そ【想像】
この間手に入れたばかりの鉛筆をカッターで削り、新品のノートを開く。目を閉じて、彼に問いかける。
――君はどんな人間なんだ? それとも人間ではない?
そうしてみれば、瞼の奥の奥に彼が見えてくる。
長身で寝癖ばかりの短髪。眼鏡はかけているが、度は入っていない。きっと目つきの悪さを隠すための伊達眼鏡なのだろう。目の下にはくっきりとくまができていて、頬も少し痩けているように見える。見るからに不健康そうだ。白いがヨレヨレのシャツを着ていて、下はタイトな印象の茶色いズボン。靴はすぐに着脱できるサンダル。面倒くさがりなのかもしれない。頭をかきながら、その鋭い目つきでこちらを睨んでいる。
彼はたぶん、ただの人間だろう。そしてきっと、ただの大学生だ。恋愛が下手で、素直に気持ちを口にすることができないタイプ。いわゆる天邪鬼というやつだろう。しかしきっと頭脳は明晰で、一部の人間からは憧憬の対象とされている。
――君は何が好きだ?
彼はひとつため息をつくと、どこからか現れたパイプ椅子に腰掛ける。なるほど、彼は全てが退屈でたまらないらしい。大学の講義も興味のある分野はもとからなかったというところか。それに勉強が苦痛ではないみたいだ。たぶん彼は講義を聞くだけでほとんどの内容が頭に入るタイプなのだろう。それじゃあ確かにつまらない。好きなものはない、ということか。
――だが君にはひとつ秘密があるはずだね。それはどんなことだ?
私はどこまでも彼に質問を続ける。彼について知らないことをなくす。彼の一番の理解者になるために。度々目を開いては、質問の答えをメモする。たまに良い表情を見せたときは、それもスケッチする。彼という人間を私の中に生きさせる。
いつものように時間を忘れてそんなことをしていたら、もう月が高く舞っていた。夜か、なんて呟いて私はベッドに入る。
底を尽きた食料、無音の世界。私にはもう紙とペンしか残されていなかった。水道をひねってみても、水が出るとは限らない。運良く私の家はまだ綺麗な水が出る。というか、運が良かったからここまで生きて来られたのだろう。選ばれたのはもしかしたら隣の家だったかもしれないし、もっと別の場所だったかもしれない。
私はたったひとりだ。孤独だ。だから昔出会った人間を、もしくは私の中にしか存在しない人間を脳内に呼び起こし、こうしてニセの歴史を作る。そうでもしないと私の心は折れてしまいそうだった。いや、もしかしたらもう折れているのか。だから食料を探すよりも優先して、こんなことをしているのか。
腹が鳴る。窓の外には荒廃した日本が見える。どうして私だけを置いて人類は消えたのだろう。久しく流していなかった涙の温度を感じた。
そ【想像】彼は私を助ける
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