第45話 黒髪ロングの美少女
翌日の朝、まだひまりとの約束時間に余裕があるので、俺は自転車に乗って駅前の本屋に立ち寄った。
「しかし、なんと素晴らしい機体だ。完全にエース専用機と言っても差し支えない」
鬼頭達に我が愛機である、東友のママチャリを壊されてしまったが、鬼頭の母親からお詫びとしてクロスバイクを1台送られた。
5万円もする代物らしいのだが、チャリ業界では、これでも全然安物になるそうだ。マジ狂っている。
俺は本日発売のラノベ「俺のうんこだけ異世界転移される件」を購入し、チャリにまたがる。
その時、邪神像の前に立ち、こちらに向けて手を振る女が目に入った。
「――ん? なんだあの女? まさか、俺に手を振ってる訳じゃないよな?」
周囲を見回してみたが、俺しかいない。
つまり俺に手を振っていることになる訳だが、あんな女は知らない。
黒髪ロングの、可愛いワンピースを着た美少女だ。正直好みである。
知らない女に手を振られるのは少々気色悪いが、それが美少女となれば悪い気はしない。
俺は満足気にうなずくと、家に向かって走り出す。
「ちょっとー! 八神ー! どこ行くのよー!」
俺は慌てて止まる。そして女の方にチャリを漕ぎ始めた。
いや、そんなまさか……だが、このやかましい声は……。
女の顔がはっきり見えた。
彼女は、八重歯をのぞかせた可愛らしい笑顔を見せている。間違いない。
「……お前、ひまりか?」
「そうよ? 分からなかった?」
ひまりのトレードマークである下品な金髪が、艶のある黒髪に変化してしまったのだ。分かる訳ない。
「なぜ黒髪に……っていうか、お前ここで何している? まさか、もう待ち合わせの場所に来たのか?」
「そ、そうよ! だって遅刻したらマズいじゃない!」
「いや、まだ4時間前だぞ! いくらなんでも早すぎだろう!」
「そ、そうかしら? でも、なんだか落ち着かないじゃない?」
性格的にむしろ遅れてきそうと思っていたのだが、完全に真逆だった。
しかし、どうする? この時間はまだ店が開いていないぞ。
「なあひまり、とりあえず1回帰らないか?」
「ん? 何か用があるなら済ませてきていいわよ? アタシ、ここで待ってるから」
マジか? こいつに、ここまでの忍耐力があるとは思わなかった。
さすがに、ずっとここに待たせておくのは可哀そうだ。どこかで暇を潰すか。
「じゃあ、どこか行くか?」
「うん! そうしよ!」
俺はチャリを駐輪場に預け、どこに行けばいいのか考える。
ひまりって普段どんな遊びしてるんだ? カラオケとかだろうか?
残念だが俺には無理だ。ああいったものには拒否反応が出てしまう。
うーむ、やはり俺が考えるのは無理だな。
なにせ男女で遊んだことなどないのだ。なにをしたらいいのかさっぱり分からない。ここはひまりに聞いてしまうのが正解だろう。
「なあ、ひまり。どこがいい?」
「んー、八神の行きたいところがいい!」
え? 本当にいいのか? 俺が行くところなんて、ひまりにとっては退屈でしかないと思うのだが。
「そしたら、適当にパンでも買って、公園で食うか? まだ朝飯食ってないからさ」
「うんうん、いいわね! そうしましょ!」
「絶対やだ!」って言われるかもと思ったが、意外なほど乗ってきてくれた。これは助かる。
俺達は近くのパン屋で、パンと飲み物を買い、近所の公園のベンチに座った。
「ねえねえ八神、アンタ何か言うことないの?」
ん? ひまりのやつ、ちょっと不機嫌だな。
やはり公園は良くなかったか?
「ああ、すまんな。俺はこういうことに慣れてなくてな。他の場所に行こうか?」
「ううん。アタシ、ここ好きよ。――そうじゃないの! 女の子がいつもと違う恰好してきたら、言うことあるでしょ! もう! 全部言わせないでよね!」
やっと意味が分かった。
そういえばネットにも、とりあえず何でもいいから褒めておけって書いてあったな。俺には無縁の知識だと思って、記憶の底に封印してしまっていた。
「黒髪もその服も、とても似合っている。正直驚いたよ」
「えへへ……」
ひまりは照れ臭そうに、自分の黒髪を撫でる。
「しかし、なんでまた急に黒髪にしたんだ?」
「え? そ、それは……! き、気分転換ってやつね! そう、そうよ! テストが終わったから、気分転換したかったのよ!」
なるほど納得。ストレスから解放されると、ハジケたくなるもんな。
俺もテスト終了日の夜は、マサイ族になりきってライオン(ぬいぐるみ)と戦ったりするし。
俺達は談笑しながらパンを食べ終え、公園をぶらぶらと散歩する。
「メジロがいるぞ」
「え? どこどこ?」
「あそこの枝だ」
「あ、本当だ! いたいた!」
バードウォッチングというやつだ。
老夫婦の遊びとしか思えないが、ひまりは楽しそうにしてくれる。ありがたい。
これは自分でもかなり驚いているのだが、ひまりといると何だか落ち着く。
馬鹿なゆえ、気を遣わなくて済むからだろうか?
