う【渦】

 僕じゃない。僕のせいじゃない。知らない、何も。僕はただ、助けたかっただけなのに。

 学校の屋上は、思ったより高くて足がすくんだ。それに地上にいるのとは全く違った風を感じる。何がどう違うかなんて聞かれても答えられない。けどそれは、今混乱しているからであって。

 柵に体重を預けて、真下を覗く。

「僕のせいなんかじゃない、よね」

 呟いた僕の言葉は脳からの伝言みたいで、僕の意思なんて乗っていなかった。

 だって、わかっているから。これが僕のせいだなんてことは、ハッキリしてるんだ。

 ぐるぐるする。

 このまま僕も彼の元に降りてしまいたい。彼は僕の救世主だったのに、僕は裏切った。だから、こうなった。ほら、僕のせいだ。

 パタンとその場に仰向けで倒れる。

 空には真っ黒な闇が広がっていて、僕のことも飲み込んでしまいそうだった。

 でも、それでいいのに。僕を飲み込んで消してくれればいいのに。

 彼は、僕のヒーロー。今でもずっと忘れない、絶対に忘れることなんてできない、僕の大親友。

 いじめられていた僕の隣に座ってくれた。冷たい視線を送ってくる奴らなんて気にしないで僕と一緒にいてくれた。傷だらけの僕に包帯を巻いてくれた。お腹が減っていた僕にお弁当を分けてくれた。

 それなのに僕は、彼を助けられなかった。

 立場は逆転した。

 それまで僕がされていた嫌がらせは彼に。登校したら机には落書き、ロッカーにあったはずのものは全部ない。体操着は破かれて、財布やお弁当なんかも盗られて。

 僕が一番彼の気持ちをわかっているはずなのに、何もできなかった。間違えてしまえば、また標的は僕に戻るから。

 僕が彼を苦しそうに見ていた時、彼は笑ってくれたんだ。

「お前は何もしなくていいよ、俺は大丈夫だから。辛ければ俺から離れたっていい、見て見ぬふりが悪いなんて思わないよ。俺はお前をわかってるからさ」

 今考えれば、あれは彼が出したひとつのメーデーだったのかもしれない。彼は素直に気持ちを述べるようなやつじゃなかった。

 ため息をひとつ吐いて、目を閉じる。

 何もないけど、何かある。

 そこにあるのは救いだといいな。彼を助けてあげて。

 目の中はぐるぐる回る。ミルクに紅茶を混ぜたときみたいに、筆についた絵の具を落とすときみたいに。全く別のものが混じり合って、僕の中に溶けていく。

 僕は許されなくて当然のことをした。君は、許さなくていいよ。きっと君の近くに行っても、君とは会えない。もう二度と。

「そんな訳ないだろ」

 風が僕の髪を揺らして、涙の軌道を変える。

 君の声が聞こえたような気がしたのは、きっと間違いだ。だって今のはただ、風の囁きだったろうから。


う【渦】どんなに汚いものでも飲み込み、なかったことにしてくれる

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