?
そんなこと考えても仕方はなく、ほかに行く当てもないので、とりあえずその矢印の指す方向に歩くことに決めた。
これがゲームの中の世界ということも関係しているのだろうか、どこへ進んでも辺りには本当に人っ子一人いない。
「本当に静かだな。」
人っ子一人いないので人の声がするわけでもないが、なにより動物の鳴き声も聞こえない。
聞こえてくるのは木々のせせらぎと風の音くらい。
高校生時代に動画サイトで「大自然の音」という癒し効果のある音を聞きながら勉強していたこともあったが、まさにあの感じだ。
都会の一人暮らしが長い徳永にとって、日常最も耳にする音といえば、車の走る音だ。
あとはたまに走る救急車や消防車のサイレン音くらいで、車が走る音が全くない大自然の中をただ歩くという行為は、大学の合宿で北海道の洞爺湖に行ったとき以来だ。
これが夜だったらと思うと、ますますゾッとするだろう。
しかし合宿の時も数kmくらい歩けば、それこそ人の舗装した道路に足がついたのは確かだ。
もう立って歩いて10分ほど経ったが、まだ道路らしい道路も見えない。
もちろん中世をモチーフにしたRPGの世界が舞台となっているので、アスファルトの道路はないのは当然だが、それでも砂利道すらないのだ。
道のない草原をただひたすらに歩くしかないのだが、歩けども肝心のドーム型の建物が、いくら歩いても見当たらない。
シルエットみたいなものすら視界に入ってこない。
自分がゲーム内のどの辺にいるのか見当がつかない。
「まさかゲームの世界で迷子になるなんてなぁ。」
最初に召喚された時点で気が付くべきだった、いや気づく余裕はなかったのだが、いくら何でも自分の勘の悪さに嫌気がさしてきた。
そして何より徳永が気にかけていたのは、最初に自分がいた位置がフィールドのほぼ端の方、ということだ。
徳永の頭の中では、恐らくこのゲームのフィールドは、見えないガラスの壁で直方体、あるいは球体で完全に囲まれている、という構図が浮かんでいた。
丘をおりてすぐの地点でガラスの壁にぶつかったことを考えると、自分が召喚された場所は間違いなく端っこということになる。
東西南北もわからないので、本当に今歩いている方向が正しいのか見当もつかないのだ。
「なんだってあんな変な場所に召喚されたんだ?」
しかしその徳永の思案を遮るかのように、遠くの方にかすかに大きな物体が視界に入ってきた。
「あ、あれは岩か?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます