後編
「明里、分かってくれ。これは俺の為でもあるんだ」
「いいや、ゆうくんには必要のないことだ」
「明里は俺がこれ以上情けない男になっても良いのか?」
「君のことを情けない男だなんて思った事はないよ」
明里は頑なに俺が変わることを良しとしないらしい。彼女にとっても負担が減る良い提案なはずであるのにも関わらず。
「頼む」
「だめだ」
終わらない押し問答。彼女は俺が堕落していく事を望んでいるのだろうか。
「なんでそんなに渋るんだよ」
単刀直入に聞いてみることにした。彼女の真意を欠片すら把握出来ない状態じゃあ元より駆け引きなんて出来っこない。
「……」
「なんで黙るんだよ。教えられないようなやましい理由があるのか?」
「……それは、ない。……けど」
歯切れの悪い言葉。珍しい事この上無い。
「じゃあ教えてくれ」
そう告げると、俺の目を見ては逸らして、を繰り返し始めた明里。クールで思ったことはズバッと言う彼女らしくない行動だ。
形容し難い沈黙が流れる。
なんだ。何を言おうとしているんだ。訳もわからず、彼女を見つめる。
その時、丁度ちらりとこちらを見ていた明里と目が合った。
今まで見たこともない、蕩けたような目だった。
自他共に認めるクールビューティーの彼女から、確かに雌を感じた。それと同時に、俺の中で一つの考察が出来上がった。
彼氏がいるという情報は間違いで。
本当は俺のことが好きで、今俺にその思いを伝えようとしているのではないか。
彼女の火照った顔を見て、俺の中で疑念は確信に変わろうとして───
「き、君は僕の弟みたいなものだから。弟の世話をするのは姉の役目だろう?」
「……」
「……ゆうくん?」
「もう、明日から朝起こしにくるのはやめてくれ。登校も一緒にしない」
「ちょっと、どうしたんだよ急に」
「うるさい!もう帰ってくれ!」
「……え?」
「だから!もう帰ってくれ!」
「……」
「早くしろ!」
「……っ!」
ドタバタと階段を降りる音。その後、ガチャンと玄関のドアが閉まる音も程なく鳴った。
明里が家から出ていった事により、静けさが俺の家を支配した。
「あーあ、怒鳴っちまったな」
俺はというと、後悔もあるが何処か達観していた。
今日の事件は間違いなく明里との関係が切れる出来事になるだろう。
でも、弟としか見ていない男の恋心を弄ぶ最低な女と縁を切れたんだ。間違いなく良いことだ。
良いことの、はずなんだ。
俺の心が晴れる事は無かった。
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人間の"慣れ"というものは、恐ろしいもので。
1週間もすれば、朝目覚ましに起こされ、1人で登校することが日常となった。
勿論、その"慣れ"が来るまでは耐え難い喪失感があった事は否定できない。心の沈みに比例して、彼女と共有した年月の長さを再確認したものだ。
ただ、一つ学年が違う事もあって学校で会う事も元々滅多に無かったし、登校する時間も俺が意図的に前より遅らせていることから明里との接点は日に日に薄くなる一方。
だから、1週間で事足りた。
校門を潜って下駄箱に行く。靴を履き替え各教室に繋がる階段を登ろうと顔を上げると、人だかりが出来ていた。
あぁそうかと思い出す。今日はテストの結果が張り出される日だと。
学力がお世辞にも高くない俺が表に貼り出される50番までに食い込んでいる筈もないが、ここで見ないのも変な話なので、人だかりに向かって歩き出す。
表の下から上に目線を上げる。自分の名前は無かった。だろうな、と思いつつ階段を上がろうとするも、足を止める。
俺はいつの間にか左側のもう一つの人だかりに向かっていた。見たところ人だかりの内の多く、というか殆どが3年生である。
もう俺には見る必要の無いものだと分かっていながらも、別に意味の無い物を見てはいけないなどというルールは存在しないだろう、なんて自分の中で理由付けしながら表に目を這わせる。
「……ない」
1番上に、どころか表の何処にも彼女の名前が無かった。噂によると学校に入ってからずっと、少なくとも俺が入学してから欠かさずこの表の1番上に名前を収めてきた彼女の名前が無かった。
あの、明里が。
信じられなかった。何があったんだと思った。
明里は今落ち込んでいるのだろうか。どんな言葉を掛けたら良いだろうか。
ともかく、励ましのメッセージを送ろうとスマホに手を伸ばした途端に、思い出した。
彼女と俺は、絶縁したんだと。
「………何が慣れだよ」
スマホに手が届くことは無かった。
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後編と銘打っておきながら、多分後1話続きます。
追記 天変地異が起こったら2話続きます。
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