中編
突然後ろからバットで殴られたかのようだった。
教室に入るなり駆け寄ってきた友人の千矢。何事かと思うと同時に昨日の事で舞い上がっていた俺は、何処かどうでも良さげに彼の話を聞こうと身構えた。
そのような心持ちは、続く彼の言葉によって閃光の如く砕け散ることになるのだが。
「お前と一緒に帰ってる1個上の明里ちゃん、彼氏いるらしいぜ!」
千矢の声がデカいとか、先輩の明里の事を馴れ馴れしく呼ぶなとか、普段なら出てきそうなツッコミの尽くが喉元にすら上がらなかった。
頭が真っ白になった。
その後に何か千矢がペラペラと楽しそうに話していたような気もするが、放心状態になった俺には何も頭に残らなかった。
明里に、俺以外の彼氏がいる。
その事実にただただ打ちのめされていた。
彼女の眩しいほどの笑顔。意地悪だけどお節介な性格。どちらも、俺だけに向けられるものだと思っていた。
その後の授業は本当に出た意味が無いと断言できるほど何も覚えていない。気づけば、家にいた。
意味もなくベッドに腰掛け窓を見る。しばらくして、ペタペタと特徴的な足音を立てながらなでしこが俺の側に寄ってきた。
優しく頭を撫でる。
「なでしこ。俺、失恋したみたいだ」
犬に話しかけるなんて、おかしくなっているのは分かっていた。
でも、誰かにこの気持ちを聞いて欲しかった。
「俺さ、幼稚園の頃からあいつの事が好きでさ……あいつの背中をずっと追いかけて、ここまで来た。……やっぱり、迷惑だったんかな。彼氏が居たのに、朝起こしにきてくれたり……そりゃ、頼んだ訳じゃ無いけどさ」
なでしこは飼い主が弱っていることを察したのか、いつものように甘えてくるわけでもなく、俺の隣に寄り添ってきた。
「でもさ、あいつの事が好きで……好きで……」
そんななでしこの優しさが、深く染みたのだろうか、俺は17歳にして枕を濡らすことになった。
=====
「ふざけんなよ、あいつ」
一通り泣いて、心の整理がつくようになった後、俺から飛び出たのはそんな言葉だった。
「人の心を弄びやがって」
可愛い人が好き、彼女は昨日そう言った。
それは彼女の本心かもしれない。
彼女にしてみれば事実を言ったまでなのかもしれない。
だがあのタイミングでその発言をする、その行為自体に俺のミスリードを誘う意図があったとしか考えられない。
あの時彼女が浮かべた人を小馬鹿にするような笑顔、それをふと思い出すと同時にこの考察が俺の中で真実に近いものとなった。
告白の返事も1年以上返さない。常に人を揶揄うような態度。推測の域を出ないが、俺が1人で舞い上がっている所を見て滑稽だと嘲笑っていたのだろう。
恋の最中にはどうも視野が狭くなるらしい。今俯瞰的に考えてみて、どう努力しても彼女が魅力的には思えなかった。
「……なんか、冷めちゃったな」
こうして、俺の長い長い初恋は人知れず幕を閉じたのである。
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「おーきーろー。ゆうくん、遅刻するぞ……って、今日は珍しくもう起きてたんだね」
今日も今日とて俺を起こしに部屋のドアを開けた明里。いつもならまだ爆睡している時間だが、今日は目覚まし時計を使ってなんとか自力で起床した。
「おはよう、明里」
「うん、おはよ。じゃあいつもどおりにね」
部屋を出ていこうとする明里。慌てて声をかける。
「ちょっと待ってくれ」
「……ん、どうしたんだい?」
手を後ろに組んで、顔だけ振り返った明里。愛らしい仕草に絆されそうになる。
でも、俺は決めた。
「まずは、さ。いつも俺の世話を焼いてくれてありがとう。……それと、ごめん」
「ごめんって、どういうこと?」
さっきまでの朗らかな表情から一転して、明里は怪訝そうに眉を顰めた。
「今までずっと色んな面で明里に依存してた。朝起こしてくれるだけじゃなくて、身だしなみとか、勉強とか。……俺、明里から抜け出すよ。それで、立派な1人の男になる」
こうして言ってみたら、自分が如何に情けない男だったかわかる。
彼女が俺を弄んだとか関係なく、俺は彼女に沢山助けられてきた。
ふざけんな、なんて泣いた後は思ったけれど何様だって話だ。散々明里を頼ってきたくせに、ちょっと手のひらで踊らされた程度で彼女に憤るなんて、虫が良すぎる。
変に彼女に彼氏について言及せず、自立を盾にして自然とフェードアウトしていくことにしたのは正解だったな。
……ただ、それを考慮しても、告白を1年放置した事については一度叱りたいものだが。
ともかく。
俺は変わる。明里依存から抜け出す。生活面でも、……恋愛面でも。
ただ、計画とは予想外が付き物。それは今回も例外では無かった。
と、いうのも。
「どうしたんだよ、急に。別に僕は迷惑だなんて思ってない。依存されるのが嫌だなんて思ってない。……ゆうくん、それは世迷言というやつだよ」
思った以上に、明里の反発が激しかったことである。
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