第58話 文化祭

 文化祭は3日間あるのだが、初日で俺は魔王職をクビになった。

 俺がいると、お客さんが怖がって来ないらしい。

 鬼頭の肉を細かく切り刻んで、豚に食わせたという噂が広まっているせいだろう。


 魔王をクビになったのは嬉しいのだが、その代わり頼まれた仕事も厄介である。

 その内容はというと、ずばりサンドウィッチマンだ。要するにうちの店の宣伝をして来いという訳である。


 看板を背負って、一人孤独に校内を練り歩く訳だが、陰キャでボッチの俺にはピッタリだ。人事部はいい仕事をしている。

 しかも、店を手伝う必要がないので、終日フリータイムだ。そう考えると、案外悪くない。



「――それだったら、明日ひまりと一緒に見て回ってあげたら?」


 食事中、魔王をクビにされたことを伝えたら、先生にそう言われた。


 ひまりは文化祭に行きたがっていたのだが、俺達も忙しいので、付き添ってやることはできない。結局放置してしまったところ、わんわん泣いてしまった。

 今も部屋でふてくされ、ハンガー・ストライキの真っ最中である。


「俺はかまいませんが、ひまりはどうですかね?」

「私が聞いてきますよ」


 紫乃が部屋の中に入ってから10分後、紫乃と一緒にひまりが出てきた。


「行くそうです」

「マジで? 本当に俺と一緒でいいのか、ひまり? そばにいるだけで嫌だろうに」

「かおみなければ、だいじょうぶかも」


 うーん、微妙。

 でもまあ、せっかくのチャンスだ。やってみますか。




 という訳で翌日、ひまり5か月ぶりの登校である。


 校門前にタクシーで到着した俺達は、他の生徒たちにチラチラと見られながら下駄箱を目指す。


「ひまり、憶えているか? 図書委員の星に頼まれ、本の入ったダンボール箱を担いで、階段を何往復もしたことを」

「おぼえてない」


「そうか……つまり、わが校にはエレベーターがない。バリアフリー化ガン無視だ。これがどういう意味が分かるか?」

「わからない」


「俺達のクラス2年D組は2階にある。そこまで行くには、お前をおんぶしなくてはいけない」

「やだ!」


「じゃあ、帰るしかないな……」

「がまんします……」


 よし、許可が出た。

 ちょっと意地悪ぽかったが、まあ仕方ないだろう。



 ピカピカの上履きに履き替え、階段の前まで行く。


「あ、そこの1年。2階まで、車いすを運んでもらってもいいか?」

「は! 八神さんのご命令とあらば!」


「じゃあいくぞ、ひまり」

「ううう……」


 俺は嫌そうな表情を見せるひまりを背負い、2階まで担ぐ。

 結構軽いなこいつ。――いや、俺の筋力が上がっているのか?

