第63話 強襲

「それでは皆さん、焦らずかつ迅速に避難してください。――じゃあお願いします」

「任せてくれ」


 俺は一番しっかりしている男性に、避難の先導をお願いした。

 人質にされた人達は、次々にホテルの外へと脱出していく。



「では、客室のエレベーターのみを復帰させてください」

「よしきた」


 警備員さんがスイッチを入れる。

 俺は念のため、彼にサブマシンガンとハンドガンを渡し、ロープの束を担いでロビーへと向かう。



 上矢印ボタンを押し、エレベーターが来るのを待つ。

 イヤホンに、警備員さんの声が流れてきた。


『安心せい。奴等は呑気に煙草を吹かしておるぞ』

「了解」


 良かった。気付いていない。

 それにしても、展望台にいるチームと警備室のチームは、どれくらいの間隔で定時連絡をおこなっているのだろうか?

 警備室を制圧してから、すでに10分以上が経過しているはずなのだが。


 チームを二つに分けている以上、もっと頻繁に連絡をおこなうべきだ。実にお粗末としか言いようがない。だが、その甘さには本当に感謝だ。



 ちなみに警備室へ無線があった場合、武装集団の一人を銃で脅して、応対させようかと考えた。

 しかし、俺達の情報を合言葉で伝えられてしまうリスクがあるので、放置することとする。



 ポン。エレベーターの扉が開く。

 俺は中に乗り込み、最上階を押した。


 エレベーターは静かに昇って行く。

 不思議と恐怖はない。俺には戦士の素質があるのだろうか?


 ひいおじい様は、硫黄島で米軍の戦艦に単騎潜入した猛者だが、俺にもその血が流れている。今はその力にあやかりたい。


『変化なし。まったく気付いておらん』

「2人は固まったままですか?」


『うむ。屋上入り口の、右わきの壁にもたれかかっておるの』

「ふぅ……よし、一撃で仕留めます」



 ポン。エレベーターの扉が開く。

 俺は身をかがめながら、静かに屋上への扉と近づく。


「――そう言えば、宿泊客は?」

『今日はVIPはいない。そのフロアは無人じゃよ』


 それは良かった。余計な邪魔が入らずに済む。


 俺は屋上の扉の前に来た。


『変わりなし。右側じゃ。やれ』


 俺はスタングレネードのピンを抜くと、勢いよくドアを開け、右側に放る。


 バアアアアンッ!

 激しい爆発音のあと、屋上へ飛び出し、2人の男をパンチで倒した。


『今の音で、展望台の連中に気付かれたぞ』

「分かりました。急ぎます。――では至急、展望台直通エレベーターを復旧し、展望台へ送ってください」


 俺は倒した2人をテープで拘束する。

 その時、1人の無線に反応があった。


『爆発音が聞こえた。何があった?』

「敵襲だ! 警察がエレベーターで、そっちに向かっているぞ!」


 仲間からの応答ではないことは、すぐに分かっただろう。

 だが別に構わない。重要なのは、奴等の注意をエレベーターに向けることなのだから。



 イヤホンから警備員さんの声が聞こえてきた。

 ぜーぜーと苦しそうに呼吸している。ダッシュで、エレベーターの展望台行ボタンを押しに行ってくれたからだろう。


『エレベーターを送った。奴等はエレベーターが復旧した事に気付き、人質がいる方に陣取った。エレベーター前に銃を向けているぞ』

「ということはつまり……」


 俺は屋上の手すりにロープを縛りながら、警備員さんに尋ねる。


『うむ、お主に完全に背を向けていることとなる』


 よし! 狙いどおりだ!

