た【太陽】
すっかり暗くなってしまった窓の外を見て、ため息をつく。最近はこんなことばかりだ。別に年末でも新年度でもないのにこの会社はいつでも忙しい。いわゆるブラック会社の部類に入るのではないだろうか。詳しく調べたこともないし、仕事に疲れている人間はよくそう言うのだが。
時計を見ると深夜二時を回ろうとしているところだった。ふと冷静になって、私はどうしてこんな時間まで会社にいるかと疑問がよぎる。しかしそんなことは考えてはいけない。たぶん、自分の置かれている状況を冴えている頭で思考してはいけないのだ。理解してしまえばこんな現状に耐えきれなくなってしまうから。このまますり減った脳で生きていかなければ壊れてしまうから。
外に出ると、もう夏になるというのに夜の風が冷たく刺さる。さすがにクールビズが解禁されたからといって半袖で来るもんじゃないな、なんて頭をかく。
車に乗り込んで、エンジンをかける。今から帰って、夜食を食べて、それから睡眠を取って。出社は六時だから、実際このままこの車で夜を明かした方が楽ではあるかもしれない。しかしオンとオフの切り替えもできなくなってしまう可能性もあるし、そうなってしまえば私はこの世界の歯車となって回り続けるだけの、人間ではない何かに成り下がってしまう。それは嫌だ。
それに私には家族がある。五つ年下の妻と、来年度小学生になる小さな双子がある。私は父として家族の温かさに触れる権利があるだろう。こんな人権などないかのような会社に勤めていようが、家族を求める権利だけはあっておかしくない。
家に着き、小さく「ただいま」と呟く。帰りが毎日この時間だ。私が知る家族は全て寝顔のみ。愛する妻の、愛おしい娘たちの笑顔を見たことがない。ともに笑って、何かを楽しんで、たまには叱って、涙を流して、それでも結局笑いの絶えない家族。それが私の理想だった。まぁ、そんなものにはほど遠い人生だが。
妻には転職を勧められている。弁護士の友人ももしもの時は助けるとい言ってくれている。私は周りの人間に恵まれている。きっと上手く会社から逃れられる、そう思っていた。私だってそうしたかった。しかしそれは不可能。誰に何を言われようと、できないのだ。
いつの間にか眠っていたらしい。カーテン越しに眩しい光が見える。
いっそ心中でもしようかと思ったこともあった。妻と子を残してこの世を去ろうか、それとも全てを道連れに消えてやろうか。だがそんな感情は捨てた。こんなにも愛しているのに、私とは違って未来があるのに、それなのに台無しにしてしまうのは重大な罪になる。まぁ、一度でも願ってしまったのだから大罪人なのだろうが。
この美しい世界が回っているのは私の力もあるのだろうか。そうだとしたら、少しくらいは私の努力も浮かばれる。いつになれば私は父として、人間として幸せを享受できるのだろうか。太陽の下、大きく両手を広げて深呼吸した。
た【太陽】美しいもの、また私たちの生の足掻きを見守ってくれるもの
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