 散々服部先輩にしごかれているからな。



「ありがとな。そこで下ろしてくれ」

「は! では失礼いたします!」


 ひまりを車いすに座らせる。


「乗り心地はどうだったかな?」

「さいあく! おしりさわった!」


 俺は「ふふっ」と笑うと、教室までひまりを連れて行く。


「この扉の向こうにいるのは、お前のクラスメイトだ。ちゃんと挨拶するんだぞ?」


 自分がちゃんと挨拶していないのに、よく言えたものである。

 かなりの棚上げスキルだ。


 俺は扉を開けた。


「おはようございあす!」


 教室内がしんと静まり返り、全員が一斉にひまりを振り向く。

 わらわらとみんなが集まってきて、次々とひまりに言葉をかける。

 その言葉の波に、頭の処理が追い付かないようで、ひまりはひたすら困惑している様子だ。


「みんな、ちょっと待ってくれ。一人ずつ順番に頼む」


 入場制限をおこない、情報量を抑える。

 しだいにひまりは笑顔を見せ始めた。


「ひまりん、まだ黒髪のままなの? ダセーから早く金髪に戻しなよ」

「あーしらは、金髪にしてないと死ぬべ?」


 北原と小松がやって来た。


「きゃはははは! ごぶりんだ!」


 ひまりは、ゴブリンのコスプレ済みの小松を指差して笑う。


「笑うなし! ひまりんもゴブリンにしてやっからな!」

「お、いいじゃんいいじゃん!」

「やめてー!」


 15分後。車いすの上には、ゴブリンがいた。


「はははは! めちゃくちゃ似合ってるぞ、ひまり!」

「しね!」


 八重歯がより一層ゴブリン感を引き立てている。

 俺達は手を叩きながら大笑いした。




 ひまりを背負う必要があるので、店の看板は良い感じに車いすに固定し、校内を練り歩き始める。

 当然ひまりは、ゴブリンメイクのままである。これもいい宣伝になるだろう。


「ひまり、どこか見たいところはあるか?」


 ひまりは、パンフレットを食い入るように見ている。


「うらない!」

「占い? ……ああ、A組でやってるのか。――よし、じゃあ行こう」


 俺達はA組の教室に入る。

 そして、次の瞬間には爆笑をかっさらった。


「このゴブリンの手相を見てやってくれ」

「は……うひ、うひひ……はい、分かりました。うひひひ……!」


 笑いをこらえながら、A組の女子が手相を見てくれる。


「愛戦士の相が出ています。――ぶふぅっ」

「愛戦士? どういうことだ?」


「愛のために戦う運命にあるでしょう……だっはっはっはっは!」

「だってさ、ひまり」

「わかった!」


 俺達はA組を出ると、1階に降りて校庭へと向かった。

 屋台で豚汁とたこ焼きを買う。

 店員が笑いをこらえながらよそうので、豚汁が地面にビチャビチャこぼれていた。

 さすがにこれはまずいと思い、ひまりのゴブリンメイクを拭き落とす。


「あそこで食べようか」

「うん」


 人の少ない裏庭にいき、花壇のふちに腰掛ける。

 ひまりは車いすなのでそのままだ。


 テーブルがないから、こぼしてしまいそうだな。

 俺は豚汁をスプーンですくい、ひまりに食べさせようとする。


「いいです……」

「一人で食べられるか?」


「はい」


 俺はひまりに豚汁を渡す。――が、今にもこぼしそうだ。

 しょうがないので、俺が豚汁を持っていることにする。


「これならいいか?」

「はい。だめなこでごめんなさい」


「駄目な奴なんかじゃないよ。そんなこと言うな」


 俺はひまりの頭をぽんぽんと叩く。

 嫌がられるかと思ったが、豚汁を食べるのに夢中なのか、気にしていないようだ。



 いつか二人きりになった時に、話したいことがあった。

 今がちょうどその時か……。


「ひまり……お前が大事にしているメモがあるだろう?」


 ひまりは豚汁を食べながら、チラリと俺を見る。


「塗り潰してある名前があるけど、あれ……俺なんだぜ?」

「しってます」


「え……?」

「いしをくれたのもあなた」


「思い出したのか!?」

「いいえ。なんとなく、そうおもっただけ」


 これは意外だった。

 奥底に眠る記憶があるのだろうか?


「……それでも、俺のことが嫌いか?」

「はい。あなたといっしょにいるのは、とてもつらいです」


「そうか……」

「……でも、めもにかいてあることはしたいです」


 ひまりの【黒鉄の武士】に向ける情熱を見れば、それは明らかだ。

 そして、あのメモには、他にもまだ未達成のものがある。


「ひまり、あのメモを見せてもらってもいいか?」

「はい」


 ひまりはグシャグシャの紙を俺に手渡してきた。



 1、赤点を減らす!

 2、数学ができるようになる!

 3、お料理上手の家事上手になる!

 4、黒髪ロングになる!

 5、マネージャーになって、●●(黒く塗りつぶされている)を応援する!

 6、●●をインターハイで優勝させる!

 7、【黒鉄の武士】の世界大会に●●と出場して、優勝する!

 8、●●と、どんぶりパフェを完食する!

 9、●●とデートする!



 1、4、5、6、8が達成済み。

 2、3、7、9が未達成。

 この4つの中で、すぐにできそうなものと言ったら……。



「なあ、ひまり。9番のデートをしてみないか?」

「はい」


 え? 即答? マジで?


「本当にいいのか?」

「はい」


「よし、じゃあ行こう! ひまり!」

「はい」


 ひまりは全然嬉しそうじゃない。

 ひたすら豚汁を食べているだけだ。

 それでも俺にとっては、大きな前進である。これほど嬉しいことはない。

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