 奴等は、絶対人質のいる方に固まると読んでいた。

 人質が近くに居ると、警察がそう簡単に発砲できないためだ。


 そしてその場合、割れた窓は連中の後ろに位置することになる。

 つまり、背後から奇襲を掛けられるということだ。


「では俺の成功を祈っていてください」

『うむ。必ず生きて会おう』


 俺は柵をよじ登り、向こう側へと飛び越えた。

 その瞬間、俺はギョッとする。


 目の前に人が立っていたからだ。



「お、お前は……」

「やっほー! ひさしぶりー!」


 俺に呪いをかけた占い師だ。


「何しに来た?」

「警告に。――先に進めば、君は死ぬ」


「……そうか。忠告ありがとう」


 俺は躊躇うことなく、降下の準備を始める。


「……必ずあの子を助けてあげてね?」

「もちろんだ。じゃあ、これでお別れだな」


 俺は占い師に手を挙げると、ロープによる降下を開始した。

 服部先輩にラペリング(ロープ降下)を習っておいて良かった。

 服部忍者教室、すごい役に立っちゃってるよ。


『エレベーターが到着した。奴等はじっとしたままじゃ』

「了解。こちらは降下中……」


 俺はピョンピョンと飛ぶように、下に降りて行く。

 下は見ない。見たら恐怖で動けなくなる。


『連中、誰も降りてこないことに不審がっている。そろそろ動くぞ』

「急ぎます」


 動かれるのはマズい。

 固まっていないと、いっぺんに無力化できない。


 俺は急いでロープを降りる。


『一人がエレベーター前へと向かってしまった』


 くそっ! 遅かったか!

 その一人は何とかやるしかない!


 俺はさらにロープを降り、割れた窓ガラスの前にたどり着いた。


 ひまりと目が合う。

 俺は人差し指を立て、静かにしているよう伝える。



 ひまり……! 今すぐ助けてやるからな……!

 俺の命に代えても……!


「敵を発見……! いきます……!」

『幸運を祈る』


 俺はグレネードのピンを口で抜き、5人の男達の前へ放った。

 そしてすぐ、ハンドガンを抜き、エレベーターの前に立つ男を撃つ。


 当たるか? エアガンでは結構練習したが?


 ――よし!

 どこに当たったかはよく分からなかったが、男が倒れた。


 俺は展望台内部へ侵入し、朦朧としている5人を殴り倒し鎮圧する。

 そしてすぐさま、銃で撃った一人の元へ向かい、のどを殴って戦闘不能にさせた。


 どうやら銃弾は、腕と足に当たったようだ。

 これなら、すぐには死なないだろう。殺してもいいと思って撃ったのだが、お互い運が良かったようだ。


「展望台の制圧に成功しました。これから奴等を縛りあげていきます」

『了解。最後まで気を抜くなよ』


 俺はダクトテープを取り出し、6人の男をグルグル巻きにしていく。


 これで作戦完了だ。あとは感動の御対面である。



「ひまり!」

「やがみさん!」


 俺はひまりに駆け寄り、彼女の拘束を解く。


「遅くなってごめんな」

「ぜったい、たすけにきてくれるとおもってました」


 俺達は長い時間抱きしめ合う。

 ひまりの温もりが、心底心地良い。


 良かった……彼女を失わずに済んで……。





『後ろじゃ!!!!』


 俺は咄嗟に後ろを振り返った。



 スローモーションの世界が始まる。


 クソ! 一人の男の腕が自由になってしまっている!


 奴はホルスターからすでにハンドガンを抜いており、こっちに向けていた。


 対し俺は油断しており、完全な無防備状態。

 今から銃を構えても間に合わないし、そもそも当てられる自信がない。


 俺はひまりの盾となりながら、男の元へと駆ける。

 もはや撃たれることは避けられない。ならば相打ちを狙うのみだ。



 パンッ!

 左肩に衝撃が走る。


 パンッ!

 脇腹が熱い。


 パンッ!

 どこを撃たれたのかが分からない。


「シャッ!」


 男のハンドガンを蹴り飛ばしてから、すぐに鼻とノドを潰す。

 これで戦闘不能だ。



『大丈夫か!?』

「はい、まあ……何発か撃たれましたが……」


 俺はボタボタと血を垂らしながら、ダクトテープで男を再度縛り上げる。



『今すぐ行く! 死ぬんじゃないぞ!』

「はい……」


 ヨロヨロと、泣き叫んでいるひまりの元へと向かう。

 視界がボヤけてきた。


「ひまり……」

「やだやだやだやだやだ!」


 ひまりが俺の元に駆けつけようとしたが、バランスを崩し、車いすから転げ落ちる。

 俺は彼女を抱き起こし、優しく抱きしめた。


「お前が……無事で良かった……」

「やだ! しんじゃだめ!」


 目の前が暗くなっていく。

 ああ……俺は……死ぬな。占い師の言ったとおりか……。


 だが、ひまりを助けられたのだ。なにも悔いはない。


 ――いや、あるか。


「黒鉄の武士の……世界……大会……出れなくて……ごめんな……」


 ひまりが、必死に周りに助けを呼ぶ声が聞こえる。


 やがてその声も小さくなってきた。



 彼女の温もりだけが、俺に伝わってくる。

 悪くない……最期……だ……。

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