い【色】

「人の色が見えるって、本当なの?」

 君は目を輝かせながら私に聞いてきた。普通の人間はこんな馬鹿みたいなことは信じないし、気味悪がって私を遠ざけようとするのに。

 君はそんな人たちとは違うみたいだ。

「うん、本当だよ」

 できるだけ人懐っこい私を作り上げて微笑む。

 こんな風に対等に話をしようとするのは君だけなんだよ。私にとっては、会話なんていつまでも慣れそうにない。

「じゃあさ、あの子は?」

 そう言いながら、君はクラスの中心的存在の男子を指さした。

 目を細めながら凝視すると、彼の周りにハッキリと色が見える。

 これは生まれつきかと聞かれればわからないけど、少なくとも物心ついたときから見えるものだった。これが常識なのだと思い込んでいたが、小学生のときに友人の色を褒めたところ、引きつった笑みを見せられた。それ以来、その友人たちは私とのふれ合いを一切しなくなった。

「ん、緑かな」

 とは言っても、緑は一色ではない。どういう意味なのかというと、緑と一言で言ってみても赤っぽいのや暗いもの、森のようなものなど様々あるということだ。彼の場合は深い深い緑。

「へぇ、じゃあ、あっちのは?」

「あれは、下に向かって青が濃くなっていくグラデーション」

「僕にも見えたらいいのに。きっと綺麗なんだろうなぁ」

 君はそうやって誰にでも見せる、いつもと何も変わらない少年の顔を作る。

「そんなことない」

 君には聞こえないように、小さく呟く。

 もちろん、鮮やかで美しい色合いだって存在する。そうだけど、それは自然の中に生きるものたちばかりで、人間の中には一握りしかいない。いや、ひとつまみかも。

 私の瞳はもう濁ってしまった。汚い人間を見つめるのも嫌になった。

 鏡を見たって綺麗な色は見えない。私は人の色を見て、周囲に合わせる。そんな人間の色なんて汚いに決まってる。私は私の色が嫌い。

「ねぇねぇ、僕は? 僕はどんな色かな?」

 あぁ、そんなこと聞かないで。君の色は一番見たくない。不安になってしまう怖い色。

「グレー、かな」

 目をそらしながら呟くように教える。

「なんかかっこいいね!」

 君の色は気味が悪くなる、気分が悪くなる、ぐちゃぐちゃの色。どんな色も全部全部混ぜ込んで、どこにいても違和感のないように、どんな人間とも綺麗に混ざるように、って考えたのだろうけど。

「そう、だね」

 頼むから私の苦笑いに気付かないで。君を傷つけたくはない。

 君はきっと顔色をうかがって、どんな辛いことも包んで、どんな苦いものも飲み込んで。その笑顔はそうやって生み出したのだろうね。場面によって人に合わせることは悪いとは思わない。

 ただ私が汚いと思うだけ。 


い【色】一人ひとつ持っているもの/美しく儚く、しかし醜いもの

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