終編


電話が掛かってきたのは、それから2週間ほど後の事だった。


スマホに着信があったのは夜の7時半。液晶に写し出された"京子さん"の文字。


久しく見ていなかったその文字に当てられて、つい電話に出るのを躊躇ってしまった。


一般的に、いくら家族間の仲が良かったとしても幼馴染の母親の連絡先を持っているのは極めて稀であるはずだが、俺を取り巻く少し特殊な環境下であればあり得なくもない。


両親が共働きで、尚且つ夜遅くに帰る事も少なくない家庭で育った俺に何かあった時に頼れる大人として連絡先を交換してもらったのである。


スマホを買い与えて貰い、連絡先の交換に至ったのが小学校6年生の頃とまだ幼かったことからも尚更不思議な話ではない。


が、高校2年になり、自立に歩みを進めていた明里に面倒を見て貰っていた今日こんにちには交流は途絶えたも同然だったのだが……。


「まあ、出るか」


なんだか緊張してしまうが、躊躇っていても仕方がないので思い切って電話に出る。


「あっ、有李くん?」


「お久しぶりです、京子さん」


「急に電話掛けちゃってごめんね〜」


「いえいえ、こちらこそ最近ご挨拶出来なくて申し訳ないです」


「やだねぇ、そんなのいいのよ〜」


初手は無難に挨拶。陽気な京子さんの性格もあってか、思ったより緊張はしていない。


だが問題はこの先京子さんが触れる内容、つまり誰についてのどんな事なのか、という部分に他ならない。


……まあ、"誰に"の部分は目星が付いているが。


その後も一通り会話を弾ませた後、京子さんが一つ、大きく息を吐いた。これから本題に入るのだろう。


「あのね、今日電話したのはさ……明里のことなんだよね」


だろうな、としか反応できなかった。


「明里がどうかしたんですか?」


「それがね、ここ3週間ぐらいずっと塞ぎ込んでるのよ。……ご飯もまともに食べないし、学校にも行かないし……」


あの明里がまさかそんな状態になっているとはつゆほども知らなかった。


「テストの点が悪かったのがショックだったんですかね」


それでも、俺が知ったことではない。


「……そう、かもね」


歯切れの悪い返答。恐らく、京子さんも分かっているのだろう。


俺がと明里の間に何かがあった事を。


明里が俺を朝起こしに行かなくなったことからもそれは容易に想像できる。


「……」


「……」


気まずい沈黙。


しばらくすると、京子さんが咳払いをした。それが示すのは決意。


「お願い、明里と一回会ってくれないかな?」


随分と直球で来たな、と思った。


「俺が、ですか?」


「2人の間に何があったかも分からないし、親が子供同士のいざこざに介入するのはあんまり良くないって事も分かってる。……でも、今の明里、見てられないほど弱ってるの。だから、最後にもう一度だけ彼女にチャンスを与えて欲しい」


「きっと明里も俺になんて会いたくないですよ。彼女に酷いことをしましたから」


どんな理由があれ、俺は彼女に強く怒鳴った。もしかしたら彼女の心を傷付けてしまったかもしれない。


「絶対にそんなことない」


京子さんらしからぬ、強い言葉で否定された。


「どうして、そう言い切れるんですか」


思わず、聞き返す。


「そんなの簡単よ」


京子さんはここで一拍間を置いた。


その間は妙に長く感じた。それと同時に、直感的に、根拠は無くとも。


何かが変わる気がした。


──


=======


彼女が今どうなっているかなんて、知ったことではない。


そのスタンスは今でも変わらない。


でも、最後に彼女の様子を見に行くぐらいはしても良いだろう。


ただ、それだけ。


日を改めて明里の家に向かった俺は、玄関でインターホンを鳴らす。


今日から京子さんと太郎明里のお父さんさんは家を諸事情で長く開けるらしい。それもあって俺に電話をして来たのだろう。


だから、明里が開けに来てくれないと困るのだが………。


「出ねぇな」


もう一度インターホンを鳴らす。


応答は無し。


「まあ、使うか」


裏庭に周り、花壇の隣に置いてある黒い瓶の一つをひっくり返す。


チャリン、という音と共に鍵が落ちてきた。


「やっぱ場所は変わってねぇな」


中2の時に明里に教えてもらった鍵の場所。防犯上かなりまずい事だが、それほど俺を信頼してくれていたのだろう。


ただ、教えてもらっただけで、今まで悪用など一度もしてこなかったが……。


「……やるか」


鍵穴に鍵を差し込む。


玄関のドアをそのまま開ける。


「お邪魔しまーす」


一応挨拶はするが、明里の気配はない。


階段を登り、明里の部屋の前まで歩く。


「……だ、だれ……?」


明里の部屋の前に立つと、中から怯えたような声が聞こえた。もしかすると、俺が今日来る事を伝えられていなかったのかもしれない。


「俺だ、有李だ。インターホンを鳴らしても返答が無いから裏庭の鍵を使わせ──」


言い切る前に、勢いよくドアが開いた。


「久しぶり」


彼女のやつれた顔よりも先に、もっと衝撃的なものが目に飛び込んできた。


「おい、どういうことだよ、この腕は」


ドアを開けた腕の手首を俺は掴む。


なんて、お前らしくない」


そう俺が言うと、彼女は力無くはにかんだ。


=======


皆さんは他人の家に上がる時は有李みたいに手を洗わない人になっちゃダメですよ。


あと、天変地異は僕が起こします。




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