クソビッチと呼んでいた女と一緒にいて、心地良さを得られるとは夢にも思わなかった。世紀の大発見である。
「あー……、まだ5月だからちょっと寒いわねー……手が冷えちゃうわー……」
ひまりが、チラッチラッと俺を見てくる。
何だよ? 俺も手袋は持ってねえぞ? だからポケットに手突っ込んでるだろ?
「ポケットに手入れろよ」
「アタシの服、ポケットないもん!」
確かにワンピースには、ポケットなんてないか。
「じゃあ、俺のポケットに手突っ込んでいいぞ」
「うん……そうするね……」
ひまりは頬を赤く染め、おそるおそる俺のポケットに手を入れてくる。
邪魔になってしまうので、俺は自分の手をポケットから出した。
「あ、八神。そのままでいいわよ」
「ポケットがぎゅうぎゅうになっちまうだろ?」
「いいの! アンタの手が冷たくなっちゃうでしょ!」
俺は手をポケットの中に戻す。
当然ひまりの手と触れ合うが、彼女は別に嫌がらない。もっとキモがられると思ったのだが。
「なんだか……デートしてるみたいね……?」
「ああ。そう言われると、確かにそうだな」
ひまりは「えへへ」と笑う。
「八神はデートしたことある?」
「練習台としてならあるが……」
「紫乃ね! でもあれ絶対ウソよ! あの子、アンタのことマジで好きだと思う! 素直じゃないのよ! リアルでツンデレなんて流行らないのにね!」
マジか? そんな感じは……どうなんだろう?
恋愛経験ゼロの俺には、判別不可能だ。
「八神は紫乃のこと……好き……?」
ひまりは不安げな表情で、俺の顔をのぞき込んでくる。
これは困ったな。
[1、「ああ、好きだ」]
[2、「嫌いを通り越して、憎悪すら抱いているな。あー、ぶっ殺してえ」]
なんなんだ、この1か10みたいな選択肢は。
「可愛い後輩だと思っている」みたいなのを出せっつの。
「ああ、好きだ」
「……それって、後輩として?」
良い返し。ナイスひまり。
「もちろん」
「そうよねー! ああー、良かったー! ……一応言っておくわ! あの子は顔も頭も良くて、おっぱいも大きいし、家事もばっちりできるけど、うんこが臭いからやめた方がいいわよ!」
なんちゅう陰口の叩き方だ。
あいつの悪いところなんて、他にいっぱいあるだろう。性格とか口の悪さとか。
「いや……紫乃の後にトイレ使ったことあるけど、別に臭くなかったぞ?」
「嗅いでんじゃないわよ変態! ……じゃあ、桜子のことは……今でも狙ってる?」
またかよ! いい加減にしてくれ! 本当女ってやつは恋話が好きだな!
[1、「俺のスコープは、奴を捉え続けている」]
[2、「あんな加齢臭のする女、お断りに決まってんだろうが!」]
おい2! お前、全国の25歳以上の女性を敵に回すつもりか!
しかし、今回の1はかなりセンスが良いな。これからも使い続けたいくらいだ。
「俺のスコープは、奴を捉え続けている」
「は? 意味分かんないんだけど?」
ひまりには理解できなかったか。
「お前、スコープって知ってる?」
「知ってるわよ! ATM-09-STスコー〇ドッグでしょ?」
こいつ……! ボ〇ムズのアーマードトルーパーと間違えてやがる!
「よ、よく知ってたな」
「常識レベルでしょ! 馬鹿にしないでくれる!? ……いい八神? 桜子だけは絶対にやめときなさい! あの子、めちゃくちゃめんどくさい女だから!」
「そうか? お前や紫乃の方が、面倒な感じに見えるんだが?」
「キィーッ! どう見ても、アタシが一番扱いやすいじゃない! 素直で馬鹿なのよ!?」
自分で言うなよ……。
「そうだな。お前は素直で馬鹿だ」
「キィーッ! っざっけんじゃないわよ!」
「おいおい、お前が自分でそう言ったんだろうが」
俺は笑いながら、ひまりとの散歩を楽しんだ。
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