第62話 制圧
「素人相手だからと、スタングレネードを出し惜しみしたのがお前らの敗因だ」
俺がスタングレネードの存在に気付く前に投げ込まれていたら、そこで終了だった。こいつ等の詰めの甘さに助けられたという感じだ。
「これで4人。残りはあと最低1名か……」
俺を始末するのに、2名しか寄越さなかったところを見ると、せいぜい2人といったところなのではないだろうか?
それ以上いるのなら、もっと大人数で攻めてくるはずだからだ。
「さて、どう攻め込むべきか……」
おそらく監視カメラには、グレネードの閃光が映ったはず。
戦闘がおこなわれたことは知られている。
だが、そう簡単にはこっちへは来られないだろう。人質を見張る必要があるからだ。
『グレネードを使ったのか? 状況を報告しろ』
無線から男の声が聞こえてきた。――さて、どうする?
仲間の振りをして、時間を稼ぐか?
いや……何か特別な合言葉のようなものがあった場合、すぐに対抗策を取られることになってしまう。
一番厄介なのは、人質を盾にされることだ。
例えば「今すぐ投降しなければ、人質を殺す」と言われてしまえば、もうどうしようもできない。俺の負けは決定だ。
俺は無線の電源をオフにすると、再び屋根裏へと登る。
物音を立てないように移動し、倉庫の上までやって来た。
「――応答せよ、応答せよ。――駄目だ。全員通じない」
「どうしますか? アルファチームを呼びますか?」
2人の男が話し合っているのが聞こえる。こいつらで最後か?
このまま待っていれば、展望台の敵を分散できるかもしれない。
しかし、トイレで拘束されている仲間を助け出されると厄介だ。
――やはり、殺しておくべきだったか……。
我ながら、恐ろしいことを考えているとは思う。
だがひまりを守るためであれば、俺は鬼になる覚悟がある。
とは言え、今から殺しに戻るのは良い手ではない。
せっかく2人の敵が固まっているのだから、このチャンスを活かすべきだ。
俺はグレネードのピンを抜くと、点検口から部屋に投げ込んだ。
激しい爆発音のあと、俺は部屋へと飛び降り、2人の男を殴り倒した。
すぐに周囲をうかがう。――敵の気配は無い。
俺は人質にされている、警備員の爺さんの口に貼られているテープを剥がす。
「敵は全部で何人ですか!?」
「6人じゃ!」
よし、全員倒せたようだ。
俺は男をテープでグルグル巻きにした後、人質の拘束を順々に解いていく。
「ありがとうございます!」「助かりました!」
次々にお礼を言われるが、まだとても安全と言える状況ではない。
他のチームが、ここにやって来るかもしれないのだ。
俺は警備員さんに協力を頼み、監視カメラで武装集団の人数と居場所を確認してもらう。
「――どうやら、展望台にいる6人と、屋上の2人だけのようじゃな」
展望台の6人は、1階で起きていることに気付いていないようだ。じっと人質を見張っているだけである。良かった。
屋上の2人も、煙草を吹かしているだけで、警戒している様子はない。
おそらく、要求したヘリの到着を待っているのと、警察のヘリによる突入を警戒しているのだろう。
よく見ると、脇にロケットランチャーが置いてある。こんなもの、よく持ち込めたな。
「屋上の2人は、地上の様子をまったく見ていませんね」
「うむ、空しか見ておらんな」
であれば、屋上から狙撃される心配がない。安全に脱出できそうだ。
「では、メインエントランスのシャッターだけを開けてもらえますか?」
「分かった」
警備員がシャッターのスイッチを押す。
「エレベーターの電源も復帰させるかの?」
「それはまだ待ってください。敵に気取られてしまいますので」
エレベーターが再稼働したことを知れば、奴等は直ちに警備室に人員を送り込んでくるだろう。
「警備員さん、展望台へエレベーター以外で行く方法は?」
「非常階段があるのじゃが……ちと、これを見てくれんか?」
俺は警備員が示すモニターを見る。
階段が破壊されていた。
「爆発音はこれだったんですね……」
「おそらく、展望台を封鎖するために爆破したんじゃろう」
これは困った……。
エレベーターを使えば、敵にすぐ気づかれる。確実に待ち構えられるだろう。
スタングレネードを投げる間もなく、蜂の巣にされるはず。
俺は展望台の監視モニターをじっくりと眺めた。
人質は一か所に集められ、その周囲に男たちが立っている。
さすがに一か所に固まる様な、愚かな真似はしないか……。
これではスタングレネードを投げ込んでも、一度には無力化できない。
俺はふと、展望台のガラスが割れていることに気が付いた。
武装集団が銃で割ったのだろう。
これはもしかすると……。
「警備員さん、屋上へ行く方法はありますか?」
「うむ、展望台の上にあるVIP用客室フロアから行ける」
非常階段が破壊されているから、客室用のエレベーターで行くしかないか。
奴等はエレベーターが稼働したことに気付くだろうか?
「警備員さん、展望台にいる連中は客室用のエレベーターが動いているかは分からないですよね?」
「うむ、展望台へは展望台直通エレベーターしか通じておらんから、他のエレベーターは表示されんのじゃ」
よし、それならいけるか……。
俺は覚悟を決める。
「警備員さん……今から皆さんに脱出してもらうんですが、あなたはここに残って、俺を支援してもらえませんか? 次に殺される人質が、俺の大事な人なんです」
かなり無理なお願いをしている。
無事に生き延びるチャンスを棒に振れと言っているのだ。
「もちろんじゃ。必ずその子を助けよう。どうせ老い先短い命じゃしな。ふぉっふぉっふぉっ」
「ありがとうございます!」
本当にありがたい。
俺はワイヤレスイヤホンとスマホを使い、警備員さんから監視モニターの情報を常に受け取れるようにした。
これで準備は完了だ。
あとは全力を尽くすのみ。
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