第59話 ショッピングデート

 文化祭が無事終わる。


 ダンスやバンドといった派手な見世物があったようだが、陰キャの俺には無縁だ。

 ひたすら校内を練り歩いて、宣伝をおこなうだけで、リア充らしさはどこにも……って何を言っているんだ俺は。

 女の子と二人で文化祭を見て回るだけで、とんでもないリア充だろうが。

 いつの間にか、欲望の権化となってしまっていたようだ。気を付けないと。



 それから次の日曜日、俺はひまりと一緒に、県内最大のショッピングモールへとやって来た。


「広すぎる……これ、一日で見て回れるのか……?」


 このショッピングモールでお買い物を楽しんだ後、併設されているグランドモールホテルの展望台から夜景を見るのが、今日のプランだ。

 無論、俺が考えたものではない。恋愛スキルゼロの俺に、素敵なデートプランを練るなど不可能である。

 ネットでおすすめランキング1位になっていたプランを、そのままパクったのだ。


「ひまり、何か欲しいものはあるか」

「ない」


「それは困ったな……じゃあ、何か欲しい物が見つかるまで見て回ろうか」

「はい」


 全然楽しそうじゃない。

 義務感で来ましたってオーラが、ガンガン出てる。

 以前のひまりは、何でも楽しそうにしてくれていたんだが。

 今思うと、本当あれはありがたかったな




 俺はひまりの車いすを押して、服屋や雑貨店などを中心に順々に店を回って行く。

 ひまりが何か興味を示さないか注意深く見ていたが、これといって反応が無い。


「こういったものには興味ないか?」

「はい」


 以前のひまりは、時間があればファッション雑誌を読んでいたのだが……。


「ごめんなさい……」

「ん?」


「あたしといてもつまんない」

「そんなことないよ」


 俺はひまりの頭をぽんぽんと叩く。


「うー。やめてください」

「ははは、すまんすまん」


 だんだん、この怒り顔が可愛く思えてきた。

 もっと見たいが、これ以上やると一生口を利いてもらえなくなりそうだ。やめておこう。


 俺達はフードコートへとやって来た。

 甘くて良い匂いが漂ってくる。

 ひまりもそれに気付いたようで、匂いの元をしきりに探す。


「――お、あれじゃないか?」

「くれーぷ」


 俺はクレープ屋の前に向かう。


「食べようか?」

「はい」


 俺はクレープを二つ注文し、二人掛けの席に座る。


「やっぱり甘い物は、これくらいの量で充分だよな。どんぶりパフェは多すぎた」

「どんぶりぱふぇ、たべましたか?」


「憶えてないのか? お前と一緒に食べたんだぞ?」


 ひまりは何か考えている。


「あたしは、あなたとつきあってましたか?」

「いや、付き合ってはいないな」


「どんぶりぱふぇは、すきなひととたべるものです」

「そうなのか?」


「ぜんぶたべると、ずっとむすばれます」


 そうだったのか……。

 だからひまりは、あんなに無理して食べようとしたのか……。


「じゃあ俺とひまりは、一生結ばれるんだな」

「うー、いやです」


「ははは、そんなこと言わないでくれよ」


 ひまりはグシャグシャのメモを取り出し、また読み始めた。

 もう何回これを繰り返したか分からない。おかげで紙はもうボロボロだ。


「まえのあたしは、あなたのことすきでしたか?」

「うーん、自分で言うのは恥ずかしいなあ。――あ、そうだ。紫乃がそう言ってただろ?」


 ひまりはこくりとうなずき、クレープをかじる。


「どうだ? 美味しいか?」

「はい」


 ひまりは俺のクレープをじっと見る。


「俺のも食べてみるか?」

「はい」


 俺は自分のクレープを、ひまりの口の前に持って行った。あーんである。


 ――かぷっ。ひまりが俺のクレープをかじる。

 あーん成功だ。嬉しい。


「こっちもおいしい」

「そうか、良かったな」


 ひまりはわずかに笑顔を見せる。――可愛い。


「おうちでもたべたいです」

「それは難しい……いや、待てよ」


 俺の脳みそに電流が走る。

 ひまりのやりたいことリストに、お料理上手になるというのがあった。


「ひまり、自分でクレープを作れるようになってみないか?」


 ひまりの目がかっと見開く。


「はい! つくりたいです!」


 よし、食いついた!


