終・終編
「……どうして、来たの?」
明里は弱々しく、ポツリと零した。
まだ昼間だというのに、カーテンは完全に締め切られ、電気も付いていない。
先程まで部屋の外から差し込んでいた光は、締め切られたドアの前には無力だった。
「来ちゃ悪いかよ」
あぁ、彼女にとっては悪いのだろう。
彼氏がいるのなら他の男を家に上げるのは少なくとも限りなく黒に近いグレー、どころか多くの人は黒の烙印を押すだろう。
だが、俺には
まあ、明里の気持ちを度外視したものであるのは間違い無いが、彼女に咎められる謂れは無い。
と、自分の中で今日彼女の家に転がり込んだ事を正当化しつつ、返る言葉を待つ。
「いや、悪いなんてあるはずが無い。……嬉しい、嬉しいよ」
噛み締めるように言葉を紡ぐ明里。
俺はというと、少し天を仰ぎたい気分だった。
これで、俺は一つの仮説を証明できた。長年歩んできたからこそ、彼女の性格を深く理解しているからこそ得られた確証だった。
「明里、一つ聞きたい事がある」
念押しだ。
「なんでも答えるよ」
「その、……彼氏、いるのか?」
「いるわけない」
やはり、即答だった。明里が彼氏がいながら男を家に上げる女じゃないし、ましてやその時に"嬉しい"だなんて死んでも言わないだろう。
明里は、そういう女だ。
「デマか」
完全に、踊らされた。
「そういうことか。君が僕に冷たい態度を取ったのは僕に彼氏がいると勘違いしたからなのか。……なるほど、あの時か。クラスの陽気な女子に絡まれた時に彼氏の有無を聞かれたんだ。その時に勢いに押されて否定するのをなあなあにしてしまった」
明里は安堵したように一つ息を吐き、もう一度吸い込んだ。
「いいよ、許してあげる。君が僕に冷たくしたことも、全部。だからさ、前みたいに戻ろうよ。また僕が朝起こしに行ってあげる。登下校もまた一緒にしよう。待ち合わせは──」
長ったらしく、明里は話し続ける。
それは、俺の耳には届かない。
「1年」
「……1年?」
何かを喋り続けていた明里が言の葉を紡ぐのを止めた。俺の雰囲気から何かを感じ取ったのだろうか。
「俺が、君を想って、想いを伝えて1年だ」
「……っ!それは、悪かったと思ってる」
痛い所を突かれたように萎縮する明里。
1年の歳月が、どれほど不義理な長さであるか。俺にとって残酷であったか。彼女は全て分かっていたはずなんだ。
「俺は何度も期待した。君がもしかしたら、俺の事が好きなんじゃないかって。将来、君と添い遂げる事が出来るんじゃないかって。………それでも、君にとって、僕は何処まで行っても弟だった」
「ち、違う!あれは照れ隠しで言っただけ──」
「何を言っても、俺があの時受けた傷は残る」
彼女の発言を遮るように声を出す。明里は、ハッとしたように顔を上げ、俺に縋るように手を握ってきた。
「……っ!すまない、僕が悪かった。でも、違うんだ。僕は何処まで行っても君が好き……いや、愛しているんだ!」
──明里は病的なまでに貴方の事を愛しているから
唐突の明里からの告白の刹那、京子さんの発言が頭によぎった。
「愛している、か」
きっと、1ヶ月前の俺ならば、飛び跳ねるほど嬉しかっただろう。彼女をこのまま押し倒していたかもしれない。
だが、今は違う。
彼氏がいるというあらぬ噂。俺を弟のようだとする発言。思わせぶりな態度。
些細な事なのかもしれない。俺が矮小な男なだけなのかもしれない。
だが、確かに、歯車は動き出した。
「だから、僕と有李は両思いなんだ。……付き合おう。いや、有李が18になったら結婚しよう!……贖罪として、僕の人生を君にあげる」
縋るような目でこちらを見つめる明里。こうして見ると、本当に傾国の美女だと思う。多くの男が彼女の凛々しく、だが可愛らしい見た目に一目惚れをしてきたと聞いているし、知っている。
彼女だからこそ、結婚を贖罪とする事が出来るのだろう。
でも、残念だったな。
俺は面食いじゃないんだ。
「1つ、言っておくが、俺はもうお前のことを好いてはいない。……むしろ、大っ嫌いだ」
「……へ?」
呆然とする明里。
もしかしたら今日、和解する未来もあったのかもしれない。むしろ、その未来を思い描きながらこの家に来た。
だが、ダメだった。俺は小さい男だった。
「だから、明里。いや、佐竹さんの思いに応えることは出来ない」
「………やめて。名前で呼んで」
「佐竹さん、じゃあ俺は帰るね」
「……待って。……謝らせてくれ」
俯いていて、顔は覗けない。ただ、啜り泣くような声が聞こえた。
そんな彼女の手を振り解いて、置いて家を出る。鍵は元の位置に戻しておいた。
「あぁ、くっそ」
俺も、涙が溢れそうだった。
=======
あとがき
大変長らくお待たせしました。
当方、現在コロナウイルスに感染しております。次の更新もお時間を頂くかも知れません。申し訳ないです。
というか、まだ続きます。終わる終わる詐欺で申し訳ない。
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