「じゃあクレープメーカーを買おうか!」

「はい!」


 なぜ俺が、クレープメーカーなんてものを知っているのか。

 答えは簡単。うちのクラスの文化祭の出し物が、当初クレープ屋だったからだ。

 結局、それじゃありきたりすぎるとボツになり、異世界カフェになった。




 クレープを食べ終えた俺達はキッチンコーナーに向かい、クレープメーカーを購入した。


「よし、ひまり。これでクレープ食べ放題だぞ」

「えへへ。くっきーもやきたいです」


「おー、いいな! 紫乃か紬に教えてもらえ」

「はい。がんばります」


 なんだかひまりが少し心を開いてくれたような気がし、嬉しくなってくる。



「じゃあ、外も暗くなってきたし、展望台に上って夜景を観に行こうか」

「はい」


 これはあんまり食いつかないな。

 まあ、実際見たら喜ぶかもしれないし、行くだけ行ってみよう。



 俺達は隣にあるグランドモールホテルに行き、1階から展望台まで直通の、シャトルエレベーターに乗り、展望台へ上がった。

 他のイチャつくカップルを避けながら、窓の近くへと行く。


「お、きれいだな。ひまり」


 目の前には、これまでで1、2を争うほどの夜景が広がっている。


「はい、すてきです」


 それほど感動しているようには思えない。


「ひまりが一番素敵だと思った場所ってどこだ?」

「公園です」


「公園? どこの?」

「わすれてしまいました」


 どこだろう? 連れて行ってあげたいな。


「どんな公園だったか憶えているか?」


 ひまりはうーんと考え込む。


「めじろがいました」


 メジロ? どこにでもいるから特定できないな。


「……他には何かないか?」

「そこで、ぱんをたべました」


 それで分かった。

 ひまりが言っているのは、【喫茶どんぶり飯】の前に行った公園だ。

 俺との思い出の場所を、一番素敵な場所だと言ってくれるのか……。



「……なんで、ないてるんですか?」

「ああ、急にごめんな」


 俺は袖で涙を拭う。


「どこだか分かった。今度、その公園に連れて行ってやるよ」

「うれしいです」


 ひまりは八重歯を見せて微笑む。

 それを見て、俺も微笑んだ。


「あなたはあたしにやさしいです。――あたしのこと、すきですか?」

「ああ、好きだよ」


「そうですか」


 ひまりは夜景を見ながら、何かを考えている。

 かなりの長時間だ。


 その時、俺はふと自分が手ぶらであることに気付く。


 ――あれ? 手ぶらっておかしいよな?

 クレープメーカーはどこ行った?


 記憶の糸をたどって行く。

 展望台に上る前、俺は1階のトイレで小便をした。

 その時、目の前にあるちょっとした台に、クレープメーカーを置いたな。


 そして、そのまま忘れて来ている!



「すまんひまり! トイレにクレープメーカーを忘れてきた! ちょっと、取りに行って来るから、ここで待っていてくれ!」

「はい」


 俺はエレベーターに飛び乗り、1階のトイレへ向かう。――ない!


「くそっ! 盗まれたか!? ――いや、落とし物として届けられているかも!」


 俺はフロントに、クレープメーカーが届けられていないか尋ねた。


「では、ただいま確認して参ります」

「よろしくお願いします」


 フロントの女性が、奥に確認に行ってくれた。

 俺はカウンターの前で、彼女の帰りを待つ。


 ――が、待てど暮らせど彼女は戻って来ない。

 俺は隣のフロントに、そのことを伝える。


「では、ただ今確認しに行って参ります」

「お願いします」


 今度は男性のフロントが奥に向かった。

 俺は再びカウンターの前で待つ。


 ――が、いつまで経っても戻ってこなかった。


「一体どうしちゃったんだ? 保管所は数km先とかにあるのか?」


 俺が首を傾げていると、背後からガラガラガラと音がする。

 不思議に思い後ろを振り返ると、ホテル正面玄関と階段のシャッターが下り始めていた。――一体どうしたんだ?



「おい! どういうつもりだ!?」

「申し訳ありません! 至急確認いたします!」


 宿泊客に怒鳴られ、ホテルマンが慌てて電話をかける中、シャッターが完全に閉まってしまった。


「閉じ込められてしまったぞ!」

「少々お待ちくださいませ! ただいま、確認中ですので!」


 これは何か起きているな。警備システムに不具合が発生したのだろうか?



「まだ電話がつながらんの――」


 ドオオオオオオオォォォォォンッ!


 宿泊客の怒鳴り声をかき消すような轟音が、上の方から鳴り響いた。

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